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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

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第29話 嫌味なエリートS級

 土曜日の夕暮れ。

 明日に控えたS級昇格試験を前に、俺はアパート『ひまわり荘』のベランダで、煙と熱気と戦っていた。


 目の前にあるのは、茜が「回収した粗大ゴミの中にありましたの」と言って持ってきた、ドラム缶を改造した簡易スモーカーだ。

 中に入っているのは、総重量5キログラムの豚肩ロース肉の塊。

 いわゆる「ボストンバット」と呼ばれる部位だ。


「……温度管理が全てだ」


 俺は温度計を睨みながら、吸気口の開き具合をミリ単位で調整する。

 今日の夕食は、アメリカ南部の魂、『テキサスBBQポーク』だ。

 本来なら牛肉が主流だが、今日は豚肉の脂の甘みを最大限に引き出す「プルドポーク」スタイルで行く。


 仕込みは朝、公園から帰ってきてすぐに始めた。

 豚肉の表面に、パプリカパウダー、ブラウンシュガー、ガーリックパウダー、オニオンパウダー、カイエンペッパー、そしてたっぷりの塩と黒胡椒を混ぜた「ドライラブ」をすり込む。

 肉の繊維一本一本に味が染み渡るよう、念入りにマッサージをする。


 そして、低温で長時間、じっくりと燻す。

 使うチップはヒッコリー。香りが強く、豚肉の野性味に負けない。

 庫内の温度は110度から120度をキープ。高すぎれば肉が硬くなり、低すぎれば火が通らない。

 この「ロー&スロー」こそが、BBQの極意だ。


 8時間が経過した今、肉の表面は煙とスパイスが反応して真っ黒な「バーク」に覆われている。

 一見すると焦げているように見えるが、違う。これは旨味の鎧だ。


「……そろそろか」


 俺はスモーカーの蓋を開けた。

 モワッ、と濃厚な燻製の香りと、肉の脂が焼ける匂いが噴き出す。

 肉の中心温度を確認する。90度。

 結合組織が完全にゼラチン化し、とろけるような柔らかさになっている証拠だ。


「完成だ」


 俺は肉塊を取り出し、アルミホイルに包んで休ませる。

 この時間がもどかしいが、肉汁を落ち着かせるためには不可欠だ。


 その間に、酒の準備をする。

 濃厚でスモーキーな肉料理に合わせるのは、ビールでもバーボンでもない。

 あえて、キリッと冷えたカクテルの王様をぶつける。


 『マティーニ』だ。


 冷凍庫でトロトロになるまで冷やしたジンと、ドライ・ベルモット。

 ミキシンググラスに氷を詰め、ジンとベルモットを注ぐ。比率は3:1。俺好みのドライな配合だ。

 バースプーンでステアする。

 氷が溶けすぎないよう、しかし液体が十分に冷えるよう、手早く、静かに回す。

 カラン、カラン……。

 氷の音が心地よい。


 冷えたカクテルグラスに注ぎ、仕上げにレモンのピールを絞って香りを纏わせる。

 最後にオリーブを沈める。

 クリスタルのように透明で、鋭利な刃物のような美しさを持つ一杯。


「……よし」


 準備は整った。

 俺は肉塊をバットに乗せ、女性陣が待ち構える部屋へと戻った。


「お帰りなさい師匠! 待ちくたびれたよー!」

「……炭素とタンパク質の変性反応臭……。強烈な食欲誘発物質です」


 部屋に入ると、ゆき子と瞳が鼻をヒクヒクさせて寄ってきた。

 すず、みのり、しずか、茜も、卓上の皿やカトラリーを用意して待機している。

 ポチは「肉! 肉!」と床をバンバン叩いている。


「お待たせ。テキサスBBQポークだ」


 俺はアルミホイルを開いた。

 現れたのは、真っ黒な隕石のような肉塊。

 だが、ナイフを入れた瞬間、その正体が露わになる。

 表面の黒い皮膜の下から、鮮やかなピンク色の断面と、溢れんばかりの肉汁が顔を出した。


「うわぁっ……!」

「柔らかそう!」


 俺はフォークを二本使い、肉を繊維に沿ってほぐしていく。

 ホロホロと崩れる肉。

 ナイフなどいらない。指で押すだけで崩れるほどの柔らかさだ。

 これを「プルドポーク」と言う。


「さあ、食ってくれ。ソースは特製のBBQソースと、ビネガーソースの二種類だ」

「いただきまーす!」


 号令と共に、肉の争奪戦が始まった。

 ゆき子が山盛りの肉をバンズに挟み、豪快にかぶりつく。


「んん〜っ! スモーキー! 香りがヤバい!」

「……脂が甘いです。長時間加熱することで余分な脂が落ち、コラーゲンがゼラチン化しています。これは飲み物ですね」


 瞳が目を輝かせて肉を咀嚼する。

 すずもしずかも、無言で肉を口に運んでいる。

 野性味あふれる肉の味。スモークの香ばしさ。そしてスパイスの複雑な辛味。


 俺は自分の分の肉を皿に取り、マティーニを一口飲んだ。

 冷たく、鋭いアルコールの刺激。

 口の中の脂を一瞬で洗い流し、ハーブの香りが鼻に抜ける。


「……合うな」


 濃厚なBBQと、ドライなマティーニ。

 泥臭さと洗練。

 対極にある二つが、口の中で奇跡的な調和を見せる。

 これぞ大人のペアリングだ。


「悠作さん、このオリーブも美味しいです!」

「あ、それ俺の……」


 すずが俺のマティーニに入っていたオリーブを食べてしまった。

 間接キスとか気にしないのか、このトップランカーは。


 部屋はいつものように騒がしく、そして温かい空気に満ちていた。

 明日の試験のことなど、誰も気にしていない。

 俺も、この瞬間だけは「F級のおっさん」に戻って、安酒を楽しんでいた。


 しかし。

 その平穏は、またしても外部からの衝撃によって破られることになった。


 ドォォォォン!!


 窓の外。

 アパートの前の路地で、落雷のような轟音が響いた。

 ビリビリと窓ガラスが震える。

 ポチが肉を食べるのを止め、喉の奥で「グルルゥ……」と警戒の唸り声を上げた。


「……なんだ? 雷か?」

「いえ、気象データに雷雲はありません。これは……高密度の魔力放出による放電現象です」


 瞳がタブレットを見て表情を硬くする。

 俺は箸を置き、ベランダへと向かった。

 嫌な予感がする。今朝のニュースで見た、あの男の顔が脳裏をよぎる。


 窓を開け、下を覗き込む。

 そこには、夕闇の中で青白いスパークを纏って立つ、派手な男の姿があった。


「……よぉ。ここが『パジャマの英雄』さんの巣か?」


 金髪を逆立て、レザージャケットにジャラジャラとしたアクセサリー。

 その背後には、黒塗りの高級車と、取り巻きのような連中が控えている。

 S級探索者、雷帝・ジーク。

 アメリカ帰りの最強の男だ。


「……近所迷惑だぞ。静かにできないのか」


 俺が上から声をかけると、ジークは鼻で笑った。


「ハッ! 随分と余裕だな、おっさん。ネットでちやほやされて、自分が最強だと勘違いしちまったか?」


 ジークが指を鳴らす。

 バチッ! と指先から稲妻が走り、アパートの外壁を焦がした。


「俺が帰ってきたからには、お遊びは終わりだ。日本のランキングを正しい形に戻してやるよ。……手始めに、お前みたいな偽物を掃除してな」


 典型的な噛ませ犬ムーブだ。

 だが、放っている魔力は本物だ。S級の名に恥じない出力がある。

 部屋の中にいた女性陣も、異変を察知してベランダに集まってきた。


「ジーク……! 貴方、何をしに来たの!?」

「おやおや、すずちゃんもいるのか。相変わらず可愛いねえ。……でも、そんな薄汚い男と一緒にいると、君の価値まで下がるぜ?」


 ジークはすずを舐め回すように見た後、再び俺を睨んだ。


「鈴木悠作。明日のS級試験、俺が特別試験官として参加することになった。……震えて待ってろよ。公開処刑にしてやるからな」

「……へえ。それはご苦労なことだ」


 俺はマティーニの残りを飲み干し、氷をカリリと噛み砕いた。

 正直、興味がない。

 俺が気にしているのは、彼が放った電撃で、ベランダに干してあった俺の靴下が焦げたことだけだ。


「話はそれだけか? なら帰れ。飯が不味くなる」

「……チッ。減らず口を。明日、その顔を絶望に染めてやるよ」


 ジークは捨て台詞を残し、高級車に乗り込んで去っていった。

 爆音のマフラー音が遠ざかっていく。


「……なんなのあいつ。感じ悪い」

「同感だ。せっかくの肉が冷めた」


 ゆき子が舌打ちをし、俺は部屋に戻った。

 だが、部屋の空気は少しだけ変わっていた。

 すずもしずかも、瞳も、真剣な表情で俺を見ている。


「悠作さん。ジークは……強いです。純粋な火力なら、私より上かもしれません」

「そうね。性格は最悪だけど、実力だけは本物よ」


 彼女たちが心配している。

 俺は肩をすくめた。


「大丈夫だ。試験官だろうが何だろうが、俺はやることをやるだけだ。……それより、肉がなくなるぞ」


 俺が皿を指差すと、そこにはポチが残りのプルドポークを吸い込むように食べている姿があった。

 全員が「ああっ!」と叫んで食卓に戻る。

 アパートに、再び日常が戻ってきた。


 ★★★★★★★★★★★


 その頃。

 アパートから1.5キロメートル離れた、高層ホテルの屋上。

 夜風が吹き荒れるヘリポートの端で、山口純子は愛用の対物ライフル『ブラック・ウィドウ』のスコープを覗き込んでいた。


 倍率50倍のレンズ越しに、走り去っていくジークの黒塗り高級車が見える。

 彼女の指は、静かにトリガーにかかっていた。


「……あらあら。随分とマナーの悪いお客様ですね」


 純子の声は、ジークの放った雷よりも冷たく、そして鋭かった。

 彼女は悠作とのデートの後、彼のアパート周辺の警戒レベルを最大に引き上げていたのだ。


「悠作さんのベランダを焦がすなんて……器物損壊罪、適用ですね」


 彼女の瞳から、ハイライトが消える。

 スコープのレティクルが、走り去る車の後輪タイヤに重なる。

 この距離なら、タイヤをバーストさせて事故に見せかけることも可能だ。

 あるいは、燃料タンクを撃ち抜いて爆発させることも。


 だが、彼女は指の力を抜いた。


「……いえ、ここで殺しては悠作さんに迷惑がかかりますね。明日の試験、悠作さんが実力で彼を黙らせるのを見るのも、また一興です」


 純子はライフルを下ろし、スマホを取り出した。


 『悠作さん観察日記』のアプリを開き、ブラックリストの項目をタップする。


 そこには既に『カイト』『ブラック・ハウンド』といった名前が並んでいる。

 彼女は一番下に、新たな名前を書き加えた。


『雷帝・ジーク:要駆除対象』


「あのお客様、ブラックリストに入れますね♡」


 純子は妖艶に微笑み、銃の手入れを始めた。

 オイルの匂いと、夜の冷気。

 彼女の守護天使としての仕事は、悠作が知らぬところで、より過激に、より深くなっていく。


「明日の試験、楽しみにしてますよ、悠作さん。……邪魔する奴は、私が会場の外からでも『退場』させますから」


 銃身に口づけを落とす彼女の背後には、満月が青白く輝いていた。

 S級昇格試験前夜。

 役者は揃った。

 あとは、舞台の幕が上がるのを待つだけだ。

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