【XII】吊るされた男 ~松平信康~
■史実
松平信康、またの名を、岡崎三郎。
武勇に優れ、情に厚く、「これほどの殿は無し」と臣民に愛された若者。
9歳にして信長の娘、五徳姫と結婚し、信長の「信」の偏諱をもらう。
いくつもの逸話を残すが、武田内通の疑いをかけられて20歳の若さで切腹。
■ゲーム世界(二俣城内)
「戦目付どのであっても、ここを通すわけにはいかん。
これは、徳川の問題である!」
「ほほう、その件の処断を含めての織田家の目付職である。
そこもとは、隠し立てされる気かっ!」
織田家の家紋入りの目付監察をちらつかせながら、
徳川家の名も無き武将に『脅迫』を使用。
「う、くくっ」
「ここは、拙者が取り仕切る。お控えなされよ」
横から服部くんが取りなしてくれたので、俺たちは二俣城の奥御殿へと行くことが出来た。
目付就任時に貰ったアイテム「目付鑑札」。
これをチラつかせれば、二俣城を自由に歩ける。
「立ち入り禁止」と言われる事もあるが、言いくるめるのは魅力特化の得意技
頭の固い徳川家の配下武将をすりぬけて、竹ちゃんのいる座敷牢へと向かう。
「主の本心も知らず、うわべの命令だけで動くバカが多くて困ります」
長い廊下を歩きながら、ぽつり、と愚痴る半蔵。
「嫡男を害し、どのような顔をして主に見えるつもりなのか……」
しばらく、無言で廊下を歩く。
とぼとぼとうつむいて歩いていた半蔵が、いきなり顔をあげた。
「もしや……、若殿と交流のある佐久間殿が目付として、二俣城へ来た事、
若殿を助けようとする織田殿の本心なのではあるまいか?」
それはねぇだろ と思いつつ、ちょっといたずらしてみる。
「察しろ。半蔵」
わざとらしく、そっぱをむく。
「ううっ……、主は、主は、同盟すべき相手を間違えていなかったッ!」
服部くんは、また男泣きに泣きだす。
「そうなんですか?」
相馬が横からこっそりと尋ねてくる。空気読めよ。
「そうなんです」
そんな主従漫才をしながら二俣城の廊下を歩くと、座敷牢に辿り着いた。
太い木で出来た檻で囲まれた座敷に若い男が一人、
こちらに背を向けて胡坐をかいて座っている。
牢番が2人いたが、服部くんが用事をいいつけて引き離した。
「その声、服部か……。無念なり。
武田との戦に出陣することができれば、無実も晴らせようというものを」
「若。その無念、今はお飲みください。佐久間内膳正殿をお連れしました」
「な、なんだと!?」
信康は、あわてて座禅を解いて、こっちに向かって駆け寄ってくる。
「もう、10年ぶりになるか。佐久間殿」
「そうだな、たけちゃん」
「はは、その名で呼んでいただけるとは。甲府の放火魔、両川返し。
佐久間殿の武勲を聞くたびに、俺はそうなりたしと願い、奮戦してきた」
良い子は放火を真似しないでください。
「若、今は悲しんでいる場合ではありませんぞ。
仕置きの期日が明日と決まりました」
半蔵の言葉を耳にした信康の顔が、苦痛にゆがむ。
「織田の目付が、この城に着いたか。
しかし、明日 とは急だな。佐久間殿と満足に話す間さえ持てぬとは」
ため息とともに、崩れ落ちるように座り込む。
一呼吸ぶんだけ、じらすように時間を置いてから、俺は信康に話し始める。
「信康。俺がその織田家の目付だ。
段取りを踏むのに時間がかかって、ここに来るのが遅くなった」
「佐久間殿が戦目付ですか?」
「お前を、ここから連れ出す」
意味ありげに、にやりと笑っておく。
ガタンと大きな音を立てて、信康が勢いよく立ちあがる。
「そんな事をすれば、佐久間殿の身が」
「俺は、戦目付様だぞ?
あとのことはどうとでもなる。信康、ここから逃げるぞ」
信康は、ゆっくりと目をつぶって首を振る。
「佐久間殿、ここから出るということは、父に逆らうことになります。
私には、出来ない」
予想通りの回答がかえってくる。
「今、二俣城は戦に備えて、近隣の野人の出入りが多い。
服部の助けがあれば、彼らに紛れ、すぐにでも逃げられると思わないか?
もっと逃げにくい場所は幾らでもあるというのに」
無言になった信康と半蔵を見ながら、俺は言葉を続ける。
「そして、お前と親交のある俺が、目付になった事をどう思う?」
「そ、それは……」
「徳川の老臣がお前の罪を認めてしまったことは、動かせぬ事実。
武田と死力を尽くした激戦に入るこの時に、それを放置することは出来ない。
だが、それを利用したのが、お前の父親と岳父信長の策だ」
「なんですと!」
服部くんが驚きの声を挙げる。
「この戦、十中八九、徳川は負ける。
父親と嫡男が揃って戦死すれば、徳川の家は滅ぶ。
だが、お前は戦に出るな、といっても聞かないだろう?」
「俺は、父に見捨てられては居なかったのですね……」
魅力特化だと、適当な事をほざいても、AIが盲信してくれるから楽だな。
「服部、明日で死ぬはず というのに、嬉しくて眠れそうにない」
「信康、寝不足で手順を間違えるなよ」
単に牢屋から逃げ出しました では追手がかかるし、後々面倒な事にもなる。
ここは、「信康は死にました」フラグをきちんと立てておく必要がある。
騙す相手は、二俣城に詰める徳川家の配下武将たち。
彼らは、主君家康の命令に正直に従って、信康を殺そうとしている。
こちらの陣営は、服部半蔵と配下の伊賀衆、それに流水斎と、特殊技能集団には事欠かない。
武田家上楽イベントの裏で、ひっそりと信康救出イベントが進む。




