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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第7章 高校生活に慣れてきた頃

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直近で困ることと将来困ること

 あれだけ人々を苦しめた暑さはもう過去のものになった。近頃の気候はすっかり落ち着いて過ごしやすくなっている。


 そんな環境なので祥吾とクリュスの自転車通学も快適だった。汗をかくこともなく、寒くて震えることもない。こういう気候こそ最も長く続いてほしいのだ。


 ところが、そんな気候に反して祥吾の顔は暗い。並走するクリュスが声をかける。


「祥吾、元気を出しなさいって。大丈夫よ、2人でなんとかしましょう」


「そうは言ってもな。俺はお前と違うんだ。簡単にできることじゃないだろう」


「簡単ではないにしても、やってできないことではないわよ」


「どれだけ苦労をしないといけないんだ。ダンジョンの攻略の方が楽だぞ、絶対に」


 朝から祥吾の表情が冴えないのはここ数日だとおなじみになりつつある光景だ。原因は先週末の新宿ダンジョンにある。このとき、祥吾は日曜日の午前中に帰宅すると母親の春子に伝えていたのだが、実際に帰ってきたのは午後8時前だったのだ。実に約8時間も遅れたのである。


 普通ならば高校生くらいでこのようなことがあっても怒る親は少ない。もちろん文句や小言は言うだろうし、理由の説明も求めるだろう。大抵はせいぜいそのくらいだ。


 しかし、祥吾の場合、向かった先がダンジョンだったというのが問題だった。何かあったと思われると、最悪死亡という事態がちらついてしまう。今回、母親の春子が心配したのはそこだった。


 まずはダンジョンから出た直後に祥吾は母親に電話をして事情を伝え、帰宅してからも父親の健二を交えて話をする。遅れた原因は見通しが甘かったということになるが、これで納得してもらうのに少し時間がかかった。


 このとき、クリュスも同行していて遅れた原因について説明している。新宿ダンジョンについてはまだよく理解できていない状態なので、事前の予測が大きく裏切られる場合があり、今回は実際にそうなってしまったのだと伝えた。遅れた事情については理解できた祥吾の両親はとりあえずうなずいてくれる。しかし、その表情は納得できたというものではなかった。


 不安な気持ちが拭い切れていないことを認めたクリュスはダンジョンがどのようなところで、自分たちがどのように活動しているのかを説明する。危険は可能な限り低くなるよう活動しており、そのための事前調査は充分にしていること、またその調査でも安全は充分に考慮していることを伝えた。その上で更に今回は危険に陥ったのではなく、移動時間が予想外にかかってしまったことが原因だと説明する。


 ここまで言葉を尽くしてようやく祥吾の両親は落ち着いた。完全に納得した様子ではないものの、クリュスも常に同行しているから追求を止めたようである。


 途中からは黙っていた祥吾はその様子をじっと見ていた。本来は自分で話すべきことだが、仮に話したとして両親をここまで落ち着かせられるかと考えると首を横に振らざるを得ない。自分の至らなさに肩を落とした。


 この件についてはこれで一旦終わったのだが、実はもう少し続きがある。それは、学業についての不安が再び問題となったのだ。1学期の期末試験の結果が平均80点台ではあったが、今後それを維持できるのかという意見が父親の健二から出てきたのである。


 成績のことを再び持ち出されたことに対して祥吾は反論した。成績については今後維持できるように毎日勉強していると説明する。これについては父親も知っているのですぐに黙った。しかし、やはり納得していない様子だ。そこは祥吾も理解していた。本音を言えば更に上を目指してほしいので、現状維持では満足していないのである。ただ、今のダンジョン攻略の活動を維持するのならばこれ以上勉強に時間を費やすのは難しい。


 そこでクリュスが努力目標として、できるだけ成績を上げるために勉強するということを提案した。更にそのためにクリュス自身も可能な限り協力すると伝えると、父親の健二は何も言えなくなる。1学期の成績を伸ばしてくれた実績があるからだ。


 ということで、祥吾は今後更なる勉強を強いられることになった。最終的な理想は全教科満点だが、そんなことは自転車で並走しているクリュでさえも実現できていない。


 際限のない努力をすることになった祥吾は力なくペダルを漕ぐ。


「もう平均点は80点台まで上げたんだぞ。これ以上どうしろって言うんだ」


「学校の試験だと90点まで取るのは難しくないわよ。範囲が決まっているから。どうすれば良いのかは教えてあげるから、今度の中間試験を頑張りましょう」


「そんなにうまくいくものなのか?」


「いかなくても80点以上は取れるから問題ないでしょう。あのときのおじ様とおば様は不安だったから色々と言っていただけだっただもの。現状が維持できていれば何も言ってこないわよ」


「そうだと良いんだけれどな」


「大丈夫よ。いざとなったら切り札を切れば良いんだから」


「何だよ、それ?」


「ふふふ、そのときになってからのお楽しみよ」


 不安にしかなれない笑みを向けられた祥吾はため息をついた。何と思おうがもうやるしかないのだ。


 なぜこんなことになってしまったのかと嘆きながら祥吾は学校の正門を通り抜けた。




 昼休みになると祥吾はいつものように友人たちと集まって昼食を食べ始めた。文化祭も過去のものとなりつつある今、話題になるのは来週にある中間試験だ。望んでいるイベントではないが、避けられないので無視もできない。そのため、誰もが口にした。


 最初に話題を振ってきたのは祐介だ。弁当を半分ほど食べたあたりで皆に尋ねてくる。


「来週にある中間試験の勉強って、みんなもう始めてるのか?」


「おおお、祐介ぇ、せっかく忘れてたのにぃ!」


「ホントだよぉ、わざわざ言わなくてもいいじゃん」


「そりゃそうなんだが、人の様子が気になるだろ。で、敦と徳秋はどうなんだ?」


「まぁ実際はやってるんだけどな。今度は平均点が80を越えることを目指すぜ」


「結構しんどいよねぇ。祐介はどんな勉強してるの?」


「試験範囲をある程度そらで言えるようになるまで覚えるくらいかな。数学なんかは公式を使えるようにちょっと勉強するぞ」


「すげぇな。なんか簡単に言ってのけたぞ、こいつ」


「オレたちと頭の出来が違うんだねぇ」


「そこまで言うほどか?」


 感心された祐介が首を傾げた。誰もが自分なりの勉強をしているわけだが、たまになぜそれだけで済むのかというやり方もある。今回の敦と徳秋にとって祐介のやり方がそれに当たるようだ。


 畏敬の念が混じった目を向けてくる男子2人から祐介は香奈と睦美に顔を向ける。


「香奈と睦美はどうなんだ?」


「やってるよ! 今度は80点を超えて見せるんだから!」


「あたしは今のままでもいいと思うんだけどな~」


「文化祭でイベントを成功させたんだから、この勢いで成績も上げようよ、睦美!」


「全然関係ないと思う~」


「温度差が激しいな。それで、成果は上がってるのか?」


「一応ね! 何しろ今回は友達に教えて回るのを止めてるからはかどってんのよ」


「あれって結構時間がかかるもんね~」


「そうそう。だから今回は自分のためにだけ時間を使ってるんだよ」


「これで点数が上がってくれないと納得できないよ~」


「あーあれか。確かに人に教えるとなると時間は結構取られるもんな」


 女子2人の話に祐介がうなずいた。祐介にも経験があることだけに理解できるのだろう。


 弁当を食べながら祥吾は友人の話を聞いていた。自分も大変だが、他の仲間も苦労していることを聞くと少しは心が軽くなる。現金なことにやる気も湧いてきた。


 そんな祥吾に祐介は話を振る。


「祥吾、お前はどうなんだ?」


「俺のところは親の目が光っているから手が抜けないんだ。最低限、今の成績を維持しないと色々と言われることになる」


「おお、そりゃまた大変だな。しかし、お前んとこの親ってそんなに厳しかったか?」


「どうも俺が高校に入ってから少し気が変わったらしい。おかげでこっちは大変だよ」


「苦労してんなぁ、お前も」


「成績が良いに越したことはないんだが、ちょっと息が詰まりそうできついな」


 実際にはダンジョンで活動しているのが問題なのだが、ここでは出せない話題なので祥吾は少し内容を変えた。周囲から見たらそうとも見えるので当面はこれで乗り切れる。


 他の友人たちの話題はそれきり別のものへと変わったが、祥吾はもう少しこの件について考えた。気が重くなる一方だが、どうしても気になってしまうのだ。そのせいで、友人から話しかけられても反応が鈍い。


 その日はそんな状態がずっと続いた。良くないことではあるが今の祥吾にはどうしようもない。


 ため息を我慢しつつ祥吾は弁当をかき込んだ。

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