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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第1章 ダンジョンを探索する準備

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学校の友人

 3月半ば、中学校の卒業式を迎えた。人生の区切りとしては大きいのかもしれないが、祥吾としての感覚としては長期休暇に入る直前の終業式とそれほど変わらない。これは異世界で1度大人として生きていたからかもしれないと考えながら体育館内で式が終わるのを待っていた。


 教室に戻って卒業証書を教師からもらうと祥吾たち生徒は晴れて卒業だ。最後のホームルームが終わると教室内は一気に騒がしくなる。


「祥吾、遊びに行こう!」


「早速だな、お前は」


「春休みは宿題がないからな! カラオケかゲーセンに行こうぜ!」


 クラスメイトの木田祐介(きだゆうすけ)が一番にやって来た。2年生の頃から同じクラスになり、たまに遊ぶ仲である。祥吾が返事をする前に祐介がもう1人の友人である中岡良樹(なかおかよしき)を呼んだ。こちらは少し暗い感じがする。


「祐介君、どこかに遊びに行くんだって?」


「そうだぜ。祥吾も入れて3人でな」


「僕はカラオケがいいな。新曲をいくつか覚えたから」


「アニソンか? また魔法少女シリーズじゃないだろうな? 振り付けありで聞かされるのは結構きついときがあるんだぜ?」


「今日は違うよ。リアルロボット系の熱いやつなんだ」


 同じクラスで仲の良い2人が雑談を始めたのを尻目に祥吾はスポーツバッグへわずかな荷物を入れた。今日が最終日なので忘れ物をするわけにはいかない。


 その間に祥吾はちらりとクリュスへ目を向けた。あちらも数人の女子生徒が囲んでいる。超が付くほどの美人で優等生、更には誰にでもはっきりと意見を言うが優しいとなると同性から人気が出るのもうなずけた。人によっては当たりが厳しいと言われることもあるらしいが、それでも嫌われていないのは外国人だからと最初から線引きされているからだろうと当人が笑いながら分析を披露してくれたことがあることを思い出す。


 帰る準備を終えた祥吾は席から立ち上がった。それから目の前でしゃべる友人2人に声をかける。


「それじゃ、カラオケに行こうか」


「祥吾もカラオケか。それじゃそうしようぜ。カバン取ってくる!」


 雑談を切り上げた祐介が自分の席に戻っていった。それを眺めていた祥吾は横から良樹に声をかけられる。


「祥吾君、今のうちにクリュスさんに一言言っておいた方がいいんじゃないの?」


「そんな根暗な笑顔を向けてくるなよ」


「失礼だなぁ。根暗なのは自覚してるけど」


「そりゃそんな顔をしてクリュスのことを持ち出してくるんだから言いたくもなるぞ。一体何回言われたと思っているんだ」


「ふ、それは確かに」


「待たせた! 祥吾、嫁さんに報告は済ませたか?」


「祐介、お前もか」


「いやだってそうだろ。クリュスってお前にべったりだし」


「そうそう。それを見て僕が最初に嫁って言ったんだよね。祐介君にはすっかり定着しているようで何よりだよ」


 友人2人の言い方に突っ込んだ祥吾だったが、反撃されて口を尖らせた。周囲から見たら実際にそう思えるくらいクリュスは祥吾と一緒なので反論しづらい。


 そもそも、中学2年生の2学期初日に転校してきてからそうだった。自己紹介が終わって自分の席に向かう途中でクリュスが祥吾に顔を近づけて教室内が騒然となったのが始まりだ。以来、騒がしい時期を経て今ではクラス公認の仲となっている。告白もしていなければ付き合ってもいないが。


 どちらかと言えば戦友に近いんだけれどなと祥吾は思いつつも、そう言った説明を今までしたことはない。異世界から戻って来たこと自体がまず信じてもらえるか怪しい上に、その世界であった出来事となると更に胡散臭いことこの上ないからだ。


 結局、これ以上周りからとやかく言われないように祥吾もクリュスも周囲の思い込みを受け入れていた。クリュスからは他の男子生徒からの告白を避けるためとも言われたことがあるため、そういうことならばと祥吾も納得している。


 ともかく、友人2人からクリュスへの連絡を指摘されて祥吾が迷っていると、クラスの女子に囲まれたクリュスと目が合った。そうして小さく手を振り、立ち上がって女子たちと教室を出て行くのを目にする。


「何も言わないうちにクリュスが出て行ったぜ?」


「あーうん、そうだな」


「でも、祥吾君に手を振ってたよね。なんだかわかってるって感じだったじゃない?」


「わかってるって、何が?」


「女には女の付き合いってのがあるように、男には男の付き合いってのがあるってことだよ。それじゃ、嫁の許可ももらえたことだし、行こうぜ!」


 楽しげに笑いながら歩き始めた友人2人の後を祥吾は追いかけた。その表情は微妙である。しかし、廊下に出た頃には大体の機嫌は直っていた。


 校舎から出ると春先の日差しが降り注いでくる。今日も1日良い天気でありそうだった。




 卒業式の翌日、祥吾はクリュスと共に自転車に乗って探索者協会へと向かっていた。ほとんど自動車が通らない車道を並んで進む。


「さすがに大金を持っていると落ち着かないな」


「カードを持っていればそんな心配必要なくなるわよ」


「そもそも中学生じゃ作れないだろう。何でお前は持っているんだ?」


「日本で生活するためよ。いちいち現金で支払っていられないもの」


「もう大人と変わらないな」


「祥吾もおじ様かおば様に頼んで作ってもらいなさいよ」


「銀行の口座だけじゃ駄目なのか? お年玉を預けるために作ってあるやつだが」


「キャッシュカードとクレジットカードは違うわよ。もしかしたら頻繁に大金を扱うことになるかもしれないんだから、作っておきなさいって」


「一攫千金かぁ。そんなにうまくいくもんかな」


 ペダルを漕ぎながら祥吾は微妙な表情を浮かべた。食べていくだけの稼ぎならばまだしも、大金となるとあまり想像できない。異世界だと最後の仕事が大金を稼げる依頼だったが、取りっぱぐれたことを思い出して顔をしかめる。


「カードのことはともかく、春休みは探索者教習っていうのを受けるんだろう。高校の入学まで3週間あるけれど、結構忙しそうだな」


「忙しくなるわよ。10日間の短期集中講座を受けるから、明日からしばらくは丸1日教習漬けね」


「なんでそんなに急ぐんだ?」


「この時期だと学校を卒業した人たちや失業した人たちが申し込んでくるらしいから、なかなか予約が取れないのよ。予約が取れないせいで新学期までに探索者になれないなんて嫌でしょう?」


 自分の思うとおりに教習の講座を予約できると考えていた祥吾は意外な盲点に気付かされた。休みの時期は学生や生徒だとみんな同じなので重なるのも当然だと納得する。


「でも、そんなに探索者になりたがる人っているかなぁ?」


「それが意外にもいるみたいよ。今日日就職できない人って珍しくないし、安定した仕事に就けるまでのバイト感覚で始めるらしいわ」


「自分の命を掛けたバイトってぞっとしないな」


「自分の都合で働けるっていうのが好都合らしいけれど、他にも色々とあるみたいよ」


 具体的な部分をぼかされた祥吾は何とも言えない表情を浮かべた。知りたいような知りたくないような気分に陥る。


 しゃべりながら自転車を漕いでいた2人は探索者協会へとたどり着いた。駐輪場に自転車を置いて本部施設の建物に入る。申込書をもらいに来たときよりも明らかに人が多く、雑然としていた。


 建物内の様子を目の当たりにした祥吾はクリュスの言い分が正しいことを認める。全員が探索者教習を受けるわけではないにしろ、前に比べたら明らかに予約が取りにくそうなのは理解できた。


 受付カウンターの前にやって来た2人は前回と同じ受付嬢の前に立つ。


「探索者教習の申込書を持ってきました」


「お二人ともですね。内容を確認します。身分証明書になるものはありますか? こちらですね。ありがとうございます。では、手続きを始めますので、少々お待ちください」


「あの、俺たちみたいな中学を卒業した人で申し込む人って他にいますか?」


「珍しいですね。具体的なことはお答えできませんが」


 何となく気になったことを質問した祥吾は明本という受付嬢からの返答に小さくうなずいた。やはり18歳未満で探索者を目指すのは珍しいようである。それは周囲を見ても一目瞭然だ。全員が大人でほとんどが男性である。


 たまに向けられる視線に居心地が悪い思いをしながらも祥吾は探索者教習の申し込み手続きを済ませた。クリュスとは違い、入金のときに万札を何枚も扱わないといけないことに落ち着かなくなる。


 もしかしたら他の同級生とこの場所で会うかなと思っていた祥吾はその可能性がないことを知って複雑な思いをした。仲の良い2人は今頃何をしているのかとふと考える。


 すべてが終わっても受付カウンターの前でぼんやりとしていた祥吾はクリュスに袖を引っぱられ、慌てて踵を返した。

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