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第四話

「いませんよ」

 アルバートは言った。

「あなたの部下は、もう誰もいません」

「アルバート!」

 リタが叫ぶように言った。

「てめえ、いねえってのはどういう意味だ?」

 リタに剣を突き付けている男が睨みながら聞いた。

「そのままの意味です」

「殺しやがったのか」

「みなさん、僕を殺す気満々だったので。部下の教育がなっていないんじゃないですか? 誰一人として、僕を殺さずに連れて来ようとした者はいないようでしたが」

「てめえ……!」

 男の腕に力が入った。

「『目には目を』というやつです。それから、彼女を傷つけたり、殺したりしたら、僕はあなたにそれ相応の対処をします。もし、あなたが無傷で彼女を解放すれば、それ相応の対処、つまり、あなたには何もしません。良く考えて行動してください」

「なめんなよ、ガキが」

「事実を言ったまでです」

「まあ、いい。この女は、てめえを殺して、十分遊んでからでも遅くねえからな」

 男は腰を上げた。アルバートの方に歩み寄ってくる。

「殺す前に一つ聞くぞ。てめえも、イアン・ライアンの居場所は知らねえのか?」

「僕が知りたいくらいです。では、僕からも。なぜ彼を探しているのですか?」

「知らねえよ。俺ぁそんな男、知らねえからな。ただ、そいつを探し出せば遊んで暮らせるほどの報酬をくれるやつがいるんだよ」

「それは誰ですか?」

「これから死ぬやつにゃあ、関係ねえだろっ!」

 男は駆け出した。

「そうですか、残念です」

 斬りかかる男の剣を、アルバートは同じく瞬時に引き抜いた剣で防ぐ。

「片腕で俺に勝てると思ってんのか?」

「やってみなければわかりません」

 アルバートは攻撃を弾き返し、バックステップで距離を取った。

 体の力を抜いてゆらゆらと構える。一気に駆け出して相手の懐へと入り込む。

「甘えっ」

 男が下から突き上げるように剣をふるったので、アルバートは横にステップして避けた。ステップの反動で間合いを詰めて、男に斬りかかった。だが、それも男の剣に防がれる。

 そのまま、今度は飛び上がり、男の背後に回る。着地でしゃがんだまま、男の足を払うように剣を薙いだが、男はその場に飛び上がって、それを避けた。

 男は空中で体を捻って、アルバートの真上から剣を振り下ろした。

「くっ……」

 アルバートはそれを飛ぶようにして避けた。距離を保ったまま様子を見る。

 力量は互角のようだった。

「すばしっこいやつめ」

「それはどうも」

「面倒くせえ。さっさと終わらせてやる」

「僕もそうしたいですね」

 男が斬りかかり、鍔迫り合いになった。男は両手で押している分、アルバートには少し分が悪かった。

 一度距離を取ろうか、そう考えたときだった。

 男がつま先で土を蹴り上げた。それが目に入り、体勢が崩れた。

「くっ……」

「まず、その邪魔な右腕、斬り落としてやるよ!!」

 男が右腕を高々と上げ、アルバートの右腕に振り下ろした。

「きゃあっ!」

 リタが悲鳴を上げ、アルバートの剣と、コートの袖が吹き飛んだ。


 そして、男が吹き飛んだ。


「……え?」

 男は何が起きたか全くわからないようであった。

 リタも状況を理解できないでいるようだ。

 アルバートの右腕は確かになくなっていた。二の腕のあたりからコートの袖がまるまる切断されて、そこには何もない。

 その代わりに、アルバートの左の袖から拳が出ていた。

 そして、それはただの拳ではなかった。

 その拳の輪郭は炎のように揺らめいていて曖昧で、そして、稲妻のように光り輝いていた。

「な、何だ、そ、りゃ……?」

「僕には『両腕』がありません」

 彼は淡々と言う。

「な……?」

「これは魔力を具現化して固形化したものです。右のそれを切断された瞬間に、左側にそれを形成して、それであなたを殴りました」

 アルバートは落ちている剣の元へと歩み寄る。

「てめえ、魔術師か……?」

「いえ、僕は魔術師ではありません。ですが、これはたしかに魔術と呼ぶべきものでしょう。まあ、これに力を費やしたせいで他の魔術が使えなくなった、とでも言いましょうか。そうなってしまっては、もはや魔術師とは呼べないでしょう」

「くっ……」 

 男は動こうとしているようだが、ふらふらと、立っているのが精いっぱいのようだった。

「無理ですよ。顎に当てましたから。頭が揺れるようでしょう?」

 アルバートは右手にも腕を出現させた。それは、コートの袖がなくなった分、左のそれよりも眩い光を放っていた。そして、その右腕で剣を拾った。

「これは東の国の剣で、『カタナ』と言うそうです。師匠からの貰い物で、詳しくは知りませんけれどね。その国では剣は両手で持つものらしいです。皮肉ですよね。片腕……いえ、腕のない僕がそのカタナを使うなんて」

 アルバートは刀を光り輝く両手で持った。

「くっ……たっ、やめっ」

「ひとつ覚えて帰りましょう。『手の内は隠すもの』」

 アルバートは刀を振り下ろした。男の右肩から斜めに斬りつける。

「あなたに帰る場所があればの話ですが」

 彼は刀を鞘に戻した。




「大丈夫ですか?」

 アルバートはリタを縛り付けていたロープを切ってやった。彼は今左腕に手袋をはめて作業をしていた。袖のない右側では、腕を出現させると作業をするには眩しすぎるからだ。

「ありがとう……」

 リタは言うと、アルバートの方にもたれかかってきた。

「クリスティ?」

「怖かった……」

 彼女は小刻みに震えている。すすり泣く声まで聞こえてきた。

 無理もない。一人で旅に出る度胸があるとはいえ、今まで国内で最も治安のよい王都で育ってきたのだ。

 アルバートは左腕で彼女を抱き寄せた。彼女も自ら彼にしがみつくように抱きついた。

「その恐怖を忘れてはいけません。生きているということは幸せなことです。人を殺したことがないというのは幸せなことです。帰る場所があるということは幸せなことです。人はそれを失う恐怖を感じて、あるいは失った絶望を感じて、初めてそのことに気が付きます。あなたはその恐怖こそ感じれど、何も失っていないじゃありませんか。幸せな証拠です。その恐怖を思い出すたび、幸せを噛み締めてください。みすみすその幸せを脅かす必要はないじゃないですか」

 リタはさらに強くアルバートにしがみついた。彼は続ける。

「僕はあなたが羨ましい。僕は物心ついたころには両腕がありませんでした。肩口から下が全部です。生まれつきなのか、何かの事故なのか、覚えていません。親の顔は知りません。この腕が原因で捨てられたか、事故で亡くなったかでしょう。それから師匠に拾われるまで、どうやって生き延びたのか、これも覚えていません。人間、極度に辛いことは忘れるようにできてるんですね。けど、それまで、生き地獄だったことはたしかでしょう。

 それから師匠に魔術での腕の作り方を教わって、今度は人を殺しました。たしか、そう、今回みたいに賊に襲われたんです。師匠と一緒だったのですが、今日の僕みたいには手を貸してくれませんでした。殺されそうになって、やむを得ずです。その日は一日中泣きじゃくりました。それからです、あのルールを作ったのは。

 次には家を失いました。二年前です。師匠が最後の課題と称して身を隠しました。実はそのとき、彼は家を焼いたんですよ。手がかりを消そうとしたんでしょうね。もともと一か所に長く留まる方ではなかったんですが、まあ、一番長く住んでいた家だったんですよね。そういえば、唯一の借家ではない家だったかもしれません。だから、師匠を見つけるまで僕には帰る場所がありません。見つけても、それはそれで『卒業』ですから、自分で帰る場所を作らなくてはいけませんけれど。

 別に不幸自慢をしているわけじゃないんですよ。僕はたいして苦に思っていませんから。たしかに、他人と比較して不足しているものが多いとは思いますけど、それが不幸だとか苦しいだとかはそれほど感じていません。そもそも、他人と比較するのも無意味です。

 けれど、あなたは僕が失ったものをまだ失っていません。それは凄く良い事です。比較は無意味と言いましたが、羨ましいと言っても良いくらいです。僕はあなたに、それを大切にしてほしいんです」

「私……帰る」

 彼女は静かに頷き、顔をさらに埋めた。

「王都まで送ります」

「……え?」

 リタは顔を上げた。その目は真っ赤に腫れていた。頬まで涙が伝っている。

「あなたに死なれると気分が悪いです。それまで護衛しましょう。それに、師匠に関して少々きな臭くなってきました。二年前に姿を消したのも、僕の卒業試験なんかじゃないような気がしてきました。まずは師匠について知ることから始めた方が良さそうです」

「王都に着いたら?」

「そこでお別れです。……でも良いのですが、都の案内をしてくれると助かります。いいですか?」

「…………ええ、喜んで」

 リタは久々に笑顔になった。

「こんなジメジメしたところからはすぐに出ましょう。立てますか、クリスティ?」

「リタでいいわ」

「……では、お言葉に甘えましょう」

「あなたのことは、アルバート……じゃ長いわね。アルって呼んでいいかしら?」

「好きにしてください。行きますよ」

「あっ、待ってよ、アル!」

 二人は出口に向かって歩き出した。

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