甲府、再び!
大規模バージョンアップから1週間が過ぎた。
ようやく、8*8拡張クエストの混雑も緩和されてきた。
後先ではあるが、元太の結納品納めも兼ねて、平安京に行くことにした。
元太の嫁、けいさんは、中原の兄の娘、すなわち姪だ。
実家は、検非違使上がりの由緒ある家柄。
現在(1560年代)では、平安京警察機構にあたる弾正台で巡察(正七位下)を務めている。
そこの次男坊である中原は、先祖の遺言に従い俺の元に来たというわけだ。
三毛村さんと和尚に知恵を借りながら結納品一式を揃える。
本来は、仲人など面倒な手続きがあるのだろうが、
既に事後だし、こちとら成り上がりの武家だから無し。
連れて行く配下は、当人の元太。それから……
「お館さま。よろしければ、お供が適いますでしょうか?」
相馬姉が自薦してきた。彼女は槍を使う。
いつも、背の高さほどの十字槍を持ち歩いている。
武力が高く、元太や中原と同じような戦闘型の武将である。
女性にしては背が高いが、筋骨隆々というわけではなくスリムな体型だ。
このゲームでの「武力」は、腕力や体力、耐久力といった、
肉体的馬力の総合値として表現される。
敏捷力、素早さといった要素は、「武力」と「技術」で折半される。
「力」で勝負するのが武力型。「技」で勝負するのが技術型。
とはいえ、技術特化というのは武力特化に比べると、
ダメージの決定力が不足する上、スタミナ切れを起こしやすい。
技術特化での戦闘は、銃器を使った遠距離戦闘系か、
近接戦闘系は、忍者のような速度を生かした攪乱タイプに限定される。
「わかった。かえでさん頼む」
今回は、結納品を持っていく必要があるので、歩きで平安京へ向かう。
幸せの重さ だと思って、元太に頑張ってもらおう。
平安京まで、小一時間の道のり。
途中、かえでさんから相馬の様子を尋ねられた。
やはり姉弟だけあって、気にしているのだろう。
先の東日本旅行の事を話す。
相馬は、尾張で酔いつぶれ、三河で脱落し、甲府で丸焼けになり、
上野では山道に迷い、越中ではへたな歌を詠み、飛騨では元太におんぶされていた。
やばい、良いところが何もない。
最初は笑いながら聞いていたかえでさんの機嫌がだんだん悪くなり、
徐々に口元が引きつってきた。
「申し訳ありません。お館さま。あの子は昔から口先ばっかりで」
「あ、いや、病院作ってくれたのは彼だし、良くやってくれているよ」
「ちょっと待ちなぁ」
定番の街道盗賊団の登場。いやぁ、こっちこそ待ってましたよ。
十数人は居るだろうか。先頭に立っている髭の濃い男が首領らしい。
「荷物を置いてさっさと、ゲフッ……」
かえでさんが電光石火の速さで槍を繰り出し、穂先が首領の首を貫く。
そして、槍を引き抜く勢いを横に流し、隣にいた盗賊の頸動脈を掻き切る。
二人の盗賊は、光の粒になって消滅した。
「その髭全部むしり取るぞ!」
スキル『威圧』。
その効果は、敵の士気を下げ、兵士を逃亡させる。
首領があっという間に倒れ、ただでさえ士気の落ちていた盗賊たちは四散してしまった。
「見苦しいところをお見せしました」
かえでさんは、ぺこりと俺に一礼すると、槍についた血のりを拭い取る。
元太が刀に手をかけたまま、茫然としていた。
NPC専用スキル『流派』。
ある武術に習熟していることを指すスキル。
流派持ちのキャラクターは、対象武器の扱いに熟練している。
上泉伊勢守などの過去の剣豪にプレイヤが敵わない理由のひとつが、
この『流派』スキルの存在にある。
かえでさんの流派は、三日月を模した構造の十字槍を扱う
『流派:宝蔵院流槍術』。
槍は、熟練した使い手が扱うと、非常に広い領域が間合いとなる。
『勧誘』をする間も無く、盗賊団が壊滅してしまった。
「あ、あの、かえでさん?彼らも話せば通じると思うから、
いきなりはやめておこう」
「そうですか?お館さまは、慈悲深いお方ですね」
彼女に任せておくと、『勧誘』する相手が居なくなりそうだ。
■
久しぶりの平安京。
バージョンアップ特需はひと段落し、普段の状態に戻りつつある。
まずは、中原の実家に挨拶に行く。
昔の平屋だった頃の館と同じような、木造の建物。
中原の兄貴は、使い回しと思えるほど、中原にそっくりだった。
「元太の父親の、佐久間内膳正です。
遅まきながら、結納の品々を持ちました」
「おおぅ、これはこれは。狭い所でなんですが、上がってくだされ」
家の中は、掃除が行き届き、清潔な印象を与える。
「いやぁ、けいのやつ、あの通りワシに似て、大女でのう。
元太殿であれば、お似合いじゃ。ふつつかな娘だが、可愛がってくだされ」
中原と違い饒舌で気のいいおっさんだった。見た目「モンク」だったけど。
そして、8*8マス拡張クエスト。
このクエストは、国持ち大名家2か所にお使いをする。
俺は、近畿エリアを初期選択したので、関東より西の大名に限定される。
それだけなら、大した話ではないのだが、俺には一か所だけ、アウトな国がある。
あそこにだけは行きたくない。
意を決して、内裏の入口、朱雀門の門番に近づく。
門番が気づいて話しかけてくる。
「おぉ、そこに行くのは佐久間殿ではないか。
畏れ多くも、山科さまから頼みがあるという話だ。
山科さまのお屋敷へ行ってみるがよい」
【8*8マス拡張クエストを受領しました。
山科卿の屋敷へ行ってみましょう。】
これで拡張クエストが開始された。
次は、山科言継の屋敷。
山科言継。正二位権大納言、死後に従一位。
ゲームの中では、官位を餌に金銭をタカリに来るやり手の公家だ。
クエストのガイドカーソルに従って、山科卿の屋敷の前に向かう。
「浦安ネズミ王国」と、一時期揶揄されたほどの混雑はもうない。
さすがに屋敷の敷地は広大で、中原宅とは比べものにならない。
門番に話しかけると扉が開き、中から公家装束を来た、家宰っぽい人が出てきた。
「佐久間殿、その方より申請のあった領地の拡張許可を与える。
だが、その前に各地の武家に手紙をことづけて貰いたい」
家宰はもったいぶりながら、手紙を懐から出す。
「まずは、飛騨、姉小路家」
よし!セーフだし、行ったことがある。楽勝だ。
「そして、甲斐、武田家」
よし!アウトだし、死んだことがある。最低だ。
「では、よしなに頼むぞ」
家宰はいう事を言ったら、さっさと屋敷の中に引っ込んでしまった。
これが普通のクエストであれば、クエスト放棄という手もあるのだが、
今回ばかりは逃げようがない。
自分の運の悪さに愕然としたが、気を取り直し、
飛騨から回ることにして、平安京から出た。
一度行ったことのある城下町には、瞬間移動、通称「転移」が出来る。
転移は、町の中で行うことはできず、一度、町の外に出る必要がある。
そして、先方の町の外へと移動する。
平安京から数歩外に出てから、飛騨の下呂に転移。
相変わらず、温泉の湯気がたゆ立っている。
周囲は紅葉のシーズン真っ盛り。赤や黄色で山々が彩られている。
露天風呂から眺めたら最高そうだが、今はそんな気分では無い。
城下町を抜け、桜洞城の入り口で門番に手紙を渡す。
【飛騨、姉小路家 クリア】
次の甲府が大問題だなぁ。
城に近づいたら、拘束されそうな気がする。
とぼとぼと歩いていると、見覚えのある赤いマフラーをたなびかせた人が見えた。
「赤影さ~ん」
「おっ、佐久間くん。元気そうだね」
こちらに気がついた赤影さんが手を振る。今日は一人のようだ。
「赤影さん、忍者ですよね。変装ってできますか?」
「できるぞ。佐久間くんに化けてみようか?忍法、顔盗み!」
赤影さんは、横道に入りこんで、しばらくごそごそしてから出てきた。
もちろん、仮面は外している。
そこにある顔は、俺に似ているような似ていないような。
知っている人が相手なら、騙せないかな。60点というあたりだ。
「う~ん」元太もかえでさんも、OKかNGかの判断に困っている。
まぁ、相手は初見だろうからこれでいいだろ。
「赤影さん、その変装って、甲斐の乱破に通じますかね?」
「当然だ。影に不可能はない」
「じゃ、試してみましょうよ」
赤影さんとPTを組み、甲府の郊外に転移した。
町の外で、組み分け。
赤影さんと元太の組と、俺とかえでさんの組。
「じゃ二手に分かれて甲府の西門で落ち合いましょう」
「よし、よくわからんが、東門から西門に甲府を突き抜ければいいんだな」
モノわかりの良い人は話が速いな。
これぞ忍法「生贄の術」。
派手に、おとりになって下さい、赤影さん。あとで歌舞伎町で奢ります。
俺は虚無僧に変装をしてから、別途甲府の町に入り、城に向かって進む。
かえでさんには、護衛として少し離れたところをついてきてもらう。
彼女はあの時に居なかったから顔バレしていない。
しばらく歩くと、町の反対側で怒号や悲鳴が聞こえてきた。
赤影さん、派手にやってるなぁ。
向こうが注意をひいてくれている間に、本城に近づき、門番に手紙を渡す。
門番は、町の方から聞えてくる爆発音に気を気を取られている。
それに、手紙は差出人の山科卿の名前があるが、俺の名前は無いから大丈夫。
【甲斐、武田家 クリア】
よし!無事にクエストクリア。
急いで合流地点の西門へと向かう。
「おいおいおい、なんか凄いことになってるぞ!」
西門への途中で、俺に変装した赤影さんと元太が走ってくるのと合流した。
「なんとか追手を巻いてきた。速く脱出しよう」
赤影さんが息を切らしながら言う。
町の中では、転移は出来ない。一度、町の外に出る必要がある。
俺たちは、全速力で最も近い西門へと向かう。
数分もたたないうちに、西門が見える。
だが、それを阻むかのように門の前で仁王立ちしている小柄な武将が居た。
「山県三郎兵衛、推参。直れ曲者っ!」
やばい、武田家の大物が来た。
さすがに平時なので着流し姿だが、手に槍を持ち、身構えている。
「お館さま、ここはお任せください!」
かえでさんが走る速度を上げ、槍を構えて山県に突っ込んで行く。
双方の槍が撃ち合い、軋むような音をたてる。
気合い声と共に放たれた突きをかわし、横薙ぎを打ち払う。
槍の熟練者の技術は、突く時よりも引き戻しと振り回しに現れるという。
山県の槍さばきは、かえでさんよりも鈍い。
数合の打ち合いを重ねた後、山県の槍はかえでさんの十字槍に絡み取られ、穂先は空しく地面を叩く。
「今のうちに、速く!」
山県は、槍の穂先を地面に押さえつけられ、体勢が前のめりとなって動くことができない。
「釣りはいらない。全部持って行け!」
赤影さんが山県の横を走り抜けながら、山県の顔面に何かを投げつけた。
投げつけられたモノは山県の顔で破裂し、入っていた赤茶けた粉末をまき散らす。
「くっ、目つぶしか」
山県がひるんで、槍を取り落した。
その隙に、かえでさんは身をひるがえし、山県の横を駆け抜ける。
俺たちは全員そろって城門を走り抜け、町の外に出た。
「転移、佐久間領」
転移特有の浮遊感の後、俺たち4人はなつかしの佐久間領に戻ってこれた。
俺は何もしていないのに、またあの国との関係が悪化したような気がする。
赤影さんは俺に変装したまま乱破と交戦したり目つぶし投げたんだよな。
「う~酷い目にあった」
赤影さんは、いつの間にか変装を落とし、仮面を付け直していた。
「いやぁ、赤影さんのおかげで助かりました。
ちょっとうちの領地で遊んで行って下さいよ」
もちろん、行くのは歌舞伎町。
「舞蹴!上客だ、粗相のないように、接待しておけよ!」
「イェス!ボス!」
舞蹴と、取り巻きの女の子が、赤影さんを酒場につれて行った。
こっちはこれでいいだろう。
事後報告のため、転移で平安京に向かい、山科卿の屋敷へ向かう。
「御苦労であった。領地の拡張許可を与える」
【8*8マスへの拡張工事が始まりました】
これで、明日には拡張しているはずだ。
やれやれ。
次回「洞窟と竜!(赤箱)」
ねんがんのだんじょんをてにいれたぞ。
ちょっと、遅くなります。




