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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
14/67

月の導きと加護の宿命14

 Always do what you are afraid to do.

 いつでも自分が恐れている事を行いなさい。


「ぐ、つぅ……」


 頭の芯が痛い、強制的に叩き込まれた情報が脳に負荷を与え、そしてその痛みをこれでもかと知らせてくる。

 ずるり、と体が崩れ落ちそうになるのを必死で堪え、半場意地で彼女との距離を離す。


 恐らくソレをする必要がないくらいに彼女、アリイアは頭を抑え、震えていた。彼女のトラウマを強制的に叩き起こした様なものだ、さもあらん。だがしかし――


(胸くそ悪い事この上ないな……。あれだけの技量、まともな人生だとは思ってなかったが)

(大丈夫か、スオウ? 人格融合は起っておらぬな?)

(あぁ、たぶん、な。いや、殺しに対しての忌避感が更に減ってる感じは有るな、影響は受けてそうだ)

(やはりか、仕方が有るまい儂が補正を行う故、しばらく無理な負荷をかけるのはやめよ)

(ダブルは?)

(絶対に禁止じゃ)


 まじかよ、と内心で毒づきながらも目の前に踞る彼女から目は話さない。

 というよりも未だ続く頭痛とクラウシュラにはそう言ったものの、今にでもオロソルやクロイスを殺してしまいたいという感情を押さえつけるので一杯一杯であるという現状がスオウをその場に縫い付けていた。

 おそらく俺の持つ奴らの情報と彼女、アリイアの意思が噛み合ってそう感じているのだろうが。


「だが、これで――」


 ぎちり、と剣の柄を握る。

 見た記憶とは違い、これは写した記憶。今度こそ本当に彼女の動きが出来る。

 それもこの体に合った適正の動きを。そして経験も、だ。


 本職と比べれば劣るだろうが、こちらにはキリング・マリオネットがある。これで勝負は決まった。

 どちらにせよアリイアは精神的な衝撃を受けている筈だ、一気に今までの記憶を全て洗い流され再度見せられた様な感覚に陥っている筈。クラウの言う事をそのまま真に受けるならば、だが。どちらにせよその分野で嘘をつく必要性を感じないためその信頼性は高い。故に、スオウはまだ余裕が有ると思っていた、目の前に踞るアリイアがゆらり、と立ち上がるまでは。


「――あぁ」


 その口から漏れ出る声は怨嗟に濡れている訳でもなく、かといって無感情という訳でもなく。

 そう、言うなればただ、答えたかっただけなのか。問われぬ問いに答えたかっただけなのか。


 幽鬼の如くぶらりと両腕を垂らし、顔は俯きその表情は伺えず、そして髪は僅かに乱れている。

 自身の血ではあるが、その返り血は僅かに乾いている点もあるがまだその色を保つものも有り、夜の月の明かりに照らされ妖艶にぬらりと光る。

 そうしてゆっくりと俯いていた顔があがる、ゆっくりと、ゆっくりと、まるで愛しき相手に会えた事を喜ぶが如くの笑みを浮かべて。


 ただ、その両目からはつぅ、と一雫の涙が――


「あぁ――」


 その言葉は自身への肯定か、それとも自身への虚偽か。

 今の現状を、今の状況を、やられた行為を理解して納得したときの答えか。

 あげられていた顔の目がゆっくりと閉じられ、その仕草と同時に瞳にたまっていた雫がまた一つ溢れる。


 ぽたり、と地面へと落ち、その雫は直ぐに土の中へと吸い込まれて行く。

 まるでそこには何も無かったかの様に、そんな事実は無かったかの様に。


「私は……」


 ただ、ただ朗々と語りだす。聞いて欲しかったのだろうか。それともただ言いたかったのだろうか。

 その目はスオウを映していない、ただ虚空を見つめている。


 がくり、と肩が落ちる、それは動作の一手順。

 “彼女の技”を奪ったスオウだからこそわかる、その技の初期動作。半身に構え、そして曲刀の切っ先は僅かに地面へと突き刺さる。

 そしてそのままゆっくりと腰を下ろす、そう、まるで剣を地に刺し、それに許しを請うかのように頭を足れてまるでバネの様に体を沈ませて行く。


「まぁ、そうだよなぁ」


 その仕草をぼんやりと見つめながらスオウが一人自嘲する。

 その仕草から放たれる技は彼女が死地で生み出した最強の一撃。ただ相手を殺す為だけに生み出した彼女の技の極地。

 もはや手心なんて望むべきも無い、だがそれも理解する。逆の立場なら俺も同様の事をしただろうからだ。


「勝手に記憶を覗いたからな、恨まれるのも当然、か?」


 答えは無い、ただミチミチミチミチとなにかが撓る音が聞こえる。

 その音と仕草にスオウは剣を構える。


 トン、と軽く地面に切っ先を突き刺し、そして彼女と同様に腰を落とし半身に構え、頭を足れる。


(――スオウッ、貴様何をしておる!)


 全身の身体強化魔法をかけ直す、ただただ深遠に潜るかの様に意識を深く深く沈ませながら。

 ただの一撃の為の儀式の動作、二人の仕草それは鏡写しの様に見えて、どこが幻想的にも映る。


(奪った事に対しての対価を払う必要が有る。そうだろう? そうでなくてはいけない、スオウ・フォールスは●●●●はそうでなくてはいけない)

(馬鹿を言うな、人格剥離が終わっておらんのだぞ!)


 頭の芯が冷えて行く、ゆっくりゆっくりゆっくりゆっくり、ただ目に映る世界に彼女だけを写して。


 奪う事は忌避する事だ、それは何より自分が最初に行った事だから。


「さぁ、コレで最後にしよう。アリイア」

(よせ! スオウ!)


 ギリ、と二人の動きが止まる。クラウシュラの声が遠くなる。

 放たれる必殺の斬撃、それはまるで閃光の様で――


 ――朱殺


 そして同時に弾けた。


 私は本当は誰も殺したく無かったんだ。ただそう呟く彼女の声を聞きながら。


 ○

 

 朝日が上がるまで後僅か、残り時間の少ない中でシュバリスとフィリスが救助活動を行っているさなか。

 領主邸の一室、領主が居る寝室で一人の影が立っていた。

 がちゃり、と静かに開けられた扉の方へ視線を向けたその影は、入って来た相手を見て僅かに目を見開いた。


「いや、こりゃまいったねぇ……」


 影、その一人の男が呟いた。

 片手には短剣、その剣は血に濡れており、ぽたりぽたりと地面へとその雫を落としている。

 その横に転がるのはクラウシュベルグ領主、オロソル。


 心の臓を一突きされて絶命している。その手際を褒めるべきか、この状況を訝しむべきか悩む所では有るが、生憎とそんな暇はない。

 そう思い、スオウ・フォールスは血に濡れた自身の顔の半分を袖で拭って目の前に居る男を睨んだ。


「いや、ほんとまいったねぇ、鮮血をこうも早く倒してくるとは。君は一体何者かな?」


 ポン、と血に濡れた短剣が舞う。くるくるくるくると両手を使って器用にジャグリングする男。

 気が付いたらその短剣は一つ、そして二つ、三つと増えて行く。


「俺もアンタの正体が知りたい所だ、是非雇い主に感謝の一つでも述べてやりたいものでね」


 ぽたぽたと自身の袖から落ちる血を気にもせずに話をするスオウ。

 全身を覆う疲労感が生半可ではないが、それでも正面に立つ男に警戒は忘れない。

 

「自己紹介は互いの関係を円滑に行う為にもとっても大事な行為だけどー、まぁなんだ? 死ぬ相手にしたってしゃーねーよな?」

「それは確かに、同意しよう――!」


 互いの言葉と同時に、短剣が彼の手から消える。死角から抉る様に飛んでくる短剣を躱し、そして同時に全身をバネの様に使い、相手へと迫るスオウ。だらりと垂らした剣が陽炎の様に揺らめき、そして銀線が走る。


「ぅぉいっ」


 ちり、と男に剣が擦る。僅かに裂かれた腕には赤い線。


「こりゃーまいったねぇ。この数日間で一気に強くなってやがる、まじアンタ何もんなの?」


 問いかける男に対するは再度の剣戟。

 しかしスオウももはや疲労困憊、唯一の幸運はアリイア程の腕をこの男は持っていない事だろうか。

 だがしかし今のこの状況のスオウならば倒す事は厳しい、隙を伺いながら部屋を駆け巡る男を追うスオウはそれを明確に認識していた。だが――


 数合、そしてついに状況は傾いた。

 がくり、と男が膝をつく事によって。


「――あ、れぇ……?」


 ようやくか、とボソリとスオウは呟いた。

 どうでもよさげに、面倒事の一つがようやく片付いたとでも言いたげに。


「お前に一つ良い事を教えてやる」


 ゆらり、と剣を揺らしながら男に近づきながら朗朗と語りだすスオウ。

 片膝を付いてこちらを睨む男への警戒は忘れていないが、それでもその歩く速度と剣の構えから先ほどの臨戦体勢からはほど遠い。

 そして数歩先、剣を振るえば届く距離まで近づいたスオウはそこで留り、ゆっくりと剣を横に振る。


「なるほど……、毒か」


 その事実にようやく気が付いた男はスオウに持つ剣を睨み、呟いた。

 横に振られた剣は部屋の光によって僅かにぬらり、と光っていた。


「格上と戦うのに準備を怠る訳が無いだろう? 馬鹿なのか?」


 その言葉にくつり、と笑う。

 ごもっともであり、何も言い返せない自分にくつりと笑ったのだ。自嘲の笑み、10歳と油断していた自分が一番この場で愚かだった。踊り手のオロソルを馬鹿にしていた自分すら滑稽に思える程の失態。


 だがしかし、問答無用で毒を用いるその手段にも頭が下がる。


「いやぁ、参りました。この勉強代は、いずれお返ししますよ」


 とはいえここで捕まる訳にも行かない。全身を覆う倦怠感から想像するに麻痺系の毒だろう。

 幸運にも傷は浅く毒はそれほど回っていない、であるならば――


「逃がすと思うか――!」

「こちらにもプロの立場というものがあるのでねぇー!」


 同時に動く二人の男、情報を吐かせる為に捕らえる必要が有るスオウと、逃げれば良いだけの男。

 各々が持つ事情がその勝敗を分けた。


 振り下ろされる剣の前に態と顔をさらけ出した男は、忌々しげにこちらを睨みながら剣線を逸らすスオウに笑みを浮かべ。手に持った短剣を自分の手に刺す。驚愕の目に彩られたスオウだが、男がその傷口から溢れ出た血を腕の腹になぞる様にして動かすと同時に浮かび上がった刻印を見てさらに目を見開く。


「ちぃ、転移刻印――!」

「お先に失礼させてもらいますよ」


 バキリ、と男の足下に淡い青い光の文様が浮かび上がり、そして一瞬。

 閃光とともに男の姿は消えていた。


(正気の沙汰ではないのう、腕に転移刻印を刻むとは。刻むときの激痛もそうじゃが使用後はおそらく使い物にならんぞあの腕)

(秘薬をがぶ飲みすれば行けるだろうが、費用対効果度外視にしているな。その後のリハビリもシャレにならん。精神的な面も含めだが。しかしあれならば武器を取られたとしても脱出は出来る、か)

(……真似をするではないぞ?)

(生憎と費用対効果は重要視してるのでね)


 そうしてため息をつく。

 結果は予定通りだが過程はもはやぐちゃぐちゃだ。

 何よりあの男を逃がしたのが痛い、だがしかしスオウはそれほど悲観していなかった。

 倒れているオロソルへと近づき、首元に手を当てる。そしてスオウは僅かに笑った。


(まだ暖かい、となればいけるな)

(ちっ、一日に2回は無理が有るぞ)

(自意識の失った者相手なら負担は少ないだろう?)

(儂は人格融合を心配しておるのじゃ)

(なに、デバックは信頼してるさ)


 その言葉と共にスオウはうつぶせに倒れていたオロソルを仰向けに転がし、額を近づける。

 そして告げる。


「写せ、クラウシュラ」


 ぎしり、と頭の芯が軋む音と同時に、死体の為か断片的では有るがその記憶が流れ込んで来た。


 ○


 クラウシュベルグ メディチ家 客間


 凡そ20畳程度の部屋、壁側には調度品が飾られており、それほど華美ではないが見るものが見ればそれなりに高級なものが並べられている。壁には絵画が飾られており、正面にはカナディル連合王国の国旗とクラウシュベルグ自治領の旗が対に飾られていた。


 中央には木製の長テーブル。金細工が施されたそれは趣が有りながらも高級感を併せ持ち持ち主のセンスの良さを伺わせる。


 その机に沿って並べられた椅子の片側に一人の女性、その様相はまだ若干ながら幼さを残しながらも美しく、そして独特の雰囲気を持っていた。片側だけ意匠の凝らした髪留めで止めたその独特の髪型は目を引き、それでいてその意思の篭った目は何も言わずともヒトを引きつける力を持つ。その後ろには二人の兵士、いや護衛が立っている。

 そしてその反対側には一人の優男、赤黒髪を綺麗に撫で付け、穏やかさを思わせる緩やかなウェーブを伴う眼鏡をかけている。薄らと浮かべた笑みは警戒心を緩める効果を持つが、知るヒトが知ればその胡散臭い笑みに眉を顰める事だろう。

 その隣には筋骨隆々の片目、片腕の金髪の男。歴戦の証かの様な古傷はその顔にも薄らと浮かんでおり、この様な場所には慣れていないのだろう、そもそもが隣の優男が気に入らないのかもしれないが、顔には笑みではなく不満げな渋顔。


 言うまでもない、ルナリア・アルナス・リ・カナディル、そしてカリヴァ・メディチとグラン・ロイルである。


「まさかルナリア様がご視察にいられるとは、何もご準備出来ず大変申し訳ございません。粗野な場所では御座いますが、ご滞在中は何なりと申し付け頂ければ幸いです」


 深々と頭を下げるカリヴァ、そしてその横には僅かに眉を顰めるが、警戒心を出すグラン。

 その仕草にルナリアは僅かに微笑えむ。


「お気になさらず、何より突然の訪問だったものですから。早朝にもかかわらず対応して頂けた事だけで感謝ですわ」


 頬に手を当てて告げるルナリアは王族らしくとても優雅な仕草だ。

 白魚のごときその細き指、整えられた造形に赤く入ったルージュが年相応には思わせず、十分な大人にも見せる。

 だが生憎と対する二人はそう言った事で揺らぐ様な相手でもなかった。


 クラウシュベルグ製の茶菓子を出し、舌鼓を打ちながら数度の会話を交わした後、我慢が出来なかったか、ついにグランが問いかけた。


「その、だ。姫さん、今日は一体何の様だ?」


 聞くものが聞けば不敬とも取られる発言だが、それに対してもルナリアは僅かに微笑んだだけだ。

 元々グランとは知らぬ中ではない、当時5歳であったためそれほどはっきりと記憶している訳ではないが、国軍最強の男、第一王女との交流が有っても不思議ではない。故にグランも少々油断していた所も有りこのような言葉遣いになったのだろう。


 横に座るカリヴァがこの脳筋が、と内心思っていたりするのは隅に置いておくとして。


「ふふ、せっかちな男性は嫌われますよ? と、言いたい所では有りますが、私もそれほど暇ではありませんので本題に入らせて頂きましょう。グラン・ロイル、貴方の息子、アルフロッド・ロイルを国で保護したいと思っております、当然グラン・ロイル貴方の事も同様に」


 まさに直球。

 無駄な駆け引きも何も無く、ただ告げて来た。いや、コレはもはや確定事項だと言わんばかりの発言だ。

 これに眉を顰めたのはカリヴァだ。グランは来るべき時が来たか、と軽く目を伏せるだけでは有ったが。


「しかしながら、アルフロッド少年はまだ10歳です。急激な環境の変化は本人にとってもあまり宜しく無いかと。こちらにも友人がいますし」


 そう告げたのはカリヴァ、自分でも言っている事に無理が有ると思いつつもそう告げる。

 場合によっては他人の家庭に口を出すなと言われそうな発言では有るが、それにもルナリアは僅かに微笑むだけで答えを返す。


「ですがこのままクラウシュベルグに居ればいらぬ問題を引き起こすのではないでしょうか? こう言っては大変失礼では有りますが、加護持ちは力を呼びます、それが幸か不幸かの判断は彼らに選択出来るものではない」


 言外にその友人を不幸にしたいのかと告げるルナリアの言葉にグランはため息を吐く。

 正論だ、そもそも俺の考えが甘かったのだから、と。事実アルフロッドは領主軍を壊滅させている。

 これが表沙汰にされればクラウシュベルグで立場は無い。


 領主軍の兵士とてヒトだ、そしてクラウシュベルグに家族が居ない訳ではない。


「しかし別にクラウシュベルグを移る必要は無いでしょう? 今回の騒ぎの事をおっしゃられるのでしたら領主様の暴走に過ぎません。その辺りの整理をして頂ければ」


 貴族連中のせいだ、とは言わない。それを言えば国の管理能力を疑う事になるからだ。

 まぁ、カリヴァは疑っているので別段問題は無いのだが、それを王女に言うのは問題だろう。


「私としては穏便にお願いしたいのです、クラウシュベルグの民に配慮して。このままでは自治都市が加護持ちを保有して渡さない、と取られても仕方が有りません。そうすれば次に動くのは国軍です。私としてもそれは避けたいのですよ」


 憂鬱な顔をして告げるルナリア、その言葉にカリヴァは僅かに目を細めた。

 恐らくこのままでは決定的な止めになる、故に、カリヴァはカードを切る事にした。


「しかしですね……、このクラウシュベルグの立ち位置を考えますと。帝国の侵攻ルートになるのではないですか?」


 告げられたその言葉、今度はルナリアがぴくり、と眉を動かした。

 クラウシュベルグは海沿いの街ではあるが、それ以外にも帝国からの侵攻ルートの一つとも考えられている。

 当然上には辺境伯がいるし、子爵領も有る為相当な事が無ければクラウシュベルグまで来る事は無い。

 だがカリヴァが言ったのはそう言う事ではない、クラウシュベルグに居れば、北に位置する辺境伯と子爵のフォローに回れるという事だ。


 つまりそれは戦争の道具、国の守り手と使う事には変わりがない。


 その事を理解したルナリア、だがしかし――


「帝国の守りはグリュエル辺境伯にお願いしていた筈ですが? まさかその力を疑われると?」

「まさか、そんな事は有りません。ですが何事も備えは必要ではないか、と」

「過剰すぎる備えは相手に対して刺激になります、何事も限度が有りますわ」

「しかしながらグリュエル辺境伯も無いよりは有った方が、それに辺境伯領に住まわせる訳では有りません、距離も有りますしそれほどでは無いかと」


 ようやくここに至ってグランもアルフロッドが利用されている事に気が付いた。

 隣に座るカリヴァを締め上げようと一瞬思うが、だがしかしクラウシュベルグに残すにはこれしか手が無いのでは無いかと思い、留まる。だが同時にどちらが正しい事なのかはわからなくなっていた。


 どちらにせよ3人ともアルフロッドの意見等聞こうともしていないのだが。


 カリヴァの狙いは明白だ、クラウシュベルグに加護持ちが居れば辺境伯も子爵も力を借りられるし、何より立場も変わる。

 問題は自治都市が所有している事による国軍出動だが、それも辺境伯の庇護下に入れば国からはそれほど圧力がかからない。


 これが先日カリヴァが辺境伯と取引した内容だ。

 そしてもう一つこれが成功した際、カリヴァの立場を変えてもらうというのも。


「困りましたねぇ、ええ、本当に」


 ふぅ、と儚げにため息を吐くルナリアだがその目はカリヴァの真意を見抜いていた。


(グリュエル辺境伯は、そうされましたか。私が交渉に失敗しても私側であるグリュエル辺境伯が加護持ちを所持できる、と。おそらく宮廷内でリリスを保持している私に力が集まりすぎない様に配慮してくれましたね。とはいえ自治都市に加護持ちを所有する事を認める前例を作る訳にもいきませんし……)


 自治都市に加護持ちを認める前例を持たせればその後に起る事は明白だ、下手をすれば内乱、国家に相当する力を所持する事による増長。余計な火種は作りたく無いと思うのは当然だった。


(ガウェイン辺境伯の脛は得ましたし、まぁ、それはそれでいいのですが……。落とし所をどうしましょうか)


 ガウェイン辺境伯の脛、それは加護持ちを国に報告しなかった事、茶番とはいえ襲撃を仕掛けた事。

 これはもはや加護持ちを個人所有しようと動いたと取られても仕方が無い行為だ。

 王の意向を聞かず、軍のトップの指示を聞かず、もはや状況証拠は揃いすぎている。


 クラウシュベルグでは上手い情報操作でそういった流れにならなかった様だが、他の街、国全体からどう見られるかは明白だ。

 恐らく握り潰すつもりだったのだろうが生憎と十分に話は入って来てる。この程度で隠しているのだと思っているのならば愚かにも程が有る。


 まぁ、恐らく……、バレても構わないと思っている可能性もあるが。


 その点に至り、ルナリアは内心で舌を打つ。

 国王の影響力が低下している良い証拠となるだからだ。やはりこれはどちらにとってもダメージの大きい札となるだろう。


 どちらにせよ現状、このまま自治都市に保有させるわけにはいかない、と話を続ける。


「先ほどの帝国に対するは理解出来ましたが、しかしながらそれは別にクラウシュベルグでなくても良いのではないですか? 例えばそうですね、中央都市ヴァンデルファールでも良いのでは?」

「えぇ、確かにそれでも問題は有りませんが、しかしやはり10歳の子供、友人が居た街に居させてあげるのが人情ではないでしょうか?」


 その言葉にルナリア、そしてカリヴァは内心笑う。

 数十人、百人近いヒトを殺しておいてその家族が居るであろう街に住まわせる事が人情だと? と。

 だがそれを言えば加護持ちが自国民を殺した事の証明にもなる。


 ルナリアはそのカードは最終手段にするつもりだった。

 それを使えばアルフロッドは拘束される、国という鎖に。

 ルナリアは極力自身の立場から見た場合の自主的な協力を願い出て欲しかった、それは今後の互いの関係にも影響する事なのだから。


 そしてルナリアはその種は十分に撒いていた、クラウシュベルグに流れた噂で、アルフロッドが自然と居づらくなる程度には。


 カリヴァはその事実に気が付いていた。

 故に、その最後のカードを切られない程度に譲歩し、そしてこの街に居てくれる事を望んだのだ。アルフロッドの心境を別として。


 極端な話辺境伯としてはルナリアが言った通り中央都市ヴァンデルファールでも問題は無いだろう。事帝国のバックアップとしては。

 辺境伯の手がかからないが、中央都市は直轄領故にルナリアの力も使える。


 しかし辺境伯としては2番手の候補に過ぎない、なぜならば宮廷の面倒事まで降り掛かる可能性が無いとは言えないから。


(しかし、グリュエル辺境伯も自治都市に所有権を認める危険性を良く理解している筈、ならばなぜ……、いや、まさか)


 ふ、と思いついた可能性。

 あの男ならやりかねない、だがしかしそれは目の前のカリヴァも言える筈も無い。

 恐らくグリュエル辺境伯はこの領地を自治領ではなく子爵領か男爵領にするつもりだろう、と。

 現にこの都市の発展は著しい、距離が遠いのだけがネックではあるが。しかしそれは辺境伯の権力の範囲を逸脱している。それは国王のレベルだ。故にそんな事はカリヴァも言える訳が無い。


 だがこれで落とし所が見つかった、無難なのは一時的にグリュエル辺境伯、あるいは中央都市ヴァンデルファール、最悪私の所でも良いが、そこで保護、その後クラウシュベルグ男爵領あるいは子爵領に返却と言った所か。


 少々ルナリアに旨味の無い話では有るが、この場はグリュエル辺境伯の顔を立ててやるべきだろう。

 そう考えたルナリアはカリヴァへと話す。


「そういえば、今回の騒動、領主の独断専行と聞きましたが、本当ですか?」


 唐突に変わった話の流れにカリヴァは僅かに目を細めるが、消して表に出す事無く話を続ける。


「えぇ、はい。勿論です、こちらに攻め入って来た者は不明ですが……。どうやら加護持ちを“保護したかった”様で。それに抵抗して領主軍を出した様です、どうやら相当な金で売るようだった様ですので」


 そうカリヴァは嘯く、沈痛な顔をしながら。

 それは奇しくも領主であるオロソルが計画した内容と同様だった。


「そうですか、“保護しようとした者”は何者かわかりませんが、“私”が直接調べておきますのでお気になさらず。しかし、抵抗した領主軍も不幸ですね……。領主も共に出られて討ち死にされたと聞いております、しかし金で加護持ちを取引しよう等と、許される事では有りません、クラウシュベルグにその様な者が居たとは、領主“だけで”あると信じていますが」


 そう言って悲しげに目を伏せて嘆くルナリア。

 その言葉にカリヴァ、そしてグランまでも眉を顰めた。


 金で加護持ちを取引、何を飄々と、と思うがそれ以上に領主の件を疑問に思う。


 共に……? いや、そんな話は……。


 だが瞬間カリヴァは理解した、結果がどうあれ、交渉の流れがどうであれ、オロソルは死ぬ結末だったのだと。

 

 クラウシュベルグが所有する場合は加護を守る為に死に。

 クラウシュベルグが手放す場合は加護を売る逆賊として死に。

 

 ある意味、汚名を被せられないだけマシだったのかもしれない、と思うカリヴァ。

 彼の所行を知らない訳ではないが、どこまでも利用されるだけのピエロだったのだと思うと僅かながらも同情しない訳ではない。


「えぇ、残念ですが……。どちらにせよクラウシュベルグはこれから大変な時期になるでしょう。少々頭が痛いです」

「それはなんとも、私がお手伝い出来る事が有りましたら言って頂いて構いませんよ」

「それは有り難い、感謝の言葉も御座いません。もし何か有れば是非にお願いします」


 そう言って頭を下げるカリヴァ、急に変わった話にグランは訝しげに二人を見るが、そこに映るのは僅かに微笑みを浮かべるルナリアといつも通り飄々とした表情のカリヴァだ。


 これで後はアルフロッドを一時的に研修などといった名目、あるいは国王への顔見せでも構わない、適当な理由をつけて一時的に場所を移せばとルナリア、カリヴァが互いに考えた所で――


「な、なんだ貴様らがっ――」

「ごっ――」


 扉の前で音が鳴る、固いもので何かを殴った様な鈍い音。同時に崩れ落ちる音が聞こえる。

 ここまで聞こえれば明白だ、恐らく扉の外に立っていた衛兵が襲撃を受けた。


 一瞬で緊迫した状況になる客間、ルナリアの後ろに控えていた二人の兵士が身構えた瞬間、扉が一瞬にして開かれ、赤い髪が宙へと踊る。机の上に足が付いたと同時に疾走、ルナリアを飛び越えて構えていた二人の兵士を地面へと叩き付ける。


 ルナリア狙いだと思ったのが仇となったか、一瞬の隙をついた見事な早業。そのまま地面へと叩き付けると同時に首を絞めた赤髪の男に皆の視線が移った瞬間、ルナリアの首にはブロンドの褐色の肌の女性から曲刀が添えられ、そしてカリヴァの首には片腕の女性の短剣が添えられる。


 そしてぽん、と宙を舞う一つの塊。


 どん、と音を鳴らして机の上に転がったのは風呂敷に包まれた丸いナニカ。


 投げたのは一人の少年。

 感情のこもらぬ目で部屋の中に居る者を見つめ、そして告げる。


「土産だ受け取れ」


 ごろり、と風呂敷がはだけたその中、そこにはオロソルの首があった。

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