表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第二部
32/76

第四話 一匹の狼

 一九四一年十二月十二日。「くしなだ」は太平洋の東、パナマ湾の出口に潜んでいた。

「彩雲からの報告によると、ヨークタウン級のようです」

 通信士が受信した海軍の索敵情報だった。

「ハワイを占領した甲斐がありましたね。向こうの動きが手に取るようです」

 御厨艦長が石動肇に言った。肇も同意する。

「おかげで索敵機を積んだ空母がこれだけ展開できましたからね」

 空海協調戦法はここでも活かされている。米本土近くまで空母機動部隊が接近できるのも、米太平洋艦隊が事実上崩壊しているおかげである。

「しかし、ここまで予測が当たるとは凄いですな」

 御厨が感心する。「わだつみ」艦長の草薙ほどではないが、彼もまた石動信者である。

「まぁ、半分は理屈で考えれば当然ですけどね」

 と肇は言った。

 エンタープライズを失ったことで、太平洋側にある米海軍の空母は旧式のレキシントンとサラトガのみになってしまった。一方、日本側は赤城をはじめ真珠湾攻撃に参加した六隻がすべて健在である。そう考えれば、大西洋側の空母を太平洋側に移動させるのは当然であり、ならばパナマ運河を通ることはほぼ決定である。

「では、攻撃海域へと移動します」

 艦長の言葉に、肇も同意した。

「よろしくお願いします」

 数時間後、「くしなだ」艦首の球状聴音器(ソナー)がヨークタウン級の音紋を捉えた。こちらも位置を変えつつ方位を調べ、速度と距離を確認する。ほぼ確実となったところで御厨艦長が命じた。

「よし。魚雷発射管、一番と四番に装填。諸元入力」

 目標までの距離と近接信管の感度が調整される。やがて双方から準備完了の報告が上がってきた。

「一番、四番、発射」

 ズバッという音と共に、左右の発射管から空気圧で魚雷が発射される。吹き出した空気は発射管先端の上部にあいた穴から艦首内に溜まるため、艦外にはほとんど出ない。

 しばらくすると、前方遠くから爆発音が響いてきた。そして、水圧で潰れる船体の音。途絶える機関音。

「ヨークタウン級、撃沈です」

 聴音手の報告に、発令所の緊張がわずかに緩む。

「あと二隻、こちらに来るはずです」

 肇の言葉に、艦長は言った。

「全部、沈めてやりましょう」


 艦長の言葉どおり、続く二日のうちに「くしなだ」は軽空母ともう一隻のヨークタウン級をパナマ湾の外で沈めた。石動了の世界よりも早い進展だった。

 就役が確認されているヨークタウン級空母は、ネームシップであるヨークタウンに加え、エンタープライズとホーネットの三隻のみなので、これでヨークタウン級空母は全滅と言う事になる。如何に強大な米海軍と言えど、もはや太平洋に回せる空母はないはずだ。

 そこへ舞い込んだのが、西海岸の軍港サンディエゴを哨戒する索敵機からの報告だった。

 ここで整備中であった空母サラトガが離岸し、姉妹艦のレキシントンと共に近海で訓練中とのことだった。近日中に移動するに違いない。

「どこへ行く気だ? まさかハワイ奪還じゃあるまい」

 訝しげな艦長に、肇は沈黙したままだ。これはもう、了の知る歴史の動きではない。だとしたら、なおさら放置するわけには行かなかった。

 石動了の知る歴史では、この後アメリカは空母の新規建造を全力で進めることになる。しかし、就役するのは一年以上たってからになるはずだった。その建造能力はすさまじいもので、最盛期には毎週一隻の空母が進水するほどだという。そうなるまでにこの戦争は終わらせないといけない。とすれば、今やることははっきりしている。

「まずは、行ってみましょう。ここにいても対処できません」

 肇の言葉に艦長は頷いた。

「そうですね、もし、サラトガが移動するとしても、近くにいれば追いつけるでしょう」

 早速、「くしなだ」は準急航行に入り、太平洋を北上していった。

 四日後、サンディエゴ沖に「くしなだ」は到達した。

 朝、発令所に上がった肇を出迎えて、御厨艦長は言った。

「良い知らせと悪い知らせがあります。どちらから聞きます?」

 朝っぱらから悪い知らせは聞きたくなかった。

「良い方からお願いします」

 艦長は告げた。

「サラトガとレキシントンのどちらも、まだここにいました」

「何よりですね。で、悪い方は?」

 脇に立っていた聴音手から音紋の波形が描かれた紙を受け取り、肇に示す。

「奴がいます」

 レキシントンを狙った魚雷を防いだ艦隊だ。

「これは手が掛かりそうですね」

 卓上の海図には、「くしなだ」と二隻の空母、そしてこの艦隊の各艦位置が記載されていた。縦に並んで海岸沿いに北上する二隻の空母を守るように、前後に一隻、太平洋側に二隻を配置している。

 肇は腕組みして考える。

「まずは出方を見てみましょうか?」

 肇は御厨艦長に言った。

「そうですね。よし、魚雷三番六番装填!」

 二本の酸素魚雷が放たれた。ほぼまっすぐ、それぞれの空母を目指す。


 芹沢はシーウルフ艦隊の旗艦、軽巡セーラムの艦橋にいた。窓から外を眺めながら、朝のコーヒーを飲んでいる。右舷側、目の前の海上には空母が二隻、縦に並んで進んでいた。このレキシントンとサラトガをサンフランシスコの軍港アラメダまで警護するのが、芹沢の艦隊に下った司令であった。開戦直後の敵魚雷撃破は独自判断だったので、これが正式な任務の最初となる。

「セリザー閣下」

 セーラムの艦長が声をかけてきた。

「左舷で魚雷の発射音が二つ。それから、例の推進音がかすかに」

「やはり来たか」

 一口すする。

「対応は任せる」

 艦長は青い目を細めて言った。

「了解しました」

 振り返って指令を出す。

「デコイを二基投下。音源はサラトガとレキシントン」

 両舷側の投下装置から、ずんぐりとした魚雷型の物体が投下された。

 艦長の戦闘指揮に満足しながら、芹沢はコーヒーを飲み干した。兵器のテストも訓練も十分行った。あとは実戦のみ。実績を積めば、ようやく芹沢の最終目標への道が開ける。


「軽巡から何か投下されました。音を立てながら移動しています」

 聴音手が報告する。さらに耳を澄まし、器材を調整する。その目が見開かれた。

「この音は! 空母の機関音そっくりです」

 艦長がつぶやく。

「やりますな」

 肇は頭を掻いた。

「囮かぁ……」

 囮魚雷デコイはそこそこの速度で空母から遠ざかり、こちらの魚雷を引き連れていった。


 イタチごっことはこのことだろう。「くしなだ」が位置を変えて何度魚雷を発射しても、例の艦隊の囮魚雷デコイで交わされてしまう。

 肇は提案した。

囮魚雷デコイを出す余裕がない距離まで近づいてみましょう」

 泡沫遮音膜マスカーが展開された。今回は機関部だけでなく、艦首部からも泡を放出し、全体を泡の膜で覆う。これなら、敵艦隊が放つ探針音も吸収できる。そのまま空母を取り巻く敵艦隊のすぐ外側にまで迫り、魚雷を発射した。距離は数海里しか離れていない。

 魚雷は軽巡と駆逐艦の間をすり抜け、空母に迫った。そこに例の小爆雷が雨と降り注ぎ、魚雷は爆砕された。

「あれを空母の側に向けても撃つとは」

 肇は驚きを隠せない。まかり間違えば、空母に被害が出てしまう。相当、自分たちの練度に自信があるのだろう。

「思い切って、ギリギリまで近づきますか」

 慎重派の御厨艦長にしては珍しく積極的だが、肇は止めた。

「向こうの爆雷投射機は魚雷だけではなく、潜水艦にも使えるはずです」

 これ以上、「くしなだ」を危険にさらすわけには行かなかった。

 相手の防御兵器が尽きるまで攻撃を続けることも考えたが、向こうは小型とは言え五隻、こちらの魚雷の残弾は既に三十発を切っていた。予想以上の大量消費だ。今回の戦闘だけで二十発も浪費したことになる。

「一旦引いて、対策を考えるべきですね」

 肇の言葉に、艦長も頷いた。

「残念ながら、打つ手なしですね。秋津技師長に相談しないと」

 「くしなだ」は海域を脱出し、母港へ向かった。


 芹沢は食事を終えると紅茶を注文した。香りを楽しんでいると、秘書のジョージが話しかけてきた。

「満足ですか、ボス」

「うん? 料理はいつも通りだ」

 ジョージは苦笑しながら言った。

「今回の成果ですよ」

 芹沢は口の端を歪めた。

「シーゴーストを仕留められなかったのは残念だが、任務は十分に果たした。満足すべきだな」

 芹沢にしてみれば、絶賛に近い評価だ。

 ジョージも笑顔で答えた。

「それを聞いたら、リチャードも喜ぶでしょう」

 芹沢は妙な顔をした。

「リチャード? 誰だ?」

 ジョージは面食らった。

「リチャード・ソレンセンですよ」

 芹沢としては珍しく、釈然としない様子だ。

「記憶にないな」

 ジョージは愕然とした。

「……この艦の艦長ですよ!」

「なるほど」

 平然と頷く芹沢にジョージはしばし言葉を失った。

「ひょっとして、他の艦の艦長も?」

「知る必要が無いからな」

 はぁ、とため息をついたジョージだが、一つの疑念がわいた。

「あの、ひょっとして私のラストネーム、ご存じないとか?」

「あったのか?」

 余りのことに憮然となるジョージ。

「フルネームで覚えてほしければ、初対面で名乗るべきだ。私はいつもそうしている」

 そりゃそうですが、とジョージは心の中で呟く。

「まさかと思いますが、奥方の名前は忘れてませんよね」

 芹沢の妻はハワイに捕らわれの身のはずだったが、このところ話題にすら上らない。

「アビーの名前か? それを忘れたら命がない」

 ジョージは少しばかり安堵した。なぜ安堵するのかよく分らないが。

「そんなことより」

 芹沢は紅茶を飲み干すと言った。

「アラメダ軍港に着いたらこの艦を降りるぞ」

 気を取り直してジョージは尋ねた。

「こんどはどちらへ?」

「ワシントンD.C.だ」

 そろそろ、ルーズベルトに会っておくべき時期だった。


(空母を取り逃したか。まずいな)

 その夜の定時連絡で、了は懸念を示した。

「こちらの完敗でした」

 必殺の誘導魚雷が封じられては、海底軍艦は手も足も出ない。

(そちらは武器を改良するとして)

 了の懸念は別なところにあった。

(この時期に空母が残っていると言う事は、日本本土が爆撃される事につながる)

 肇には意外な話だった。

「艦載機での空爆ですか?」

 艦上爆撃機の爆弾搭載量を考えると、軍事拠点を一つ潰せるかどうかだ。

(いや、陸軍の爆撃機、B―25だ)

「陸軍の爆撃機って、相当大きいのでは」

 肇の指摘に、了が頷くのが感じられた。

(発艦だけだ。日本列島を横断して、支那の国民党支配地域に降りるつもりだ)

「随分と奇抜な発想ですね」

 米軍と了のどちらに感心したものか、肇にすれば悩むところだ。

(私の知る歴史では、空母ホーネットとエンタープライズが行った。サラトガとレキシントンの方が旧式だが、飛行甲板はこちらの方が長い。必ずやるだろう)

「すぐにですか?」

 「くしなだ」が帰港する前ではどうしようもない。

(訓練の必要があるから、何か月か先だろう。山本長官に防空体制を整えてもらわないと)

 万全の防備を整えなければ、と思う肇だった。


登場人物紹介


実在する人物には【実在】としています。


リチャード・ソレンセン

シーウルフ艦隊旗艦、軽巡セーラムの艦長。階級は少佐。

金髪碧眼の美男子。

第一部第二十二話で登場しながら、芹沢が名前を知ろうともしなかったのでずっと名無し状態でした。

(作者が名前を考えるのをサボってたわけでは……ありません。多分)


次回 第五話 「二人の虜囚」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ