虚構の世界に立つ夢幻2
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ストムブリート魔術学院 会議室
「学院長ッ、あの男の授業態度は目に余るものがあります! 即刻に退学させるべきです。他生徒に悪影響を与えてからでは遅過ぎます!」
「ゲルト先生……、昨年も話しましたが、彼の成績は歴代の生徒と比べても目を見張るものがあります。それに私の授業では真面目に受けていますよ。貴方の指導の仕方が悪いのではないですか?」
「何だと!」
「まぁ、お二人ともそう熱り立たずに、問題の有る生徒は別に彼に限った事ではないでしょう。ですが、まぁ折角外部からの圧力が弱くなっている所です、この状況でまたこちら側に汚点が付けられると困るのは確かです」
「そういえば先生は最近刻印技術について論文を出されていましたね、少々奇抜な観点から見ていましたが、普段の貴方らしく無い」
「まさか、貴様……。スオウ・フォールスから何か受け取ったのではあるまいな」
「妙な言い掛かりはやめて頂きたいですね? そもそもそれは今の主題ではないでしょう?」
「リリス王女に関して問題を起こしたものも居る。陰湿、とまでは言わないが……」
「どうせあの男の仕業に決まっている!」
「メリットが無いでしょう。しかも自分のチームの一員にそんな事をすると? 馬鹿馬鹿しい。だいたいゲルト先生は彼を退学にさせると言いますが、その後のリリス王女様と組む相手はどうされるのですか? 適当な相手を見繕うのは大変ですよ。あのチームは有る意味スオウ君とスゥイ君が他と比べて抜きん出て優秀であるからこそ成り立っているのです。それともアルフロッド・ロイルと組ませますか? 初日に問題を起こした二人を? その後のフォローは全てゲルト先生貴方がして頂けるのですか?」
「……ッ」
「アルフロッド・ロイルと組んでいる彼らは如何だ? リッチ討伐の件も有る、実績としては十分だろう? 他の者にも言い分が立つ」
「ですから……、その場合はアルフロッド・ロイルをどうするかという話になってしまうでしょう。本末転倒です」
「むぅ、まぁ最悪チーム制に拘る必要も無いのだが、ね」
ふぅ、と喧々囂々とやり合う教師陣の中でため息を付く。剣術指南役でもあるギルトヴェン、彼は毎日の様に繰り返される変わりのないやり合いに頭を痛めていた。
今回はスオウ・フォールスという少年についてだ。彼の名前が挙がるのは別に初めてではない。
一番最初は入学試験の時、そしてその次は入学式の時、そして……、と、よく考えてみれば個人名で議題にあがるのは一番多いかもしれないとギルトヴェンは思った。
ギルトウェンの評価としてスオウ・フォールスは極めて優秀であり、そして協調性の低い生徒である、と言う事だ。
しかしこれは優秀な者によく見られる光景であり、社会性が皆無という訳でもない。むしろ一定の間隔を持って付き合っているという見方をすればかなりマシな部類に入るだろうと考えている。
あからさまに見下した態度を取る貴族の次男坊や、産まれたときから結婚相手が決まっている様な貴族の長女が一時の遊びの為に男にすり寄る事しか考えていない行動だったり、そう言うのに比べてしまえばまだまだマシ、いや、まともな部類であった。
勿論全ての貴族の子息がそう言う訳ではないのだが。
「ブランシュ・エリンディレッドは?」
「彼女は王家からの目付だ、動かせんだろう」
「最悪二人でいいのではないか? 実力は十分であろうし、全うな試験を受けさせる訳にもいかん」
「スゥイ・エルメロイはどうする」
「彼女はスオウ・フォールスに付いていくと言っているんだったか」
「洗脳されているに決まっている」
「またそう言う事を……。入学前からの付き合いなのでしょう? 彼女の、その、種族を考えるとありえなくはない話しです」
「そうだ、スオウ・フォールスが居なくなれば吸血種がトップになるという事だぞ、そんな事が許されるのか!」
「異種族差別など、いつの話しをしているのですか。それでは帝国と何も変わらない、大体彼と一緒に出て行くという話しなのですからそうなったとしたらそんな事気にする必要は無いでしょう。話し、ちゃんと聞いていますか?」
「貴様! 私を侮辱するのか!」
今度はゲルト先生以外からも怒声が飛んで来た。
まったくもって疲れる状況だ。スゥイ・エルメロイ、スオウ・フォールス程ではないが天才少女だ。
コンフェデルス連盟産まれというのが残念でならないが、卒業後はカナディル連合王国のアカデミーか、あるいは宮廷魔術師になってくれれば文句は無い。
まぁ、おそらく難しいだろうが。
「アルフロッド・ロイルもハーフではありますが、竜人の血が流れています。発言は適切ではありませんよ」
「グラン・ロイルか。そう言えばそちらからの声は聞かないな……」
「一応定期的な報告は入れています、そもそもがその辺りを考慮した上での王家からの要請でしたから」
「そう言えば一時期スオウ・フォールスもそちらからの監視役であるのでは、という話しもありましたね」
シン、と一瞬ではあったが会議室が静まったのをギルトウェンは感じた。
リリス王女と組んでいる現状、アルフロッドと同郷であるという情報。想像するは容易い、しかし――
「リリス王女とのチームを組むにあたって一度断っているのだろう? それに王家との繋がり等……」
「いや、しかし結果としてチームを組んでいる。そして先日のハイム子爵の件、最大の功を出したのはクラウシュベルグ男爵だそうだ」
「スオウ・フォールスの産まれの地か、だがしかし、それだけで、か? 単純にアルフロッド・ロイルの産まれの地であるクラウシュベルグとの関連性を強めるため、の方が真っ当な考え方だと思うが」
「スオウ・フォールスとアルフロッド・ロイルは知己であるのだろう? 両者との繋がりがあってもおかしく無い」
ふむ、とギルトウェインは呟いた。
先ほどから黙りと教師達の発言を聞いている学院長へと視線を向けるが相も変わらず表情を読ませてくれない顔だ。
しかし、もしそうである、のならば明確に示していた方が両者として良い事は間違いないだろう。教師陣が下手に虎の尾を踏む様な真似をさせない為にも。
それをしないという事は、そうでない、という可能性。もう一つはそうである可能性が高いが、わからないという可能性だ。
ギルトウェンは帝国の間者が入り込んだ後、当事者でもあったスオウ・フォールスが割と簡単に帰省できた事から後者である可能性が高いだろうと推測していた。
明確な証拠は無いが、スオウ・フォールスは王家との繋がりが有る、という事だ。
そこまで推測すれば下手に関わりを持つ事は避けるべきだろう、当然教師としてやるべき事はやるが、触れなくていい事は触れない。
そう思い至ったギルトウェンであったが、実際は違う。王家との繋がりは明確に学院長は把握しているが、それを表面化していいものかどうか不明瞭であるため黙っている、というのが正しい。もっと言えば、明確に提示されていない為、それは提示すべき事ではない、と解釈したという事だ。
学院長個人としてはアルフロッド・ロイルの友人であり、コンフェデルス連盟からの預かり人であるライラ・ノートランドに問題を起こした貴族を抑える事が出来、尚かつ情報隠蔽が成功し、王家への、いや、貴族陣への多大なる恩を売れた事だけで十分とも言える。
帝国の間者を取り逃した事だけが失点とも言えるが、相手が魔弦であるという事も然程強く言われる理由にはならなかった。
手引きをしたのがハイム子爵の子供であったという事も理由の一つとは言えるのだが。
更に言うなればスオウがハイム子爵とバルトン伯爵へと送った手紙も功を奏している。他者の筆記を真似する事等、筋電位の操作によって腕から指の操作を指定し簡単にできるスオウ、両者の手元に有る手紙そのものが彼らに取って致命的な証拠でもあるのだ。回収する間もなくハイム子爵を潰したクラウシュベルグ男爵。首都での会議では本物であるか疑わしいと出ているがバルトン伯爵は気が気ではないだろう。この事は学院長は知る事は無いのだが、これも含め、学院に対して手を出す者が減ったのは間違いない。
「ジルベール君が大人しくなったのが原因の一つとも言えるか……」
「有象無象が出て来たとでも? まぁ確かにわかり易い家名で抑えられていた所はあったかもしれないな」
ぽつり、と呟いたギルトヴェンの言葉に返事を返した者が居た。
ちらり、と見ると眉間に皺を寄せてこちらを見ていた壮年の男性と目が合う。
「彼ら、子供達は事の重大さに気が付いていない、それを気が付かせる事が出来れば直ぐに落ち着くでしょう」
「そうだといいが……」
帰って来た解答は想像するに容易い方法であった。
それで解決する可能性が高いというのは間違いない、それで収まるなら良いだろう。だがより陰湿になった場合果たしてスオウ・フォールスが如何出るか。
ギルトヴェンはあの少年がただ黙って被害を受けている少年ではない事を知っている。帝国の間者と戦った後の寮の残骸、スゥイ・エルメロイが間者に対して打ち込んだ宝石の針……。そして何より、あの冷たい目。
「(やはり、監視は続ける必要が有るか)」
リッチを呼び出した生贄召還、そんな事が出来るのはおそらく、ではあるが学院長くらいの者だ。しかし学院長がやる筈も無く、となれば他に出来るもの、と考えた所、他の教師からすると馬鹿らしい、と一笑に伏される事ではあるが、スオウ・フォールスが一番“あり得る”のだ。
となれば彼はヒトを殺す事にさして忌避感を持っていないという事。いまだ13歳、いや14歳である少年だというのに恐ろしい事この上無い。さらにそれが優秀であるというなら輪を掛けてタチが悪い。
ふぅ、とギルトウェンはため息を付く。そして思う、いざという時自分は彼を斬る事が出来るのだろうか、と。
それは教師として、そしてなにより実力的な問題として。ギルトウェンはぶるり、と僅かに体を震わせた。
僅かな逡巡、そして会議の内容は本題へと移って行く。
「兎に角、王家より模擬戦の連絡があった。それまでに不安材料は全て処理しておく必要が有る。余計な事で問題を作ればまたつけ込まれる要素となる」
「魔術祭でやるかと思っていましたが、ハイム子爵の件もありましたから矛先をずらしたいのでしょうね」
「それを当日に発言するなよ、お前の首一つじゃ足りなくなるぞ」
「わ、わかってますよ。勿論です」
「セレスタン辺境伯も来られる、それ以外にも重鎮が来るのだ。帝国の者はたとえ産まれたばかりの乳児でも侵入を許すなよ。疑わしい者はその場で捕らえて構わないだろう。国からも護衛部隊が来る、その辺りのフォローも忘れない様に」
「宮廷魔術師も来るだろう、折角だから生徒の授業風景を見ていってもらったら如何だ?」
「当然そう言った行事も含まれている。目くらましに過ぎないがな、表面上はあくまで魔術学院の定期査察だ、表面上はな」
成る程、と頷く数名の教師を横目に進行役の一人は話しを進めていく。
暫く報告事項が続いたの後、学院長の一言によって会議は終了を迎えた。
スオウ・フォールスに関しては結局の所、現状維持でしかない結果だった。
○
スオウ・フォールスという男はどういう奴だ?
春めいて来た一日の昼、隣にライラ、反対側にシュシュを侍らせ……、ではなく座っている二人の間で昼食を取っていた所でそう問いかけられた。
問いかけて来たのは金の髪をさらさらと靡かせ、思わず目を留めてしまう程の美貌の持ち主。いまだ年齢的な所で幼さの抜けないその姿ではあるが、数年後は間違いなく美女となるべきその少女、リリス・アルナス・カナディル。そして問いかけられたのはそのリリス王女と同様に今世界から注目を受けている最近発見された加護持ち、アルフロッド・ロイルである。
短く刈上げた髪をがりがりを掻きながらアルフロッドはリリスを見上げた。
元々そんなに仲の良い間柄ではない。むしろ険悪とも言える関係ではあるが、そんな状態で彼女からそんな事を聞いて来たのだ。怪訝な表情を浮かべながらもアルロッドはリリスへと返事を返した。
「どういう奴、と言われてもなぁ。というか最近は王女様の方が近いんだしよくわかってるんじゃないのか?」
王女様のくだりでピキリ、と眉間に青筋を立てたリリスだが、ふぅ、と一つ息を吐いて和やかな笑みを浮かべる。
「リリスで構わない。今更貴様に様付けで呼ばれても気味が悪い」
「そうかい、んじゃーリリスって呼ばせてもらうけどもなんか有ったのかよ。スオウの事って言われたって何を喋っていいか」
「何でも構わない……、いや、幼い頃の事は、どうだ?」
「ううん……、なんつーかアイツは昔から完璧、というか凄かったというのを覚えてる。まぁ、色々あったしアイツには恩はあるよ。借りもあるし、な」
僅かに懐かし気な表情を浮かべると同時に苦虫をかみつぶした様な顔になるアルフロッド。
袂を分かったとは言えどアルフロッドがスオウに対する恩を忘れた訳ではない。今のスオウのやり方が気に入らないだけでスオウに対して負い目を感じている所があるのは間違いない。
「完璧?」
「あぁ、まぁなんつーか、魔術に関してもそうだし、刻印技術もアイツ凄いだろう? 4、5年くらい前から作ってたぜ?」
その言葉にリリスは眉を顰めた。4、5年前といえばまだ9歳だ。そんな年齢から刻印魔術に精通する等普通じゃない。
しかも名家の魔術系の家系に産まれた訳でもないただの商人の息子、天才と言えば簡単だが……、と思った所でアルフロッドの隣に座っていたライラが険しい表情を浮かべている事に気が付いた。よく見れば反対側のシュシュもどこか浮かない顔をしている。
「どうかしたか?」
問いかけた言葉にライラは目をぱちくりとした後、慌てて手を振ってきた。
「お、王女様、私なんかとお話しされますと後で何を言われるか……」
「別に構わん、前も言ったかもしれないがここにいる時は一学生としてで構わない」
リリスの言葉にそうは言っても、と内心で思うライラ。しかしこのままでは埒があかない、と意を決した様に軽く頭を下げた後返事を返した。
「その、スオウ君の事で何か有ったんですか? チームを組んでからそれなりに経つかと思うんですが……」
今更何を、とも取れる様な問いかけだったが、リリスはその発言の内容よりスオウの名前に僅かながらの畏怖が混じっている様に感じた。
あの男が得体の知れない存在であるのは今更の話しではあるが、畏怖を与える程だとは思わない。いや、そうでもないかもしれない、ブランシュに対しては相当やらかしていたし、あるいは彼女も同様な目にあったのかもしれない、と自己完結した。
「いや、少し気になってな」
ふむ、とそう告げてライラから目を外し顎に手を当てて思案した。
リリスが気になっているのは最近になってより顕著になって来たスオウへの風当たりだ。教師陣からの敵意有る視線、同様に監視されている毎日。
リリス自身も恐らく王家からの指示だろうと思われる視線を感じる事はあったが、スオウに対してもあるというのはおかしい。
数日前は教室で少々問題が起ったと聞かされている。その時間やる予定だった講義は中止となり、リリスは教室に行く事は無かったのだが釈然としない物は感じている。
「そう、ですか。あの、その、リリス様にこの様なことを言うのは問題かもしれませんが……」
「なんだ?」
「スオウ君は、その、あまり関わらない方が良いと思います」
「なに?」
それだけ告げてライラは目を逸らした。そこには怯えが見えた。
リリスはため息を付いた。どうやらブランシュに対してした様な事と同じ様な事をしたのではないか、と確信もとい勘違いを深めたのだ。
目の前でヒトをバラして血まみれで笑みを浮かべていたとは流石に想像はできないだろう。
ため息を付きそうになったリリスだが、それを止めたのは沈黙を貫いていた少女だった。
「彼は星の元に生きている。貴方も、そしてアルフロッドも。星の光は変わらない、星の力も変わらない。けれど彼の星は濁っている。淀んでいる、澱みは他者へと影響する、濁りは世界を塗り替える。関わらない方が良い」
「……なに?」
「アルフロッドはとても暖かい、そして貴方はどこか寂しい、でも、何かを変えてしまう程の力を感じない」
そして少女、シュシュは口を閉じた。
怪訝な表情を向けたのはリリスだけではない、ライラも、そしてアルフロッドもだ。
前から似た様な事を言っていたシュシュだが、珍しく多く喋っていた。星読みでもあるシュシュの言葉、なんの意味も無い筈も無いがその意味が分かる訳ではない。
「どう言う意味だ?」
「……言葉通り」
「わからないから聞いているのだが、な」
「……あのヒトは、世界を変えかねない。いや、もう変えてしまっている。急激な星の煌めきは世界に歪みを引き起こす」
そんなに大層な人物とは思えないのだがな、とリリスはその言葉を口の中で飲み込んだ。
世界が変わる、その言葉にふと思う所があったのだ。
この数年でカナディル連合王国が急激に発展している事はリリスとて知っている。それが自分の姉による成果なのだから当然だ。
リリスは同時に以前姉とスオウの関係を疑った事があった、そしてここでシュシュの言葉。
急激な――、世界を変える――、他者への影響……? 蒸気機関車は、そもそも姉にその様な事を開発できる程の知識量はあったのか?
姉の個人で持っている研究者、技術員が出して来たとはいったが。そもそもクラウシュベルグの発展は如何だ? 殆どの者がカリヴァ男爵に目を向けているが、あの場所はスオウ・フォールスの産まれの地ではなかったか?
そして最近起った帝国の襲撃事件、何故スゥイが狙われた? あれはそもそもスゥイではなく、スオウを狙ったものだったとしたら?
スオウを狙う理由、それが知識だとしたら?
「リリス?」
「……いや、なんでもない」
今度はリリスに対して怪訝な表情を向けるアルフロッドに軽く手を振って返事としたリリスは足早にその場を立ち去った。
その態度に不満げな表情を浮かべるアルフロッドだがリリスにとってはそんな事はどうでも良かった。
「(あの男の事だ正面から聞いた所で言う筈も無い。前々から怪しいとは思っていたが、ここに来て線が繋がった)」
カツカツ、と廊下を足をならしながら歩く。
「(常識で考えて私と同い年の子供に過ぎない彼が蒸気機関車などという機関を開発できるのか、と思っていた事が間違いだったとすれば)」
顎に手を当てて思案する。
子供である事を隠れ蓑にしているとしたら、子供であるからそんな事が出来る筈が無い、そんな事をする筈が無い。
たとえば、3歳児が一家皆殺しの現場に居たとして、犯人だと思われない様に。ただの被害者だとしてしか見られない様に。
リリスは前々から疑ってはいた。不審な点はいくつもあったのだ、だがしかし彼女とて聡明とは言えどいまだ13歳なのだ。気が付かなくても無理は無い。
少しながら、普通の、と言っていいかは別として彼女に宮廷以外での友達が出来たのは初めてで、ソレに対しての歓びがあったのも目を曇らせた一つだろう。
スオウは差別しない、区別はするが差別はしない。スオウは王女であるという事を念頭に置いた上で学生としての対応をしてくれた。そこに感謝が無い訳ではない。
加護持ちとして下手をしたら一生が殺戮兵器としていかされる可能性があったリリス。それを救い出してくれた姉であるルナリア。そして一番最初に自分の鼻を見事にへし折ってくれた男。友情とは言えない奇妙な敵意にも近い感情ではあるが、それもリリスにとっては感動できる程度の関係だったのだ。
それが崩れようとしている、全てが嘘で塗り固められていたのではないかと。
リリスは恐れる。自分を見てくれる者が居なくなる事を。
リリスは恐れる。自分の価値がわからなくなる事を。
加護持ちである事を苦痛としながらも、加護持ちであるという事しか誇れる物が無いのではないかという矛盾。
リリスはその恐怖に気が付いていない。そしてリリスは気が付いていた時には小走りになっていた。
――あれは、姉が用意してくれたトモダチなのか?
「(むしゃくしゃするッ! なんなんだ、もう、もうッ! なんなんだ!)」
わからない。自分が知らない所で何かが起っている。そんな事は宮廷に居る時に良くあった話しだ。
それがただ一緒に食事をとり、一緒に笑い、一緒に勉学に励んだ相手がそうであったという事だけではないか。
だというのに、だというのに、どうしてこうも悲しくなるのだろうか。
――私のただの独りよがりだったのか?
リリスは別にスオウに何か思う所がある訳ではない。ただ、そこに有る感情は裏切られたのだ、という思い。そしてリリスはソレに気が付く事は無い。
じりじりと這い寄る奇妙な感覚にリリスは胸を抑えた。ゆっくりと息を吐く。足はもう止まっていた。
――友情等無くて、ただのおままごとに過ぎなくて、姉からの慈悲でただここに居る。
ただ何をしているか知りたかった、隠している物を知りたかった、糾弾してやりたかった、責めてやりたかった。
ブランシュの敵討ちをしてやりたかった、あの調子に乗った面を一杯食わしてやりたかった。でも、本当に何かが有ると知った時、それを知るのが怖くなった。
「情けない……」
姉を恨みそうになる自分が、感謝していたその気持ちすら忘れてしまいそうな自分が。
誰もいない廊下の隅でリリスは一人呟いた。
○
寮へと戻って来たリリスを迎えたのはブランシュであった。
やや疲れた表情の顔をしたリリスだったがブランシュは何か有ったのかと思いつつも特にそこについて聞かずテキパキと出かける準備をしていた。
「そうか、そういえばお前は監視役だったな」
「……ふぇ?」
は、と疲れた様に笑ったリリスを間の抜けた顔で見上げたブランシュ、そして一瞬息が詰まった。
「馬鹿だな私は、今更何を言っているのか。そんな事わかり切っていた事じゃないか。けれどもここに来たのではないか」
「姫様? どうかされたのですか?」
「いや、何でも無い。ただ再認識しただけだ」
「……そう、ですか?」
軽く頭を振ったリリスは視線をブランシュへと向けて薄く笑う。
ブランシュは怪訝な表情を浮かべるが思い当たる所は無い、だがこのまま放っておく訳にも行かないだろう。足りない頭で逡巡したブランシュ何かを問う前にリリスから声をかけられた。
「スオウは、部屋にいるのか?」
「はい、今日はコーンスープと魚介類のパスタにルルコ草のサラダだそうですよ〜」
涎を垂らしそうに笑みを浮かべて答えるブランシュに笑みを浮かべるリリス。
「スオウの事、調べないのか?」
「え、いや、そのぉ〜……、私程度では調べられないと言いますか……」
「姉上に何か言われていないのか?」
「え、ええ、特には何も〜。私のお仕事はリリス王女様の護衛、は正直必要ないのでまぁ情報収集くらいですかね〜」
「そう、か」
僅かに目を伏せるリリスにブランシュは気が付かなかった。
ブランシュの頭の中には既にパスタを味わう事しか無かった。それでいいのか諜報員と言いたくなるがそれで何とかなっているというのもまた実力なのだろう。
「その、なんだ……」
「はい?」
「いや、なんでもない……」
はぁ、とリリスはため息を付いた。そして数分後食卓でスオウに馬鹿にされる事になる。
○
「馬鹿か? 本当に仕事でお前を監視してる奴は他に居るに決まってるだろうが、そんなノータリン一人だけの訳が無いだろう。表にわかり易い護衛を付けてわかり難い護衛を周りに配置するのは基本だろう。王女の自覚があるのか? 馬鹿か?」
「ぐ……、き、貴様私に向かって何度も何度もッ! そんな事はわかっている! そういう話しではないと何度言ったらッ」
「の、ノータリン……」
ノータリンって言われた……。パスタが美味しいから聞かなかった事にしよう……。
「友達なんて者は用意されるものじゃないが、逆に言えば友達になれるのならば用意されたのではなく巡り合わせだったのだろうさ。出会いが戦場であれ、牢屋の中であれ、学院の中であれ問題ではない」
「その比較はどうかと思いますがスオウ……」
「……ッ」
「自分だけが友達だと思っていて相手はそうではなかった、だからどうした? 友達だと思っている奴の方が随分とマシだと思うが」
「関係者全てが利用価値があるかないかで判断する貴方よりは全てのヒトがマシでしょうね」
ギロリ、とスオウ君とスゥイちゃんがにらみ合う。
コーンスープがとってもおいしい。ぴりぴりとした空気が食卓を包む。
「相互理解なんて一生無理だ、信じるしか無い、相手の事を、な」
「貴方から信じるなんて言葉が出てくるなんて明日は雪ですかね」
はぁ、とスオウ君がため息を付いた。スゥイちゃんは冷たい目でスオウ君を見ている。
サラダがおいしい。チーズをアクセントに入れている所がポイントだね! このさくさくしたクルトン? もいい感じ!
「誰だって裏切られる事は怖い、誰だって嫌われる事は嫌だ、けれど一歩先に踏み出さないと掴めるものも掴めない。違うか?」
納得がいかない様な納得がいく様な、複雑な顔をしたままリリス様はパスタをフォークでざくざくと刺している。
たまに口にいれるのはお腹が減っているからなのか、美味しいからなのかそれはわからないけれども……。
それよりも問題はスオウ君が言っている事は、正しいのかもしれないけれど全く説得力が感じられない所だろうか。
そんな事を思っていた為かスオウ君がこっちを見て来た。見るなー! 私は今、日陰に生きる小さな植物となっているのです、だから話題に巻き込まないで欲しいのです。
「ブランシュだって仕事かもしれないが、それ以上にお前の事を思っているだろうさ。そんな事はわかっているだろう?」
「……む」
「何があったか知らないが、心境の変化でもあったのか? どうせアルフロッドが馬鹿みたいに騒いでいるのを見て感化でもされたんだろ」
「〜〜ッ」
リリス様が真っ赤になっていた。あ、紫電が走った。おお、流石スオウ君、鉄杭を避雷針にしてのんびり食事を続けている。
加護持ち相手に半端ないです、さすがスオウ君です。如何考えてもネジが100個くらいぶっとんでます。
そしてさりげにスオウ君を盾にしてるスゥイちゃんも流石です。あの二人の関係は未だに謎だらけです。
「納得したか?」
「……してない」
むす、としたリリス様。スゥイちゃんは相も変わらずスオウ君を冷めた目で見ている。
本当にカップルなのだろうか、最近特に疑問に思う。いや、そうなのかなーっていう所もしょっちゅう見ているんだけど、普段が普段だし……。
スオウ君結構人気あるんだけどなー、あ、でもAクラスでは腫れ物に触る扱いだけど、教師含めて。何やったのかあまり知りたく無い……。いや、一部は知ってるけども……。
「何が不満だ」
「……お前の事を教えてもらってない、教えろ」
一拍あったのは勇気を絞ったからか、それともどこか諦めたのか、じ、と見つめるリリス様は同性の私から見てもどきり、とする程綺麗だった。
スゥイちゃんも僅かに硬直し、リリス様を見た後スオウ君を見る。私もスオウ君を見た、そして見なければ良かったと思った。
「いやだ」
そこには満面の笑みを浮かべ、サラダを頬張り断るスオウ君が居た。
「……死ね!」
「断る」
「リリス様っ! テーブルが! テーブルが溶けてます!」
「スオウ……、余計な出費が増えてますが……」
「俺の金じゃないしな、問題ない」
アルフロッドとリリス王女の模擬戦まで後……、6ヶ月。




