表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第2章:七重奏のヒロイン・カオス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/34

第26話 温泉回・後編 ~計算高い天使と茹でダコのおっさん~

 埼玉・裏山ダンジョン深層、『秘湯・裏見の湯』。

 S級ポーター・しずかによる物理的な整地で完成した即席の露天風呂は、今まさにカオスの坩堝と化していた。


 湯気の中にひしめく美女たち。

 すず、ゆき子、瞳、みのり、しずか。

 そして、逃げ場を失い岩陰で小さくなっている俺、鈴木悠作。


「悠作さん、背中流しますってば!」

「アタシが流す! 師匠の広背筋、触らせて!」

「待ってください。水圧による心肺機能への影響を計測します」


 四方八方から伸びてくる手。

 ポチも興奮して「ワフワフ!」と泳ぎ回っている。五右衛門は『旦那、目の保養でヤンスねぇ』と呑気に湯に浸かっている。

 俺はのぼせかけていた。湯温のせいではない。状況の熱量のせいだ。


「……もう勘弁してくれ」


 俺が天を仰いだ時だった。


「お待たせしましたぁ♡」


 湯けむりの向こうから、鈴を転がすような甘い声が響いた。

 その場の空気が一瞬で止まる。

 現れたのは、最後の一人――コンビニ店員、山口純子だった。


 全員が息を呑む。

 なぜなら、彼女の格好が、他の女性陣とは決定的に異なっていたからだ。

 すずのハイレグや、ゆき子のマイクロビキニといった「水着」ではない。

 彼女が身につけているのは、純白のバスタオル一枚のみ。

 胸元から太腿の際どいラインまでを、一枚の布で頼りなく覆っているだけ。

 濡れた黒髪をかき上げ、上気した肌を露わにして立つその姿は、清楚でありながら、計算され尽くした破壊力を秘めていた。


「じ、純子ちゃん!? それ、水着じゃないの!?」


 すずが裏返った声で叫ぶ。


「えへへ、すみません〜。急いでて水着忘れちゃって……。これじゃダメですか?」


 純子は小首をかしげ、潤んだ瞳で俺を見つめる。

 あざとい。あまりにもあざとい。

 だが、その破壊力はS級モンスター並みだ。


「……悠作さん。お湯、温かいですか?」


 純子が湯船に足を入れる。

 白い肌がお湯に触れ、紅潮していく。


「あ、足元が滑りそうで怖いですぅ……。悠作さん、手を引いてくれませんか?」


 彼女は俺に向かって手を伸ばした。

 その瞳の奥に、スナイパー特有の「獲物を狙う光」が一瞬だけ見えた気がしたが、湯気のせいだろうか。


「……っ、泥棒猫!」

「計算高い女!」


 すずとゆき子が牽制するが、純子は柳に風とばかりに無視する。

 俺はどうしていいかわからず、とりあえず手を伸ばした。

 ここで無視して転ばれたら、それこそ大惨事だ。


「……気をつけて入れよ」

「はいっ♡」


 純子が俺の手を握る。

 柔らかく、冷たい手。

 彼女はゆっくりと俺の方へ近づいてくる。

 そして、俺の目の前まで来た、その瞬間だった。


「あっ!」


 純子の足が、何もないところで大きく滑った。

 いや、滑ったフリをしたように見えた。

 彼女の体が前につんのめる。


「きゃっ!」


 彼女の手が宙を舞い――。

 

 バサッ。


 重力に従い、彼女の体を覆っていた唯一の防壁、バスタオルが滑り落ちた。


 ――時が止まった。


 茜が設置した配信用のカメラには、濃密な湯気が都合よくかかり、視聴者には「何かが見えそうで見えない」絶妙な映像が流れていたはずだ。

 だが、至近距離にいた俺の視界には、湯気ごときでは遮蔽しきれない「真実」が飛び込んできた。


「……!」


 純子は、慌てる様子もなく、俺の胸に飛び込んできた。


「きゃっ! ごめんなさい、私ったらドジで……♡」


 その声は、驚くほど棒読みだった。

 確信犯だ。

 俺の胸に押し付けられる柔らかな感触と、視界を埋め尽くす肌色。

 そして、耳元で囁かれる悪魔の囁き。


「……悠作さん。私のこと、ちゃんと見てくれました?」


 プツン。

 俺の中で、何かが焼き切れる音がした。

 長時間の入浴によるのぼせ。

 視覚情報のオーバーロード。

 そして、純子による至近距離からの精神干渉攻撃。


 俺の脳の処理能力は、限界を超えた。


「……湯あたりだ」


 俺は呟き、意識を手放した。

 視界がホワイトアウトする。

 体がゆっくりと湯船の中に沈んでいく。


「悠作さん!?」

「師匠ー!?」

「悠作!? 鼻血出てるわよ!」

「心拍数急上昇! 脳波がフラットラインに……!」


 女性陣の悲鳴が遠くで聞こえる。

 ブクブクと泡を吐きながら沈んでいく俺の目に最後に映ったのは、してやったりの笑顔でバスタオルを拾う純子の姿だった。


「……ん」


 俺が目を覚ましたのは、茜が用意した休憩用のテントの中だった。

 頭が重い。

 目を開けると、心配そうなポチの顔があった。


「クゥーン……」


 ポチが俺の頬をペロペロと舐めている。

 そのザラついた感触で、意識が現実に戻ってきた。


「……俺は、生きてるのか?」

「気がつきましたか、悠作さん!」

「よかった……! 師匠が死んだかと思った!」


 周りには、浴衣に着替えた女性たちが集まっていた。

 すず、ゆき子、瞳、みのり、しずか。

 全員、髪が濡れて艶っぽい。

 そして、少し離れたところで、純子が「てへぺろ」と舌を出している。

 あの女……あとで説教だ。


「随分と派手にのぼせましたわねぇ。配信は最高潮の盛り上がりで終了しましたわよ」


 茜がホクホク顔で言った。

 どうやら俺が気絶している間に、配信は切り上げられたらしい。

 アーカイブが残っていないことを祈るばかりだ。


「……腹が減った」


 俺は起き上がりながら言った。

 湯あたりと気疲れで、エネルギーが枯渇している。

 何か、ガツンとくる肉が食いたい。

 それも、極上の脂と赤身を兼ね備えた、最強の肉が。


「肉だ。……すず、確か持ってきてたな?」

「はい! もちろんです!」


 すずがクーラーボックスから取り出したのは、竹の皮に包まれた巨大な肉塊だった。


 『近江牛』。


 日本三大和牛の一つ。きめ細やかなサシが入った、サーロインのブロックだ。

 常温に戻しておいたのか、脂が少し溶け出して輝いている。


「……よし。やるか」


 俺はふらつく足で立ち上がり、携帯コンロの前に立った。

 今の俺を回復させるには、これしかない。


 『近江牛の厚切りステーキ』だ。


 まずは肉の表面に、岩塩と挽きたての黒胡椒を振る。

 余計な味付けはいらない。肉そのもののポテンシャルを引き出すだけでいい。


 厚手の鉄フライパンを煙が出るまで熱し、牛脂を溶かす。

 そこに、肉を静かに置く。


 ジュゥゥゥゥーーーーッ!!


 耳を劈くような激しい音と共に、甘く芳醇な和牛香わぎゅうこうが爆発的に広がる。

 ココナッツや桃にも例えられる、和牛特有の甘い香り。

 テントの中が、一瞬で高級ステーキハウスの空気に変わる。


「……いい音」

「匂いだけでご飯いけるわ」


 女性たちがゴクリと喉を鳴らす。

 俺は肉を動かさず、表面にメイラード反応が起きるのを待つ。

 約1分。裏返してさらに1分。

 表面はカリッとクリスピーに、中はレアに。

 焼き上がったらアルミホイルに包み、温かい場所で5分ほど休ませる。

 この「レスト」こそが、肉汁を全体に行き渡らせる魔法の時間だ。


 その間に、ガーリックチップを作る。

 スライスしたニンニクを低温の油でじっくり揚げ、きつね色になったら取り出す。

 付け合わせは、シンプルにクレソンと、刻みわさび。


「……飲み物はこれだ」


 俺が用意したのは、ブラジルの国民的カクテル『カイピリーニャ』。

 サトウキビの蒸留酒「カシャッサ」に、ぶつ切りにしたライムと砂糖を加え、これでもかというほど潰して混ぜ合わせ、クラッシュアイスを注いだものだ。

 今日はポチもいるので、アルコール度数は調整してある。


「……よし、切るぞ」


 休ませた肉を、包丁で切り分ける。

 スッ……。

 抵抗がない。まるでバターを切っているようだ。

 断面は鮮やかなローズピンク。肉汁が溢れ出すことなく、繊維の中に留まっている。


「完成だ」


 皿に盛り付け、ガーリックチップを散らす。

 醤油をひと回し。

 鉄板の余熱で醤油が焦げ、香ばしさがプラスされる。


「いただきます!」


 全員で手を合わせる。

 俺は一切れを箸で掴み、わさびを乗せて口に運んだ。


 ……溶ける。


 噛んだ瞬間、肉の繊維が解け、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がる。

 赤身の旨味と脂の甘み。それがわさびの辛味で引き締まり、醤油の香ばしさが鼻に抜ける。


「……んん〜っ!!」


 女性陣から悲鳴のような歓声が上がる。


「柔らかい! 何これ、飲み物!?」

「脂が甘いわ……。でも全然しつこくない」

「細胞が……活性化しています。エネルギー充填率120%……」


 そこに、カイピリーニャを流し込む。

 ライムの鮮烈な酸味と、カシャッサの野性味あふれる甘い香りが、口の中の脂を一瞬で洗い流す。

 冷たく、爽快な喉越し。

 濃厚な和牛と、南国のカクテル。

 意外な組み合わせだが、脂と酸味のバランスが完璧なマリアージュを生んでいる。


「合う……! ステーキにライムのカクテル、最高です!」

「悠作、あんた天才ね。……これならいくらでも食べられるわ」


 ポチにも、味付けなしのサイコロステーキを与える。

 ポチは目を輝かせ、一瞬で飲み込んだ。


 「ワフッ!(もっと!)」


 俺は肉を噛み締め、カクテルを煽った。

 生き返る。

 湯あたりの気だるさが、心地よい満腹感へと変わっていく。


「……まあ、色々あったが、悪くない休日だったな」


 俺が呟くと、純子がグラスを持って隣に来た。

 今は浴衣姿だ。はだけないようにしっかりと着ている。


「悠作さん。今日はドジっちゃってすみませんでした♡」

「……わざとだろ」

「ふふ、何のことですか?」


 純子は悪びれもせず微笑んだ。

 その笑顔は可愛らしいが、俺は知っている。こいつが一番油断ならない相手だということを。


 テントの外では、星空が広がっていた。

 こうして、カオスな温泉慰安旅行は幕を閉じた。

 茜は売上でホクホク顔。

 ヒロイン……いや、女性陣は温泉と肉で肌ツヤが良くなり、ポチは腹一杯。

 俺の疲労だけがピークに達していたが、まあ、この肉が食えたなら良しとしよう。


★★★★★★★★★★★


 翌日。

 コンビニのバックヤード。

 山口純子は、愛用のライフル『ブラック・ウィドウ』を丁寧にメンテナンスしていた。

 その手つきは、恋人の髪を梳くように優しい。


「ふふ……昨日の悠作さん、可愛かったなぁ」


 彼女のスマホには、昨日撮影した悠作の写真が保存されていた。

 のぼせて目を回している顔。

 肉を食べて幸せそうな顔。


「いいデータが撮れました。……これを糧に、今週も害虫駆除、頑張りましょうか」


 純子は銃身にキスをし、妖艶に笑った。

 コンビニの表では、「いらっしゃいませー!」という明るい声が響いている。

 彼女の守護天使としての活動は、まだまだ終わりそうにない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ