クラス分けの結果
かつては温かい気候の代名詞とも言えた春だが、近年ではそうでもなくなってきている。寒い日と暑い日が数日ごとにやって来るような気候になっていた。足して半分に割ったらちょうど良いのにと思う人々は多いだろう。
この日、市立黒岡高等学校は入学式を迎えていた。桜は既にほとんどが散っており、青い葉を見せ始めている。咲くのがもう少し早ければ卒業式に、遅ければ入学式に合うだけにうまくいかない。
とはいうものの、そんなことを気にしている新入生はいなかった。汚れた桜の花びらがそこかしこにある敷地へと次々に入ってゆく。自転車の割合は少なくない。
そんな自転車通学者の中に正木祥吾とクリュス・ウィンザーの姿があった。どちらも真新しい紺色を基調とした制服を着ているので新入生であることがすぐにわかる。
自転車に乗る生徒の流れに沿ってクリュスが、次いで祥吾が学校の敷地の裏側にある駐輪場へと入った。そこで自転車を止めると前籠から鞄を取り出して校舎の前へと向かう。
「ついに高校生か。やっとだな」
「ふふ、それはどういう意味かしら」
笑顔を向けられた祥吾は苦笑いした。表面上は新入生がこれからの生活に希望を持っているかのようだ。しかし、実際は違う。異世界に転移する前が高校1年生だったのでやっと戻って来たという意味だった。
校舎の前側には、一時的に建てられた木製の大きな掲示板にクラス分けの一覧が張り出されている。新入生だけでなく、全学年のものだ。
その掲示板を見ていた2人のうち、クリュスが先に声を上げる。
「私の名前があったわ。進学クラスは1クラスだけだから、わかりやすかったわね」
「俺は、1-B、だな。お、祐介と良樹の名前もある」
「良かったじゃない。知り合いが一緒で。でも残念。祥吾と同じクラスじゃないなんて」
「そりゃ志望が進学クラスなら一般クラスと同じになれるわけがないだろう」
「これも中学の進路指導のせいね。どうして志望が一般じゃ駄目だったのかしら」
「クリュスの頭が良すぎたからだろう。本当ならもっと上の高校を狙えたのに」
「どこの高校に入っても大して変わらないでしょうに。どうせ受験できる大学は同じなのにね」
「そんなことを当たり前のように言える奴は普通いないぞ」
完成された美少女というだけでなく、非常に優秀な頭脳を持つクリュスだからこその発言だと祥吾は再び苦笑いした。周りの環境に関係なくどこでも目指せる人間など滅多にいるものではないのだ。
ちなみに、どんな高等学校にも探索者を目指すための探索科というような制度はない。命をかけることが前提の危険な職業を目指す科を設置するのはいかがなものかという反対意見が多いからだ。それに、ただでさえ学ぶことが多い今の高校生にこれ以上探索という非常に重い学習項目を追加などできないという意見も多かった。そのため、やるなら専門学校か高等専門学校だという主張が現在の主流である。
もっとも、それ以前に探索者という職業が不人気なので生徒を募集しても人が集まりそうにないというのが一番の理由らしいが。
ともかく、自分のクラスがどこか確認できた2人は校舎へと入ると途中で別れる。
祥吾は廊下を歩いて自分のクラスの前までやって来た。そうして、開きっぱなしだったスライド式の扉に触れることなく中へと入る。
校舎は鉄筋コンクリート製の古い建物なので教室自体にも古びた感じがあった。さすがに傷んでいるということはなかったが新しさはない。
その教室は祥吾にとって広く感じられたが、それは錯覚だとすぐに気付く。クラス分けの一覧から1クラスあたり20人と教室の大きさの割に生徒数が少ないのだ。
黒板には白墨で席順が書き込まれていた。名字の五十音順で男女2列ずつだ。男女ともに10人ずつで、そのうち知り合いが2人である。そのどちらもまだいない。
とりあえず席に座った祥吾は後ろの方の席から生徒を眺めた。半分ほどは席に座って祥吾と同じように周りに目を向けている。知り合いがいないのだろう。逆に知り合いがいる生徒は固まってしゃべっている。
早く知り合いがこないかと祥吾が待っていると背後から声をかけられた。振り向くと中岡良樹が近づいて来る。
「祥吾君、おはよう。やっぱり知り合いがいると安心するね」
「そうだな。待っている間暇だしな」
「スマホで何か見てたらいいじゃない」
「あれ、長い時間見ていると疲れるから、あんまり好きじゃないんだよな」
渋い表情をした祥吾が少し口を尖らせた。その間に良樹は黒板へと目を向けて自席に鞄を置く。そうしてすぐに祥吾の元へと戻ってきた。片手にはスマートフォンを持っている。
「祐介君はまだ来てないみたいだね」
「あいついつも遅いからな。さすがに入学初日に遅刻はないと思うが」
「中学校に入学したその日に遅刻しかけたって話を人づてに聞いたことがあるよ」
「嘘だろう?」
自分の予想をあっさりと覆されそうになった祥吾は唖然とした。途端に人ごとながら不安になってくる。
しかし、その心配に杞憂に終わった。雑談をしていた2人は声をかけられるとそちらへ顔を向ける。
「2人とも、おっす!」
「来たな、祐介。お前が入学初日から遅刻しないか良樹と心配していたんだぞ」
「はは、ひどいな。さすがに初日からは遅刻しないぜ」
「明日からは遅刻するかもしれないと言ってる件について」
祥吾の言葉に返答した木田祐介の反応に良樹が突っ込んだ。ここからは3人での雑談が始まる。その様子は中学生のときと何も変わらない。
そうやって教室内を少し騒がしい状態にしていると、やがてチャイムが鳴った。しばらくして若い女性教師が教室に入ってきて教壇に立つ。
「皆さん初めまして。今日からこのクラスの担任をすることになりました沢村美佐です。これからお願いします。では早速、これから体育館で入学式がありますので」
やや明るい調子で沢村教諭が簡単な自己紹介の後、これから始まる入学式についての説明を始めた。それが終わると教室から廊下へと生徒を移して並ばせる。見れば他の教室からも続々と生徒が出てきて並んでいた。
それほど待つこともなく、1-A組から体育館へと出発する。祥吾たちの1-B組はその後に続いた。体育館に入ったのはほぼ新入生だけで、上級生は教員と一緒に挨拶をするごく一部のみしかいない。残りは教室で始業式である。
以後は、校長以下の教員や来賓の方々、そして上級生および新入生代表の言葉が延々と続いた。真夏の炎天下しかも運動場でやっていたら間違いなく多くの生徒が倒れるであろう時間を費やす。
すっかり疲れ果てた新入生はようやく入学式から解放されると、順番に教室へと戻っていった。教室にある席に座ると弛緩した雰囲気が漂う。
だが、もちろんこれで終わりというわけではない。まだやることはある。学校からのお知らせ、教科書配布、自己紹介、そして席替えなど、昼近くまで忙しい。
沢村教諭の指示に従って祥吾たち新入生はひとつずつやるべきことをこなしていった。教科書の重さには誰しもが閉口したが我慢する。
自己紹介が終わった頃から教室内では雑談する新入生が増えてきた。今まで他人だった前後左右の同級生としゃべり出す生徒が現われたのだ。席替えが終わるとその傾向が一層強くなる。
くじ引きで決めた結果、窓際の中程の席になった祥吾は体を横に向けて同級生全体を眺めた。大抵が誰かと話をしている。中学校以来の友人である祐介は早速知り合いの輪を広げているようだった。親しげに周囲の生徒と話をしている。一方、良樹はスマートフォンを持って何やら熱心に操作していた。廊下側の端でしかも周囲が女子生徒で固められているでの話しづらいのだろう。
「それでは、今日はここまでにします。明日から授業がありますから皆さん教科書を忘れないようにね」
やるべきことをすべて終えると、沢村教諭が解散を宣言した。すると、教室内が一気に騒がしくなる。
鞄に教科書を詰め込んだ祥吾は周囲に目を向けた。周囲と話をしている者、既に席を立った者、じっと座って何かしている者と様々だ。
席を立った祥吾は良樹の元へと向かう。
「良樹、お前さっきからスマートフォンで何をしているんだ?」
「学校のウェブサイトを見ながら、文化系の部活動を見てるんだよ。僕としては漫画かアニメの部があると嬉しかったんだけれど」
「で、あったのか?」
「ないっぽい。でも、怪しいところがひとつあるんだ。そこを当たってみようと思う」
「怪しいってなんだ」
隠れている意味がわからない祥吾は訝しんだ。しかし、自分には関係ないとそれ以上は言及しない。
祐介も新しい友人との話で忙しそうなのを目にした祥吾は1人で教室から離れた。




