456、執務室とマルティーヌ
大公領に第一陣の移住者たちが到着してから数日後。俺はアルノル、ティエリ、ルノーたちに領地のことは頼んで、ファブリスに乗って王都に戻った。
明日は週に一度の執務室に顔を出す日なのだ。週一ってかなりの頻度だよなぁ。二週間に一度にしてもらえないか相談するのもありかもしれない。
「ロジェ、領地は上手くいきそうかな」
俺と一緒に王都に戻ってきたロジェに、王宮に向かう馬車の中でそう問いかけると、ロジェは僅かに口元を緩めた。
「皆が熱意を持って仕事に励んでおりましたので、良い方向に発展していくのではないでしょうか」
「そっか、それなら良かったよ」
ロジェのその言葉に安心した俺は、背もたれに体を預けて馬車の窓から街並みを眺めた。ファブリスでの高速移動や転移も良いけど、こうやって馬車でのんびり移動するのもたまには良いよね。
王宮に着いて執務室に向かうと、アレクシス様とリシャール様にすぐソファーへと呼ばれた。お二人とも瞳が楽しそうに煌めいている。
「レオン、領地はどうだ? 問題はないか?」
「はい。おかげさまでとても良い滑り出しとなりました。人員募集に関してなど、ご助力いただきましてありがとうございます」
「そうか、それは良かったな。どのぐらいの期間があれば街として機能しそうだ?」
街として機能するか……それがどの程度を表してるかにもよるけど、一般的な街を想定してるのならまだまだ先だな。とにかく足りないものが多すぎる。
「急ピッチで進めたとしても、年単位の時間が必要です。ただ数ヶ月でとりあえず人が住む場所として問題はなくなると思います」
「随分と早いな……さすがレオンだ」
それから数十分ほど大公領の現状と今後について話をしたところで、アレクシス様から使徒への相談事に回答して執務室を出た。
そして次に向かったのは……王宮の中庭にある東屋だ。実は今日、マルティーヌとお茶会の約束をしている。足取り軽くスキップでもしたい気分で辿り着いた東屋には、可愛らしく微笑むマルティーヌがいた。
「マルティーヌ、久しぶりだね」
「レオン! 来てくれて嬉しいわ」
「こちらこそ時間を作ってくれてありがとう」
やっぱりマルティーヌと会うと一瞬で癒されるな。このためならいくらでも領地から王都に来られそうだ。
「ついに領地の開発を始めたんでしょう? 今はどんな感じなの?」
「まだ本当に開発が始まったばかりだよ。とりあえず俺が土魔法で必要な建物を全て作ったんだけど、それを一つずつ壊してちゃんとした建物を作ってもらってるところ。井戸とか下水道とか、そういうものの整備はちょうど昨日ぐらいから始まったところかな」
「本当に一から街を作るのね……楽しそうだわ」
マルティーヌは羨ましそうな表情で、大公領を頭の中に思い描いているのか宙を見つめながらそう言った。マルティーヌも一度連れて行ってあげたいよな……今日の帰りにでもアレクシス様に相談しようかな。
王女様としてじゃなくて、俺がこっそり連れて行くなら問題ないんじゃないだろうか。やっぱり王女様が移動するってなると大事になっちゃうから。
「稲の大量生産とか、カカオやコーヒーの木を育ててみるって話はまだ進んでないのね」
「うん。その辺はもう少し先の話かな。とりあえずは皆が住む建物ができないとね。大公家の領地邸もまだないから」
「確かにそうね。じゃあもう少し気長に楽しみにしているわ」
「そうしておいて。そうだ、マルティーヌは何か領地に対して要望がある? こういう場所が欲しいとか、こういう仕組みを作りたいとか、何でも良いんだけど。一から作るから自由に組み込めるんだ」
俺のその質問にマルティーヌはお茶を一口含んでから真剣に考え、そして予想外な、しかしとても嬉しい希望を口にした。
「……レオンが元いた世界の街並みを見てみたいわ」
俺にしか聞こえないように小声で発されたその言葉は、俺の胸をすとんと軽やかに、しかし深く打ち抜いた。
「マルティーヌ……ありがとう」
行儀は悪いけどテーブルに身を乗り出してマルティーヌの手をぎゅっと握ると、マルティーヌは照れたような笑みを浮かべる。
「わがままじゃないかしら?」
「そんなことない! 絶対に作るよ」
現代の日本というよりも過去の日本の街並みを参考にして、お茶屋さんとか和食を出すお店をたくさん作ろう。それで着物とかも作れたら良いなぁ。
珍しい街並みってことで観光地になるだろうか。いや、珍しいというかミシュリーヌ様が好まれる街の風景、みたいな感じにすれば観光客が殺到するかもしれない。
それでいこう。ここは使徒である権限をフル活用だ。
「楽しみにしてて。住み心地が良い楽しい街にするから」
「ええ、待ち遠しいわね。私が実際に見られるのはいつになるかしら……」
「そのことで一つ提案があるんだけど」
俺はマルティーヌの手を握ったまま椅子から立ち上がって側に向かい、マルティーヌの耳に顔を近づけた。
「もう少し領地が整ってから、こっそり領地に来られるとしたら来たい? マルティーヌが王女様ってことはバレないようにして、数日だけになると思うけど。もしマルティーヌが乗り気ならアレクシス様に相談しようかなって」
「……本当!?」
マルティーヌは期待の眼差しで俺を見上げた。これは答えを聞かなくてもわかるな。
「相談してみようか」
「すぐ相談に行きましょう。これから時間はある?」
「もちろん」
それから俺は凄い行動力を発揮したマルティーヌによって半ば引き摺られる形で執務室に戻り、アレクシス様からマルティーヌの外出許可を得た。
あんなに期待した瞳で見つめられたら、アレクシス様はダメだなんて言えないよな。俺はさっきまでの二人のやりとりを思い出して苦笑しつつ、楽しそうなマルティーヌの横顔を見て心が満たされるのを感じた。




