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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第2章 神々の要望

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貴重な日々を使う意義

 探索者協会の教習を受けて探索者となった正木祥吾は2日後クリュスの部屋に出向いた。あれだけの美少女に呼ばれたのなら男子として浮かれても仕方ないが、事前に用向きを聞いているために平常心だ。


 クリュスの住まいはマンションの一室である。毎月自分でその家賃を支払っていると聞いた祥吾は驚いたものだ。小学生のときから親の教育方針で投資を始めて以来、自分の生活費を自分で稼いでいることも同時に知って半ば呆れたが。


 ともかく、お高めの家賃にふさわしいマンションにたどり着くと、エントランスホールでオートロック式の扉に阻まれた。脇にあるテンキーを入力してインターホンのボタンを押すとクリュスの声がスピーカーから聞こえてくる。


『今開けるからちょっと待ってね』


 住民側で暗証番号を入力してもらうと、スライド式の扉が自動で動いた。その後は普通のマンションと変わりない。エレベーターを使って昇り、クリュスの部屋の扉の前で改めてインターホンを押す。扉はすぐに開いた。白のブラウスにややゆったりとしたベージュのパンツ姿である。


「いらっしゃい。さぁ入って」


「お邪魔します」


「にゃぁ」


 部屋の主に促されて玄関に入るともう1匹、お座りをした猫が出迎えてくれた。金色の眼に黒一色の毛並みの上品な黒猫だ。タッルスである。


 靴を脱いだ祥吾がその隣で(かが)むとタッルスは近づいて来た。そうして持ち上げて抱えると甘えた声で鳴いて顔を擦り付けてくる。


「随分と甘えているわね」


「たまに来るだけだから珍しいんだろう」


「こうやってたまに祥吾を呼ばないと、連れてくるように要求してくるのよ」


「別に餌をやるわけでもないのになぁ」


 かつて異世界のダンジョン内でたまに見かけたときのことを祥吾は思い出した。最後は一緒になって例のダンジョンを止めた仲間でもある。クリュスによるとタッルスもまた転生したらしい。もしかしたらその縁でたまに会いたがってくれるのではと考えた。


 今回クリュスの部屋に呼ばれた理由はこれである。タッルスの相手をするためだ。会わせないと機嫌が悪くなるらしい。好かれることは嬉しいが、そこまで好かれる理由は今のところ祥吾はわからないでいる。


 黒猫を抱えた祥吾はクリュスに案内されて玄関から台所を横切ってリビングに移った。比較的生活感のある台所に対して、ローテーブルやソファなど最低限の家具しかないリビングはそれが希薄である。全体的に質素なのだ。


 勧められたソファに座った祥吾は黒猫をかわいがる。抱えられたタッルスは気持ち良さそうに目を細めた。その間にクリュスが飲み物を用意する。


「熱いから気を付けて」


「ありがとう。しかし、やっと探索者教習も終わったな。あれのおかげでまだ学校が続いているみたいだったぞ」


「でも、短期集中講座のおかげで2週間もかからず探索者になれたじゃない」


「俺は別にそこまでなりたかったわけじゃないけれどな。でも、残りの春休みでダンジョンを攻略するって本気なのか? 一番下の奥にまで行くんだよな」


「そのつもりよ」


「春休みも半分は過ぎたが、10日もかけずに攻略できるダンジョンなんてあるのか?」


「教習で入ったダンジョンがあるでしょう?」


 会話を一旦中断したクリュスが自分で入れた紅茶を口にした。その様子を見ながら祥吾は黒猫を撫でる。


 2人が探索者教習で入ったのは黒岡ダンジョンと呼ばれている場所だ。黒岡とは2人が住む町の名前である。このダンジョンは典型的な階層型で深さも地下5層と浅い。更には魔物も強くないことから、探索者教習で利用したり新人探索者が活動していたりする。


 この世界のダンジョンにはまだ数える程しか入ったことのない祥吾とクリュスにとって、初攻略の対象とするのにちょうど良い。クリュスの選定に祥吾も納得した。


 しかし、それはあくまでも一般の探索者としての話だ。クリュスから聞くに祥吾たちがダンジョンに入るのは危険なので何とかしてほしいと神様が頼んできたからである。一方、黒岡ダンジョンは初心者が通えるほどのダンジョンでしかない。何がどう危険なのかさっぱりわからなかった。


 1度ティーカップに口を付けてから祥吾がクリュスに疑問をぶつけてみる。


「もしかして、安全なように見えて実はあのダンジョンは危険なのか?」


「それは私にもわからないわね。だから直接神様に色々と聞いてみたいのよ」


「どういうことだ?」


「私が神様からダンジョンを攻略するように訴えかけられたっていう話はしたわよね。あと、こっちの世界だとぼんやりと感覚でしかその思いを受け取れないっていうことも」


「確か、この世界が脆いから神様が直接手出しできないんだったか?」


「そうよ。このくらいなら今でも神様とやり取りできるんだけれど、あまりにも大雑把すぎるでしょう? だからもっと具体的に説明してもらう必要があるの」


「それが黒岡ダンジョンの攻略に繋がるのか。攻略したら神様と直接話ができるようになるのか?」


「ええ、あるわよ。神様に教えてもらったの。思い出してほしいんだけれど、ダンジョンの外だと魔法はほとんど使えないのに中だと使えるわよね」


「らしいな。俺は魔法が使えないからよくわからないが」


「そんな風になるのは魔力の有無によるものだけれど、これのおかげで魔法の道具も使えるでしょう。これを利用するのよ」


 ダンジョンの外に出ると基本的に魔法を使えなくなるが、それは魔法の道具も同じだった。逆にダンジョンの中ならばどちらも使える。


「神様と会話ができる魔法の道具があるのか。いやしかし、そんなのどこで手に入れたんだ? それに、話を聞く限りだと別にダンジョンの奥に行く必要はなさそうだが」


「ダンジョンには核があるのは祥吾も知っているでしょう。あの水晶を神様と会話ができるものと交換するの」


「だからダンジョンを攻略しないといけないのか。でも、代わりの水晶なんてどこにあるんだ?」


「あなたの手元にあるじゃない」


 笑顔で回答したクリュスを見ながら祥吾は黒猫を撫で続けていた。すぐに訝しげな表情を浮かべて視線を下に向ける。そこには気持ち良さそうに丸まっているタッルスがいた。


 諸語は再びクリュスへと顔を向ける。


「タッルスは猫だよな?」


「ちょっと普通じゃないけれどね。今回は連れて行って、一時的に水晶の代わりになってもらうの」


「こいつ、そんなことができるのか」


「前に迷宮を止めたときのことを思い出して。その子はあなたの剣と一体化したでしょう。この世界じゃただの猫だけれど、魔力のあるダンジョンの中だと変身できるのよ」


「すごいなぁ、お前」


「にゃぁ」


 顔を上げた黒猫が祥吾に向かって一声鳴いた。それから再びうずくまる。一時的に撫でるのを止めていた祥吾は再びその体を撫でた。


 クリュスのやりたいことがわかった祥吾はため息をつく。


「黒岡ダンジョンを攻略する理由はわかった。でも、気が重いな。その後はあっちこっち危ないダンジョンに入るんだろう? 安全なところなんてないだろうし」


「そうね。だから、こちらからも何か提案して負担を軽減したいと思っているわよ。さすがに、できることとできないことは伝えないと、命がいくつあっても足りないもの」


「ああ、やっぱりそういうことも考えているのか」


「もちろんよ。私だって楽ができるのならばしたいわ」


 神々の要求を丸呑みするのではという危惧を抱いていた祥吾は胸をなで下ろした。同時に話し合う余地があるのならば今回のダンジョン攻略にも希望が持ててくる。


「なるほどな。黒岡ダンジョンを最初に選んだのはそういう理由からだったのか。とりあえず話をしに行くだけなら簡単な所の方がいいからな」


「かつて私の迷宮を踏破したあなたの知見、期待しているわよ」


「通用すると良いんだけれどな」


「教習での感触はどうだったの?」


「地下1層辺りは問題なかった。あの調子で最下層までいけるのなら問題ないぞ」


「頼もしいわね」


「にゃぁ」


 今まで祥吾の膝の上で丸まっていたタッルスが起き上がった。そこから降りるとクリュスの膝に移る。そして飼い主の顔を見つめた。


 その様子を上機嫌なクリュスが見返す。


「どうしたの?」


「何を言っているのかまではさすがにわからないんだな」


「態度や仕草なんかである程度わかるけれど、言葉を交わせないから細かいことはね」


「ダンジョンにつれて行くとなると、ちょっと危ないな」


「どうかしら。前はずっとダンジョンの中を行き来していたけれどね」


 そのつぶやきを耳にした祥吾はかつての迷宮で黒猫とあったときのことを思い出した。あの神出鬼没ぶりならば案外何とかなるかもしれないと思い直す。


 この後は2人の間を往来するタッルスを祥吾とクリュスがかわいがった。

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