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月蝕  作者: 檸檬
3章 加護と加護
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幕間 混迷する世界と混迷した世界1

コレは果たして幕間と言って良いのだろうか……。

 ブロンドの髪は陽光に照らされて僅かに光る。やや鈍いその色は彼女の特徴でもあった。

 ウェーブが掛かったその髪は肩甲骨よりややしたまで流れ、そして目の部分は前髪で完全にかくれる程下がっていたが特に陰気な印象を与える事は無い。


「んんっ……」


 ごろり、とそのブロンドの髪をもつ女性は一つ寝返りをうった。ほぼ徹夜で作業をしていたためだろう、着の身着のままで寝た為か着ていた白衣は皺が寄り、襟元には涎が付いている。酷い有様ではあったがそれを咎める者はこの部屋には居なかった。


 部屋は整頓されている、というよりは生活感の感じられない部屋だった。コンクリートの様な不思議な材質を用いて作られた壁は、繋ぎ目無く等間隔に照明灯らしきものが埋め込まれていた。壁際に置かれている棚は繊細な細工がされているが、中に入っている物が使われている様子は無い。


 時刻は午前10時、外では既に太陽が昇り、ヒトが動き始めてもう十分に時間が経った程だった。


 コン、と音が鳴った。直にコンコンと2度鳴った。そして数秒の静寂――ガチャリ、と鍵の開く音がした。


「起きろクラウシュラ、いつまで寝てる」


 入って来たのは一人の大仰な男だった。筋肉の鎧を着込んだ様な外見をしたその男はその外見とは裏腹に科学者であった。正確に言えばこの都市、いや国である空中国家ルヴァリンお抱えの科学者である。


「うぅーん……、後10……時間……」

「ほぉ……」


 ビキリ、と男に青筋が立った。


「んー……、あぁ……、なんだアーノルドかぁ。昨日、というか寝たの今日の7時なのよー、もうちょっち寝かして。マジでー。3時間とか肌が荒れちゃう」

「駄目だ、さっさと起きろ。皇帝陛下がお呼びだ。いい加減結果を出さないと首を切られるぞ」

「……うぅー……、無理、駄目、眠い。アーノルド連れてって、なんだったらほらー、あー駄賃としておっぱいくらい触って良いよ」

「お前は……」


 先ほど浮かび上がった青筋が更にびきびきとなった所で巨体の男、アーノルドはベットの上でだらしなく項垂れているクラウシュラの襟首を掴んで持ち上げた。そしてこれでもかと耳元に口を近づけアーノルドは怒鳴った。


「お、き、ろ!」

「ぎゃぁッ」


 悲鳴とともにクラウシュラはベットの上で飛び上がった。漸く目を覚ましたその目の前には色んな意味でイイ笑顔を浮かべたアーノルドの顔があり――


「あはは、えーと、アーノルド。今日もかっこいいよ?」

「5分で支度しろ」

「うぇーい」


 ぴくりとも眉を動かさず冷たい視線を向けて告げたアーノルドにクラウシュラはひらひらと手を振って返事を返した。

 いつもの日常、何よりも大切な、日常の一幕であった。


 ○


 発展しすぎた科学は魔法と変わらない、と誰かが言ったが、発展しすぎた魔術はまた科学と変わらないのではないだろうか。


 空中国家ルヴァリンは魔術技術を極めた世界最高峰の国だと言えよう。名の通り空を浮かぶ大陸の上に人々が住み、植物を育て、家畜を飼い、生活を成り立たせている。とはいえど、下界(ルヴァリンからの言い方)との取引が無い訳ではなく、月に数回巡回船として空を飛ぶ船が貿易を行なっていた。


 空中国家ルヴァリンは下界に極力関わらない。

 空中国家ルヴァリンは世界に極力関わらない。

 空中国家ルヴァリンは強すぎる為に、空へと舞い上がったが為に。


「何度も申し上げました様に、クィツラヴィフェンは現状では使い物になりません。配給が足りていないのです」

「下界の者を使えば良かろう、数千死のうと問題は無い。我らが居れば世界は動く、彼らとてこの脅威から救ってくれるのならばと文句は無いだろう?」

「申し訳ございませんが、それでも足りません。そもそも我らルヴァリンの民と下界の民では魔素保有量が違います、それはクィツラヴィフェンを作る時に既にわかっていた事です」

「だが我が民を用いる事は許されん……」

「ですがこのままでは我らとて危ぶまれます、あるいは魔導宝玉精射砲でも用いましょうか? 空中都市の動力を9割停止すればあるいは羽の1枚くらいなら打ち抜けるかもしれませんが」


 会合、と言う名の現実逃避、と言う名目の時間潰しだろうか。互いに意見をやり合う場であろう場所の一角クラウシュラはその話し合いを冷めた目で見つめながらそんな事を考えていた。

 龍、と呼ばれる存在が発生したのは3年前だ。それは世界の守護者なのか、それとも星の守護者なのか、あるいは、そういうシステムなのかは不明だが、今現在も下界で猛威を振るっている所謂“災害”であった。それも前に大が数十個付くであろう災害だ。


 この空中都市にはまだ被害は無いが、時間の問題だろうと誰もが思っていた。それに、もしこちらに被害が無かったとしても、だ、下界の者が全て死に絶えればこの都市も死ぬだろう。普段は下界の民などと蔑んでいる割には現状を確りと把握出来ている者が多く、それはある意味良い誤算でもあった。

 

「(人造の魔術兵器であるヒトを生み出した我らも相当に禁忌に触れていると言える。それでも尚生きていたいと思うのがヒトの業か……)」


 クラウシュラは思わず冷笑を浮かべた。朝の寝ぼけた様相がまるで嘘の様に今のクラウシュラはまさに冷徹な科学者然としていた。


「(あるいは、あの龍すらも過去のヒトが作ったのかもしれない、か……)」


 ヒトは過ちを繰り返す、あるいは、ヒトが増えない為に作られたシステムであるかもしれない。

 クラウシュラはそこまで考えて軽く頭を振った。そんな事を考えている暇は無く、もしそうであったとしてもヒトは足掻く者なのだ、それがどんな罪深い行為であったとしても。


「出力を落とし、兵器としての凡庸性を高めてはどうか?」

「各個人に魔術刻印回路を仕込むと? 拒絶反応はどうする? 刻印技術では足りんだろう」

「下手な火力では使い物にならん、特化させては?」

「確かに、一理あるな。おい、それも検討材料にあげておけ」


 今度は人体実験の話へと変わって行った。余裕の無いヒトは悍ましき行為すら平然と行なう。生に対する執着、それは誰にでもあるというのに。


「下界の民では駄目だな、魔素保有量が足りない」

「前回の実験では内部から破裂していたからな……。何よりそうそう手に入れられる物ではない」

「我が民でやるというのか? 馬鹿な、何故愚かな下界の民の為に我ら国民が犠牲にならねばならない。それに我が民に協力を願い出た所でそれが成功するという保証が何処に有る」

「ふん」


 思わずクラウシュラは鼻で笑った。同時に全員の視線がクラウシュラへと向く。


「何かねクラウシュラ君」

「いえ、随分と“建設的”なお話をされていると思いまして。科学者である以上、データと結果が全てでは有りませんか? 感情と推論、推測で判断するなどそれは私たちの仕事では有りません」

「だが……」

「他に代案があるのでしたらそれで構いませんが、代案の述べぬ発言はただの戯れ言に過ぎません」

「ッ……」

「志願者を募り、それで行ないましょう。勿論安全を最大限に計った上で」

「仕方が有るまい、時間はさほど残されてはいない」

「そうだな、皇帝陛下にも陳情してみよう」


 ふぅ、とクラウシュラは眉間を揉み解しながら溜め息を吐いた。

 ついに自国民にまで犠牲者が出て来た、などと呟いているものもいるが、その為だけに生み出されたクィツラヴィフェンは犠牲者に入っていないというのだろうか。入っていないのだろう、彼は所詮兵器に過ぎず、ヒトではない。そして、そう思わなければ彼らの、自分達の精神が持たないのだ。


 ――それは私も含めた話。


 前髪に隠れた目でクラウシュラは殆ど残っていない会議室の室内を見渡した。光魔術によって付加された天井のパネルが明るく部屋を照らし、空間魔術の応用によって用いられた通信用のモニターが明滅を繰り返していた。

 ぎしり、と音を鳴らしてクラウシュラは席を立つ。罪を増やす為に、自分の仕事をする為に。


 ○


 会議室を出て直ぐ、朝に間近で見た顔にまた出会った。


「アーノルド、何してんの?」

「クラウシュラか、先ほどの件で聞きたい事が有るってヒトが居てな」

「えー、なんでアンタに? アンタの専門って防御術式でしょ? 今回は刻印系統と多分破壊形の術式系統になると思うけど」

「特化型で、って言ってただろ? 一応防御術式の特化型も作ろうって話になったんだよ」

「……あぁ、なるほどね」


 トントンとクラウシュラはこめかみを指で叩いた。


「まぁーどっちにせよ、個々人が作り出せる魔素じゃ限界が知れてるしねぇ……。いっその事別にタンクを作っちゃえば良いのに」

「馬鹿言うな、タンクを作った所で流れ込む魔素に耐え切れなくて死んでしまう」

「そうなんだよね。そこをどうにかしないと回路性能が高くてもどうしようも……」


 むむ、と唸りながらクラウシュラは首を捻った。

 

 魔術を有用に用いる為に考案された刻印回路、表皮の下へと直接打ち込む入れ墨の様な技法のため、一生跡が残るというデメリットはあるものの、その技術は有用であった。威力の増強、他者からの譲渡、性能の精度上昇、ソレに伴って刻印の形状は変わるが、その理論は確立されており、現にクラウシュラの額と目の回りには細やかな刻印が刻まれていた。前髪で全て隠れているため見る事は出来ないが。


 今回の会議で提案された特化型に関してはアーノルド以外にも科学者が呼ばれていた。誰もがその分野では名を知らぬ者が居ない程であり、そして一癖も二癖も有る様な連中だらけであった。


 遺伝子生命理論の先駆者、ヴェルトライ・アウツィッソ

 魔素流用の画期的な変換提言者、オードリッヒ・ブルーノ

 炭素生命体の分解破壊術式を完成させた、ミーナリフィ・アクトナ

 

 それ以外にも雷撃魔術系統でのロルヴェ、反射、反転術式でヴィンスアルマシー、防御系統でアーノルド等だ。

 

 結局の所彼らは全て、最強の一である兵器を作り出す為に集められ、そしてそれは実行された。

 クィツラヴィフェン、空中国家ルヴァリンでの古代語で神殺しを意味するそれと同じ、犠牲者が産まれようとしていた。


 ――しかし、


「龍は世界のシステムだ、この世界に居る限りかの龍から逃れられる事は無い」

「魔素から産まれる魔獣である以上、魔素を活用する限り永遠に産まれ続ける。この世界から魔素を無くしでもしない限りな」

「そんな事は不可能だ、空中国家ルヴァリンが生きて行けなくなるぞ。魔素が無ければこの都市は動かん!」


 つまり、歴史は繰り返される。


「あるいは、数千年前も同様の事があったのかもしれんな」

「進みすぎた世界こそが世界を滅ぼす矛となる、か? ふん、嗤わせるな」

「どちらにせよ下界は滅びつつ有る、時間は残されていないぞ」


 国を落すか、世界を救うか。


「魔素が無くなれば世界は立ち行かない、そんな事は無理だ」


 クラウシュラは考える、世界の行く末と、世界の有り様を。


 ○


 コンフェデルス連盟 六家合同会議


 コンフェデルス同盟は半民主主義国家である。正確に言えばそんな統治方法は無いのだが、この国は6家が統括を取り仕切っている。

 カナディル連合王国は国王がトップであり、その下に貴族が存在している。君主制だ。

 統治方法が違うこの2国が表面上ではあっても仲良くしているのは帝国と言う外威が有るからだろう。


「報告を」


 太く低い声が部屋に響いた。六家の一つローズ家の当主の声だ。その声はどこか苛立ちが含まれており、何よりその額の皺がその不機嫌さを表していた。


「カナディル連合王国からは目新しい情報は特に何も上がっておりません。グリュエル辺境伯は既に戦争の準備を行なっており、我が国にも支援の要請が入って来ております」

「――ッ、我が国の者が死んでいるというのにそれに対する謝罪は無しか!」

「こちらで護衛を手配していなかったのも問題かと思いますが」

「とはいえどカナディルの失点は間違いない、それに対して抗議をするつもりは無いのか?」


 問いかける言葉に部屋に居る数名が溜め息を吐いた。

 その中でも一際地位の高い男が二人居た。ベルフェモッド家、ローズ家の当主二人だ。


「蒸気機関の技術を受け取っている手前あまり強く言えば問題があるだろう」

「今となって思えばアグネッタは余計な事をしてくれた。まぁ、そうであれと育てたのは我々だがな」


 ぼそり、と呟いている二人の声は他に聞こえる事は無い。


「当時は主導を握ろうと躍起になってた連中が多かったからな。仕方が有るまい、よりによって上位階級をアン王妃が産むとは予想していなかった」

「予想していなかったで済む話ではない。さらにもう一人産まれ、挙げ句に今回の襲撃で下手をすればカナディルは3人抱えた可能性が高い」

「3人、ね。あれが茶番だったとは思えませんが、一理あるのは確かです。どちらにせよ下手に刺激する訳にはいかないでしょう。当面はナンナ様を前面にだして友好関係を強調した方が宜しいでしょうね」


 コンフェデルスに嫁いだナンナ元王女、アグネッタ王妃の娘であるが、今となって思えばルナリアに殺されない為に結婚させたのではないかと思える程だ。いや、あるいはカナディルの国王はその娘ですら恨んでいる可能性が高い。


「だが帝国と事を構える可能性が高い現状、場合によっては良い条件を引き出せるのではないか?」

「それを許すと思いますか? やぶ蛇になっても責任は取れませんよ。何より、もし連合が帝国に“勝った”場合、我が国の行く末がどうなるかわからない訳でもないでしょう?」


 答えは言うまでもなかった。

 そもそもが相手にその意思が有るからこその譲渡なのだ。それが元から無いのでは意味が無い。


 良い条件、もとい、ルナリア王女を亡き者にしてコンフェデルスにとって都合の良い第2者を引き立てようと考えた者も居た。

 裏の情報では有るが、カナディルの国王に拘束されたという話も有ったのだ。そして、そこから連れ出そうとしている者もいる、と。


 カナディル連合王国の内部では、ルナリアに王位を継いで欲しく無い者もまた多い。特にアグネッタなどは全力で阻止したい所であろう。

 故に、誰かが脱出させて、それを殺せば責任の擦り付けも可能だ。リリスは居ない、アルフロッドも不在、犯人がいるのであれば言い訳は立つ。


 そんな上手い話が有る筈も無いというのに。


「……ルナリア王女の方は?」

「失敗ですね、全員殺されたそうです。やはり罠であったようで、まぁ、そちらは我々は関わっていない、さして大きな問題ではないでしょう」


 男は目を瞑って答えた。

 情報はおそらく態と流された物だろう。愚かな者はそれに釣られ、そして牽制と意思表示の為にその命を利用された。

 四肢を捥がれ、目を抜かれ、顔を焼かれていた。


 これは牽制であり、意思表示であろう。手を出せば同じ目にあうと、つまり、ルナリア王女に関してはコンフェデルスは手を出すな、と言う事だと予想出来る。


「殺された連中はそれなりに腕が立つ者だと聞いています。それが一方的に殺されている、話に聞くニールロッドの仕業ではないでしょうね。新しくルナリア王女に付いた者は相当な腕利きなのでしょう」

「加護持ちの反応は?」

「丁度帝国の加護持ちを調べていた所でそちらに関しては把握していなかったと聞いています」


 ベルフェモッドの目が細くそしてぎらつく。


「ベルフェモッドは誰が攫ったか、予想はついているのでしょう?」

「あぁ……、以前メリッサから聞いていたが。可能性としては6割、か? だが恐らく当たり、かもしれんな」


 以前コンフェデルスへとアルフロッド・ロイル、連合の加護持ちが来た時に会ったというメディチ家の息がかかった子供。

 話だけでは随分と頭の切れる餓鬼だと思っていたが、どうやら悪鬼の類いだったのかもしれない。


「……メディチ家の意思、というよりは、その子供の意思である可能性が高そうですね。現状コンフェデルスと事を構える事は考えにくいですし、メディチ家も男爵家ですから国家叛逆罪を進んでやるとは思えません」

「ほぅ、となると都合がいい。丁度レイズの連中が動いてる」


 レイズ家、コンフェデルスの暗部を担う家の一つだ。その中でも加護持ちを流用した一部隊、白雪の妖精ビアンカネーヴェを所持している。


「それは本当ですか? 議会での決議を得ていないのでは?」

「向こうも独自にその子供が怪しいと掴んだらしいんでな。それに潜り込ませていた子供の傍に加護持ちの反応があったそうだ」

「だからと言えど許される事では有りませんが……、反応があったというのはフィーア・ルージュ?」

「恐らく、だがな」


 男の眉間の皺が一気に深くなった。


「拙いかもしれません。早急に呼び戻せませんでしょうか」

「何? 今更無理だろう、何をそんなに焦っている? 心配しなくても一人の時を狙って喋らせるだけだ。記憶操作に関してあそこの頭に勝てる者は居ないだろう。なんせ加護持ちの子供だ」


 そうだ、言っている事は間違っては居ない。加護持ちは加護持ちでしか対抗出来ない。

 それが加護持ちの子供であれど同じ事だ。加護持ち相手であれば勝てないだろうが、そこらに居る連中ではいくら天才などともてはやされた存在であれ勝つ事は出来ない。特にその得意とする分野では言うまでもないだろう。


 だが嫌な予感は収まらない、態と情報を流した奴がそんな事に気が付かないか?

 襲撃した連中の顔を焼き、目を抉る様な奴がそんな甘さを残しているのか?

 そもそもが情報を得ようとしているこちらの意思と同じく、相手もまたこちらの情報を欲しているがために、その情報を流したという可能性は無いのか?


 思考は堂々巡りを繰り返す。答えは無い、ぎり、と唇を噛み締めたローズ家の当主は目を固くつむった。


「懸念はわかるが、所詮は15、6の子供だ、心配するだけ無駄であろう。白雪の妖精ビアンカネーヴェを動かしたとてそもそもが我らの駒を取り戻しに行ったに過ぎない。内政干渉にもならんだろう、そもそもが商人の息子に付いていた子供から情報を貰うだけなのだからな。まぁ良い意味で誤算であったが」

「だと、いいですが」


 15、6の子供が果たしてそれなりに腕利きの連中を一方的に殺戮できるとは思えない。どうにも軽く見すぎている気がする。事態は予想以上に切迫しているのかもしれない。最悪はルナリア王女が加護持ちを有した可能性だ。フィーア・ルージュ、そしてリリス・アルナス・カナディルの上位階級2者を確保した事になる。コンフェデルスにけして良い感情を抱いているとは思えないルナリア王女が力を持つのはコンフェデルスとしても避けたい所では有る。


 ゴドラウ師長が生きていた時はそれなりに関係を築いていられたが、果たして死んだ今それが継続されるかは不明だ。

 ゴドラウ師長を殺した相手も不明な今、ローズ家当主としては泥沼の様なカナディル連合王国と関わりたく無い、と思う部分も有った。


「確かにメディチ家と事を構えるのは我々としては好ましくは無いのはわかる。あの家は一体どこから出てくるのかわからんが次々に斬新な商品と技術を生み出しているからな。カナディルに産まれていなければ6家に連なっていたであろうものを」


 眉間に皺を寄せたままのローズを他所にベルフェモッドは軽く溜め息を吐いた。

 

 メディチ家、クラウシュベルグ領との技術格差だ。未だにその技術格差の事で恨み辛みを述べるものは多い、何とか支えられているのは魔工技術が上回っている点であろうか。

 それに関してもアイリーン・レイトラが不在となってから停滞している事は間違いない。

 

 数年前に死亡したと情報が流れたが、生憎とベルフェモッドはそれを信じては居ない。恐らく6家の誰かが、あるいはベルフェモッド家の前当主辺りが囲っていたとしてもおかしくは無いのだ。とはいえ――


「(一つの村が消えて、研究施設と見られる瓦礫の山……。あるいはアイリーン・レイトラも“また”攫われたのかもしれん、が)」


 ベルフェモッドの予想通り既にアイリーン・レイトラは国内に居ない。そしてそれを公開する事も無い。公開出来る事でもないが為に。

 ふん、とベルフェモッドは喧々とやり合う議会場の隅で薄く嗤った。


 既に加護持ちに匹敵するとは言えないが、そこらの兵の100人分は働いてくれる兵器の目処は立っている。

 加護持ちを3人抱えている可能背が高いカナディル連合王国に対抗するためそちらの研究も進めなければならないな、と思案し、そして議題へと思考を戻した。議題はカナディル連合側での参戦で話がまとまりつつ有った。


「ベルフェモッド、貴様の所の兵器はどうなのだ?」

「8割、だな。貴様の所は如何なのだ?」


 返事を返したレイズ家の当主が顔を歪めた。瓦礫の山の持ち主は恐らくでは有るがレイズ家のものであったであろうとされている。そしてそこで行なわれていた研究も誰もが予想が付いている。しかし誰もそれを責める事は無い。何故ならばそれが国の力となる事はわかっており、非人道的な行為は“自分達”がやっていないのであれば問題ないのだ。必要と有ればレイズ家を切れば良い。勝手に泥を被って勝手に戦力増強をしてくれるのだ、ならば我々は少しだけ目を瞑れば良い。それが今この場に居る全ての者の意見でもあった。


「使えそうになるのは100も居ない」

白雪の妖精ビアンカネーヴェは?」

「そちらは議会の裁決次第だな」


 何を白々しい、とベルフェモッド、そしてローズは思った。独断専行で動かしているのを知っている2家は胡乱気な視線を向けたが特に問いつめる事はしなかった。


 同時刻、ルナリア王女は内密にグリュエル辺境伯の庇護下へと入った。

 そしてルナリア王女の脱走を告げられた国王は一言そうか、とだけ答え“何もしなかった”。

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