遭遇する初心者たち(後)
ダンジョン内で昼食を取っていた祥吾とクリュスは他の探索者と出会った。一瞬警戒した祥吾だったが、女性2人がタッルス目当てに近づいて来たことで緊張を解く。
ただ、黒猫を見てテンションの上がった女性2人は矢継ぎ早にしゃべってクリュスを困惑させた。その間も視線の大半は黒猫へと注がれている。
女性2人の勢いに押された祥吾は話しかけることができなかった。そこで、もう1人の申し訳なさそうな顔をした男性へと話しかける。
「随分と元気なお二人ですね」
「いやもうすみません。どっちも大の猫好きなんですよ」
「みたいですね。こんな勢いで迫ってくるとは思いませんでした」
「こっちも止める暇もなく行っちゃうなんて思わなくて」
「ところで、女の人2人に男が1人って珍しいですね」
「俺とこっちの早苗って兄妹なんですよ、それでもう1人が早苗の友達なんです。どっちも魔法を使いたいって言ってですね」
「ああそれで探索者になったわけですね。そうなるとそちらは」
「女2人だけだと危ないからっていうことで、付き添いをすることになったんです」
事情を聞いた祥吾は男性に同情した。自分と似たような境遇なので尚更である。ちなみに全員大学生らしいが、男性は就職活動もやっているので時間のやり繰りが大変ということだった。その話を聞いてますます同情する。
大学生3人組は地下3層で活動しているということだった。地下2層よりも罠の数は多いがダウンロードした地図のおかげで避けることができ、それでいて上層よりも探索者の数が少ないので魔物とたくさん戦えるのが良いということである。同じ時間でより経験を積むのであれば理に適った行動だった。
猫談義で盛り上がる女性陣を尻目に祥吾は男性との会話を続ける。
「ということは、下の階層には行かないんですか?」
「ええ。1度行ったことがあるんですが、まだちょっと早いかなって思って」
「この地下3層で戦って魔法って使えるようになるんですか?」
「ここじゃ足りないっていうのは聞いているんで、春休みが終わったら別のダンジョンに行く予定なんです。それまでに地下4層で戦えるようにはなっておきたいですけど」
「なるほどなぁ」
自分たちの事情から人の方針はあまり当てにならない祥吾だったが、それでも色々と考えて行動していることを知って感心した。こういう男性がまとめているのならば、この女性2人は安心だろうと考える。
やがて男性が猫談義を中断させてこの場から立ち去ることを女性2人に伝えた。どちらも名残惜しそうだったが本来の目的を思い出したようで仕方なく歩き始める。
何度か黒猫を振り返りつつも、やがて大学生3人組はその姿を消した。
昼食後、祥吾とクリュスは地下4層へと降り立った。この階層からは魔物が強くなる。具体的には小鬼長や犬鬼が出てくるようになるのだ。新人探索者にとっては大きな試練である。前者は小鬼よりも腕力が強く、後者は素早い。
これらと充分渡り合えるようになって探索者として一人前だとこの業界では言われているが、黒岡ダンジョンでこの階層にやって来る新人探索者は少ない。魔物は強くなってもドロップアイテムに変化はないので割が合わないからだ。新人の多くが地下3層で探索に慣れると他のダンジョンに移るが、それが駆け出しの死傷者が増える一因だともっぱらの評判だ。
そもそも一般的な探索者と動機がまったく違う2人は構わず地下4層の通路を進む。これから先、どのダンジョンに入ろうと最奥まで突き進むことが決まっているのだからかなり過酷だ。拒否権は基本的にないのだからひどいものである。
探索は順調だった。クリュスの指示の下、祥吾は魔物を撃退しながら通路を進む。このままの調子なら予定より少し遅いくらいで守護者の部屋に到達できそうだった。
地下4層の経路も半ば辺りに達した頃、通路の向こう側からやって来る探索者の姿を2人は見かけた。人数は3人で全員男だ。誰もが20代に見える。
相手側も祥吾とクリュスの姿に気付いている様子だが、途中からその表情が軽薄そうなものに変わった。明らかにクリュスを見ての態度だとわかる。
関わりたくない人物だとわかった祥吾はそのまま通り過ぎることにした。しかし、相手側は素通りする気はなかったらしい。2人の行く手を阻むように立ち塞がる。
「すっごい美人だね、キミ。もしかして高校生?」
「あなたには関係のないことでしょう。そこをどいてください」
「いやぁ厳しいねぇ。そんなにツンケンしないで、もっとおにーさんたちと話をしよーよ」
「必要ありません。通してください」
「ここは危険なダンジョンの中なんだから、探索者同士協力し合わねーと」
「こんな一方的に押しつけてくる協力なんて必要ありません」
一方的に話しかけてきた男の1人が馴れ馴れしい態度でクリュスに近づいた。能面のように無表情となったクリュスは一歩下がる。肩に乗ったタッルスが威嚇を始めた。
まさかいきなりこんなに迫ってくるとは思わなかった祥吾は呆然と立ち尽くしていたが、立ち直ってクリュスに近づこうとする。ところが、間に他の男2人が割って入ってきた。いずれも見下した視線を向けてきている。
「こっちはカノジョと大切なお話中なんだ。終わるまで待ってろ」
「そのままどっかに消えた方がオレたちにとっちゃ都合がいいけどな」
「いきなり何だよ、あんたら」
「お前があんまりにも頼りなさそうだから、代わりにカノジョを守ってやろうってんだ。ありがたく思って消えろ」
「そーそー、オレたちの方が数が多いしな。お前のようなガキじゃカノジョを守れねーだろ」
「俺がガキなら、同い年のあいつもガキだぞ。そんなのに手を出すのか?」
「ごちゃごちゃうるせーなぁ、痛い目見ねーとわかんねーのかぁ?」
「軽くやっちまうか!」
軽い感じで人を痛めつけることを決めた男2人に祥吾は呆れた。ちょっと戦えるようになって気が大きくなるらしいと推測する。どこの世界にでもいるのだなと肩を落とした。
奥でクリュスににじり寄る男がしゃべる声を聞きながら、祥吾は動く。ゆっくりと近づいて来た2人のうち、右側の男との距離を詰めた。そうして右拳で相手の顎を殴る。反応仕切れなかった男は仰向けに倒れた。
残る1人に対して祥吾は一気に詰め寄る。呆然と仲間がやられるのを見ていた相手が正気に戻ったが遅い。脇腹に一発打ち込んだ後、くの字に折れ曲がって下がった相手の頭を両手で掴んで顔に膝蹴りを入れる。プロテクター越しに潰れた感触を得てから両手を離した。
1人を行動不能に陥れた祥吾は脳を揺らされて立ち上がれない男を無視し、クリュスを口説いている男へと近づく。
「なぁ、おっさん。もういい加減にしろよ」
「てめぇ、ふざけんじゃねーぞ! よくもやってくれたな!」
仲間2人の惨状を目にした男が逆上した。腰に佩いた鞘からナイフを抜き、クリュスを捕まえようとする。
その意図を察した祥吾が動いたが、最も速く動いたのはタッルスだった。クリュスの肩から飛び上がり、手を伸ばしてきた男の腕を伝ってその顔に迫る。
「キシャー!」
「ぎゃっ!?」
顔面を引っ掻かれた男は怯んで立ち止まった。自分の顔を庇おうと両手を振り回すが、そのときにはもう黒猫は床に降りて離れている。
明らかに隙を見せた男に対して祥吾は一気に間合いを詰めるとその鼻面に拳を一発入れた。それで怯んだすきに相手のナイフを手にした右手首と肘の内側を両手で持って外側に思いきりひねる。男が仰け反りかけると今度は足払いを仕掛けて床に倒し、うつ伏せになるよう転がして腕を極めながら背中に乗った。そうしてナイフを手放すと相手の右腕を解放し、おとなしくなるまで後頭部の髪を掴んで床に殴りつける。
静かになった男の背中から立ち上がった祥吾は顎を一発殴って倒れただけの男に近づいた。まだ床に座ったまま呆然とした男に対して、しゃがんで視線を合わせる。
「まだやるか?」
「い、いえ、やりません」
戦意を喪失した男の言葉を聞いた祥吾は大きく息を吐き出した。そうして立ち上がる。振り返ると、何とも言えない表情のクリュスと床にちょこんと座ったタッルスに見つめられていた。
一瞬怪訝な表情を浮かべた祥吾はとりあえず口を開く。
「終わったぞ」
「随分と乱暴ね。というか、いきなり殴り始めるとは思わなかったわ」
「堂々と始めるって相手が宣言したからな。それだったら先手必勝だと思ったんだ。こっちは数が不利だったから」
倒れている相手側の男3人を見回した祥吾がクリュスに反論した。相手のペースで3人と戦うことなど絶対に避けるべきだと断言する。
ともかく、暴漢との戦いは終わった。後はこの後始末をどうするかである。




