自分が立ち止まってる間にも、周りの世界は足を止めずに進んでいく
すっかり日が落ちて、明かりが灯り始めた街の中を、ナズナと二人で連れ立って歩く。そういえば最近は、始まりの街って戻ってきてもすぐどこかに出かけてたから、こうしてゆっくりここの街を歩くのって、ほんと久しぶりかもしれん。僕はきょろきょろ周りを見渡しながら歩く。
「ほら、あんまり前見ないで歩くと、ぶつかっちゃうよ」
さっとナズナに手を取られ、僕たちはそのまま手をつないで雑踏の中、始まりの街をあてもなく彷徨った。店頭に並んでいる品物を覗きながら小一時間ほど歩いた後、ナズナに手を引かれて、裏路地の方に入っていく。そしてそのまままっすぐ進むと、小物の売っている小さなアクセサリー屋に着いた。……見覚えある、ここ。
「ここでお揃いのネックレス、買ったよね。ずっとつけててくれたの、嬉しかったなあ」
そして、またちょっと歩く。その間、黙って連れ立って歩いているうちに、僕はさっきのみんなとの会話を思い出す。……自分の都合に巻き込みたくない、っていうのも本当だけど。……本当のことを言って、どうなるかが怖い。結局、僕はそれを言いつくろってるだけだと思う。そう考えてうつむくと、ナズナが手を引っ張っているのが分かった。そのままずんずんと進んでいき、僕たちは見たことのあるカフェに辿り着く。
「ここで、サロナちゃんに仲間に誘ってもらったんだよ。あの時は本当に誰も頼れる人がいなくって。そんな中、手を差し伸べてくれたあの時のこと、私はずっと忘れないと思う」
そして、見覚えのある道を抜け、歩き。僕たちはギルドに辿り着く。
「ここだったよね、初めて会ったの」
「そういえば、そうですね……もうずいぶんと、昔のことのような気がします」
「絡まれてたら、急に割って入ってくれたんだよね」
うーん、当時の僕の方が思い切りは良かったのかも。今ならああでもないこうでもないって、考えちゃう気がするし。確かあの時は、通りでギャレスに助けてもらったから、僕も誰かを代わりに助けよう、とか思ってた気がする。おお、真っ当。
「あんまりマナーが良くない三人組でしたねえ」
「そう、あの時のこと、覚えてる?」
……あの時?僕は首をひねるが、特に変わったことはなかったような気がする。ナズナが絡まれてて、僕が間に入って、ギャレスが冒険者をぶん投げて、終わり。
「一応は」
その時、ナズナがつないでいた手を離して、一歩ずつゆっくりと。少し前に歩いた後、振り返って僕の正面に立ち、こちらを真っすぐ見る。
「あのね、ずっと気になってたことがあるの。その時から、ずっと。……ねえ、サロナちゃんの、本当のステータスには。一体、どんなことが書いてあるの?」
「え」
「おかしいよね。あの時って、私の性別が男の子だからって言ってステータスを見せて、追い払ってくれたんだよね。でも、その時ちょっと、あれ?って思ってたんだ。だって、私のステータスに性別表示なんて、あったっけ?って。覚え違いかもしれないから、その後自分で見てみたけど、当然そんなものはなかった」
「そうでしたっけ……?ちょっとよく覚えてないかもしれません」
「そうだったの。でも、後で催眠術を使えるって聞いて、ああ、あれは催眠術だったんだ、ってその時は納得したんだけど。でもね、おかしいの。だって今日、言ってたよね。複数相手の幻覚を制御できるようになったのはつい最近だったって。あの場でステータスを誤認した人は少なくとも冒険者3人と私の計4人いた。……じゃあ、あれ?あの時のあれは一体何だったんだろうって」
普段通りの顔、普段通りの声で話すナズナ。それがかえって怖い。
「幻覚じゃないなら。ひょっとしたらステータス表示そのものをいじれる、とか?だったら、その人のステータスも本当は何か嘘があるんじゃないかって、そうぼんやりと思った。隠さないといけないステータスって、一体なんだろう?って。正直、そこまで不思議に思ったのは、つい最近なんだけどね。……それにね、幻覚じゃない証拠、まだあるの。その人が寝てるときにね、こっそり鑑定してみたりもしたんだけど。ステータスはそのままだったんだ。幻覚って、かける側が寝てる間も有効なのかな?それはちょっとおかしいって、そう思う」
「……寝てる人を無断で鑑定するのはいかがなものかと思います」
「そうだね。でも、私はもっとその人のことを全部知りたいって、そう思ったから。良くないことだと分かってたけど、したの。正直ちょっと興奮しちゃった」
うわあ。この人変態だ。でもなんかその評価は今更な気がした。隠してないし。
「ちなみに、したのは鑑定だけですよね……?」
という僕の問いかけには、ナズナは笑顔で首を傾げるだけで、何も答えてくれなかった。そして話は続く。
「それでね、この前、予言者の人の所に行ったじゃない?あの時もおかしいな、って思った。だって持ってるものがいきなり真っ二つに壊れるなんて、そんなこと普通ないよね。それも、何度も。あの方位磁石は何で壊れないといけなかったんだろう。あの場で壊れなかったら、どうなってたんだろう?って思った。あのアイテムが無事作動して困るのって、どんな人?……その答えを、すぐその場で言ってくれた人がいるの」
……上級魔族にとって不都合なものだから、攻撃を受けてるかもしれない、とそう言った記憶が僕には確かにあった。
「そうだよね。その場に上級魔族がいたら。どんな手を使っても壊そうとしたんじゃないかな。だって黙って見てたら自分の方を指されちゃうもんね。あの時は、まだ指した後にどんな動きをするかはわかってなかったから。もし本物の方位磁石みたいに、一番近くにいる上級魔族を指し続ける、なんてことになったら大変だし。自分が動いたら、その分方位磁石の先も動く、なんてことになったら。さすがにバレバレになっちゃうしね。……そして、その場にいた人の中で。誰にも気づかれないまま、そんなことをできる人って一人しかいないの。……もし私だったら、磁石を壊すんじゃなくて、指した方向を幻覚でごまかす、ってすると思うけど。その人は必死だったんだろうね。壊すことしか、頭になかった」
その発想はなかった。確かにそうすればよかった。スパイ役をするのに適任な人間がここにいます、今は亡き運営様。……何と言うかこの結果は、僕が何か考えてる間に相手も何か考えてる、っていう当然なことを忘れていた僕のミスだと思う。誰だって、何かを考えて、生きて動いてる。程度の差、速度の違いこそあれ。そのことを、僕は知っていたはずなのに。
「それでね。……最初の話に戻るんだけど」
アカン、刺される。向こうの方がステータス的に上だし、逃げ切れない可能性大。そう考えていたら、僕の両手が自動的に両手で祈るようなポーズを取り、目が閉じられる。……諦め早い!そして、運命を潔く受け入れ過ぎ!でもそれに続き、僕も同じようにして諦める。ここまで黙ってたなら、そうされてもしょうがない。それと同時に、どこかでちょっとほっとする。
「……あれ?」
……そのまま、いつまでたっても何も起こらないまま、僕が恐る恐る目を開けると、ナズナも怪訝な顔で首をひねっているのが目に入った。
「あの、サロナちゃん……?ステータスがいつものままなんだけど。まだ?」
「えっ?」
「サロナちゃんが私に隠し事をしてるのが、嫌なの。だから見せて」
「えっ??」
「見せて。可愛いけど、今はそういうのいいから」
「……あの、刺さないんですか?」
「そんなことする訳ないじゃない。え、一緒に死のうとか、そういうお誘い?……うーん、悪くないと思うけど、もうちょっと一緒に過ごしたいから、今は駄目かな」
「……だって、ずっと嘘ついてたんですよ?怒らないんですか?」
「だからそれが嫌だから、見せてって言ってるんだけど……別に隠してる内容は想像つくし、いいの。その理由もね。怒るとかじゃなくて、隠さないで、ってだけ。別になんだっていいじゃない。私にとっては、単なる肩書。サロナちゃんはサロナちゃんなんだから」
(お知らせ)
明日、微妙です!帰り遅いです。
早めに帰ってきたら書きますけど、たぶん無理です、すみません。




