上月城の戦い4 ~両川返し~
■ ■
「上月城襲撃」
早馬が届けた報告を、本拠地に帰還する小早川・宇喜多両軍は一笑に付した。
戦闘が行われなかったため、双方の戦力比は変わっていない。
むしろ、上月城を手に入れたぶん、毛利方の方が有利に立っている。
上月城には、1万の兵が籠っている。
対する尼子・豪族連合が総勢でかかっても、攻城には少なくとも一カ月かかり、
毛利勢は、転進、急行すれば、2日で上月城城下に戻ることができる。
この戦役は、宇喜多の要請で行われたものであるので、小早川隆景は軍議を行うために、宇喜多忠家の元へ向かった。
宇喜多勢の陣幕では、宇喜多が小早川を待ち構えていた。
「先ほど、早馬が来ましてな。
尼子が1万5000ほどで高倉山から出陣、上月城を攻撃したそうです」
「こちらにも、その情報は届いています。
さて、3倍の兵力なら勝てるとでも思ったのでしょうかね?
転進して叩き潰しましょう」
「兄上に伝えなくても良いのですか?」
宇喜多の細い目が、さらに細くなる。
「いやいや、兄が不覚にも取りこぼした尼子の残党。
弟としては、叩き潰しておくことが兄孝行というものでしょう」
■上月城
元城主が、尼子勝久とぽえるの前に引き出されてくる。
「あの狙撃は、わざと外したのか?」
「はい、落とし穴に誘導させていただきました」
「完敗である。我が身柄、好きにしろ」
城主は、胡坐をかいて地面に座り、観念したように目を閉じる。
「急いで宇喜多本隊に戻って下さい。
投降した宇喜多家の兵たちも、追って解放いたします」
「なぜだ?」
城主は、理解できない という顔で首をかしげる。
「宇喜多家と織田家の間に、密約が成り立ったゆえです」
「解放してくれるというのなら、ありがたく帰らせてもらうか」
城主は、馬を与えられ、怪我の手当てを受けた配下とともに、急ぎ宇喜多本隊を目指す。
■主人公のターン
森の中で、我が部隊は奇襲をかけるために隠れ潜む。
小早川隊は、目と鼻の先だ。
「お館さま、小早川は宇喜多の陣に行っているようですぜ」
「ここまで上手くいくと逆に怖いなぁ」
予想以上に小早川の帰還速度が遅く、そして我々の進行速度が速かった。
ゲーム内で数時間で、小早川勢を捉えた。
さらに運の良いことに、主将の小早川隆景は主だった配下武将を引き連れ、宇喜多忠家との軍議のために自陣を不在にしていた。
宇喜多勢は、ここから半日ほど先を進んでいる。
忍者たちの諜報活動で、彼らの動きは手に取るようにわかる。
小早川勢は、小早川隆景の得意兵種にあわせて、弓・鉄砲兵を主体とした構成。
しかし、ここで休憩している兵たちは、弓弦も張らず、火縄の準備も行わず、手持ち無沙汰に寝転がっている。
大軍であることの安心感と、自領に帰還していることで戦場の緊張感が解けているのだろう。
これぞ、神が与えた好機。
小早川勢は元々2万弱の兵力。上月城に数千を配置しているため、
ここに居るのは1万数千にすぎず、さらに奇襲の好条件が揃いまくっている。
殲滅は難しくとも、十分に打撃を与えられるだろう。
「よし、気の抜けた小早川勢を大いに叩くぞ!」
強行軍によって60台にまで減少した士気の回復のため、
俺は魅力系スキル『鼓舞』を使用。
幸運はさらに続き、頭上に「大成功!!」の文字がきらめく。
『鼓舞』はバージョンアップで新しく追加された、士気回復用スキル。
使用者の魅力値に応じた士気を回復する。
士気は、強行軍や連続した戦闘、罠や策などで低下し、部隊の攻撃力・防御力・移動力に影響を与える。
大幅に低下すると脱走兵がどんどん出てしまい、部隊が崩壊する。
それを防ぐことができるので『鼓舞』は強力だが、再使用間隔がかなり長く、使いどころが難しいスキルである。
「ふっ、勝ったな」
『鼓舞』の大成功エフェクトを横目に見ながら、俺はニヤリと笑う。
次の瞬間。
「「「ヒャッハァァァァ!!」」」
配下兵士たちは人間離れした雄叫びをあげながら、通常の3倍の速度で小早川勢に向かって突撃していった。
「つ、つづけぇ!佐久間勢に遅れるな」
友軍の山中幸盛は一瞬あっけに取られていたが、あわてて配下を率いて追いかけていった。
「お館さま、何なんですかアレ……」
取り残された相馬があっけにとられる。
あわててメニュー画面を開き、部隊情報を確認すると、最大100のはずの士気が420になっていた。
「……バグだ」
■
GMコールを行うと、すぐに受付と繋がる。
【はい、GM受付です。
お客様、もしくは他のプレイヤ様のゲーム進行に、
緊急性の高い、重篤な影響が出ておりますでしょうか?】
「いえ、そこまで緊急というわけでは無いですが……」
【現在GMコールがこみ合っております。申し訳ありませんが、
15分ほどお時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?】
「……、はい、わかりました」
GMが来るのを待つ間、向こうの方から小早川勢の悲鳴が聞こえてくる。
なんとか気を取り直し、相馬と健太郎に兵糧と攻城兵器の焼き討ちを命令する。
そして、一人になってから上月城の方角を向くと、ため息が出てきた。
「ごめんよ、ぽえる。俺、頑張ったんだけど、ダメだったよ……」
きっかり15分後、戦国時代には場違いな、真っ黒なスーツを着たGMが目の前に現れた。
「どのようなご用件でしょうか?」
「『鼓舞』のスキルを使用して大成功が出たところ、
部隊の士気が100を超えて、兵士たちが暴走を始めました」
もう、向こうからの喧騒は聞こえない。
「では、ステータスとログ記録を拝見いたします」
GMは、虚空でタッチパネルを扱うような動作を始める。
「ログを見つけました、状況は……ぷっ、
失礼しました。データを修正し、部隊の士気をもとに戻しました。
ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
GMは笑いをこらえながら、一気にまくしたてる。
「正式なお詫びとご報告につきましては、
後日、改めて担当のものより行わさせていただきます。
しばらくは『鼓舞』の使用をお控えください。それでは、失礼いたします」
GMの姿が消えると、入れ替わりに配下兵士たちがばらばらと帰ってくる。
メニュー画面で見ると、士気は『鼓舞』を使用する前の60台に戻っていた。
上月城に向けて撤退しながら状況を確認する。
あの突撃で、小早川勢は潰走、さらに食糧、攻城兵器を失っていた。
うちの配下は暴走していただけが、
山中幸盛はちゃんと仕事をやってくれたらしい。
こちらの損害は、ほぼゼロ。
兵士たちのモブ離れした戦闘力の前に、小早川勢は恐れをなして手出しせずに逃げ散った というのが実情であった。
釈然としないものが残るが、勝ちは勝ち と割り切ることにした。
ちゃんと戦っても、きっと勝てたんだからね!
【スキル『鼓舞』に重篤な不具合が見つかりました。】
【一時的に『鼓舞』の使用を停止させていただきます。
ご迷惑をおかけし、申し訳ありません】
今さらのように、システムメッセージが流れる。
■ ■
「これは何事かっ!」
自陣に戻った小早川隆景が、燃え尽きた攻城兵器を前に語気を荒立てる。
彼の前には、留守居役の武将が小さくなっている。
「佐久間め、やってくれる。
逃散した兵を再編しだい、奴を叩くぞ!」
「お館さま、それは止めた方がよろしいかと」
小早川の配下武将が静かに進み出て、彼を引きとめる。
「何故か?」
「さきほど入った情報によりますと、上月城は既に敵の手に渡ったと」
「たった半日で、1万の兵が籠る城が落ちた だと!?」
「はい。
逃げ帰ってきたものの話では、宇喜多の裏切りにより門が開かれたとか。
さらに、捕獲されたはずの城主が解き放たれ、宇喜多陣に帰還した との報告もあります」
「宇喜多の裏切りが正しければ、佐久間を追撃すれば、死地に至る か」
「御意」
小早川隆景は、大きく深呼吸をし、思考を整理する。
「わかった。この合戦は負けだ、帰るぞ。
宇喜多には、反転無用 とだけ伝えておけ!」




