探索者教習─座学─
探索者教習の短期集中講座を申し込んだ祥吾とクリュスは指定された日時に探索者協会へと通った。短期集中と銘打っているだけあって毎日丸1日講座が続く。
この探索者教習は自動車免許の教習に大枠が似ている。内容は、座学が1講座45分を10回、実習が1実習90分を15回だ。また、実習のうち10回はダンジョン内での行われる。更に座学と敷地内での実習が終わると中間試験があり、これに合格しないと次に進めない。そうして卒業試験を経て探索者になれるのだ。
ちなみに、短期集中講座は10日間と謳われているが、ここに試験日は含まれていない。そのため、中間試験と卒業試験も含めると合わせて12日間になる。
「探索者は武器や防具で身を固めてダンジョンを探索することになりますが、当然無秩序に危険物を所持していいわけではありません。特に武器の場合、自分で保有および運搬するとなると、法律に従う必要があります」
空調の効いた暗い教室の正面には今、大画面いっぱいに映像が流れていた。その大画面の横に備え付けられているパソコンの席には授業を担当する教官が座っており、室内に設置された長机と席には受講者が点在して座っている。
この中に祥吾とクリュスはいた。1人は肘をつきながら、もう1人は姿勢正しく映像を眺めている。探索者自身の位置づけ、武器携帯の根拠、そしてダンジョンで手に入れた品物の扱いなどについての映像が表示されていった。その他にも、政府機関である探索庁や探索者協会を始めとするその下部団体についても概要が説明されていく。
祥吾としてはあまり頭に入ってこない内容だった。必要なことだとは理解しているものの、単純に面白くないからだ。映像の後半は睡魔との戦いで忙しかったくらいである。
最初の講座が終わって休憩時間になると祥吾は大あくびをした。隣のクリュスが苦笑いしながら声をかけてくる。
「最後まで起きていただけ立派だって言うべきかしら?」
「学校の授業よりもつまらない授業があるなんて初めて知ったぞ」
「そんな様子じゃ中間試験が不安ね」
「でもマークシートだろう? 何とかなるんじゃないのか?」
「ふーん。それじゃ、座学の勉強は1人で大丈夫なのね?」
優しい笑みを浮かべたクリュスに顔を向けられた祥吾は返答に詰まった。復習に付き合ってもらうことを当てにしていたわけではないものの、1人でどうぞと言われるとそれはそれで不安になるのだ。自分でも我が儘だと自覚しているだけになかなか言葉が出てこない。
「俺だって真面目に聞こうとはしているんだよ。ただ、どうしても脳みそが眠たがって起きてくれないんだ」
「脳みそのせいにするなんて。それってつまり祥吾が悪いっていうことでしょう」
「そうなんだけれど。ああもう、悪かったって。お前から借りているとはいえ、金だって払っているんだから俺も無駄にしたくはないって思っているって」
「再試験は追加で試験料を支払わないといけないものね。借金を増やさないためにも1回で合格しないと」
「ということで、復習を手伝ってください」
「まぁいいでしょう。寝たら後が怖いんだからね」
目を細めて見つめてくるクリュスに肩身の狭い思いをする祥吾は教本へと目を向けた。映像の内容は教本にほぼすべて載っているので復習自体はすぐにでもできるのだ。
休憩時間が終わると次の講座が始まった。先程が法律関連だったのに対して、今度はダンジョンについての話である。
「ダンジョンは今から約20年前に世界中に発生しました。あまりに突然であったことと町の中にも多数現われたことから、当初はどこの国も大混乱に陥ってしまいました」
人類にとって避けることができない存在となったダンジョンの話が暗い部屋の中で映像として流れ始めた。祥吾にとって法律よりもある意味身近な存在であるため、今度は眠気に襲われることなく映像に集中できる。
それは良いのだが、色々と映像で語られるにしてはよくわからない存在という扱いになっていることに祥吾は気付いた。異世界でもダンジョンの理解はそれほど進んでいたわけではなかったが、科学が進歩したこの世界でもあまり解明されていないということに奇妙な感心を覚える。
他にも気になることはあった。最も注目したのは魔法が使える範囲だ。ダンジョンで魔法が使えるのはある意味当然なのだが、これがダンジョンの外になるとほぼ使えなくなるが、自分の体内に限定するならば外でも魔法は使えるという。前にネットでも同じ内容を見かけたが、どうもこれは事実らしい。後に祥吾がクリュスに問いかけてみると、この世界には魔力が存在しないからではないかということだ。これは魔法の道具も同じとのことだった。
元々異世界でも魔法が使えなかった祥吾には直接関係のないことだが、魔法が使えるようになった探索者たちからすると非常に落胆する事実らしい。この世界でも魔法が使えたら便利なのは間違いないが、厄介な問題も発生しているらしいのでむしろ良かったのではないかと祥吾などは考えている。
また、ダンジョンから外の世界に魔物が大量放出されることがあると聞いて祥吾は目を剥いた。この現象は一般的に大侵攻、通称『MI』と呼ばれており、長期間誰もダンジョンに入らないと起きると言われている。どのくらいの魔物がダンジョンから出てくるのかは完全にそのとき次第なので、この大侵攻を防ぐために世界中でダンジョン内の間引きが行われている。ただ、どうしても立地上などの問題で放置されるダンジョンからは延々と魔物が放出されているらしい。
他にも、魔物とドロップアイテムの関係や手に入れられる不思議な武具や道具についても説明があった。
そんな話が45分間続いて2つ目の講座が終わる。休憩時間が始まると祥吾は座ったまま背伸びをした。そこへクリュスが話しかけてくる。
「どうだった? 今度はちゃんと聞いていたかしら」
「法律のやつよりもずっと聞きやすかったな。ダンジョンの外で魔法が使えないことと、魔物が大量に出てくる大侵攻には驚いたが」
「良かったじゃない。それなら復習も楽勝ね」
「だといいなぁ。ところで、ネットで知ったことなんだが、探索者になってもレベルもステータス表示もないんだってな」
「ゲームでよく出てくるやつよね」
「それだ。なんで魔法はあるのにスキルはないんだなんて書き込みを見てあーって思ったなぁ」
「祥吾もそういうのはあった方がいいわけ?」
「うーん、別にどっちでもいいかな。なくても今までやって来られたんだし、このままでもいいと思う」
この場合の今までとは、祥吾が異世界で冒険者として活動していた時期も含んでいた。それはクリュスにも通じているようで、理解した様子でうなずいている。
「そうそう、祥吾、これを見て。試験とは関係なく覚えて置いた方がいいことよ」
「ダンジョンとその周囲にある施設のことか。これから頻繁に使うからな。嫌でも頭に残ると思うぞ」
隣のクリュスが教本の別のページを開けたのを祥吾は目にした。そのページには、ダンジョンを中心に200メートル以上の範囲が警戒地区という更地になっていて、その周囲を20メートル程度の分厚い壁で囲っているイラストが載っている。魔物が大量に放出されたときの対策だ。更にはこの壁には監視塔が点在しており、自衛隊員あるいは探索庁監視隊という警備部隊が常時監視している。
探索者協会の各地方支部の施設はこのダンジョンを囲む壁に備え付けられた正門近くにあった。今、祥吾とクリュスがやって来ている場所もそのひとつである。
「日本だと大体どこもこんな感じらしいから、1度覚えておけば楽になるわね」
「なんていうか、コンビニみたいだな」
「確かにね」
「しかし、都会の町のど真ん中でもこれくらいの更地を確保するなんてすごいな」
「魔物が大量に出てきたときに警戒地区がないと悲惨なことになるものね」
「初期の頃はそれで周辺の被害が大変だったってネットにもあったな」
「そうならないための対策ね」
「怖いもんだよな。あれ? もうほとんどみんないないな」
「もうお昼休みですもの」
「それじゃ、俺たちも昼飯を食べて午後の実習に備えようか」
「そうしましょう。祥吾はお弁当を持ってきたの?」
「おう、母さんに作ってもらったんだ。結構量があるんだぞ」
「あらそうなの。それじゃ、私が作った分も一緒に食べてね」
「は?」
「祥吾は食べ盛りの男の子だもの。たくさん食べられるでしょう?」
クリュスが鞄から取り出した2人分の弁当箱を見た祥吾は呆然とした。確かに食べられるが、午後からの実習を考えると冷や汗が出てくる。
笑顔で自分の弁当を勧めてくるクリュスに祥吾は顔を引きつらせた。




