連休の狭間
4月の終わりから5月の第1週までの間は世間でゴールデンウィークと呼ばれている。一部の大人は10連休以上取れるので文字通り黄金の休日週間になるが、学生の場合はそうもいかない。平日はあくまでも平日扱いなので学校へ登校する必要があるのだ。
ということで、祥吾は平日になると高校へと再び通う。3連休の後なのでそこまで登校に忌避感はない。
教室に入るとクラスメイトの多くが既にやって来ていた。いつも通りの者、騒いでいる者、気だるそうにしている者など様々だ。
スポーツバッグを机の上に置いて椅子に座った祥吾は祐介に声をかけられる。
「祥吾、休みの間何してた?」
「ごろごろしていた。体の疲れが取れなくてな」
「年寄りみたいなこと言って。どこかに遊びに行かなかったのかよ」
「それどころじゃなかったからな」
「あーもしかして」
「祥吾じゃん! っはよ!」
祐介の声に被せるようにその奥から声をかけてくる生徒がいた。敦だ。朝から元気である。笑顔で祥吾の席に近づいて来て祐介の隣に並んだ。そうして更に顔を近づけてくる。
「休みの間何してた?」
「祐介と同じことを聞くんだな。家でごろごろしていたぞ」
「つまんないな、せっかくの3連休だったのに。クリュスとどこかに行ってなかったのか」
「なんでそこでクリュスが出てくるんだ」
「かぁー! 言い慣れてるなぁ。さすが公認の仲!」
「お前、それが言いたくてこっちに来たのか?」
「それもある。けど、徳秋よりも先に情報を知っておこうと思ってね」
「なんだそれ?」
「いやだってあいつ、なんかクリュスに憧れてるところがあるじゃん。それで最近その手の話が多くて話題を集めてるんだよ。だんだんアイドルオタクみたいになってきてなぁ」
仕方がないという態度をとりながら敦が話を求める理由をしゃべった。
先週クリュスと近い仲だと知られると途端に質問攻めに遭ったことを祥吾は思い出す。香奈と睦美も熱心に聞いてきたが、それに劣らず徳秋もよく質問してきたのだ。前者が恋愛好きの範囲だったのに対し、後者は私生活のことを細かく聞こうとしていた印象がある。なので、徳秋の質問にはあまり答えないようにしていた。不満そうにしていたが、幸い女子2人が味方になってくれたのでその場は収まっている。
一応今は教室内で騒がれることはなくなったものの、祥吾としては徳秋のことを少々警戒する必要があると考え始めていた。この段階で警戒するのが適切なのかわからないが、不用意に私生活のことは話せない。
「話せることは先週話したぞ。私生活のことはさすがにな」
「だよなぁ。徳秋、なんかいきなりスイッチ入ったみたいになったのにはオレもマジビックリしたもん」
「悪いな」
「いいって。徳秋の様子はこっちでもちょっと見とくわ。お、噂をすれば」
教室に入ってきた徳秋に気付いた敦が祥吾から離れた。それを見送った祐介が今度は祥吾に声をかける。
「敦と徳秋って、別中学で3年間一緒だったらしいんだよな。それで仲がいいから友達の変わりように驚いたらしいぜ」
「俺と祐介と良樹みたいなものか」
「ちょうどそんなところだな。大したことないといいんだが」
「祐介、ちょっと来てよ!」
「相談したいことがあるのー」
先程まで2人で話をしていた香奈と睦美が突然祐介を呼んだ。祥吾に目を向けられた祐介は肩をすくめて席を離れてゆく。祥吾の席からでは他の声に交じって何を話しているのかわからなかった。
ようやく落ち着いたと気を抜いた祥吾はスポーツバッグから教科書や筆記用具を取り出す。今のところ授業は何とかついていけていた。しかし、記憶の定着という意味では心許ない。異世界に転移する前は高校の1学期まで授業を受けていたが、10年以上前の話なのでもはや記憶の彼方だ。初心に返って勉強しないと危険だった。
授業を受ける準備を済ませた祥吾は自席でのんびりとする。後は待つだけなので気が楽だ。
そんな平穏な一時を過ごしている祥吾に良樹が声をかけてくる。
「祥吾君、おはよう」
「今来たところなのか?」
「教室にはね。さっきまで映像研究会のところにいたんだ」
「運動系の朝練ならわかるが、映像研究会が朝から何をしていたんだよ」
「ゴールデンウィーク後半の活動についての話し合いだよ。最近忙しいんだ」
「へぇ、そりゃ大変だな」
文化系の活動について何も知らない祥吾は薄い反応しか返せなかった。高校に入ってから熱心に研究会活動に勤しんでいる良樹の姿は知っているので、心の中で応援するくらいである。幽霊会員になったのもそんな感情がいくらかあったからだ。
チャイムが鳴るまでもう数分もない中、祥吾は良樹が更に話を続けるのを見る。
「それで、とりあえず作業に一区切りついたから、今日の放課後に研究会のみんなでカラオケに行くことになったんだ」
「良かったじゃないか。あそこには良樹と似た趣味の人もいるから、思いきり歌えるんじゃないのか」
「そうなんだよ。だから今から楽しみでね。それで、祥吾君とクリュスさんも誘おうっていうことになったんだ」
「え?」
「幽霊会員も会員には違いないから、誘うだけ誘ってみようって会長から言われたんだ。これは別に活動じゃないから強制じゃないよ」
意外な展開を見せた話に祥吾は呆然とした。研究会の活動には参加しないという条件で幽霊会員になったので活動に加わる気はないが、活動への誘いではないので条件には反していない。しかしそうなると、そもそも応じる理由がなくなる。
一瞬クリュス目当てかとも考えた祥吾だが、その可能性はないように思えた。良樹の趣味系統のカラオケとなると間違いなくアニソンになる。あの会長たちがアニメに興味のない女子をそんな集まりに誘って気を引くような人々には考えられなかった。何よりそんなことをしようとしたら良樹が止めてくれるはずである。
これが祥吾1人なら断っていた。しかし、クリュスも幽霊会員の1人だ。さすがに連絡を入れて返事を聞くべきだと判断する。
「良樹、俺からクリュスに連絡してみる。昼休みにその返事をするからちょっと待ってくれないか?」
「いいよ。それじゃチャイムが鳴ってあっちに行く前に聞きに来るね」
返事を一旦保留にした祥吾は期限を切った。約束をすると良樹は自分の席へと戻ってゆく。
その後ろ姿を祥吾が眺めていると、教室に取り付けられたスピーカーからチャイムが聞こえてきた。
放課後、祥吾は良樹と共に映像研究会の部屋へと向かった。カラオケに参加するためである。朝に良樹と約束した祥吾はクリュスに確認のメールを送ったところ、何と参加すると返ってきたからだ。
この結果には石倉会長や丸木副会長も驚いていた。てっきり断られると思っていたそうである。祥吾も同じ意見だ。
意外な展開に一同がざわついていると、最後にクリュスが部屋に入ってきた。映像研究会の一同が息を飲み、1人祥吾はため息をつく。
ともかく、全員が揃ったので黒岡小町商店街のカラオケボックスへと移った。黒岡高校の生徒がよく利用する店だ。手続きを済ませると6人で1室に入る。
「それでは不詳石倉、一言挨拶をします。数日後に控えたティアコミで配布する映像の編集作業も一段落し」
歌う前に挨拶を始めた石倉会長の話で良樹の言っていた作業の内容が判明した。このイベントは年4回開催され、大型連休の後半にも春イベントとして開かれているのだ。それに参加するための作業だったわけである。
挨拶が終わるとカラオケが始まった。映像研究会の会員のみなので選曲のジャンルは暗黙で固定である。そして、正会員である石倉会長以下3名は毎回歌う度に前に出て完璧な振り付けと共にアニソンを次々と歌ってゆく。新旧を問わず、少年少女ものを問わず、有名無名を問わず、片っ端から歌って踊っていった。
嗜みはするがそこまでのめり込んでいない祥吾にとってはなかなかきつい。何が一番きついかと言えば、自分もやらないといけない雰囲気に逆らえなかったことだ。何しろ教えてもらいながらクリュスがノリノリでやったのだから、祥吾だけやらないわけにはいかない。知っているアニソンを思い出しては歌い、そして踊る。どうしても踊れないときは他の会員が積極的に参加してくれたのがなお一層つらかった。
こうして、アニソンカラオケは好評のうちに終わる。幽霊会員である祥吾とクリュスも一緒に歌って踊ってくれたということで、石倉会長たちは大喜びだった。良樹から行こうと誘われてクリュスは喜び、祥吾は顔を引きつらせる。
疲れ果てた祥吾は帰宅後、夕飯のときにテレビで流れるニュースに気を引かれた。青村多摩川ダンジョンの間引きが終わり、奥多摩3号ダンジョンから魔物が溢れたらしい。




