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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第1章 ダンジョンを探索する準備

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探索者教習─卒業試験─

 3月も終わりに近づいてきた。祥吾とクリュスは春休みの半分を探索者教習に費やしたことになる。当初の予定とはまったく違う長期休暇の過ごし方に祥吾は戸惑うばかりだ。本当ならば友人と遊ぶ予定だったのである。


 しかし、それもこの日で終わりだ。短期集中講座は昨日までですべて終え、残すは卒業試験のみである。中間試験と同じく午前中に実施されるので2人とも朝から探索者協会へと向かった。


 ダンジョン実習と同じように武器や防具を借りた2人は本部施設前に向かう。そこには既に同じ卒業試験を受ける受験者たちが集まっていた。


 その輪の中に入る直前、建物から出たところでクリュスが松永から声をかけられる。


「クリュスちゃーん、おはよう!」


「おはようございます。美香さんも試験を受けるんですか?」


「そーよ! 中間試験で1回落ちたときはどーなるかと思ったけど、昼間にソッコーでもう1回受けて追いついたんだから!」


「今度は合格できて良かったですね。でも1回目はどうして不合格だったんですか?」


「わかんない。内容は教えてくれなかったから。でも、絶対受かってる自信あったんだけどなー」


「筆記試験で解答の記入欄を間違えたのかもしれませんね」


「そうかも。はぁ、余計な出費がマジできついよー」


「今日の卒業試験は失敗できませんね」


「そーなのよ! だから絶対一発で合格してやるんだから!」


 朝から松永の元気な声が本部施設前に響いた。仲良く試験に落ちない限り、クリュスがこの声を聞くのも最後である。


 一方、祥吾は中間試験前の実習でよく対戦していた友田に話しかけられた。こちらは随分と落ち着いている。


「正木さん、いよいよ最後の試験ですね」


「いやぁ、この10日間きつかったですよ。春休みなのに学校へ行くの同じくらい規則正しく生活する羽目になって」


「今度高校に上がるんでしたっけ。懐かしいなぁ」


「友田さんは今月卒業したんですよね。それですぐ探索者になろうと」


「働き始めたらこの教習を受けてる暇なんてないはずなんで、それなら先になっておこうかなって思ったんですよ。最近はいつ失業するかわからないっていいますからね。バイトやパートを探すのも一苦労する可能性があるんで、そんなときにダンジョンへ入ってその日の生活費をすぐに稼げたらいいなって思って」


「命懸けで日銭稼ぎって嫌ですよね」


「ホント、勘弁してほしいです」


 祥吾は友田と共に力なく笑った。近い将来、自分も考えないといけないことなので今から気が重い。


 受験者同士で色々と話をしていると、全員が試験官から声をかけられた。いよいよ試験の始まりである。


 今回の卒業試験はダンジョン実習の延長線上にある試験だ。実習のときは教官が引率してダンジョンの中を回ったが、試験では受験者主体で試験官は最低限の指示を出す以外は採点するのみである。


 まずは4人一組の集まりを作るべく、試験官が受講生番号で受験者に呼びかけた。その結果、祥吾とクリュスは友田と松永の2人と一緒に試験をすることになる。偶然とはいえ、仲の良い知り合いと受験できるのは都合が良いことだ。


 受験者の集団ができると、その集団に試験官が1人ずつ付いた。祥吾たちには中間試験前の実習で世話になった中沢という人物だ。


 組み合わせが決まると試験官の中沢が祥吾たちに声をかける。


「今日の試験を担当する中沢です。試験は4人で方陣を組んでダンジョンの中を進んで行くというものです。1度戦う度に方陣の立ち位置を時計回りにずらしていきます。また、この試験でも後衛の方は地図を描いてもらいます。4人にはそれぞれ色の違うペンで描いてもらう予定ですので、指定した色以外で描かないでください」


 試験の前に諸注意を説明しながら試験官が方眼用紙と下敷きを差し出した。クリュスがそれを受け取る。そうして、前衛と後衛を決めてからダンジョンへと向かった。


 正門前で仮免許カードを使って壁の奥へと進み、警戒地区を突っ切ってダンジョンの入口にたどり着き、階段を降りて正面玄関扱いの大部屋に入る。ここから試験開始だ。


 方陣の形で固まっていた受験者4人は試験官の合図で歩き始めた。正面の壁に大きく空いている通路へと入る。


 祥吾は前衛の1人だった。右隣には松永が歩いている。


「あたしは後衛向きなんだけどなー」


 不満をつぶやく松永だったが、態度は真面目だった。さすがに1度中間試験に落ちているので気を抜くつもりはないらしい。


 後衛の地図係の指示に従っていくつかの分岐を曲がると小鬼(ゴブリン)が現われた。2匹と前衛でちょうど抑えられる数だ。


 借り物の剣を鞘から抜いた祥吾はやって来た小鬼(ゴブリン)をすぐに倒した。この程度であれば楽勝である。右隣へと顔を向けると松永が小鬼(ゴブリン)と戦っている。ダガー対錆びたダガーであるせいか、割と好勝負に見えた。少し迷った後、声をかける。


「松永さん、手伝いましょうか?」


「お願い!」


 勝負にこだわるつもりのないらしい松永からの即答を聞いた祥吾は横から小鬼(ゴブリン)にちょっかいをかけた。一撃で倒すこともできたが、自分が倒すのは良くないと考えて支援する程度に留める。


 このせいでもう1匹の小鬼(ゴブリン)を倒すのに時間がかかったが、この魔物はあくまでも松永の獲物なので我慢した。その後、忘れないようにドロップアイテムの小さな魔石を拾い上げる。


 1度戦ったので、受験者たちは方陣の立ち位置を時計回りで交代した。祥吾は前衛そのままで、新たに短い槍を持ったクリュスが前に出てくる。


 変更が終わると再び受験生たちは通路を進み始めた。地図係になった松永の指示で通路を直進したり曲がったりする。


 そうしてある程度ダンジョン内を進むと、再び小鬼(ゴブリン)と遭遇した。今度は3匹だ。とは言っても、祥吾ならすべて相手をしたところで苦にならない。


「2匹はこっちで引き受けるぞ」


「わかったわ」


 短いやり取りを済ませた祥吾は前に出た。迫ってくる3匹のうち、先頭の小鬼(ゴブリン)をまず斬り伏せる。それから次の突っ込んでくる2匹目の棍棒を剣ではじき、よろめいた相手の首に剣先を突き刺した。


 戦い終えた祥吾は振り向いてクリュスへと目を向ける。ちょうど槍で小鬼(ゴブリン)の肩を突いたところだ。更に悲鳴を上げて怯む相手の首に穂先を突き刺す。危なげない戦い方だった。


 魔石を2つ拾って受験者たちのいる所へと戻った祥吾は試験官に声をかけられる。


「いい判断ですね。相手の数が多いときはそうやって前に出て魔物を引きつけるのは一般的なやり方です。ただ、ちょっと他のメンバーよりも離れすぎていたので気を付けてください。危ないですから」


「わかりました」


 試験中に助言や忠告をすることに内心で首を傾げながらも祥吾は試験官にうなずいた。初心者がやったこととして自分の行動を見たのだろうと推測したからだ。試験の採点を優先して受験者が怪我をしたり死亡したりするのはさすがにまずいことくらいは理解している。合格さえできるのならば文句はなかった。


 再び時計回りに立ち位置を変えて受験者たちはダンジョンの探索を再開する。今度は祥吾が地図係だ。新しい場所の地図を描きながら前衛の仲間に進む先を指示する。


 3回目の戦いが始まった。今度は小鬼(ゴブリン)が1匹である。これは新たに前衛となった友田が対処した。堅実に戦って時間をかけずに倒す。


 次の前衛の組み合わせは友田と松永になった。祥吾は地図係から解放される。


 今度の戦いはすぐに発生した。分岐路の陰から小鬼(ゴブリン)が3匹襲いかかって来たからである。


「きゃぁ!」


 友田はすぐに反応できたが、松永は棒立ちで悲鳴を上げた。しかも2匹が松永へと向かっている。


 これはまずいと判断した祥吾は前衛の前に出た。先にやって来た小鬼(ゴブリン)の錆びたナイフを剣ではじき、左手で殴り飛ばす。それから後続のもう1匹の折れた剣を防いだ。今度は蹴飛ばし、よろめいている相手を切り伏せる。殴り飛ばした方はクリュスが槍で仕留めていた。


 少し距離があったものの、半ば不意打ちされたことに祥吾はため息をつく。この辺りが初心者でも活動できる場所で良かったと胸をなで下ろした。


 試験官が松永に試験を続行できるか確認する。やれるということだったので試験を続けることになった。


 4回戦ったことで方陣の立ち位置が一巡し、祥吾は再び前衛に立つ。隣は最初のときと同じ松永だが、その表情から恐らく精神的に戦闘は怪しいのではと睨んだ。何も相手の事情を抱え込む必要はないが、同じ試験で怪我をされても面白くない。魔物がやって来た場合は率先して引き受けようと心に誓った。


 その後、もう一度方陣の立ち位置が一巡して試験は終了する。不意打ちの件以外は皆がそつなく状況に対処していた。そうしてダンジョンの外に出る。後は試験結果を待つだけだった。

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