魔弾の射手! ~Kapitel 1~
「佐久間~。いきなりで悪いんだけどさ、
例のもんぶらん、土曜までに10個、できれば20個作れないかな?」
佐野と一緒にフリーエリアで銀稼ぎの野良PTをしていたら、波野からもんぶらんの発注があった。
佐久間もんぶらんは、改良に改良を重ねて、現在は6世代目にあたる。
既に生半可なレシピでは無くなっており、独特の風味が好評で固定客も出てきた。
波野からも、1個2個の発注は時折あったが、ここまで纏った数の発注は珍しい。
「なんとかなるかな。でも、そんなにたくさんどうするんだ?」
「こんど、女子会するのよ。みんなでスイーツのお勧めをたくさん持ち寄るの」
いくら食べても、VRなら太らないからな。女子にはありがたい事だろう。
「わかった。20個作って、送っておくよ」
「ありがとう。よろしくね」
そんな会話をしてから1週間後。俺は佐野の領地に来ていた。
佐野の領地は、牧場や鍛冶屋、侍所など、軍事系の施設が多い。
俺と佐野は、先日の合戦の反省会。ああでもない、こうでもないと悩んでいた。
そこに、波野からコールがあった。
「こないだのもんぶらん、女子会で好評だったよ。
それで、追加注文いいかな?もっと食べたいって娘がいるんだ」
ほうほう、好評というのはうれしいな。
「良いよ。何個くらい?」
最近、工芸所を拡張したので、産出数に余裕ができている。
「30個」
「30!?いくらVRとはいっても、それはちょっと多すぎな気が……」
VRで味覚は再現されているが、胃袋の容量上限は再現されていない。
リアルではありえない量を食べることも可能だ。
とはいえ、味に飽きないというわけはないのでいくらなんでも30個は多すぎる。
「だよねぇ。すごく気に入ったって、ほとんどその娘が食べちゃったんだよ」
「すげぇなぁ。届けておくから、名前教えて」
波野は、少しの間考えこむ。
「ちょっと人見知りする娘だから私から送っとくわ。私のところに送っておいて」
「OK。でき次第、波野に送っとく」
コールを切って、反省会に戻る。
先日の合戦は攻城戦だった。
古びた山城に籠る斉藤家とそれを攻める織田家の戦い。
城攻めとはいえ、戦力的には圧倒的に織田家が多く、またたく間に門が破壊され、
残すは本丸と2,3の矢倉を残すのみという場面。
俺も佐野も、城内に侵入して曲輪を歩いていた。
二人とも、味方の圧勝に酔い、完全に気を抜いていた。
その時、轟音と共に飛来した一発の銃弾が、佐野の体を打ち抜く。
佐野は、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
助けに行った俺にも銃弾の雨が降り注ぎ、俺は領地に自動撤退した。
佐野も、追いかけるかのようにトドメをさされ、自動撤退になった。
その、あまりにも一方的な展開に俺たちはしばらく領地で呆然としていた。
この時代の鉄砲というのは、命中精度が良くない。
それを再現するため、鉄砲射撃はある程度の確率で弾道が歪む仕様になっている。
鉄砲をメイン武器とする場合、多くのスキルで補正しないと使えた代物ではない。
『鉄砲取扱』(鉄砲使用の必須技能 弾薬生産にも必要)
『精密射撃』(歪み発生確率の減少)
『精度向上』(歪み発生時のブレ幅減少)
『狙撃』(有効射程の延長)
『暴発防止』(暴発しなくなる)
『再装填短縮』(弾込めの時間が短くなる)
『近距離射撃』(至近距離での射撃を可能とする)
その他、射撃独自のスキルが多数ある。
このゲームのスキルは、何れも対象となる能力値が決まっている。
プレイヤーは、能力値の1/10(端数切り捨て)個までスキルを持つ事が出来る。
技術が100なら、技術系スキルを10個までもてる。
上限数は能力値ごとだ。技術系スキルとは別に武力系、知力系、政治系、魅力系のスキルも、それぞれの能力値基準に応じた数まで覚えられる。
ちなみに、『投網』は技術系、『逃げ足』は知力系にあたるスキルだ。
プレイヤの初期能力値合計は250なので、初期値でも合計25個まではスキルが持てる。
だが、射撃関連スキルも生産関連スキルも、両方とも技術系スキルに分別される。
技術特化は、能力値的には生産と射撃の双方に適性があり、
一見、両方出来そうなのだが、極めるにはスキルのほうに限界が出てくるのは、
そういった理由なのだ。
波野は、生産を重視したスキル構成で、射撃関連はおまけ程度。
「佐野は武力100だろ?銃弾を切り払ったり、よけたりできないのか?」
以前、ほえもんさんが、銃弾をシステムアシストで回避できると言っていた。
「一応できるけど、相手が視界のなかに居ないと無理。不意打ちだとアシストが働かないんだ」
本当に、狙撃手って恐ろしいな。
「じゃ、死角っぽいところを移動していくしかないのか」
「雑兵と同じ恰好をする ってのもあるぞ」
「それいいな」
さすがに消音機は無いので、音で相手の居場所の特定はたやすい。
兵士と同じ服にすること、相手の場所特定後は死角に移動することなどを決める。
不幸中の幸いだが、先日の合戦では、俺も佐野もプレイヤだけが襲われたため、兵士に損害が出ていない。
多少、士気が下がった程度なので連戦可能だ。
次回の合戦参加を約束し、佐野と別れてもんぶらんの準備に取り掛かった。
工芸所をフル稼働させて、さっさと作ってしまおう。
まさに、戦国ブラック企業だな。
次の合戦日。今日も攻城戦をやっているところを選んだ。
もちろん、攻める側。例のスナイパーがいるのなら、守備側にいると踏んだのだ。
合戦の状況は一進一退。
だが、搦め手側からの進攻に成功したのか、大手門からの反撃が薄くなる。
そして、ようやく門扉が破壊された。
俺と佐野は、突入する雑兵にまぎれながら、彼らを盾にして倒れた扉を踏み越えていく。
タァーーーン!タァーーーン!
複数の銃声が響き、雑兵が数人が倒れる。
銃声が聞えて来たのは、門の前方、門を見降ろす場所にある多聞矢倉。
混乱する雑兵をしり目に、俺たちは死角と思われる曲輪の曲がり角に、
一目散に逃げ込んだ。
まるで、サバゲーでもやってる気分になってくる。
曲がり角に座り込み、息を整える。
「ちょっと覗いてみるわ」佐野が立ち上がり、曲がり角に近づく。
「止めとけ、狙い撃ちされるぞ」
「それもそうだ『タァァーーン』」
銃声が、佐野の言葉を途切れさせる。佐野の腹に銃創があいていた。
「逃、逃げろ、さくまぁ…」
佐野が倒れる。自動撤退にならないので、
かろうじてHPは残っているらしい。
ここは、曲輪の曲がり角だ。周囲にある建物は、遙か後方にある多聞矢倉だけ。
高木があるわけでもない。
佐野が撃たれた方向は2mほどの高さの壁があり、壁の外は何も無く、
数mの石垣の上だ。
そこから撃たれたのなら、人の気配に気がつかない方がおかしい。
佐野は、何処から、誰から撃たれたんだ!?
タァーーーン!
さらなる銃声が聞こえたかと思うと、左肩に激痛と衝撃が走る。
撃たれた。
VR管理法により、「痛み」等の不快刺激の再現は上限が決められており、
せいぜい、デコピンくらいの痛みのはずだ。
だが、理解の出来ない攻撃を受けたショックが、それを激痛に感じさせる。
「すまん、佐野!」
俺は佐野を置いて、一目散にその場から逃げた。
背後で、何発かの銃声が響いた……
見えない攻撃の謎。どう戦えば良いのか!?
次回「魔弾の射手! ~Kapitel 2~」




