第九十六話
「こちら大学生で心理学を専攻している倉里さん」
東河さんは私の方に手を向けて紹介した。
「は、初めまして」
私は小さな声で言った。
「初めまして! 早風と言います!」
早風さんははきはきとした感じで言った。
「倉里さんが数年前、僕に相談に来る前の話だけど、僕がセミナーを始めて間もない頃に早風さんが相談に来た事があって、それからの知り合いなんだ。大学生で心理学を専攻しているから早風さんの方が先輩だね。倉里さんも早風さんもHSPだよ」
東河さんは私と早風さんの両方を見ながら言った。
私は早風さんの外見や話し方などから、相手の性格を想像していた。サッカーの選手なので活発な人で、自分とは全然違う性格のような気がする。
「早風さんはHSPでも“HSS型のHSP”なんだ」
東河さんは真面目な顔でそう言った。
「HSS型?」
以前買ったHSPの本に載っていて読んだことがあったけど、私は聞いてみた。
「外交的で刺激追求型のHSPで、好奇心が強くて活発なタイプだからスポーツを勧めたんだ。そうしたら今はトップストライカーになって凄いよ。目が見えないのにね」
「本当に見えないんですか?」
私は失礼だと思ったけど半信半疑で聞いた。
「目は何も見えないけど、光があるかどうかは微かに分かる」
早風さんはアイマスクを取って、目を見開いて天井のガラスに反射する太陽光の方を向いた。
「さっき東河さんがここに来たのは何で分かったんですか?」
私は気になっていた事を聞いた。
「東河さんの香水のにおいがしたから。それにエレベーターの扉が開いて、入ってきた人の革靴の足音が聴こえたし、足音の歩幅が東河さんに近かったから。喋り声も微かに聞こえたかな」
早風さんは思い出すように答えた。
「す、すごい。それじゃ、東河さんの近くにいた私の事が何で分かったんですか?」
私はもう一つ気になっていた事を聞いた。
「ん〜。ベンチから立ち上がった時にスカートが揺れて擦れるような音が聴こえたからかな。それにたぶん女性用のトリートメントのにおいがしたからかな」
早風さんはまた思い出すように答えた。
「す、すごい」
私はそんな細かなことまで気付いていることに驚いた。私の髪の毛のトリートメントのにおいってそんなにするのかなぁ。
「早風さんも良い相談相手になってくれるよ。女性同士でしか話せない相談とか。恋愛の相談とかね」
東河さんは笑顔でそう言った。
「アハハ、恋愛なんてしたことないのにできないですよ」
早風さんは一緒に笑いながらそう言った。
「でも、彼氏がいるでしょ?」
「いますけど、恋愛とかそんな感じじゃないですよ」
三人で話をしているとフットサルコートの中から早風さんを呼ぶ声が聴こえた。
「倉里さん、それじゃ宜しくね!」
「はい、宜しくお願いします」
早風さんは走ってコートに戻っていった。他に練習している選手を避けて進んでいった。
「すごい。まるで見えているみたい」
私は早風さんの動きを見て、言葉が口から出た。
「倉里さんはHSPの特徴である“些細な刺激に対する気づきやすさ”って知っているかな?」
「はい、HSPの本で見たことがあります」
「早風さんは目が見えない分、聴覚と嗅覚が人一倍鋭いんだ。些細な音やにおいでも周りの状況に気づくことができる。人のいる場所も見えているようにだいたい分かっているんだ。HSPの特徴を生かしている非常に希少な存在」
「うん」
私は小さく頷いた。そして、自分だったら何か生かす事があるのだろうかと考えてみたが、生かせる事が何も見当たらなかった。
「まあ、皆が皆自分の特徴を生かせる事に巡りあえるかどうかは分からないから、自分から探してみるのも良いんじゃないかな」
「はい。何か見つけます」
私と東河さんはエレベータの所まで話しながら歩いた。




