エピソード43:私の方が恥ずかしいです
「また、大地センパイにたくさん助けて頂いちゃいました」
隣を歩く真央ちゃんはポツリとそう呟いた。
どうやら長年、虐げてきた中学からの同級生は、泣きながら真央ちゃんに謝罪してくれたそうだ。他の女子生徒も同様だったらしい。
困っている人に手を差し伸べる優しさ。それが例え蔑まれていた相手でも。本当に強くて思いやりのある女性なんだなって、俺は改めて尊敬の眼差しを向けた。
「ん? どうされました」
視線に気が付いた真央ちゃんは、不思議そうな顔をして俺を覗き込む。『いや』っとだけ口にして、俺は顔を背けた。
真央ちゃんにたくさん救われてきたのは、俺の方だから。
「みんな、素敵な彼氏さんだねって。羨ましいって、たくさん言われちゃいましたよ」
「え?」
「だから、ちゃんと説明しました。大地センパイはバイトのセンパイってこと」
そう口にした真央ちゃんは、なぜか挑発的な笑みを俺に向ける。そういえば、『センパイ』から『大地センパイ』に呼び方も変わってる。どういった心境の変化だろうか?
「大地センパイ、さっきから私をじっと見て、あっ! またお礼、期待されてますか?」
真央ちゃんは口元に手を当てながら、首をこてんと傾け『いいですよ』っと微笑んだ。慌てた俺は『そ、そんな』っと口にしながら、以前に真央ちゃんからキスされた頬を指で触ってしまっていた。
真央ちゃんは大きな瞳でパッチっとウインクしながら『うふ。大地センパイ、かわいい』っと、いつものように俺を揶揄ってくる。
「お、おい。センパイを揶揄うなよ」
「よく考えるとセンパイはたくさんいるんですけど、大地センパイは一人ですから。マスターが待ってるので急ぎましょうか、大地センパイ」
真央ちゃんは、スキップするような軽い足取りで帰り道を歩いていた。
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「マスター、ただいまです」
「マスター、ただいま戻りました」
「お帰り、二人とも。デートは楽しかったかい?」
例の如くマスターはキメ顔で、ドキッとするような一言を口にする。俺の隣にいる真央ちゃんは『はい!』っと笑顔で即答していた。
「マスター、お土産です」
「おぉぉ、いいじゃない」
マスターは俺と真央ちゃんがプリントされたシールを見ながら『美男美女だね』っと、嬉しそうにしていた。
「もぉ、マスターったら」
「本当にそう思うよ。二人とも、一杯飲んでいくだろ?」
何気ないマスターの一言に俺は『ぷっ』っと、珍しく吹き出してしまう。
「大地君、どうしたんだい?」
「大地センパイ?」
「な、なんかマスターの一言が、居酒屋の親父さんみたいに聞こえてしまって」
「大地君、居酒屋なんて行ったことないだろう」
「そうなんですけど、イメージというか……」
「真央ちゃん、センパイがこんな失礼なことを言ってくるんだけど」
「センパイは拗ねてるんですよね。仕方ないなぁ」
真央ちゃんは俺に顔向けると瞳を閉じて、軽く唇を尖らせながらキスするフリをした。すぐに大きな瞳がパッチっとひらく。
本当は音なんかしてないだけど『ちゅ』っと聞こえたような気がして。俺は再び真央ちゃんから視線を外せずにいると。
「大地センパイ、そんなに見つめられると……私の方が恥ずかしいです」
顔を両手で覆うように、真央ちゃんは顔を伏せていた。
「はい、アツアツのダージリンとアップルティだよ」
俺と真央ちゃんとマスターしかいない店内は、まるでバイト終わりのいつもの風景。今日のカウンターには、ダージリンだけでなくアップルティも添えられていた。
プレゼント
「大地センパイ、今日も送って下さってありがとうございます」
「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。それとこれ、今日のお礼」
「えっ」
「気に入ってもらえるかわからないけど。じゃあ真央ちゃん、またね」
「え!? 大地センパイ待って下さい」
大地センパイは逃げるように、立ち去ってしまった。
「ここまで鈍すぎるのは……罪だと思うんです、大地センパイ」




