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月蝕  作者: 檸檬
2章 魔術学院編
27/67

儚き幻想血に染まりて地に伏せる6

 The optimist sees opportunity in every difficulty. 

 楽観主義者はあらゆる困難の中にこそ好機を見つけ出す。


 クラウシュベルグ領 フォールス邸


 リーテラの一日の始まりは手紙の確認から始まる。

 屋敷の正面玄関の直ぐ横に置かれている木製の郵便受けを鍵を開けて中を取り出す事から始まるのだ。

 重要書類に関しては直接父のダールトンが勤めている職場に直接届くか、秘書が持参するためそこまで高レベルの機密書類は混ざっていない。


 しかしながら本来これはフォールス家に勤める侍女の仕事の筈である。

 案の定後ろからパタパタと慌てて走って近づいてきたフォールス家の侍女である少女、ニーナがリーテラへと声をかけた。


「リーテラ様、私どもがやりますのでお部屋でお待ち頂ければ……」

「えへへ、いーのっ。私が好きでやってるんだから。それとニーナ、様付けはやめてっていったでしょー」


 小さな両手にいっぱいの手紙を近くのテーブルの上へと置き、そして椅子へと座るリーテラ。

 うぅ、と泣きそうな顔のニーナを他所に手紙の仕分けを始める。


「これはお母様、こっちはお父様ー」


 宛名に書かれている名を読み取り仕分けるリーテラ。そも、リーテラが何故こんな事をしているかというと週に1回は来る兄であるスオウの手紙を見るがためだ。コンフェデルスに居たときは2月に1回くれば良いくらいだった手紙だが、中央都市ヴァンデルファールの魔術学院に入学してからはほぼ週一で手紙が届く様になった。それをリーテラは楽しみにしているのだ。


 当然週に一回なので毎日手紙のチェックをする必要は無いのだが、それでもリーテラは毎日チェックしていた。

 そして無かったらしょんぼりと落ち込むのだ。それを見るのがニーナは心苦しかった。だが生憎と今日はそのしょんぼりと落ち込んだ顔を見る事も無い様だ。手紙に埋もれていた3通、リーテラへ向けたもの、父と母に向けたもの、そしてロイドに向けたものの3通。それを確認したリーテラは満面の笑みを浮かべ、その自分に向けられた手紙を大切に胸の中に抱きしめ、残りの手紙の仕分けを放り出して部屋へと駆け出す。

 

 ――が、


「リーテラ様、お手紙の仕分け作業が終わってない様ですが?」

「あっ、ル、ルナさん……。えっと、でもお兄様の……」

「スオウ様がどうかされましたか? スオウ様は途中で仕事を放り投げる様な事をお許しになられるでしょうか? 私どもの仕事ではありますが、リーテラ様がやると仰られた仕事を途中で放り投げる様な事をされたらスオウ様はどう思われるでしょう」

「う、うぅぅぅ……」

「ニーナも途中で注意しなさい、何の為に貴方がいるのですか」

「う、す、すみません」


 ぺこぺこと頭を下げるニーナに涙目で手紙の仕分けを再開するリーテラ。忙しいフォールス家の週に一回ある恒例の朝の行事でもあった。

 

 ○


 中央都市ヴァンデルファール ストムブリート魔術学院


「ちっ、アイツ何様だッ。いきなり来て仕切りやがって」

「よせよジル、取り敢えず場が収まったんだからいいだろう? あのままじゃ結構洒落になってなかったと思うぜ」

「そうは言うがな! アイツ勝手にチームまで決めやがって一体どう言うつもりだっ! 加護持ちがチームに居るか居ないかで対抗戦の勝敗に大きく関わるだろうが」

「まぁ、そうだけどよ。アイツも言ってたが加護持ちが対抗戦に出る事は無いし、加護持ちが入ったチームは別の課題を出される可能性が高いって言ってただろ? 確かに一理あると思うぜ、如何考えでも加護持ちが出れば出来レース、まぁ、妥当っちゃ妥当だろ」

「くそっ」


 舌をうち乱暴に備え付けられていた机を蹴る少年。名をジルベールと言った。

 端正な顔を僅かに歪め、目にかかるブロンドの髪を乱暴にかきむしり、苛立ちを隠そうともしないで悪態をつく。


「けどまぁ、アイツが加護持ちと組んだ訳じゃねーし。そんなに目くじら立てなくても良いと思うけどな。問題は組んだ連中だろ? カーヴァインとシュシュ、あとロッテとか言ったっけか」

「ッ、まぁそうだな。アイツの事はもういい、加護持ちと組んだ連中は、最初の二人は同じAクラスだ、今後の成績次第だがそれよりもBクラスの奴が混ざってるってのはどう言う事だ? 巫山戯てるのか?」

「そう熱り立つなよ。どっちにしたって加護持ちが了承してるんだから俺達に出来る事は何にも無いだろう? 学院側へのチーム申請も受理されちまってるしよ」


 肩を竦めてジルベールの怒りを鎮めようと先ほどから諭すのは同様のブロンドの髪を短く刈上げた少年。名をロイク。ジルベールと同郷であり、所謂幼馴染みと言われる間柄であるが、実際はジルベールは貴族の子息であり、その従者の様な立ち位置に立っている。とはいえロイクはそれに不満がある訳でもないのだが。


 ジルベールが不機嫌になっているのには理由がいくつかあるが、その中の一つに父より加護持ちとの親交を深めろ、という指示があったというのもある。とはいえあまり露骨にはするなとも言われているのでこれはこれで言い訳が立つので問題は無いのだろうが、その原因が何処の誰とも知らない馬の骨に場を仕切られて関係を深める機会を逃しました、となれば話は別である。


「ん? そう言えばあの男、スオウ・フォールスと言ったか……。フォールス、フォールス。……フォールス家、クラウシュベルグのフォールス家か! あのクラウシュベルグ領の商家だったな」

「あーそうか、どっかで聞いた名だと思った。蒸気船の件で一時期話題になったな。どうすんの? クラウシュベルグ領に手を出したらさすがにまずいぜ、グリュエル辺境伯に睨まれたらさすがに、な」

「そんな事はわかってる。加護持ちの同郷だな、と思っただけだ。それで知り合いという事か」

「なるほど、そう言う事ね。んで、どうすんの? 下手に手を出すとやばそうだぜ? あの後突っかかった奴も見事に引き下がったし」

「ちっ……」


 チーム決めを勝手に決めたという事で不満に思った生徒は少なく無い。

 その中でも割と血気盛んな連中がスオウへと詰め寄るのも当然の話で、それに対してスオウは、


『あぁ、丁度良かった。加護持ちと組もうと考えられてる優秀な方々と少しご相談がしたかったのです。今回は私の独断で大変申し訳なく思ってはいるのですが、あのまま放置していては皆さんの学業に差し障るかと思いまして。それと皆さんにお聞きしようと思っていた事が、実は私もわからない点がありまして。無知な私にご教授頂ければと思うのですが、魔素利用に置ける魔術刻印媒体において、貴金属の発動利幅についてなのですが金が一番高レベルでの伝導率を誇ると言われているのはご存知かと思います、ですがこの魔術方式を用いた場合伝導率は著しく落ちると考えられると思うのですが如何でしょう。

 当然武器利用を含めた観点で検討した場合はまた別の考えがあるかと思います。其の為ルフニルの方程式とホーエン式魔方陣を用いた場合それに対しても対応可能と考えたのですが、レントルズ魔術理論を用いた上でどう思われるか教えて頂ければと』

『い、いや、それは、だな……』

『ルフニル方程式が問題ですかね。しかしホーエン式魔方陣を用いれば問題ないかと思いますが如何ですか?』

『す、すまない。急用を思い出した、また後で話をしようじゃないか』


 顔を引きつらせて引き下がる生徒達。

 とりあえずスオウに話しかける連中もその日を限りにガクリと減ったのは言うまでもない。


「さすがは学年主席と言いたい所だね」

「褒めている場合かっ、くそ、気に入らん。まぁ、いい、クラウシュベルグ領に手を出すのはまずいが、あの男個人であれば然程問題ない、違うか?」

「学内の揉め事、で済む範囲なら問題ないかもしれないけどね」

「ふんっ」


 肩を竦めて返事を返すロイクに不機嫌な顔を隠そうともせずに鼻を鳴らすジルベール。

 先の件、スオウの行為によってその後アルフロッドにせよ、リリスにせよ、彼と組もうとする事はつまり、自分達の学力にものすごく自信があるか、あるいは自分達は加護持ちにおんぶに抱っこされるヒモです。と明言している様な物である事になってしまった。

 それでも構わないというヒトも居るだろうが、そういう連中や、元よりもし出来れば、程度の考えの奴らは最初のアルフロッドとリリスのぶつかり合いの余波でビビってしまって声をかける事もしない。それなりに頭が回る連中はスオウの言った試験内容が変わるだろうという事を推測してリスク計算をし、普通にチームを組み、そしてジルベールの様に親の都合で加護持ちとの関係を望む連中は二の足を踏む事になってしまった。


 実際は今現在チームを組んだとされるカーヴァイン達の面子は可もなく不可もなく、そして彼らの政治的背景もそれほど強くは無い、むしろ皆無に近い。そういった点から見ても他の牽制をしていた生徒達も親、ないしは加護持ちの関係を望む者達からも妥当な所だ、と判断されたのも強い。下手に他所に持って行かれるよりは力の持たない奴らの元に居た方が良いだろう、という判断だ。そこにスオウからのささやきがあったかどうかは本人達にしか解らない事ではあろうが。


 そして残ったのは、スオウに対しての敵愾心を燻らせる奴と、そして女性陣。加護の血を入れたいと考える者は多い。故に、アルフロッドの一番傍に居るライラに対して嫉妬と敵愾心を燃やす連中だった。


 ○


 学年主席である、ということを知られたからだろうか。微妙な表情でチームに入ってくれないだろうか、的な雰囲気を出す連中が居ない訳ではなかったが。教室内でやらかした立ち回りのお陰であれ以来自分の周りに微妙な空白地帯が出来ていた。その事に都合がいいと思いつつも、微妙な疎外感にため息を吐きそうになる。

 そして入学式初日が終わり、チーム編成もクラスの殆どが完成しつつある中、自分達スオウとスゥイの二人だけ未だ決まらぬ状況にスオウ、ではなくスゥイがため息をついた。元々二人でも良いか、とは言ってはいたがこうまで避けられると思う所が無い訳でもない。思わずスゥイも語尾がきつくなる。が、本題は別にあった。


「いきなり孤立しましたねスオウ。(ライラへの接触は今の所無い様です。しかし明らかに表情に出している連中がいましたが)」

「そうだな……、まぁお前が居ればそれで俺は満足だ……。(表情に出す様な連中は対して問題じゃない。そこはアルフロッドに頑張ってもらうしか無いな)」

「まるで愛の囁きの様ですね。私も貴方がいればそれで満足です、とでも言えば良いのですか? (丸投げですか?)」

「取り敢えず言ってくれるとちょっと元気が出るかもしれない(ルナリア王女の息がかかった連中もライラが傍に居てくれるのを良しとしている。前も言ったがコンフェデルスへの関係としても彼女は政治的バックボーンが無いからな)」

「私も貴方がいればそれで満足です、貴方だけが私の全てです、それだけで私は生きて行けます(コンフェデルスへの配慮にしても、カナディル側の全てが納得してる訳ではないと思いますが)」

「できれば感情のこもらない目で冷たく見下ろしながら、じゃなくて微笑みながらだとより良いんだが(まぁ、そうだろうな。それは俺に対してもそうだろう、むしろ俺に対しての敵愾心の方が強かった様だし、上手く利用できるなら利用したい所だ)」

「それは無理です(ジルベール、成る程、例の設置料を求めてきた貴族の子息でしたか)」


 はぁ、と今度はスオウがため息をついた。風の魔法による連結を切断し備え付けの机にぐてり、と上半身を預け、前を見る。


 使っていたのはアインツヴァルが得意とする風の魔法の応用だ。音は空気の振動を用いて鼓膜を振動させ、内耳の耳小骨を伝わり蝸牛、そして神経を通り脳が認識するが。その空気の振動が一定の場所しか振動しないとすれば音はその一定の場所、トンネルのその通り道でしか聞こえない事になる。

 

 大気中の空気制御、周りに生徒が居る中でスゥイへと繫いだ魔法がそれだった。

 周りに生徒が居る状況で声が聞こえるかどうか、そしてオンオフの切り替えが上手くいくかの試験運用。アインツヴァルほど遠くまでは不可能だったが、数メートルの距離なら可能である事がわかった。要修練である。


「ま、単純にこれだけじゃつまらないからな。上手く使う方法を考えるとするか」

「対象が動かない事が前提の魔法はあまり有用性が高く無いと思うのですが」


 怪訝な表情で返事を返すスゥイに軽く手を振って返事とし、周りを見渡す。


 チーム編成が終わった連中は次の受ける講義の選択に行っており、殆どがもう教室に居なくなっていた。

 この教室も直ぐに次の授業を受ける生徒達が入ってくる事は間違いなく、がりがりと頭を掻きながらスオウも立ち上がる。


 ストムブリート魔術学院では先に述べた様にチーム制度を取っているが、大学の講義の様に、授業の選択制も取っている。その授業を取捨選択し、必要単位を取って卒業するのだ。其の為実はずっとチームを組まなくても卒業しようと思えば実は卒業できる。ただ、チームで参加できる授業と対抗戦で貰える単位が大きいというだけで、ずっと一人でいくのなら、まぁ本人の才能次第ではあるが10年ほどもあれば卒業できるだろう、というレベルである。倍以上、そんな時間はない。


 兎に角現在も5人集まらなかったとしてもチーム編成をとりあえず、で提出し次の講義へと出かけるもの。また、チームから外れ一人受けたい講義を別に受けるものとさまざまだが、実際来年はチーム編成がまた変わっていたりするだろう。相性の合わない奴、合う奴いるだろうし、付いて行けなくて挫折するもの、仲間の成長が遅くて一人突出するもの、そういった調整を取れるのを見ているのもあるのだろうが、正直嫌らしいやり方でもある。だが、逆にその程度で落ちこぼれる連中はこの学院には要らない、と言っている様にも取れる。そしてそれはあながち間違いではないだろう。


「さて、そろそろ時間か」


 殆どの生徒が教室から出て行った後、スオウが首をコキリ、とならして歩き出す。

 授業に行くのではない、今度こそ真っ当な学院長からの呼び出しである。


 ○


 所変わって魔術学院の一角。

 チームの結成の挨拶もそこそこに、申請登録を済ませ、再度きちんとした紹介を、と揃った5人のメンバー。

 アルフロッド、ライラ、シュシュ、カーヴァイン、ロッテの5人は軽食を取りながら自己紹介を行っていた。


 名前と得意な分野、出来る事、程度の話ではあるが、十分に互いの関係は親密と言える程度にはなっていた。

 今回アルフロッドにしても納得いかないチーム決定ではあったが、彼ら以外に真っ当な連中は居なそうだったし、スオウの提案というのが癪ではあるが落ち着いた話をまた掘り返すのも問題だろうと考えた為、その辺りの不満を飲み込み、この場に居た。


 そして話が一段落した終わった後、椅子に座っていたシュシュがすくり、と立ち上がり、とことことアルフロッドの傍に近づいて行ったかと思ったら、がばり、と抱きついたのである。

 

「アル、君……? それ、どう言う事、かな?」


 ピキピキ、という音が聞こえそうな表情でアルフロッドに微笑むライラ、対するアルフロッドは疑問顔だ。


「心地いい魔素、暖かい」


 すりすりとアルフロッドの腰に額を押し付けて目を細め、僅かに微笑むシュシュ。

 その仕草一つ一つにライラの機嫌が急転直下しているのだが、アルフロッドは正直もう勘弁してくれと言いたかった。

 一つ一つ思い直してみればまず、入学初日に婚約騒ぎ、次に教室での半乱闘騒ぎに、その後スオウにはチームを勝手に決められ、そして現在次の日は訳の分からない絡まれ具合と来たものだ。もう、勘弁してくれと言いたい。大事な事なので二回思った。


「あのシュシュさん? ええと頼む、離れてくれ……」


 げっそりとした顔でアルフロッドはシュシュを腰から引き剥がす。


「カーヴァインとロッテも止めてくれよ」


 ずるり、と離れたシュシュを片手で抑え、――とおもったら今度は片手に引っ付いたのだが――保護者であろうと思われるカーヴァイン、そしてその横に立つロッテへと声をかけるが二人はにやにやとこちらを見るだけで何もしてこない、そしてライラの機嫌が更に下がる。最悪だ。


「いやぁ、シュシュがそれだけ懐くとはねー。多分綺麗な魔素なんだろうね、加護持ちって皆そうなのかな?」

「違う、彼特別。澱み、無い」

「ふぅーん、リリス王女は?」

「彼女は悲哀に満ちてる、悲しい魔素」

「……ううん、あんまり深くつっこまねぇほうが良いんだろうな」


 がりがりと頭を掻いてシュシュが言った事に対して深く考えない事にしたカーヴァイン。そしてふ、と思った様にもう一つ疑問をぶつける。


「あー、アイツは? スオウは?」

「……彼はわからない。異質、異端。異端は異常を呼ぶ、異常は不幸を呼ぶ」


 僅かに眉を顰め、告げるシュシュはあまり喋りたく無いと言いたげな様子だ。

 それに対してライラは僅かに驚き、そしてアルフロッドは眉間に皺を寄せた。友人の悪口を聞くのは気分がいい物じゃないな、とアルフロッドは思い、それを嗜める。


「あんまりスオウの事悪く言うなよ」

「あの男、危険。アルフロッド、気をつける」

「うーん……」

「私は結構良いヒトそうに見えたけどねー。カーヴァインに聞いたやり方なんかは個人的には爽快だと思うけど。ま、確かに敵は増えそうね」


 首をひねりながらシュシュの言葉に応えるロッテ。そしてカーヴァインに聞いた内容、アルフロッドとのチーム分けで勝手に決めた事に対して詰め寄られたときの返事だ。彼が言っていた方程式や魔術式は全て学院で習う最高峰レベルの物、少なくともロッテはその名称をカーヴァインに教えられるまで聞いた事すら無かった。そしてそのカーヴァインも名を知っているだけで理解している訳ではない。下手をすれば教師でも正確に答えられるか微妙なラインなのだ。それを入学したばかりの生徒に聞くなんていくらなんでもぶっとび過ぎている。


「ま、とりあえずそろそろ次の授業に行こうぜ? スオウの言っていた通り俺らの試験や授業も変わるかもしれねーしよ」

「そうだなカーヴァイン。迷惑をかけるかもしれねぇけど、頼むわ」

「へへ、心配すんなって! 俺もアンタの力を頼りにしてっからよ。あぁでもよ、あんまり出しゃばんなよ? 俺様の活躍の場が無くなっちまうぜ」


 ニシシ、と笑いアルフロッドと肩を組み告げるカーヴァインにアルフロッドはどこか心地よさを感じていた。

 このヒトは俺を加護持ちとしてだけで見ていないのだと、そう感じる事が出来たから。

 だがそれも矛盾をはらんでいる事にアルフロッドは気が付いていない、いいや、それに気が付いていながら気が付かない振りをしている。


「というかさー、なんでアンタがAクラスで私がBクラスなのよー。マジ納得いかないんですけどっ!」

「妬むな妬むな、実力という物だよロッテ君。もしなんだったら超絶イケ面カーヴァイン様かっこいいって言ってくれても良いぞ」

「超絶ブサ面バカーヴァイン死ねばいい」

「……どうやらロッテお前とは一度しっかりと話し合う必要が有りそうだな!」

「へぇ? やるっての? 良いわよバカーヴァイン」


 すらり、と抜かれる剣、そしてするり、と手に持たれるメイス。

 騎士希望であるカーヴァインと宮廷魔術師希望のロッテ。互いの武器を構えてにらみ合う。当然近接戦闘であればロッテに勝ち目は無いが、なんだかんだ言ってカーヴァインは優しいのだ。女性に本気になれる筈も無く、そしてロッテもそれを理解しているため――


「痴話げんか、先行く」


 その通りかもしれない、とシュシュの言った言葉に頷くアルフロッド、それと同時に思う。


「……なんだかなぁ、スオウとスゥイもそうだが。俺の傍ってなんであんな癖の強いのが集まるんだ?」

「えっ、えっ、ちょっとアル君? それってもしかして私も入ってる? ねぇ? ちょっと、ねぇ!」


 パタパタと白い翼をはためかせながらアルフロッドが言った事に対して抗議しながら慌てて近寄ってくるライラ、左手にシュシュがしがみ付き、そして右手にライラがしがみ付いてきた。周りの視線が痛い、なんでだ俺が一体何をした。


 教室に着くまでのしばしの時間、両隣からの質問と苦情と、苦言と、詰め寄りと、兎に角軽い地獄がアルフロッドを襲っていた。 

 リリスとの揉め事で陰鬱になっていたアルフロッドを覆う空気が無くなった事が唯一の救いであったか。


「まぁ、こういうのも悪く無いか」


 アルフロッドは幼き頃の事を思い出していた。

 あの時は何も考えなくて良かった、スオウと毎朝鍛錬をして、親父と剣の修練をして、クラウシュベルグの商店街で果物を買って買い食いしたり、スオウが実験だと称して作った訳のわからない料理を食べさせられたり。そんな普通の幸せがあった。そして、今ここにもまたそういう幸せがある。アルフロッドはそう感じる事が出来た。


「(今度は、守らないと、な)」


 握りしめた手決意の篭る目、両腕を掴んでいたシュシュとライラが僅かに怪訝な表情でアルフロッドを見るが、軽く首を振って何でも無い、と返す。


 腰に吊るした剣の重さを感じる、この重さは命の重さだ。ヒトを殺した自分の罪の重さであり、そして誰かの命を守る為の力の重さだ。誰も彼も救って、守って、守って守り抜いてみせる今度こそ。

 両腕にかかる重さを感じながらアルフロッドは再度誓う、ルナリアに言われた事、スオウに言われた事、それらを頭の中で反芻しながらアルフロッドは次の授業の教室へと歩を進めた。


 ○


 チッチッチッチ、時計の音が教室に響く。

 うっすらと目を細める。教室の中から外を眺め、僅かに日が落ちてきたその太陽を視界の端に収める。

 木製の窓枠は年季が入っており小さな傷がいくつも付いており、この時代のガラス精製のレベルの問題だろうか、その窓ガラスの透明度はさほど高く無い。正直な所、ガラス自体が相当な高級品の為、それがあるだけでよっぽどなのだが、生憎と宮廷暮らししか知らないリリスにとってはそこに気が付く事は無かった。


 僅かに気怠い、魔法行使によるものではない。単純に精神的な疲れだ。何をやっているのだろう、という自分を蝕む後悔の念だ。

 本当に、一体何をしているのか、と。ああいう少年だという事は最初に会った時にわかっていた、わかっていたのにも関わらず、だ。


 リリスにとって加護持ちとは力に責任を持ち、逃げる事の出来ぬもので、誰かの犠牲の上に立つ力なのだ。

 故に、それを理解せず、そして喃々と生きていたアルフロッドが、その存在が許せないのだ。


 しかし、その結果は初日はそのまま不機嫌のまま終わり、次の日も基礎授業だけ受けている始末。とてもじゃないが誰かと組む気等なれなく、かといってこのまま学生生活を駄目にするわけにもいかず。自分の中のもやもやとしたこの感情の始末が出来ず、ため息をつかない様に佇んでいる事しか出来なかった。


「王女様、お気になさらないで下さい。あの様な野蛮人どもとリリス王女様の様な高貴な方がご一緒できるだけで光栄だと言うのに、ねぇ皆さん?」

「ええ、そうですよリリス王女様。気になさらないで下さい。この学院はあの様な低俗な者だけでは御座いませんから」


 そういえば、と思う。

 スオウ、確かスオウと呼ばれていた少年。くせ毛の黒髪、僅かに目にかかるその前髪とそれなりに整った顔。美醜に関しては幼い頃からの教育も含め知識もあり、そして王城に居る為か、それなりに目麗しい男性は多く見てきた。それこそ、男娼と呼ばれる存在もリリスは知識として知っている。あのスオウと呼ばれた男は別段そういった男娼と呼ばれる男達のように美しい顔立ちをしている訳ではなかった。美しいと言うのならばその隣に立っていた黒髪の少女の方がよっぽどだろう。だがしかし、少年の纏う雰囲気は異質だった。内心を読み取らせない様なふらふらとした印象、それはたまに見せる感情の抜け落ちた姉上の雰囲気に良く似ていた。その為スオウはリリスの印象に強く残っていた。


「リリス王女様、もしよろしければ私どもと昼食をご一緒して頂けませんでしょうか? おすすめの場所がありまして」

「是非にリリス王女様、エスコートは私どもにお任せ頂ければご満足頂けると思いますわ」


 姉上……? そう、そうだ。スオウ、スオウ・フォールス。思い出した、姉上と誰かが話をしていた時に話題に出ていた名前だ。過去の記憶を探り出し、記憶の片隅にあった名前を引っ張りだして気が付くリリス。僅かに眉を顰め、更にその奥にある記憶を掘り出す。

 あれは、そう、アルフロッド・ロイルがクラウシュベルグで発見され、その後姉上がクラウシュベルグへ向かい、そして戻ってきた時だ。あの時の姉上は楽しげだった、本当に楽しげだった。その楽しげな表情に僅かに恐怖を覚える程に。

 その時から姉上は急に父上に対する態度を硬化させた、いや、正確に言えば加護持ちの運用に関して口を出す様になった。

 何らかの心変わりがあったのだろうか、だがしかしこちらとしては気が気ではない、なにせ、父上の気まぐれ一つで姉上の命は散る。それをすれば私はこの国を許せないだろう、父上を許せないだろう、だからそんな事をするとは思えないけれども――


「あの、リリス王女様? どうかされましたか?」

「リリス王女様? あの?」


 そうしてこの学院への入学が決まった。

 学院の生活は本当に楽しみだった、友人の居ない自分の生活の中で友人が出来る可能性があるこの学院生活は楽しみだった。

 友人、笑わせる。私は王族、本当の友人なんてものはありえない、そして相手側にそんな事を求める事すら酷。結局友人ごっこに過ぎないのだ。そしてそんな友人ごっこですら危うく逃しそうになる。たとえその裏に保身や家の問題、事情があれど、心配してくれているというその行為には違いは無い。


 す、と視線をずらし、先ほどから曖昧に返事を返していた周りを囲う生徒へと返事を返そうとして口を開いた所で――


『ええ、私の客人が来る予定なのよ。それよりリリス、そろそろ入学式が始まるでしょうから行ってきなさい。あまり無茶をしない事、そしてこの時から貴方は王族ではなく一学生よ。4年間長い様だけれど短い時間、好きに生きなさい』


 思い出されるのは姉上の言葉。

 客人、スオウ・フォールス。同じ学院……。

 

「すまない……、あの男、後から教室に入ってきた黒髪の男。場を収めたあの男、スオウ・フォールスが今何処に居るか知っている者はいるか?」


 口から出てきた言葉は、最初に彼女達に言おうとしていた言葉とは全く違う言葉になって現れた。

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