信濃国攻防戦 対決
「愚かだのう、敵の前に出ていくとは」
眼光の鋭さ、身のこなし。
目の前に居る漢は、弱々しげな演技を拭い去ると「虎」に変わった。
その牙爪で打ちのめされた俺は、無様に倒れている。
重傷状態になった影響で、一時的に行動不能ステータスが付与されている。
「お館様も人の事は言えませぬ」
「熊、ワシは特別じゃよ」
傍らの兵士が刀を信玄に差し出すと、信玄は兵士から受け取った打刀を腰に括り付けた。
変装が解けても、その漢の背丈や顔立ちはあまり変わらない。
だが、立ち姿から、先ほどは感じなかった、あふれんばかりの威圧感を感じる。
「弟の周囲がきな臭かったのでな。
ワシが身代わりとして、影武者をやったのだよ。
姿かたちの似通ったもの同士が身代わりを務める。
可笑しな話ではないだろう?」
信玄は面白そうに笑う。
逍遥件は信玄の弟であり、その酷似した容貌を生かして、影武者を務めた。
だから、逍遥軒が信玄に似ていてもおかしくない…
なまじっかな知識があだとなり、史実で語られる逸話が判断を誤らせた。
「山県を失うわけにはいかんのでな。
佐久間、討ち取らせてもらうぞ」
トドメが振り下ろされる前に、駆け付けた岩斎の棍棒が信玄に襲いかかる。
しかし、傍らの兵士が二人の間に割り込み、岩斎の必殺の一撃を受け流す。
「お館さまには手出しはさせぬ!」
「ふっ、こっちのセリフだ」
激しく噛みあう金属音に、様子を見守っていたぽえると三毛村さんが我に返る。
「今行きます!」
「全軍、お館を助けるにゃ!」
指令を受け、背後で控えていた部隊が動き出す。
その様子を見てにやりと笑うと、信玄は懐から重そうな皮袋を取り出した。
「見よ、これが『甲府金』だ。
欲しければくれてやろう。我がしもべとなれ!」
声高に宣言すると、袋の中身をまき散らす。
金色の粉末が風に乗って散らばり、星の光のように煌めいた。
その行動によって、特殊スキル『甲府金』が発動した。
いわゆる「金の魔力」で、敵を買収することを、ゲーム化したスキル。
『勧誘』などの、寝返り系スキルの上位互換にあたる。
率いてきた兵士たちの目の色が変わり、行動が止まる。
「ダメですっ!口車にのらないで!『鼓舞』」
「落ち着くにゃ『鎮静』」
ぽえると三毛村さんが必死に喰いとめようとするが、
欲にかられた兵士が寝返り、激しい同士討ちが始まった。
幸い、姻戚である岩斎と「猫に小判」の三毛村さんには、効果が出なかったらしい。
その間にも岩斎と「熊」と呼ばれた敵兵は激しく撃ち合っている。
力で勝る岩斎が、金棒を叩きつけるが、俊敏さで翻弄する熊は悠々と攻撃をかわす。
金棒は地面を抉り、深い痕跡を刻むが、熊には届かない。
あの身のこなしは、赤影さんや猿飛のような忍者だろう。
「さて、邪魔者は消えた」
まだ動けない俺の胸ぐらに、信玄の豪腕が伸びる。
(速く、動け!!)
もがいて逃げようとしても、行動不能状態では、逃げ出す事が出来ない。
総大将である俺がリタイアすれば、ここまでの苦労は水の泡。
リタイアの瞬間に、全軍の敗北が決まる。
「消えろ、佐久間」
信玄が刀を抜き、俺の胸元に突き付けた。
だが、刀が俺を貫くよりも速く。
繰り出された斬撃が、信玄の腕を切り裂いた。
信玄はとっさに避けたが、不意を打たれたせいで反応が遅れ、腕から血が滴る。
その勢いで俺の胸倉を掴んでいた力が緩み、地面に振り落とされた。
眉をひそめて乱入者を睨みつけた。
「源五郎!何故に佐久間を裏切らぬか。
貴様の考えは浅すぎる。
どちらが勝つかは一目瞭然であろう」
信玄は、傲岸に問いかける。
「我は、我が決めた事のために生きる!
貴様の尻馬にのるものか!」
真田昌幸は両手で刀を握りしめると、信玄と相対する位置に移動する。
「ほう、ひよっこが言いよるわ」
信玄は眼前に現れた昌幸に向かって斬りかかる。
その隙に、俺はようやく動けるようになった身体で距離を取り、立ちあがる。
「あー助かったっ!?」
だが、立ち上がろうとした途端に襟首を引っぱられ、再度地面に引き倒された。
地面に倒れた俺の眼前を、2本の棒手裏剣がすっ飛んで行く。
「バカ、伏せろ!佐久間ぁ」
声のした方を見ると、どこから出たのか、真田十勇士の猿飛佐助が居た。
その視線は、岩斎と切り結ぶ「熊」を見据えている。
「お前の護衛も強いが、あの野郎、かなりの使い手だぞ」
兵士の変装をしている男は、刀で岩斎の攻撃を受け流しながら、
またもや手裏剣を投げつけてきた。
俺をかばう位置に移動しながら、猿飛が手裏剣を叩き落とす。
金属のぶつかる音がして、手裏剣が地面に転がった。
「下手に動くなよ。何処に罠があるかわからんからな」
視線を兵士から動かさずに、猿飛が注意してくれる。
「お前、どこから出たんだよ?」
「忍法、『影ひそみ』だ。最初っからここにいたぜ?」
猿飛はそう言いながら、信玄に手裏剣を投げて昌幸の援護を行うが、
軍配で叩き落とされた。
瞬きするほどの間に、熾烈な剣戟が繰り広げられている。
俺は元々武力に割り振っていない上に、重傷で能力値が半減している。
息を詰めて見守るしかない。
やがて、ぽえると三毛村さんが部隊の命令権を取り戻した。
「ま、潮時かの。佐久間、なかなか悪運が強い」
信玄は刀を大振りにして昌幸を牽制してから、一歩退き、口笛を甲高く響かせると、
「飛んできた」ような勢いで、巨大な黒い馬が跳躍してきた。
黒馬の着地の衝撃で地響きと土煙が舞い起こる。
そいつは、2mはあるような化け物馬。
黒光りする毛並みに覆われ、眼は爛々と真っ赤に光っている。
「ぶぉぉぉぉっ!」
馬の鼻息にも、吹き飛ばされそうな風圧がある。
信玄はその荒馬にひらりと跨った。
「源五郎、この会見を馳走した褒美じゃ。
3砦、主にくれてやる。ははははは」
信玄は、笑い声を残し、嵐のように駆け去っていった。
視線を戻すと、「熊」の姿もその場から消えていた。
「助かったのか?」
「感謝しろよ、佐久間」
俺と同じようにへたり込んだ猿飛が笑う。
その右腕には、弾き損ねた手裏剣が2本、突き刺さっていた。




