夏休みの終わり
夏休み中に2つのダンジョンを攻略した祥吾は8月の終わりに帰宅した。2週間近くも家を空けたこともあって少し埃っぽい。久しぶりに帰ってきたのにという思いはあるが、だからこそ埃っぽいのだと思い直す。
ということで、帰宅後の祥吾は、シャワー、昼食、部屋の掃除、シャワーとなかなか忙しかった。2回目のシャワーについては、軽くで済ませるはずだった掃除を大々的にする羽目になったからだ。ついでというのは恐ろしいもので、重なると結局すべてになってしまうのである。
結局、家に帰っても疲れることをしていた祥吾だったが、夕方に差しかかる頃には落ち着いた。ここでようやく、ゆっくりと過ごすことができるようになる。
夕食までの時間が空いた祥吾はスマートフォンで時間を潰すことにした。夏休みの宿題は先月に終わらせているので時間が空いているのだ。悠々自適とはこのことである。
しばらくダンジョン関連は見たくない祥吾はウェブ小説を見ることにした。最近見ていなかったので続き物は少し前から読み直す。これで空き時間が埋まるのは約束された。
そうして椅子に座りながら祥吾が小説を読んでいると電話が鳴る。画面を見ると木田祐介と表示されていた。終業式以来会っていないことを思い出す。
「久しぶりだな、祐介」
『まったくだな! 色々とやってたら夏休みの終わりになっちまったよ』
「別にいいよ。それより、宿題はどうなんだ?」
『ほとんど終わったぜ。さすがに2週間あればなんとかなるさ』
「中学のときから毎年8月の後半に頑張るタイプだったもんな、お前」
『そうそう。その努力もようやく実ったってわけだよ』
「そういえば、良樹はどうしているか知っているか? 実はコミディスに出すコピー誌というやつを作の手伝わされたとき以来会っていないから、今の状況がわからないんだ」
『お前あれを手伝わされたのか! オレは親戚と会っていたから手伝えなかったんだよな』
「毎年恒例のやつだったか」
『面倒なんだよなぁ。ああそれで良樹だったな。あいつは今夏休みの宿題をしてる真っ最中らしいぞ』
「イベントが終わってからもう2週間くらいになるはずだよな。あいつ、終わったらやるって言っていたのに」
『それがな、そのイベント疲れで帰ってきたら寝込んじまったらしい』
「あぁ」
『一応夏休みが終わるまでには片付けられる予定らしいが、あんまり余裕はないんだと』
久しぶりに祐介の声を聞いた祥吾は近況報告を交わした。1ヵ月以上会っていないと積もる話も色々とある。
「それで、本題はなんだ?」
『久しぶりに一緒にゲーセンに行かないか? 夏休みの間に会っておこうと思ってさ』
「良いぞ。良樹は、って無理そうなんだよな」
『正解。先に声をかけたが断られたんだ、実は』
「なるほどな。それで、いつ頃なんだ?」
『明日の昼過ぎなんてどうだ? 1時頃、商店街の入口で』
「わかった、それで良いぞ」
遊ぶ約束を交わした祥吾は電話を切った。今年はほとんど夏休みらしいことをしていないのでこの誘いを喜ぶ。
気を良くした祥吾は上機嫌で小説の続きを読み始めた。
友人と遊ぶ約束をした翌日、祥吾は約束の時間の少し前に自宅を出た。日差しが強くてすぐに汗が噴き出てくる。しかし、それに構うことなく黒岡小町商店街へと向かった。
実はこの夏休みで初めての遊びに祥吾は少し浮かれている。もう1人の友人である良樹と8月半ばに会っているが、あれは作業を頼まれたので遊びというのは正確ではない。そのため、これから夏休み唯一の遊びに出かけるのだ。
入道雲が見える空の下、祥吾は黒岡小町商店街へとやって来た。待ち合わせの場所にはティーシャツにハーフパンツの祐介が日陰で立っている。
「待たせたな、祐介」
「さっき来たばっかだから平気。それにしても暑いな! もう夏休みも終わりだってのに」
「昔は盆を過ぎたら残暑の季節だったらしいが、今じゃまだ真夏だもんな」
「ホント、たまんないぜ。よし、ゲーセン行こうぜ!」
挨拶を交わした2人はそのまま商店街へと入った。往来する人々の数はなかなかで、日傘を差している人も少なくない。女性はもちろん、男性もだ。最近はこの暑さに耐えられない人々が増えてきているのである。
最初の宣言通り、2人はゲームセンター『プレイパラダイス』へと入った。3階建ての建物でクレーンゲームが置いてある1階に入ると冷風が体に吹き付けられる。そのまま中を通り過ぎて2階に上がると格闘ゲームの筐体が姿を現した。まずは壁際の筐体でコンピューター戦をやって勘を取り戻し、それからあちこちの筐体に移って対戦を始める。
他人との対戦で勝ったり負けたりした後、今度は3階へと上がった。ここはシューティングゲームなどの格闘ゲーム以外が置いてある階だ。ここでも一通りやって遊ぶ。
気付けば午後3時近くになっていたことに店内のアナログ時計を見た祥吾が気付いた。ガンシューティングのゲームをやり終えた祐介に声をかける。
「遊び初めてもう2時間になるんだな」
「ああ、マジだ。祥吾、ちょっと外に出るか」
「いいぞ」
祐介の曖昧な提案に応じた祥吾はその後に続いた。階段を降りてゲームセンターを出る。再び熱気が2人を襲った。それに顔をしかめながらも商店街の中を歩く。向かった先はコーヒーショップ『デリシャスドリンクス』だ。
2人が店内に入ると再びひんやりとした空気に出迎えられた。それで人心地付きながらコーヒーを注文する。代金を支払って紙カップを受け取るとテーブルに座った。
一口すすると祐介が口を開く。
「いやぁ、やっぱゲームはいいなぁ。久しぶりにやって気持ち良かったぜ」
「そんなにしていなかったのか?」
「3週間前にやったのが最後だったからな。最近は別のことで忙しかったんだよ」
「俺なんて6月以来やっていなかったな。2ヵ月以上か」
「マジか。そりゃなげぇなぁ。でも、1学期の後半は勉強ばっかだったもんな、お前」
「期末で結果を出さないといけなかったからな。必死だったよ」
「それでこの前のアレか。やればできるじゃん」
「まぁな。あそこまで良い成績を取れると思っていなかったが」
褒められた祥吾は嬉しそうに熱いコーヒーをすすった。苦味が旨い。
再び紙カップに口をつけた祐介が祥吾に話しかける。
「祥吾、お前夏休みの間は何していたんだ?」
「7月は宿題で、8月はダンジョンに入っていた。途中、半ばには良樹の作業を手伝っていたが」
「ほとんどダンジョンに入っていたのか?」
「2箇所に入っていたんだが、10日と13日かかっていたから、そうだな。3週間は入っていたことになる」
「はーっ、そんなに面白いのか。いや、クリュスに頼まれてやってたんだっけ」
「まぁそんなところだ」
「だったら不思議だな。なんでそこまでしてやるんだ?」
それは祐介の純粋な質問だった。表情や口調から祥吾もそれを理解する。しかしそれだけに答えにくかった。きっかけは流されたか言いくるめられたかというような感じだが、今はやらないといけないという義務感がある。ダンジョンの正体を知っているからだ。そして、それを告げられないからこそ言葉に困る。
「やっているうちに俺も段々のめり込んできたのかもしれないな」
「あーそういうことか。困ったもんだなぁ、それは。クリュスって探索者をいつまで続けるつもりなんだ?」
「それは聞いたことがないな」
「聞いて置いた方がいいんじゃねぇの? それでずっとやっていく気がないなら」
「確かにな。折を見てそのうち聞いておくよ」
祥吾の返答に祐介は納得したようだった。少し真剣だった表情が柔らかくなる。
質問を受けた祥吾も実際のところクリュスがどう考えているのかは前から気にしていた。今の様子を見ていると一生続けそうな感じがするが、果たして本当にその気があるのかは不明だ。そして、自分にどのくらいまで続けさせる気なのかも気になる。
いや、最初の頃は祥吾も色々と気にしていたはずなのだ。それが最近はダンジョン攻略をすることが当たり前になってきている。流されているという表現は好きではないが、確かにその傾向があるのは間違いない。
今のところ祥吾はダンジョン攻略をずっと続けるつもりはなかった。しかし、いつになったら辞めるのかということは具体的には考えていない。今年はまだ構わないが1年後、遅くても2年後には決めておく必要があるだろう。
2人の話題は別のものに移った。次は他の友人の近況で、敦と徳秋は今、宿題に追われて大変な目に遭っているという。もしかしたら泣きつかれるかもしれないと祐介は苦笑いしていた。
そんな他愛ないことを次々と話しながら2人は雑談を続けてゆく。それは手に持つコーヒーがなくなるまで続いた。




