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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第4章 高校の定期考査とダンジョン攻略

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対処は早めに

「祥吾、期末試験に向けての勉強を今からしましょう」


 金曜日の夕方、学校からの帰りに正木家へと寄ってきたクリュスが祥吾の部屋に入るなりそう告げた。その態度はいつも通りだ。


 それに対して、告げられた祥吾は呆然としていた。今は6月の上旬で、期末試験は約1ヵ月後である。まだ試験範囲すら授業でやっていない。


 反対に向けた椅子に座った祥吾は差し出した座布団に座ったクリュスに問いかける。


「どうしたんだ、いきなり。まだ試験前にもなっていないだろう」


「試験の前の日という意味では今も試験前でしょう?」


「限界まで水で薄めた酒を酒だと言い張る理論だろう、それは。大体、そんなことを言ったら年中試験前じゃないか」


「そうよ。だから日々勉強するんじゃない」


「この優等生め」


 まるで常在戦場のような精神論を押し付けられた祥吾は嫌そうな顔をした。ちょっとした息抜きさえも許可制になっていそうな超管理型スパルタ指導をされそうだと身構える。


 しかし、クリュスは祥吾の様子などまったく気にもとめていない。微笑んだまま説明を始める。


「祥吾の詳細な中間試験の結果はこの前聞かせてもらったけれど、あなたの実力だともっと上を狙えるわ。でも、いつダンジョン攻略をすることになるかわからないのが厄介な点よね。今回はその問題点がそのまま出てしまったけれど、それを解決するには日頃から勉強するのが一番なのよ」


「話の腰を折って悪いが、別にダンジョン攻略がなくてもそうだよな。結局、毎日こつこつやるのが一番だって」


「そうね。で、それをできる人は現実にはそういない。だから、やったらそれだけで結果が出るし、他の人を追い抜いて引き離せるのよ」


「まぁ実際、筋トレに関してはそういう考えてやっているからな、俺は」


「だったら話は早いわ。同じことを勉強でもすればいいのよ」


「まったくもって正論だな。これ以上ない提案だと俺も思う。けれど、クリュスはひとつ大切なことを忘れているぞ。人間って、向き不向きっているのがあるんだ」


「知っているわ。だから私がいるんじゃない」


「その先の話は聞きたくないんだが」


 思わず本音が祥吾の口から出てきた。しかし、そんなものは聞こえていないとばかりにクリュスが話を続ける。


「私があなたの勉強の面倒を見るわ」


「やっぱり超管理型スパルタ指導になるんじゃないか!」


「何よそれ? ともかく、神様や私の都合で祥吾を振り回していることは理解しているから、そのくらいはしないといけないと思うの」


「実にしおらしい言い方だが、俺の成績が悪いとダンジョンに連れ出せないもんな」


「もちろんこちらの都合もあるわよ。でもね、あなたに悪いと思っているのも本心なのよ」


 多少つらそうな表情を浮かべたクリュスに上目遣いで見つめられた祥吾は渋い表情を顔に浮かべた。異世界での人生も含めて女性経験など大してないので、これが芝居か本心か見分けられない。せいぜいわかることは悪意がないということくらいである。


「クリュス先生、さすがに毎日勉強するのは、ちょっと」


「別に息抜きをしてはいけないなんて言わないわよ。用事がある日は中止にすればいいし。ただ、空いている時間に勉強しましょうって言っているの」


「あんまり自信はないが、できるだけっていうことなら」


「決まりね。明日から始めましょう」


「早いな!」


 早速の提案に祥吾は思わず叫んだ。これからは本当に生活を管理されるんじゃないかとおののく。


 ともかく、明日必要なものをクリュスから聞いた祥吾はそれらを用意するという約束を交わした。




 土曜日の昼過ぎ、祥吾はやって来たクリュスを自室に迎え入れた。この日のために折り畳み式の四角いちゃぶ台を階下から持ってきている。さすがに畳の上で寝転がって勉強するわけにはいかないのだ。


 クリュスは手ぶらでやって来た。教えるのに別段道具は必要ないらしいことに祥吾は驚く。すべて頭の中に入っているというのだ。やはり出来が違う。


「クリュス、中間試験の問題用紙と解答用紙を用意しておいたぞ」


「ありがとう。それじゃひとつずつ復習していきましょう。正解しているところは飛ばして、間違っているところだけ見ていくわよ」


「合っているところは理解できているからっていうことか」


「その通りよ。時間は限られているんだから有効に使わないとね」


 束ねられた用紙の一番上にある問題用紙と解答用紙にクリュスは目を通した。そうして一通り見終えると祥吾の目の前に差し出す。


「それでは始めましょう。まずはこれからね。この設問2の3つ目の解答だけれど、どうしてこれを書いたの?」


「これは、実のところ2つにまで答えを絞ったんだ」


「もうひとつの答えは? どうやってそれらを導き出したの?」


「えぇ? えっと」


 問われた祥吾は問いかけについて答えると、更にその答えを元にした問いかけを投げかけられた。更にはその答えを出した過程も細かに尋ねられる。珍しいやり方に戸惑いながらもひとつずつ答えた。


 そうして質問が終わると、クリュスは解説を始めた。最初に正解を導く考え方とその方法を、次いで祥吾の解答の過程の誤りと誤った理由も説明してゆく。


 とてもきめ細かい指導に祥吾は驚いた。正解と自分の不正解の過程が並べられ比較され、その間違っている部分がどこなのかはっきりとわかるのが新鮮な経験だ。


 3分の1ほどをやり終えた後、祥吾とクリュスは休憩に入った。祥吾の母親の春子が嬉しそうに持ってきたお茶と茶菓子を手にくつろぐ。


「今いくらか勉強してもらったけれど、祥吾は単に勉強不足っていうだけみたいね」


「思った以上に惜しいことが多くて驚いたな。本当に頭にも思い浮かばなかったことがほとんどないとは」


「1度やったことなんだから、大抵は何となくでも覚えているものよ。ただ、それをまとめて問題を解くというところまで持って行けない人が多いの」


「そうなると、予習と復習の内容をしっかり覚えていれば大抵何とかなるのか」


「学校の試験はね」


「ああ、だから毎日やる勉強っていうのは、予習復習をしっかりするっていうことなのか」


「そうよ。何も特別な勉強を新たにするわけではないわ」


「あれ? でも俺、一応毎日予習復習はしているぞ?」


「やり方がまずいか、それとも足りないかのどちらかね」


「嘘だろう」


 まさかの指摘に祥吾は愕然とした。そうなると、中間試験の結果が振るわなかった原因が日々の勉強にあるということになる。祥吾は頭を抱えた。


 そんな祥吾にクリュスが微笑む。


「私の試験結果が良かった秘訣のひとつよ」


「そうか。もっと早く知っていれば。まぁでも、次の期末はこれで何とかなるか」


「期待していいわよ」


「はぁ、俺の成績が悪い原因はダンジョンだと思っていたが、それだけじゃなかったんだな。ああそうだ、ダンジョンで思い出したんだが、前から気になることがあったんだ」


「何かしら?」


「前に神様からの話でダンジョンがこの世界にとって良くないものだと知ったんだが、今まで俺たちが攻略したダンジョン以外でも危ないところはたくさんあるんだよな?」


「あるわよ。今は私たち2人だけしか対処できないから、問題のあるダンジョンは増える一方らしいわ」


「手遅れになったダンジョンもあるんじゃないのか?」


「残念ながら、あるそうよ」


「え!? それどうするんだ!?」


「荒治療するしかないってことだけ神様から聞いたわ。具体的なことは教えてもらえなかったけれど」


「この世界って脆いから神様はあんまり触れないんだよな。大丈夫なのか?」


「やってみないとわからないこともあるそうよ」


「実はこの世界って、かなり危ないんじゃないのか?」


 聞けば聞くほど高校に通っている余裕などないことに祥吾はおののいた。今の自分たちのペースでダンジョンを攻略していても本当に良いのか不安に思えてくる。それ以上に、自分たちだけではとても人手が足りなさそうだが。


「今すぐ破滅するほど切羽詰まっていないから、そこは安心して。本当にもう駄目だったら神様がそう伝えてくださるから」


「そんなもうすぐあなたは死にますって伝えられてもな」


「ともかく、今の私たちは自分たちのできることからやっていけばいいのよ。私からも神様にできることとできないことは常に説明しているから」


「いやもう本当に頼むぞ」


「まずは近場で対処可能なダンジョンから割り振っているから、それをきちんとこなしましょう。いずれは国外に出るかもしれないけれどね」


「なんだって?」


「ということで、外国語もきちんと覚えましょうね」


「嘘だろう?」


 まさかの言葉に祥吾は絶句した。外国語の試験結果は芳しくない。


 こんなところでダンジョンと勉強が繋がっているとは祥吾には予想外だった。

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