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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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黒岡ダンジョン再び(中)

 春休み以来久しぶりにやって来た黒岡ダンジョンの中を祥吾とクリュスは歩いていた。石造りの典型的な見た目なので正にダンジョンの中にいるという気分になれる。


 とは言っても、現われる魔物はやって来た探索者に容赦してくれない。発見されると容赦なく襲いかかられてしまう。


「ギキャ!」


 分岐路から姿を現したのは3匹の小鬼(ゴブリン)だった。棍棒、錆びたナイフ、折れた剣を持って襲いかかってくる。


 槍斧(ハルバード)を構えた祥吾はその場で待ち構えた。まずはどっしりと構えて迎え撃つことを選ぶ。走り回って振り回す自信がまだないからだ。


 最初に飛び込んできたのは棍棒を持った個体だった。右手で持ったそれを振り上げたまま走り寄ってくる。


 それを見据えた祥吾は両手で持っていた槍斧(ハルバード)を突き出した。かつて教えてくれた人とは比べるべくもない突きだが、それでも無防備に突っ込んで来た小鬼(ゴブリン)に突き刺さる。武器の先端の重みが増した。


 続いて走ってきたのは錆びたナイフを持った個体だ。仲間の背中から生えてきた鉄の刃など知らないとばかりに祥吾の右側へと回り込もうとする。


 突き刺した小鬼(ゴブリン)の死体が穂先に刺さったまま、祥吾は後退しつつ槍斧(ハルバード)を押し付けるように当てた。先端が重くて勢い良く振り回せないのだ。しかし、錆びたナイフを持った個体はそのせいで足をもつれさせて倒れた。


 3匹目の折れた剣を持った個体は左側から祥吾に襲いかかってくる。槍斧(ハルバード)は完全に祥吾の右側にあるので、絶好の位置から突っ込んで来たように見えた。


 両手が塞がっている状態の祥吾は3匹目へと顔を向ける。奇声を上げて折れた剣を突き刺そうとしてくるのを見て、その顔を左足で思いきり蹴飛ばした。顔を天井に向けてその個体は床に倒れる。


 魔物の第一撃をしのいだ祥吾は追撃を諦めて槍斧(ハルバード)の穂先に刺さった小鬼(ゴブリン)を引き抜いた。深く突き刺しすぎてはいけないというかつての教えを実感しつつ、残り2匹に目を向ける。


 長杖(スタッフ)を構えるクリュスと祥吾の間に挟まれる形となった小鬼(ゴブリン)2匹のうち、錆びたナイフを持っている個体はすぐに立ち上がり、折れた剣を持つ方はまだ悶絶していた。


 より脅威である方を優先するべく、祥吾は錆びたナイフを持った個体と対峙する。そして、間を置かずに顔を狙って突き上げた。相手の小鬼(ゴブリン)が自分の左手の方へと大きく躱したので避けられたが、途中まで振り上げる形となった槍斧(ハルバード)をその首元へと叩き込んだ。勢いはもうひとつであったものの、その重さによって斧の刃が食い込み、大量の血を溢れさせた。


 このときになって折れた剣を持つ個体がようやく起き上がってきたが、もはや祥吾の相手にはならなかった。胸を一突きされてあっさりと再び床に倒れる。


「やっと終わった」


「お疲れ様。ちゃんと倒せたわね」


「倒せただけだ。全然使えていない。これは先が思いやられるな」


「時間がかかりそうということ?」


「そうだな。時間はかかる。ただ、かけたら何とかなりそうな気もするが」


「だったら時間をかけましょう」


「え? いやでも、ここに来たのは神様から道具を受け取るためだろう。俺のこれは二の次じゃないか」


「黒岡ダンジョンにやって来た目的は確かにあなたの言う通りね。でも、祥吾がその武器を使いこなせないと、次の世田谷ダンジョンに行けないじゃない」


「確かに、いや待て。別に剣を買い直せた良いだろう」


「その剣で地竜(アースドラゴン)は倒せる?」


 魔石を取るのも忘れて話をしていた祥吾は言葉に詰まった。黒岡ダンジョンにわざわざやって来たのは世田谷ダンジョンを攻略するためなのだ。そして、その最終目標を達成するためには自分もまた何らかの対策が必要なのである。


「すまん。目的を忘れていた」


「思い出したのなら良いわ。休憩が必要ならここで休みましょうか?」


「もう休んだからいい。魔石を拾って先に進もう」


 魔物の死体が消えた後、小さい魔石が床に転がっていた。それを摘まみ上げた祥吾がじっと見る。


「それにしても、これが今後役に立つかもしれないなんてなぁ」


「もしかして、魔石から魔力を抽出できたっていう話?」


「そうだ。俺の知識だと現代科学でそんなことできるとは思えないんだが」


「世界中の天才や大企業が日夜研究しているんだから実現したんじゃないかしら」


「それにしたって、見ることも掴むこともできないものをどうやって抽出なんてしたんだろうな。大体魔力って抜き出した後は何にどうやって入れておくんだ?」


「空の魔石になら移し替えられるでしょう。あのニュースだとそこまで詳しく紹介されていなかったけれど、案外最初はそんなものかもしれないわ」


「お前だったらもっと簡単にやってのけそうだな」


「この世界でも魔法が使えるのならね」


 拾った小さい魔石を袋に入れたクリュスが澄ました顔で祥吾に答えた。それからタブレットを取り出して画面に地図を表示させる。それが出発の合図だった。


 再び祥吾を先頭に2人は通路を進む。地下2層に降りる階段にたどり着いたのでそのまま降りた。階段の周りにはちらほらと探索者の姿が見える。目に見える変化なので一区切りつけやすいことから新人が休憩しているのだ。


 その脇を通り抜けた2人は更に先へと進む。周囲の風景は地下1層と変わらない石造りだ。階段近くの通路だとたまに他の探索者パーティの姿が見える。


「祥吾、相談があるんだけれど」


「どうした?」


「地下4層までは守護者の部屋まで続く最短経路を進みたいの。この辺りは魔物が少なすぎるわ。ある程度下に降りて周りの人の数が減ってから寄り道した方が良いと思う」


「だろうな。地下1層なんて1回しか戦えなかったもんな。やっぱり夏休みのせいかな」


「大学生が多いのでしょうね」


 話ながら祥吾は春休みのときの教習を思い出していた。もう顔も名前も忘れてしまったが、若い人もいたように記憶している。最も多いのは失業者だったが。


 指示された通りに歩きながら祥吾は背後のクリュスに話しかける。


「クリュス、さっきの魔石の話なんだけれどな、今も買取の値段は前と同じなのか?」


「『エクスプローラーズ』で表示されている平均的な価格に変動はないわね」


「あれってなかなか変化しなかったんじゃなかったのか?」


「つまり、まだ全国的に大きな変化はないということよ。関連企業の株価は少し上がったみたいだけれども、それだけ。買い取りに関しては噂でもその類いはないわ」


「意外と変わらないものなんだな」


「それだけに、一旦動き始めたらしばらくは大変なことになるでしょうね。それこそ大きなバブルができあがるわよ」


「はじけたときが怖いよなぁ」


「私たちには関係のない話よ。魔石の値段がいくつであれ、やることは変わらないんですもの」


「確かに。お、来たぞ」


 話をしている間にも周囲の警戒を怠っていなかった祥吾は通路の先からやって来た2匹の小鬼(ゴブリン)を発見した。話をするため近寄っていたクリュスを下がらせ、自分はその場で槍斧(ハルバード)を構える。


 今度は刃の欠けた手斧と棍棒を持った2匹だった。左から手斧を持った個体、右から棍棒を持った個体がそれぞれ祥吾に襲いかかってくる。


 右側へと右足を踏み出した祥吾は小鬼(ゴブリン)が振り下ろしてきた棍棒槍斧(ハルバード)の長い柄を横にして一瞬受け止めつつ、すぐに垂直に立てて受け流した。そうして体を時計回りに回転させつつ、ほぼ後ろ向きの状態で後方に槍斧(ハルバード)の石突きを突き出す。すると、背後から襲いかかろうとしていた手斧を持った個体は胸をつかれて吹き飛んだ。


 感触で攻撃がうまくいったことを知った祥吾は目の前の魔物に集中する。体勢を崩したままの小鬼(ゴブリン)の首元に槍斧(ハルバード)の穂先を突き刺した。そうしてすぐに引き抜く。今度はうまくいき、絶命した小鬼(ゴブリン)は床に倒れた。


 残されたのは手斧を持った個体だが、これ単体ではさすがに祥吾の相手にはならない。立ち上がってすぐに怒り狂った状態で突っ込んで来たが一突きされて同じく倒された。


 戦いが終わると祥吾は大きな息を吐き出す。


「今度はましだな」


「さすがに2匹だけだと相手にならないわね」


「こいつを使いこなすための練習相手としては悪くないけれどな。もっとも、裏を返せば全然使えていないっていうことになるわけだが」


「別に急いでいないんだから、時間をかければ良いわよ。なんなら何日か訓練する?」


「毎日これを持って自転車を漕ぐのは嫌だな」


 自分が手にする槍斧(ハルバード)に目を向けた祥吾は苦笑いした。戦う度に扱い方に慣れたとしても自転車の乗って担ぐのには慣れそうにないし、慣れたくない。そのため、この黒岡ダンジョンでの練習は今日1日だけにしたかった。


 祥吾がその方針を伝えるとクリュスは承知する。強制するものではないらしい。


 話がまとまると2人は再び歩き始める。その姿はすぐに分岐路の奥へと消えた。

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