第九十三話
「将来は何を目指している?」
東河さんはコーヒーカップを口の前まで持っていって質問をした。
「え……、まだ考えていないです」
私はHSPである自分の事を調べる為に心理学部へ進学したけど、何を目指すかは考えていない。友達のアカリさんはカウンセラーに向いていると思ったことがある。自分は何ができるのだろうか。
「まあ、どの道に進むのかを見つけるのが大学でもあるからな。卒業までじっくりと考えれば良い」
「はい」
「自分がしたい職業が一番だけど、HSPに向いている職業も考えていた方が良い。僕が講師になる前に、一度サラリーマンをしていたんだけど、とても辛かったんだよ。同僚と一緒に仕事をしていてハンデみたいなものを感じる時が多々あってね。まるで運動場一周を健常者と片足が不自由な人とで競争したぐらいの差があって」
「そんなにですか」
「そう。だから、上司から見たら僕はクズ扱い。当時はHSPという言葉が無かったから、自分への劣等感が大きかったね。そのうち自分自身が精神的に崩れて、何をやっても駄目になっちゃって、自分はこんな世の中では生きてはいけない、と思った。生きていく自信が無くなった時に“HSP”という人間がいるということを偶然知って、勉強を始めた。それが生きる希望の一つになった。それで会社を辞めて、今のセミナー講師になったんだけどね」
「はい」
私は静かに相打ちを打って聴き入った。
「もし就職する時が来たなら、人と競争しない職業を選んだ方が良いよ。そんな職業があるか分からないけど、生きづらさは軽減されるのかもしれない。本当に“生きづらい世の中”だから、頑張って生き抜いてください」
「はい、頑張ります」
「僕は非HSPを見返すつもりでセミナー講師になって、虚勢を張って生きてきたけど……、もう自分を諦めたかな」
その瞬間、東河さんの目のキラキラが無くなったような気がした。
“諦めた”って、何の事か分からなかったけど、落ち込んじゃったって事なのかなと思った。
「あぁ、僕ばっかり喋っちゃったね。僕は人前で喋るのも、人と話すのも苦手だったけど、サラリーマン時代に頑張った名残りだね。あぁ、余計な一言を喋っちゃったね。どうぞ」
東河さんは口にチャックをする仕草をした。




