451、商会長との話
ティエリと話をした二日後。俺は中心街に大きな店舗を構えるある商会に来ていた。その商会はジャパーニス大公家が懇意にしている商会の一つで、その中でも特に食品に力を入れているところだ。
「レオン様、ご足労いただきまして感謝申し上げます。私がお屋敷に伺わなくてよろしかったのでしょうか……?」
「うん。俺がなんとなく出かけたい気分だったんだ。気にしないで」
マリヴェル商会のダルセルは、申し訳なさそうな表情で眉を下げている。俺はそんなダルセルに、にっこりと笑みを向けた。
「それで今日なんだけど、ダルセルには大事な話があるんだ」
「かしこまりました。マリヴェル商会は、全力でもってレオン様の要望にお応えいたします」
「ありがとう。実はこれから本格的に大公領の運営を始める予定なんだけど、そこでダルセルには……マリヴェル商会の支店を大公領に作ってもらいたいと思ってる。どうかな?」
俺のその言葉を聞くと、ダルセルは真剣な表情で顎に手を添えた。
「……現状、ご領地に我が商会のお客様はおられるのでしょうか?」
「今の段階ではまだ誰もいないんだけど、これからまずは建築工房で働く人たちや下水などインフラ整備の専門家、あとは農家とかその他の様々な工房で働く人。そういう人たちがたくさん移住するよ。だからこれから移住する人全員がお客さんかな。あとは食堂もいくつか作る予定だから、そこにも食材を卸して欲しい」
ダルセルは基本的に貴族向けの食材を扱ってたし、こういう仕事は嫌なのかな……そう思って少しここに来たのを後悔していたら、ダルセルは目に見えて表情を明るくさせた。
「もしかして、まだ本当にご領地には誰もいないのでしょうか?」
「そうだよ」
「そして、街づくりに従事する方々への食材供給を、我々に任せていただけると」
「そういうことだね」
「……ありがとうございます! そのような名誉ある仕事を任せていただけるなど、光栄でございます!」
――まだ領地には何もないってことを話してなかったのか。確かにそれを知らなかったら、すでに領地には他の商会があるとなると進出も慎重になるよな。
「説明が分かりづらくてごめんね」
「いえ、問題ございません」
「それで、領地に支店を作ってくれる?」
「もちろんでございます。すぐにでも支店で働く人員を確保し、ご領地までの輸送経路も確保いたします」
「おおっ、ありがとう!」
これで食料事情の懸念はなくなるな。それがないだけで一気に領地経営が楽になる。
「こちらこそ、重大な役目を任せていただけて光栄です」
「じゃあまずは一般的な食料をよろしくね。多分そのうち他にも運んで欲しいものが出てくるだろうから、その時はまた相談させて欲しい」
「かしこまりました」
「あともし向こうで食料が余っちゃって破棄になりそうだったら、俺に言ってくれる? 俺が全部買い取るから」
最初はどのぐらいの食料が必要かも分からないし、どんどん人が増えていくから多めに食料は運んでもらうことになる。そうなると絶対に残っちゃうだろう。
「よろしいのですか?」
「うん。俺ならいくらでも保存できるから」
「ありがとうございます。それならば安心して食料を運ぶことができます」
俺がいない時は領地にアイテムボックスの魔道具を置いておいて、魔力が無くなる前に中身の回収に向かうようにしよう。
「じゃあ今日の話はそんな感じかな。領地に置く家令はティエリって名前の男性だから、今度紹介するよ。しばらくは執事のアルノルも領地にいるかな。俺も行き来はするけど、しばらくは領地メインでいる予定だから、何かあったら遠慮せず言ってね」
「かしこまりました。これからよろしくお願いいたします」
「あっ、そうだ。あと一つだけお願いしたいことがあったんだけど、建築資材を主に扱う商会を知ってる? ジャパーニス商会は今まで付き合いがないんだ。領地を作るのにたくさんの資材が必要なんだけど……」
貴族家は家具を買うことはあっても建材を買うことはないから、まったく付き合いがないのだ。家具を扱う商会も取引があるのは家具を作る工房で、さらにその先にいる建築工房とはあまり関係がないと聞いている。
「それならば友人が建築資材を扱う仕事をしております。その友人をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか? 人柄は保証いたします」
「そんな人がいるんだ! ぜひお願いしたい。助かるよ」
「いえ、こちらこそご紹介させていただきありがとうございます。領地を一から作るという大きな仕事に関わらせていただけるなど、とても喜ぶでしょう」
確かに商会目線で考えたら、大口どころじゃない注文が入ったってことだもんね。そう考えたら、俺の選択一つで色んな人の未来が変わってるんだな……
……なんか、そんなふうに考えるとこれから何を決めるにも悩みそうだ。あんまり気にしないようにしよう。
とりあえず、これで建材確保の目処も立った。最近はかなり忙しかったけど、そろそろ王都でやるべきことも終わりかな。
「じゃあダルセル、これからよろしくね」
「よろしくお願いいたします」
話を終えてマリヴェル商会を出た俺は、忙しくて疲れた体をほぐすようにぐいっと伸びをした。屋敷に帰ってマリーとお茶会したいな。




