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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第2章:七重奏のヒロイン・カオス編

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第22話 激辛カレーの誘惑

 日曜日の夕方。

 練馬ダンジョンでの「荷運び勝負」を終え、みのりとの束の間のランチ休憩を楽しんで帰宅した俺、鈴木悠作を待っていたのは、アパートの前で仁王立ちする巨躯の女性だった。


「……遅かったわね」


 S級ポーター、山田しずか。

 彼女はまだ、あの冷蔵庫サイズのコンテナを背負ったままだ。

 その顔には敗北の悔しさはなく、むしろ求道者のような真剣な眼差しが浮かんでいる。


「何の用だ。勝負は俺の勝ちで終わったはずだぞ」

「ええ。だからこそよ。……貴方の技術、まだ底を見ていない」


 グゥゥゥゥ……。


 しずかの言葉を遮るように、彼女の腹から地響きのような音が鳴り響いた。

 S級の筋力を維持するためには、常人の数倍のカロリーを消費する。勝負の後からずっと待っていたとすれば、ガス欠もいいところだろう。

 彼女は顔を赤らめることもなく、真顔で腹を押さえた。


「……空腹で思考回路が回らないわ。補給が必要よ」

「はぁ……。わかったよ、入れ」


 俺はため息をつき、鍵を開けた。

 どうせ、ポチの餌も作らなきゃならない時間だ。


 部屋に入ると、俺はすぐにエプロンをつけた。

 消耗しきった彼女が求めているのは、細胞を叩き起こすような強烈な刺激とエネルギーだ。


「リクエストはあるか?」

「……辛いのがいいわ。頭が真っ白になるくらい、刺激的なやつ」

「了解だ」


 俺は冷蔵庫の奥から、厳重に密閉された小瓶を取り出した。

 中に入っているのは、赤黒い粉末。

 埼玉ダンジョンの深層に自生する激辛魔草『ドラゴンス・ブレス・チリ』を乾燥させ、粉砕したものだ。

 そのスコヴィル値は測定不能。一振りでワイバーンが火を吹いて逃げ出すと言われる代物である。


「今日はこれを使う。『特製・灼熱スパイスカレー』だ」


 フライパンに多めの油を引き、クミンシードとマスタードシードを弾けさせる。

 そこにみじん切りの玉ねぎを投入し、飴色を超えて焦げ茶色になるまで徹底的に炒める。

 ベースはトマトとヨーグルト。酸味とコクで、辛さを支える土台を作る。


 そして、スパイス投入。

 コリアンダー、ターメリック、カイエンペッパー。

 最後に、『ドラゴンス・ブレス』を慎重に加える。


 ジュワアアッ!


 刺激臭を含んだ湯気が立ち上る。

 換気扇を全開にしないと目が潰れるレベルだ。


「くしゅんっ!」


 足元でポチがくしゃみをして、部屋の隅に避難する。

 五右衛門も『旦那ァ、毒ガス兵器でヤンスか!?』と布の中に引きこもった。


 具材は、脂の乗った羊肉と、ダンジョン産のキノコ。

 マトンの強い香りは、激辛スパイスと相性が抜群に良い。

 強火でガンガン炒め合わせ、スパイスの香りを肉に叩き込む。


 煮込むこと20分。

 水分が飛び、赤い油が表面に浮いてきたら完成だ。

 皿にターメリックライスを盛り、その上からドロリとした赤黒いカレーをかける。

 仕上げにカスリメティを散らし、半熟卵のアチャールを添える。


「……できたぞ。食ってみろ」


 俺はしずかの前に皿を置いた。

 立ち上る湯気だけで、鼻の奥がツンとする。


「……すごい色ね」


 しずかはゴクリと喉を鳴らした。

 彼女はスプーンを握りしめ、覚悟を決めたようにカレーを口に運んだ。


 パクッ。


 静寂。

 数秒後。


「~~~~ッッ!!!」


 しずかの目がカッと見開かれた。

 顔が一瞬で真っ赤になり、額から玉のような汗が噴き出す。


「か、からっ……! 痛い! 熱い!」


 彼女は悲鳴を上げながらも、スプーンを止めなかった。

 なぜなら、痛覚のような辛さの直後に、暴力的なまでの「旨味」が押し寄せてきたからだ。


 マトンの野性味溢れる脂と、トマトの酸味。

 それらをスパイスの香りがまとめ上げ、噛みしめるたびに脳髄を揺さぶる。

 辛い。でも美味い。

 食べるのを止めれば辛さに負ける。だから食べ続けるしかない。

 これは食事ではない。生存本能をかけた戦いだ。


「はふっ、はふっ! ……んん〜っ!」


 しずかは涙目でカレーをかき込む。

 汗が顎を伝い、首筋へと流れる。

 その鬼気迫る姿は、戦乙女の休息というよりは、何かに憑かれた修羅のようだった。


「……美味いか?」

「ら、い……!」


 言葉にならない声を上げながら、彼女は完食した。

 皿に残ったソースまで、ターメリックライスで拭って綺麗に平らげる。


「……ふぅ、ぅ……」


 しずかはテーブルに突っ伏した。

 全身から湯気が上がっている。デトックス効果が凄まじい。


「水だ。飲め」


 俺は氷水を差し出した。

 しずかはそれを一気に飲み干し、荒い息を整えながら顔を上げた。

 その瞳は潤み、頬は上気し、どこか恍惚とした表情を浮かべている。


「……悠作」

「ん?」

「このスパイスの配合……。辛さと旨味の黄金比……。完璧だわ。まるで人生の縮図……」


 しずかは震える手で俺の手を握った。

 熱い。火傷しそうなほどの手の熱さだ。


「私、わかったの。貴方の強さは、この『刺激』を受け止める土台(器)の大きさにあるって」

「……何言ってんだ?」

「悠作。私、貴方のこと……」


 しずかは真剣な眼差しで、俺を見つめた。


「……結婚して」

「はあ?」


 俺は耳を疑った。

 カレーを食わせただけで、なんでそうなる。


「私の人生を、貴方に背負ってほしいの。……いいえ、貴方の人生を、私が半分背負うわ」

「お断りだ。俺の人生はソロプレイ専用だ」

「照れなくていいのよ。……まずは同棲から始めましょう」


 しずかは俺の拒絶を「照れ隠し」とポジティブに解釈し、勝手に部屋の隅に自分のコンテナを下ろしてスペースを確保し始めた。


「ここがいいわね」

「置くな。床が抜ける」


 こうして、S級ポーター・山田しずかによる「強引な入り浸り」が確定した。

 俺の平穏なアパートは、また一人、規格外の住人を迎えることになったのである。


 翌日、月曜日の朝。

 俺はいつものように早起きし、キッチンに立っていた。

 しかし、その環境は昨日までとは一変していた。


 狭い6畳間には、雑魚寝するゆき子と瞳、そして座ったまま仮眠をとっているしずか。

 足の踏み場もない。

 このカオスな状況で平常心を保つには、無心で何かを作るしかない。


「……パンを焼くか」


 俺が取り出したのは、昨夜のうちに仕込んでおいたデニッシュ生地だ。

 強力粉と薄力粉をブレンドし、バターを折り込んで何層にも重ねた生地。

 これを伸ばし、三角形に切り分ける。


 クルクルと巻いて、三日月型に成形する。


 『クロワッサン』だ。


 オーブンに入れ、焼き上がりを待つ。


 その間に、飲み物を用意する。

 今日は少しリッチに『エッグノッグ』を作ることにした。

 ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れ、白っぽくなるまで擦り混ぜる。

 そこに温めた牛乳と生クリームを少しずつ加え、弱火でとろみがつくまで加熱する。

 火から下ろし、バニラエッセンスとナツメグを一振り。

 本来はブランデーを入れるが、朝なのでノンアルコールだ。


 チーン。


 オーブンが焼き上がりを告げる。

 扉を開けた瞬間、芳醇なバターの香りが爆発的に広がった。


「……んん……?」

「……いい匂い……」


 バターの魔力に引かれ、床に転がっていた連中がのそりと起き上がる。

 黄金色に焼き上がったクロワッサン。

 外はサクサク、中はしっとりとした層が重なり合っているはずだ。


「ほら、朝飯だ。並べ」


 俺は焼きたてのクロワッサンと、温かいエッグノッグを配給した。

 テーブルなどないので、全員手に持って食べるスタイルだ。


「いっただきまーす!」


 ゆき子がクロワッサンにかじりつく。

 サクッ、パリパリッ。

 軽快な音が響き、バターの香りが鼻腔を抜ける。


「うっま! 何これ、店のより美味いんだけど!」

「……層の重なりが均一です。熱伝導率の計算が完璧ですね」


 瞳も眼鏡を曇らせながらハフハフと食べている。


「そして、このエッグノッグ……」


 しずかがカップに口をつける。

 カスタードクリームのように濃厚で、優しい甘さ。ナツメグの香りがアクセントになっている。

 サクサクのクロワッサンとの相性は抜群だ。


「……悠作。貴方、本当に何者なの? 荷運びだけじゃなく、こんな繊細な作業まで……」

「ただの料理好きなおっさんだよ」


 俺は自分の分のクロワッサンを齧り、エッグノッグを啜った。

 美味い。

 手間をかけた甲斐があった。


「ワフッ!(俺のも!)」


 ポチが足元で騒ぐ。

 俺はバター控えめの端っこをちぎってやった。


 窓の外では、新しい一週間が始まろうとしている。

 部屋の中は、ギャル、リケジョ、S級ポーター、そして魔獣で満員御礼。

 さらに、あと数時間もすれば、食材を持ったすずや、集金に来る茜も現れるだろう。


「……俺の家は、いつから無料の食堂になったんだ」


 俺の嘆きは、クロワッサンを頬張る女性たちの笑顔にかき消された。

 まあ、美味いものを食って静かになるなら、それでいいか。

 俺は諦めて、二つ目のクロワッサンに手を伸ばした。

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