第六十四話
「大学初日だったので覚えていたんだ。僕は建物を間違えて入って、出る時にぶつかった」
“ぶつかった人”は両手で自分の胸にぶつかるような仕草を見せた。
私は焦っていて思いっきりぶつかってしまったから痛かったと思う……。
「そ、そだね」
何も言葉が出てこず、そっけない返事をしてしまったのを後悔した。何か話さないといけないのかもしれない。頭の中で余計な事を考えていて何もまとまらない。
その時、視線の先に“ぶつかった人”が持っている本が目に入った。
「宇宙?」
小さな声で読み上げた。
「ああ、これ? ちょっと“宇宙の終焉”について興味があって読んでいるんだ」
“ぶつかった人”は持っていた本をペラペラと開いた。
「しゅうえん?」
一瞬、どんな漢字なのか頭に思い浮かばなかった。
「そう、終焉。“宇宙の終わり”の事」
「終わりがあるのですか?」
「宇宙はこのまま続くかもしれないし、終わりがあるかもしれない。もし終わりがあるとすれば、どうなるのか、って想像すると楽しくて」
何だか少年のように目がキラキラとしていた。
話を聞いていて、ちょっと楽しかった。不思議と暖かい空間にいる感じがした。男の人って、もっと感情が冷たい人なのかと思ってた。性悪な粟田さんみたいな人もいるし。
話したのは少しの時間だったけど、ちゃんと謝ることができて良かった。
“ぶつかった人”は特に変な人ではなかったので良かった。
結局は名前も分からないままだったけど、やっとぶつかったことに対して謝ることができたので、引っかかっていたものが無くなった感じがした。もう用事はなくなったので、こちらから話すことは無いと思うし、もうぶつかることもないだろうし。
時々、何故か背中に目線のような刺激を感じたけど、私の思い過ごしかな。




