426、降誕祭前夜祭in神界 前編
その日の夜。俺は寝る準備を整えてベッドに入ってから、神物である本を取り出した。
「ミシュリーヌ様、俺を神界に呼んでくれませんか?」
『はいはーい。ちょっと待ってね』
ミシュリーヌ様はちょうど手が空いていたのか、俺の呼びかけにすぐ答えてくれる。そして気がついた時には、俺は既に神界のソファーに腰掛けていた。
「何度来ても突然場所が変わるのには慣れませんね」
「そんなものかしら?」
「そんなに頻繁に来てるわけじゃないですからね。というか、かなり久しぶりな気がします」
よく考えたら神界に来たのって、チョコレートの作り方に関する本を読んだ時以来な気がする……もう少しここに来る頻度を増やそうかな。神界に来てる時は下界の時間がほとんど進まないんだから、忙しさを気にする必要はないんだし。
考え方を変えれば、忙しくて休みたい時に神界に来るっていうのもありなのか。続けては無理でも、数日空ければ神界に呼べるって言われてるし。
「今日は何の用なの?」
「緊急の用事があるわけではないんですけど、降誕祭用のミルクレープが完成したので、一度ミシュリーヌ様と話し合いをしようかと思いまして。もうミルクレープって食べましたか?」
ミシュリーヌ様はスイーツに関するセンサーだけは異常に精度が高いから、頷かれるのだろうと思っていると、案の定キラキラとした瞳で大きく頷かれた。
「もちろん食べたに決まってるじゃない! 本当にヨアンは天才ね! 凄く美味しかったわ!」
「分かります。俺もヨアンは凄いと思いました」
「普通のミルクレープも美味しいからそれをより特別にするのなんて難しいと思ってたけど、完璧な仕上がりだったわ。思い出すとまたよだれが……」
ミシュリーヌ様は夢見心地な表情で宙を見上げた。そこにミルクレープでも思い描いてるんだろう。
「ミルクレープはいくつ食べたんですか? 食べ過ぎてませんか?」
「もちろん、ちゃんとレオンとの約束は守ってるわ。一日に五個までなのよね……」
おおっ、ちゃんと約束を覚えて守ってるのか。やっぱりミシュリーヌ様も成長してる気がする。
もっと神力が少ない時は一日の個数を一個に限定してたけど、最近は余裕があるので五個にまで増やしたのだ。
「そこはちゃんと守ってください。でも今日は俺も来ましたし、特別に降誕祭の前夜祭? みたいな感じにして、好きなだけ食べることにしますか?」
たまには良いかなと思ってそう告げると、ミシュリーヌ様は途端に瞳をきらめかせて俺の肩をガシッと掴んだ。まだ数日前だから前夜祭ではないんだけど、まあ細かいことは良いよね。
「それ最高じゃない! そうするわ、そうしましょう!」
「いつもながら、スイーツのこととなると勢いが凄いですね……」
「当たり前じゃない。スイーツ食べ放題なのよ!?」
俺は鼻息荒く力説しているミシュリーヌ様に苦笑しつつ、ミシュリーヌ様の手を肩から外しながら口を開いた。
「じゃあ二人だけも寂しいですし、ファブリスでも呼びましょうか。あとはシェリフィー様とか」
「レオンさすが、名案ね! まずはファブリスを……」
ミシュリーヌ様が高いテンションのまま右手を少し動かすと、瞬きほどの時間で目の前にファブリスが現れた。
『む、ここは神界か? ミシュリーヌ様、何か御用でしょうか?』
「レオンの提案でこれから降誕祭の前夜祭をやるの! ファブリスも参加してちょうだい。じゃあ私はシェリフィーを呼んでくるわね!」
ファブリスを呼んでそれだけを告げると、ミシュリーヌ様はすぐにどこかへ消えていった。地球の神界へ行ったのだろう。
「ファブリス、急にゴメンね」
『いや、別に構わんぞ。だが降誕祭の前夜祭とは何をやるのだ?』
「皆でスイーツを食べまくる会かな」
『おおっ、それは楽しそうだ』
ファブリスは前夜祭の内容を聞いた途端に、尻尾をゆらゆらとご機嫌に揺らし始めた。さすがミシュリーヌ様が作った神獣だ、スイーツに対する反応がそっくり。
それからふわふわなファブリスの背中に寝そべりながらミシュリーヌ様が帰ってくるのを待っていると、十分ほどでシェリフィー様を連れて戻ってきた。
「待たせたわね! ……って、レオンは何をしてるのよ」
「ファブリスの背中は最高の寝心地なんです。ここにはソファーひとつしかありませんし、ここが一番居心地良いなと思って」
ミシュリーヌ様の神界は神力が潤沢になった今でも、まだソファーと机が一つずつに棚がいくつかしかない殺風景な場所だ。
「もう少し神界を充実させないんですか?」
「そうなのよね……やろうとは思ってるんだけど、これに慣れちゃったらもう少し後でも良いかなって」
「まあ不便はなさそうですからね……じゃあこの機会に神界も充実させますか? 快適なお茶会をできる東屋をひとつ作るとか」
俺のその提案に乗ったのはシェリフィー様だ。大きく頷きながらミシュリーヌ様の肩を叩いた。
「絶対にそうすべきよ。ここは寂しすぎるもの。レオン、良いこと言うわね」
「ありがとうございます。それから挨拶が遅れましたが、お久しぶりです」
「久しぶりね。元気そうで良かったわ」
ファブリスから降りて挨拶をすると、シェリフィー様は素敵な笑みを見せてくれた。
「ミシュリーヌ、その辺に東屋を作るのはどう? あと神力が足りるなら東屋の周りを庭園にしましょう。可愛い花をたくさん楽しめるように」
「確かにそろそろ充実させようとは思ってたのよね……分かったわ、東屋を作りましょう!」
ミシュリーヌ様は皆に勧められてやっとやる気が出たのか、拳を握りしめてそう宣言した。そして右手で宙をなぞると、いくつもの東屋の写真が出てくる。
「下界にある東屋をいくつか選んでみたんだけど、どれが良いかしら? 庭園は……この辺かしらね」
「あれ、これって大公家にある東屋じゃないですか?」
俺は見覚えのある東屋の写真が目に入り、それを拾い上げた。さらに他の写真もよく見てみると、王宮の東屋やタウンゼント公爵家の東屋の写真もあるみたいだ。
「私が一番よく知ってるのがレオンがいる場所なのよ」
「確かにそうですよね……他の国の東屋とかはないんですか?」
神界と下界で同じ光景というのも面白くないと思ってそう聞くと、ミシュリーヌ様は宙にテレビのような感じで下界の映像を映してくれた。
「もちろん他の国のやつでも作り出せるわよ。皆で見ましょうか。どこの国が良いかしら」
「どうせなら行ったことない国が良いですね。大陸の北西方向にある国とか」
「北西ね……この辺りとか?」
おおっ、全く知らない国の街並みだ! ちょっと、いやかなり楽しい。やっぱりミシュリーヌ様って本当に神なんだね……こういう力を目の当たりにすると、その事実を思い出す。




