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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第1章 ダンジョンを探索する準備

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晴れて探索者に

 卒業試験が終わり、ダンジョンから出てきた受験者たちは試験官に率いられて探索者協会の建物に入った。ロビーに入ってすぐ、出入口の隣で立ち止まると試験官に声をかけられる。


「以上をもちまして、試験を終わります。採点の結果、合格した方の受講生番号は午後12時30分頃にあそこの大型ディスプレイに表示されます。合格した方は受付カウンターに行って探索者登録を済ませ、探索者カードを発行してもらってください」


 壁際の電光掲示板よりも上に設置された大画面ディスプレイを指差されるとそちらへ顔を向け、ポケットから取り出された金色の探索者カードを提示されるとそちらに目を向ける受験者たちは興味深そうにうなずいた。誰もが不合格だったときのことを考えていないのだろう、暗い顔をする者はいない。


 受験者からの質問がないことを確認した試験官は最後に仮免許カードを回収してからその場を立ち去った。ダンジョンに入るときのみ実習者や受験者に必要なときだけ貸し出して、終わればすぐに回収するのが原則なのである。


 合否判定はまだ残るものの、全行程を終えた中沢試験官組の4人はすっかり体の力を抜いていた。最初に動いたのは松永である。


「終わったー! さって、まだ1時間以上あるねー。クリュスちゃん、あっちに売店あったから一緒に食べに行かない?」


「ごめんなさい。私、祥吾と一緒にお弁当食べるんです」


「そりゃ残念。彼氏には勝てないかー。じゃ、また後でねー」


 断られた松永はあっさりと引き下がると松永は建物の外へと出て行った。それを見送ると、今度は友田が正木祥吾とクリュスに顔を向ける。


「仲がいいのは見ててわかったけど、2人は付き合ってるんですか?」


「そういうわけじゃないんですけれどね、よく勘違いされるんです」


「へぇ、そうなんですか。ああ、えっと、俺も売店に行ってきます」


「あ、はい、どうぞ」


 若干居心地悪そうな表情を浮かべた友田が愛想笑いをしながらロビーから去った。


 それを見送った祥吾がクリュスへと顔を向ける。すると、無表情だった。更には若干機嫌が悪そうにも感じ取れる。


 松永と話をしていたときまではいつも通りだったことを思い返した祥吾は、今の友田との会話で何が悪かったのか考えた。思い当たる節は確かにあるが、別に告白をしたりされたりしたわけでもないのだから事実を述べただけである。確かに幼馴染みのように距離が近くなることは確かにあるものの、言ってしまえばそれだけだ。恋愛感情があるのかと問われればそこは首をひねってしまう。


 ただ、クリュスの気持ちはどうなのか祥吾は知らない。もちろん、弁当を作ってくれることもあるのである程度の好意があるのは理解しているが、それならなぜはっきりと告白してこないのかという疑問が湧いてくる。クリュスは意見をはっきりと言う性格なので、好きなら直接告白してくるはずなのだ。しかし、今のところ何もない。いっそ直接聞いてしまえばすっきりとするのかもしれないが、それはそれで何となく後が怖いので実行できないでいる。


「どうしたんだ、クリュス」


「いいえ、別に」


 色々考えた末の言葉が何とも曖昧なものだったことに祥吾は内心頭を抱えた。そして、この選択肢はどうやら正解ではないことを知る。わかっていたので驚きはないが、次に何と言えば良いのかがわからない。


 クリュスはそのまま背を向けて歩き始めた。顔を引きつらせた祥吾がその背中を見つめる。やがて、ため息をついて後を追った。


 探索者協会から借りていた武器や防具を返却し、ロッカーから自分の荷物を取りだした祥吾とクリュスは本部施設の建物内にある教室へと入る。探索者教習の座学を受ける受講者のために昼休み中も解放されているのだ。


 いくつかある教室を見て回り、2人は誰もいない教室へと入る。そこで奥の窓際の席に座って弁当箱を取り出した。祥吾のものは当然として、クリュスのものも決して小さくない。しかも2人分ある。


「あれ? 前に作らなくてもいいって言っただろう。あ、いや、あるならもらうけど」


 しゃべっている途中で機嫌が悪くなってきたクリュスの様子を見た祥吾は発言の方向性を修正した。なぜ必要ないとわかっていて作ってきたのかという疑問が湧いたものの、この状況で問いかける勇気はないので弁当を受け取る。蓋を開けてみると、唐揚げ、卵焼き、焼き肉、ハンバーグなどがぎっしりと詰まっていた。もちろん半分以上白い部分もだ。


 朝に見た母親が作っていた弁当の中身を思い出しながら祥吾は頑張って食べる決意を固める。当然最初に手を付けるのはクリュスの弁当からだ。この状況で残すなどあってはならない。最悪食べ残すにしてはそれは母親の弁当でなければならなかった。


 2人はいつもなら食べながら会話をしていたが、今回は無言だ。クリュスの作ってくれた弁当はうまいが、祥吾は当人の機嫌が気になって食事に集中できない。しかし、どんな話題なら機嫌を直してくれるのか皆目見当が付かなかった。




 短期集中講座の初日以来となる満腹感で祥吾は色々といっぱいいっぱいだった。息をするのも苦しいが、その甲斐あってクリュスの機嫌が直ったので一安心だ。後は自分の胃腸に頑張ってもらうだけである。


「そろそろ行きましょうか、祥吾」


「あと1時間くらい座っていたいんだが」


「そんなに長く休んでいたら、次の授業があったら邪魔になるでしょう」


「誰のせいだと思っているんだよ」


「食いしん坊な祥吾のせいでしょ。ほら、もう12時半よ」


 割と容赦のない言葉に促された祥吾は仕方なく立ち上がった。胃から腸の辺りに結構な重みを感じる。


 クリュスの後に続いて教室を出た祥吾はゆっくりと歩いた。早く消化してくれと願いながらロビーを目指す。


 本部施設のロビーには少なからず人がいた。たまに放送で案内が室内に流れる。


 騒がしいというよりも雑然とした様子のロビーを突っ切って2人は大画面ディスプレイへと近づいた。その近辺には朝の受験者たちがまばらに立ちつつディスプレイを見上げている。嬉しそうだったり悔しそうだったりとその表情は様々だ。


 文字が見える当たりで立ち止まった祥吾は自分の受講生番号を探した。1度に画面で表示しきれないようで、何度か画面表示を切り替えて合格者の番号を映している。


「お、あった」


「おめでとう。私もあったわ。無事に合格できたわね」


「そうだな。これでついに俺も探索者か」


「あー、クリュスちゃんに正木くんじゃない! どうだった?」


 お互いの合格を喜んでいた祥吾はクリュスと共に声をかけられた方へと顔を向けた。予想通り松永である。


「私も祥吾も合格しました。その様子ですと、美香さんも合格されたようですね」


「そうなのよ! ちょっとダメかなーなんて思っていたけど、何とかなってたわ!」


「おめでとうございます。ということは、これから探索者の登録ですね」


「もちろん! それじゃ、先に行ってるねー」


 騒がしい女子大生は満面の笑みを浮かべながら受付カウンターへと向かって行った。


 次いで、その受付カウンターから友田がやって来る。


「正木さん、ウィンザーさん、どうでした?」


「合格しましたよ。俺もクリュスも落ちる要素はなかったからいけると思っていましたけれど。ところで、登録はもうしたんですか?」


「さっき済ませました。今は探索者カードの発行を待ってるところです」


「おお早い」


「簡単でしたよ。合格したんでしたら登録してきたらどうです?」


「わかりました。それじゃ行ってきます」


 手続きを促された祥吾はクリュスと共に受付カウンターに足を運んだ。いくらか待ってセミロングの髪を茶色に染めた受付嬢の前に立つ。


「探索者教習の卒業試験に合格した正木祥吾とです。探索者登録をお願いできますか」


「受講生番号を教えていただけますか?」


「00563124です」


 そこからは簡単な受け答えと身分証明書の提示で手続きを済ませた。次いでクリュスも登録を済ませる。


 登録が終われば次はカードだ。しかし、こちらは探索者として登録した時点で自動的に発行されるので手続きは必要ない。発行には時間がかかるということで一旦受付カウンターから離れて待つ。


 しばらくロビーで暇を潰した後、2人は放送で呼び出された。再び受付カウンターへと向かうと白いプラスチック製のカードを差し出される。


 何となく野暮ったく見えるのはお役所系のカードだからかと祥吾は思った。さすがに受付カウンターの前ではしゃべらない。


「祥吾、行きましょう。やることはまだあるわよ」


 クリュスに促された祥吾はぼやきつつも後に続いた。確かに必要な準備はまだ何もできていない。


 腹をさすりながら祥吾はクリュスと共にロビーを後にした。

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