ダンジョンを出てからの事後処理
足利ダンジョンの地下1層、出口からそれほど遠くはない空洞に祥吾とクリュスは着いた。2日前に守護人形に温泉水を背負わせて出発した場所だ。
槍と盾を持ち、更にリュックサックを体の前後に背負うフードを目深に被ったローブ姿の人形2体が2人の前に立つ。
「リュックサックを降ろして、ローブを脱いでちょうだい」
目の前に立つ人形にクリュスが命じると、2体は忠実に命令を実行した。服を折り畳んで降ろしたリュックサックに入れてくれるところまでやってくれる。
いつもの剥き出しの人形姿になった2体を見たクリュスはすぐに停止させた。背丈が急速に縮んでゆき、手のひらサイズとなる。
自分のリュックサックにクリュスはその小さな人形を入れた。隣では祥吾がリュックサックを4つすべて持ち上げる。
「リュックサックだけこんなにたくさん持っていると怪しまれそうだな」
「でも、どんなに調べられても怪しい物なんてないんだから堂々としていれば良いのよ」
「4人分のリュックサックとローブなんて何に使うんだって問い詰められそうだな」
「ダンジョンの中で拾ったって言えば良いじゃない。落とし物なんて珍しくないんだから」
出口に向かって歩き始めた祥吾とクリュスが持ち物についての話を始めた。一目見て危ないとはっきりわかる物や怪しい代物でもない限り、正門で止められることはない。祥吾の持つリュックサックは市販の物なのでそういう意味では問題ないが、なぜ4つも抱えているのかと訝しがられはするだろう。ただし、制止を呼びかけられる程ではない。
地上に続く階段を登りきると外に出た。むわりまとわりつくような熱気に包まれる。普段だと不快に感じるが、ダンジョンから生還したばかりだと生きて帰ってきたことを実感させてくれるので悪くはない。
警戒区域の中を歩きながら祥吾がクリュスに別の話題を振る。
「クリュス、あの粘性生物のドロップアイテムなんだが」
「売らないわよ。特にあのゼリー状の固体はね。祥吾に食べてもらわないといけないもの」
「それ、まだ言うのか」
「魔法を使えるようになる機会なんてそうそうないのよ。この好機を逃す気?」
「うーん、そう言われると惜しくなってくるな」
「それにね、あれは特殊すぎて適正な値段が付くのか怪しいのよ。何しろダンジョンの異常がもたらした唯一のものなんだから。2度と出てこないドロップアイテムなんて正しく査定できると思う?」
「その観点はなかったな。そうか、あれは珍しいとか特殊とかではなく、唯一なのか」
「これからダンジョンは正常に稼働することになるから、あのドロップアイテムは誰がどんなに望んでも出てこないのよ」
「そうなると、人の頭くらいある魔石の方も売れないなんじゃないのか?」
「あれも高純度な魔力を固めた魔石だから値段が付かないんじゃないかしら。魔法が使える世界だと宝石よりもずっと高い値が付くと思うわよ」
「売れないドロップアイテムなんて手に入れてもなぁ」
唯一で高価な物を手に入れたという喜びはあるものの、祥吾は自分では持て余すような代物ということに複雑な思いを抱いた。いくらものすごい魔法の道具だと言われても、自分で使えないのであれば意味がない。
警戒区域を通り抜けた2人は正門を通過した。祥吾が予想した職務質問や制止はなく、いつも通り他の探索者の流れに沿って進めた。
そのまま2人は支部の本部施設へと向かったが、スマートフォンを取り出して何やら操作していたクリュスが祥吾に声をかける。
「あら、今になって『エクスプローラーズ』の注意事項に乗ったみたいね」
「何がだ?」
「足利ダンジョンの守護者の部屋についてよ」
「あー、あれか。いつ掲載されたんだ?」
「日付は昨日ね。私たちが粘性生物と戦っていたときにじゃないかしら」
「ぎりぎりじゃないか。これって違反にはならないんだよな?」
「灰色ではあるから微妙なんだけれども、ダンジョンの中では通信できないから言い訳はできるわよ」
「あのドロップアイテムが売れない理由がまたひとつ増えたな」
「どうせ売れないんだから理由がいくつ増えても構わないわよ」
気軽にしゃべるクリュスが楽しそうに笑った。祥吾は若干心配そうにしているが何も言い返さない。
支部の本部施設に入ると冷房で冷やされたロビーが涼しさを提供してくれた。いつもなら更衣室へ一直線だが、今回はクリュスの希望で受付カウンターへと先に向かう。そこで足利ダンジョンの守護者の部屋の注意事項について聞いた。専用アプリ『エクスプローラーズ』に掲載されている通りだと返答される。
聞きたいことを聞けて満足らしいクリュスが受付カウンターから離れた。後に祥吾が続く。
「しかしあの注意事項、いつ解除するんだろうな?」
「探索庁監視隊で定期的に確認しているでしょうから、その報告次第ではないかしら」
「実際に守護者の部屋を見たという探索者からの連絡という可能性もありそうだな」
「それでも一応探索庁監視隊が確認しに行くでしょうけれどね」
ロビーから廊下へと移った2人は更衣室の前に着いた。いつもならすぐに別れて着替えるのだが、今日は祥吾が足を止めてクリュスに疑問を呈する。
「クリュス、ひとつ尋ねたいことがあるんだが」
「どうしたの?」
「俺が今持っているこのリュックサックはお前が買って、あの人形が使うものだろう」
「そうね」
「だったら更衣室に入るときはお前が持つべきじゃないのか?」
「荷物持ちは男の人の大切なお仕事なのよ。買い物のときなんかそうでしょう?」
良い笑顔で反論したクリュスはそのまま女性更衣室へと入っていった。後にはリュックサックを4つ抱えた祥吾が廊下に立つのみである。
荷物を渡すべき相手がいなくなったことで祥吾も男性更衣室へと入った。
着替えを終えた2人は更衣室前の廊下で再会した。祥吾などはリュックサックにスポーツバッグと入れ物だらけだ。しかし、もはやクリュスには何も言わなかった。
合流した2人は支部の本部施設を出ると売買施設へと移る。最初に買取店でドロップアイテムを換金した。祥吾はここでリュックサック4つをクリュスのマンションに郵送したがったが、折り畳み式ポリタンク20個を旅館に持って帰らないといけないことを思い出して肩を落とす。荷物からの解放はもうしばらく先となった。
売買施設から出た2人は探索者協会足利支部の敷地の外へと向かって歩く。そのとき、クリュスがスマートフォンを取り出した。織姫温泉の老女将に連絡をするようである。
横を歩きながら祥吾が聞いていると、ポリタンクの返却、今晩の食事、宿泊の1日延長などについての話が耳に入った。取り立てて何も言うことのない内容だ。
電話を終えたクリュスた祥吾に話しかける。
「これで伝達事項はすべて済ませたし、後は帰ってゆっくりとするだけよ」
「宿泊を1日延ばしたということは、もう1日ここにいるわけか」
「さすがにずっとダンジョンばかりだったから、最後の1日くらいは良いでしょう」
「そうだな。あー、やっとゆっくりできるわけかぁ」
「たくさん働いたものね。休むべきときには休まないと」
「このリュックサックは明日郵送してしまおう。さすがに持って帰るのは面倒だ」
「そうしましょう」
祥吾の提案にクリュスが笑顔で応じた。自宅まで持って帰るとなると自分が持つことになるからだろうなということを祥吾は察していたが、自分の両手が解放されることなので黙っておく。
旅館にたどり着くと玄関で老女将が出迎えてくれた。そこで守護者を倒したことを報告すると大層喜んでくれる。これで温泉水がたくさん売れると。
部屋に戻る前に祥吾はポリタンクを返す旨を老女将に伝えた。すると、脱衣場に置いておくように求められる。承知すると、途中でクリュスと別れて脱衣所に向かい、リュックサックの中から折り畳み式ポリタンクをすべて取り出した。
脱衣所から部屋に戻ると祥吾は荷物を降ろして畳の上に寝転がる。
「終わったぁ! あ~長かった。結局何日かかったんだ?」
「この旅館には今日で11日泊まっているわね。丸1日食べ歩きをしていた日も含めることになるけれど」
「その日を抜いても10日か。結構かかったな。1週間くらいで終わると思っていたのに」
「私もこんなに長引くとは思わなかったわ」
「にゃぁ」
2人が話をしているとタッルスが祥吾の腹の上に乗ってきた。そこでくるりと1回転すると丸まって寝そべる。
「いや、タッルス、俺はこれから風呂に入りに行くんだが」
困惑した祥吾が黒猫に呼びかけるが応じる様子はなかった。当たり前のように目を閉じている。どうしても居座る気らしい。
身動きの取れなくなった祥吾はどうしようもないと体の力を抜いた。




