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19.お嬢様を護衛した


 娼館チェルシーのあるルーネから聖都ライノーラまで馬車で3時間ほど。

 四人乗り二頭立て馬車にひとりリリイさんが乗り、俺は執事兼御者として手綱を取る。俺は例の歌劇座の怪人風の仮面をつけたままだ。


「サトウ様、それでは娼館の執事とバレませんか?」

「サトウ、とお呼びくださいお嬢様。御安心なさいませ、公式のパーティー会場で、衆目の前で私を『娼館の執事』などと指摘できる者などございません。指摘しては、娼館に通い詰めていると白状するようなものですからな。それに私を知っていたとしたら、それは騎士団長カールタスをボコボコにした腕利きということがわかります。それだけで、お嬢様に手を出そうなとど考える人間を減らせますよ」

「わかりました。大船に乗ったつもりでお任せしますわ」


 以下執事モードでお送りいたします。

 城壁の番兵にはパーティーの招待状を見せるだけで通してくれます。

 聖都に足を踏み入れるのは初めてですな。

 ですが、こっちには【ナビ】があるので迷ったりはしませんよ。

 午後のお昼過ぎには屋敷に到着です。

 正面に馬車を付け、扉を開けてお嬢様のレースの手袋をした手を取って降りていただきます。

 お嬢様はさわやかな空色のドレスを纏い、髪は帽子でネコミミを隠し、首の隷属のリングはスカーフでさりげなく包まれております。

 

「ルーネの商人ストール・エクシールの名代としてまいりました。娘のリリイ・エクシールと申します。此度のロミオ様の16歳の誕生日、まことに喜ばしく、お祝いを申し上げに参上つかまつりました。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 スカートをつまみあげ優雅に一礼いたしますと、出迎えの執事、使用人、護衛の衛兵たちがほっこりいたします。

 これほどの美少女、社交界でもめったにお目にかかれますまい。

 大変な貴人が来た、と誰もが認識を新たになさいます。


 一同、私の仮面にぎょっとはいたしますが、それはなんだとかそれを外せとか言ってくるものはございません。上流階級のエチケット。隠したいものを隠しているに決まっているのだからそれをあえて聞くのは無礼と心得えるのが紳士淑女というものでございます。

 

 メイドの先導で、お部屋にご案内です。

 御用が御用ですので、翌朝になるまでなにもしてこないとは思いますが、一応警備いたします。

 今お嬢様に何かしようとしても不可能ですよ。極薄の【ウォール】で完璧に守られていますからな。ナイフであろうがファイアボールであろうが通しませぬ。

 軽いお食事にも仕掛けが無いか、ちゃんとチェックいたします。

 さすがは王家の血を引く名家、お茶もお菓子も最高ですね。


 お嬢様に入浴していただき、冷たいシャワーで仕上げます。少しでも汗のにおいを感じさせないためのたしなみでございますね。

 黒髪はふんわりとセットし、白銀と真珠のティアラと髪飾りの羽根でネコミミを隠します。

 最小限の下着に、ドレスは輝く白。胸元のやわらかな谷間が実に絶妙で、ちょっとだけ見える、もうちょっと見たい、そばに寄りたい、そんな神がかり的なバランスを醸し出しております。

 そんな胸元を彩る隷属の首輪は金色のアクセサリーで隠され、どこからどう見ても貴族の御令嬢です。十六歳の童貞野郎などひとたまりもありませんな。


 パーティーが始まり、御子息のご紹介が終わり、宴もなごやかな場面でさりげなく入場し、まるで最初からずっといたような顔をしてパーティーに加わります。

 なんというさりげなさ、空気のような希薄な存在感、匠の技ですね。

 そしてお嬢様が動くたび、なにかテーブルの上の料理を手に取るたび、少しずつ、注目が集まり出します。

 あんな娘いたっけ、あれ? あんな令嬢なんで見逃してたんだ?

 え、どこの御令嬢? 会場中の男どもの視線が、お嬢様に集まり出します。


 当然、今夜の主役である御子息も、お嬢様を見ます。

 チビですな。お嬢様と背の高さが変わりません。太ってますな。どこもかしこも丸いです。着ている物はいい服ですが完全に衣装負けしております。

 っていうか若いくせにオッサン顔です。

 先ほどまでぼっちでつまらなそうにしていた御子息の目が見開かれます。


 さすがですお嬢様。このタイミング! 狙いすましておられましたな?

 ご挨拶や、形だけのお祝いの言葉など述べられた上流階級の婦女子の皆さまはすでに散らばっておのおの、お目当ての若者、子息相手とすでにご歓談中です。

 つまりお嬢様と御子息は、今、完全にフリーなのです!

 男どもも、今目の前で歓談中のご婦人を振り切って、お嬢様に声をかけるには完全にタイミングを失しています。


 偶然、そう偶然を装ってなのか、お嬢様と御子息ロミオ様の目が合います。

 お嬢様! な……なんという表情をされるのです!

 まるで愛しい殿御を見つけたような、かくれんぼをして見つかった悪戯娘のような、懐かしい幼馴染に出会えたような、そんな無邪気で、花の咲いたような笑顔を御子息に向けられて、なんという……。

 このサトウ、不覚ながら一瞬、丘の上のあの木の下で、まだ幼かったお嬢様とご子息が、二人で花を摘んで花の冠をかぶせて遊んでいたあの日が走馬灯のようにフラッシュバックいたしました。もちろん、そんな記憶一切ございませんが。


 たたたたたっ……。軽やかなステップで完全にフリー、またの名をぼっち状態になっている御子息の前に進みます。

 周りの男どもなどに目もくれず、自分めがけて駆け寄ってくる美少女。

 たったこれだけ、たったこれだけで童貞に恋をさせることができるなんて、あなたはなんという人なのでしょう!

 スカートをつまんで、身を低くして優雅にご挨拶いたします。

「エクシール商会の名代としてまいりました、リリイ・エクシールと申します。ロミオ様、十六歳の誕生日、おめでとうございます。お会いしとうございました」



 先ほどより御子息、てれってれでお相手をしております。かいがいしくお嬢様がお食事など手に取って、仲良くご歓談中です。

 バリアが張られています。ものすごい強力なバリアです。

 このバリアを突き破ってお嬢様に特攻できる殿方などありえましょうか。


 音楽が始まりました。ダンスタイムです。

 お嬢様が御子息の手を取って進みます。ダンスは苦手なのか御子息が遠慮をなさっておいでですが、かまわずお嬢様が曲に合わせて踊り出します。


 御子息、なかなか巧みなリードではございませんか。

 いえ、これは違いますね。お嬢様がそのように見えるよう踊っていらっしゃいます。ダンスでの殿方の役目など、ご婦人を美しく見せるためのオマケですが、それを十分に心得た紳士なリード、としか見えません。さすがですお嬢様。

 このサトウ、妻が観劇マニアでしたからおしのびで何度王都の劇場に足を運んだことか。ダンスに関しては一見識ございますよ。

 会場の紳士淑女の視線が集まります。見事なダンスへの称賛、愛らしく踊るお二人への優しい視線。今、お嬢様は会場の紳士淑女をお味方につけられたのです。


 事件が起こりました。

「ロミオ、素敵な御令嬢じゃないか。俺にも紹介してくれよ!」

 不躾な声がかかり、見るからに残念なイケメン未満が御子息を足止めします。

「あ、はい兄上。エクシール商会のリリイさんです……」

 御子息、そこはもう少し男を見せていただきたいところですぞ。


「リリイさん、ぜひ一曲わたくしめとも」

 お嬢様の返事も待たず残念なイケメン未満がお嬢様の手を取って踊り出します。

 なんかがくがくしてちゃんと踊れてない感じです。

 リズムが合ってません。残念が強引にヘタなダンスを踊るのでお嬢様が引っ張られているように見えてしまいます。お嬢様、助けを求めるような顔でご子息をちらっ、ちらっと、あっ危ない!

「キャッ」

 そしてとうとうお嬢様がすってーんと転んでしまいます。

 なんたる不手際! ダンス中にパートナーのご婦人を転倒させてしまうなんて! 紳士にあるまじき失態ですぞ!


「お……俺じゃない。お、女、お前今……」

 いけませんよそのような。このようなパーティーでご婦人に恥をかかせてなんとします。ほら、会場の紳士淑女の視線をごらんなさい。

「兄上、もういいでしょう」

 たまらず御子息がお嬢様の前に立ち塞がります。

 そう、ここで男を見せなければ、お嬢様の心は掴めませんよ?

 お嬢様は立ち上がって、御子息の後ろで震えるように身を縮めます。


 残念が顔を真っ赤にしてにらみつけます。が、御子息も引きません。

「き、今日は僕の誕生日パーティーです! ぼ、僕のゲストにこれ以上の失礼は僕が許しません! たとえあ、あ、兄上であっても!!」


 音楽が止まります。

 会場が静かになります。

 すべての紳士淑女の視線が、三人に集まります。


「くっ……」

 残念が踵を返して、すたすたと会場を出ていきます。

「ロミオ様……」

 お嬢様が声をかけると、御子息が振り返られ、そして、照れくさそうに手を伸ばします。


「もう一曲、踊っていただけますか?」

「はい……」


 会場の全員が、理解しました。

 そう、今、この二人が恋に落ちたと。

 今夜だけでも、この恋を、決して邪魔してはならないと。


 そんな、ほっこりした雰囲気の中、静かに曲が再開され、再び、お嬢様と御子息の見るからにほほえましくも美しいダンスが始まりました。




「さすがですお嬢様。たったあれだけのことで御子息を恋に落とすなど。見事な手腕です」

 お嬢様はお部屋で入浴中です。香りのよい入浴剤など使って、最後の仕上げですね。

「まだまだ、本番はここからですわ」

 文字通り『本番』ですね。

 バスローブなど羽織って、上気した肌を演出です。

 鏡台の前に座って、髪をブラシでとかします。

「御子息はどちらから」

「ベランダからだと思いますわ。そのように、こっそり耳打ちをいたしました」

「すばらしい演出です」


 にやり。


 ……今鏡越しにその、お嬢様、そのような笑顔はあの……。

 見てはいけないものを見たような気がいたします。

「ではお部屋全体に結界を張ります。私は中庭から警備させていただきますので失礼」

 窓を除き、部屋全体に【ウォール】を張ります。

 今や私の代名詞ともなった、得意中の得意の結界魔法。空気分子固定の物理魔法なので、魔法も物理攻撃も完全にシャットアウトです。物理的な障壁なので魔法の気配さえも感じさせませんよ。

 朝まで誰にも邪魔させません。そして窓から飛び降りて、暗闇の中に姿を消します。


 眺めていると、あの残念なイケメン未満が中庭に現れました。

 きょろきょろして、お嬢様のベランダに近い木に登り始めます。

 のぞきですかな? まあ夜這いでしょうな。


 とっととご退場いただきましょう。手近な石を拾い軽く投げつけます。

 ゴツンッ、ドサッ。

 こんなやつ相手にいちいち魔法など使っていられません。

 木の下で受けとめ、そのまま【フライト】で飛び上がって鐘のある塔に放置します。朝になれば鐘の音で目覚めるでしょう。


「(リリイ、リリイ!)」小声。

 隣の部屋のベランダ越しに、御子息が声をかけられます。

「(ロミオ様!)」

「(君に逢いたくて……ゴメン)」

「(ロミオ様……。私、怖くて……。ああっロミオ様……)」

「(今そっちに行ってあげるよ)」


 ロミオ様、危なっかしいんですけど、なんとかベランダを乗り越えてお嬢様のベランダに降り立ちました。

 二人、抱き合って、そのまま……キス。

 最初は触れるように。

 次はくっつけて。

 三回目はお嬢様から、愛し気に。


 二人、部屋に消えました。もう大丈夫ですね。

 窓側にも【ウォール】を張ります。


 さあ、私にはまだ仕事が残っています。



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