週末の挑戦2─狭山ダンジョン─(4)
今、祥吾とクリュスは地下3層の番人の部屋の手前に立っている。いくつかの仕掛けを突破してここまでやって来たのだ。
扉の近くに座って携行食を口にしている祥吾がクリュスに話しかける。
「ここまで来るのに4時間か。思ったほど長引かなかったが、それでもまだ3層目なんだよな。やっぱりたまにあるあの仕掛けの部屋がなぁ」
「何度も繰り返してやりたいとは思わないわよね」
「まったくだ。これからまだ4階層もあるんだよな」
「しかも、もっと面倒なことになるわよ。地図は見たでしょう」
「誰だよこんなダンジョン作った奴は。もっと普通のを作れよな」
「見た目は普通の石造りのダンジョンなのにね」
「上っ面だけじゃなくて、もっとこう本質的な部分っていうのか? そういうところもだ」
自分でもうまく言えないもどかしさを感じながら祥吾は途中で説明をやめた。言いたいことは伝わっているはずだと手にした携行食を囓りながら思う。
そんな祥吾を見ながらクリュスは仕方がないといった様子で微笑んだ。膝に乗せたタッルスを撫でながら話題を変える。
「祥吾、もう少しで番人の部屋に入るけれど、大型土人形のことは頭に入っているかしら?」
「覚えているよ。土人形の倍くらいの大きさで、見たまんま腕力と物理的な攻撃力が強い。体は、土を固めた程度の強度だったっけ?」
「足は速くなくて、魔法も使えない点も忘れないでね」
「他には、体に埋め込まれた核を壊さないと止められないんだよな」
「大抵は頭部か胸部にあるはずよ。緊急停止させるための方法もあるけれど、それは探れないから真正面から倒すしかないわ」
「俺の剣でも通用するんだったよな」
「剣で土を掘り返すような感覚ね、今回の場合は。だから、魔法で強化するから頑張って倒してね。攻撃魔法は地面に魔法をぶつけているような感じにしかならないから」
「ひたすら削る感じかぁ」
「土人形は使う分には便利なんだけれど、戦うとなると面倒なのよね」
実感のこもった感想を口にしたクリュスが小さくため息をついた。タッルスがその指をちろちろと舐める。
もうしばらく休んだ後、2人は立ち上がった。足元に黒猫がいることを確認すると祥吾が扉を開けて中に入る。
番人の部屋は約30メートル四方で、その奥に成人男性よりも一回り大きい大型土人形が2体立っていた。ちなみに、基準となる土人形の大きさは製造者によって大きく異なるため、大型土人形の大きさにもまた非常に大きな幅がある。今回はラージと銘打たれているが、同種でも小型だ。
2人が室内に入ると、大型土人形2体は同時に前進を始めた。動きは遅く、常に主導権を握れそうな感じがする。しかし、情報通りならば一撃の威力は大きいので当たると相当危険なのは間違いない。
番人がゆっくりと近づいて来る間にクリュスが魔法の呪文を唱える。
「我が下に集いし魔力よ、頼もしき風となり、彼の物に力を授けよ」
詠唱が終わると祥吾が手にしている剣の刃に薄らとした風がまとわりついた。風属性魔力付与だ。
前に出ようとした祥吾が振り返る。
「いつものと違うな?」
「風属性は土属性に強いのよ。これで切りやすくなるはず。頑張ってね」
声援を受けた祥吾はわずかに苦笑いを浮かべてから前を向いた。
部屋の中央辺りまで進んだ祥吾は大型土人形と対峙する。その姿は脚は短く腕が長い。更には頭部はあるものの首はないので、体型は人型というよりもゴリラ型と言うべきだろう。
そんな大型土人形2体のうち、向かって右側の個体へと祥吾は更に近づいた。やや緩慢な動きで殴りつけて来た右拳を避けると、その手首を切断しようと剣を振り下ろす。すると、きれいに右手首を切断できた。魔法の効果があることがはっきりとする。
一方、左側の個体も祥吾に攻撃しようとしていたが、クリュスが飛ばした風の魔法を頭に受けて体を揺らしていた。いくらか頭部が欠けたが未だ健在な個体は体の向きをクリュスへと向ける。
これで1対1となった祥吾は改めて右側の大型土人形と対峙した。右拳を失ったそれは次いで左拳で殴りつけてくる。しかし、動作がそこまで速くないので簡単に躱し、今度は左足首を切断した。体重を支えきれなくなった右側の個体は地面にうつ伏せに倒れる。
絶好の好機に祥吾は大型土人形の背中に乗って剣で頭を刺した。すると、一瞬振るえたその個体はそのまま動かなくなる。
「よし、魔法の付与があればいけるな」
自信を強めた祥吾はクリュスへと向かっている大型土人形にその背後へと近づこうとした。その際にクリュスへと声をかける。
「魔法での攻撃を一旦やめて退いてくれ!」
「わかったわ!」
魔法での攻撃を受けなくなった大型土人形だが、それでも当面は目標をクリュスに定めたままだった。恐らく単純なプログラムしか組み込まれていないのだろうと祥吾は推測する。
残る1体の真後ろに立った祥吾は右足首を切断した。そうしてうつ伏せに倒す。再びその背中に乗ると最初は頭、効果がないとわかると背中から胸部へと剣を突き刺した。すると、先程と同じように振るえた後に動かなくなる。
大型土人形から離れた祥吾はクリュスへと近寄った。剣を鞘に収めてから声をかける。
「思ったよりも楽に倒せたな。やっぱり倒し方がわかっているからか」
「きちんと弱点を突ける技量があってこそよ」
「しかし、なんだな。このダンジョンだと、番人よりも仕掛けの方が苦労するな」
「そういうダンジョンもあるっていうことでいいんじゃないかしら」
今は考えなくても良いことなので祥吾もそれ以上は追求しなかった。代わりに魔石を2つ拾う。
やることを終えた祥吾とクリュスはタッルスと共に番人の部屋の奥にある階下へと続く階段へと向かった。そこから地下4層へと降りる。
一見するとこの階層も今までと同じように見えるが、地図情報によるとここから先は通路や部屋が階層を跨ぐことがあった。そのため、平面の感覚で地下4層以下を探索すると道に迷いやすくなる。方向音痴の探索者は入ってはいけないと言われる場所だった。
それはともかく、クリュスの指示に従って祥吾は通路を進む。一度地下5層に降りて更に進み、そうして再び地下4層に戻るということを繰り返した。クリュスを信じられなければ前に進んでいるか不安になる。
「迷子になる奴が続出しそうだな」
「地図があっても駄目な人もいるらしいわね。そこ、左に曲がって」
「ここに関しては笑えないな。お、ここか。うわ、本当に吹き抜けになっているぞ」
2人がたどり着いたのは吹き抜けの大部屋だった。下は地下5層の部屋でもあるらしい。この部屋も仕掛けのひとつで、やって来た通路から大部屋の向かいの壁を見ると奥の通路がある。橋がないと渡れないが、その代わり向こう側へと繋がる縄が通路の壁の真横から対岸の壁に繋がれていた。
それを見た祥吾がつぶやく。
「縄を伝って行けということか。クリュス、これ、ロープなんかを使って下に降りて先に進めないのか?」
「無理ね。さっきの分岐路のひとつに戻ってくるだけよ。ついでに言うと、この下の部屋は魔物部屋だから」
「えっぐいな!」
「この高さから落ちたら大抵死ぬけれど、生き残っても希望はないわよ」
「ちくしょう、このダンジョン、性格が悪いな」
「今更ね」
「さすがにこの縄が切れるってことはないよな?」
「わからないわ。ただ、地図情報の備考には1人ずつ進むことってあるけれどね」
「2人以上だと切れる程度の強度というわけか。そんな都合のいい強度なんて保てるものなのか?」
「どうなんでしょうね。ただ、ダンジョンの定めた決まりに従わないといけないのは確かよ」
「俺たちに選択権はないわけだ」
面白くなさそうな表情の祥吾がため息をついた。これ以上は話し合っても仕方ないので挑戦してみる。
壁際に寄った祥吾は縄を触ってみた。ごわごわとして少し掴みにくいが丈夫そうに思える。手で揺らしてみると普通に揺れた。縄自体に仕掛けはないのかもしれない。
確認を終えた祥吾は縄に両手だけでぶら下がった。そうして少し進んでから体を持ち上げて両足を縄に引っかける。縄の上を歩ければもっと楽に移動できるが、あいにくそれほどバランス感覚は良くない。
そこからはひたすら地味に手足を動かして少しずつ前に進んだ。途中で縄が切れないことを願いながら。
結構な時間をかけて祥吾は奥の通路側の壁までやって来た。両足を縄から外して両手だけでぶら下がり、そこから壁にへばりつくようにして通路へと移る。
全身の緊張を解いた祥吾は反対側の通路へと手を振った。すると、リュックサックにタッルスを入れたクリュスが同じように渡ってくる。
こうして2人はまたひとつ仕掛けをどうにか乗り越えた。




