幼馴染JDは受け止める
年末が目前にまで迫っている12月の終わり、大学の授業も終わり……今日は12月25日、クリスマス。
「では改めて……メリークリスマス!」
「「メリークリスマス!」」
グラス同士が重なって、静かに音を立てた。
今日は恋海とみずほ2人に誘われて、ディナーデートに来ている。
場所は2人の方で元々予約してくれていたようで、綺麗な夜景の見える、お洒落なレストランだった。
「美味し~!授業が終わった後のお酒は身に染みますわあ~!」
「ノンアルコールでしょそれ」
「やだなあ恋海殿、これは気持ちの問題でござるよ~」
みずほの無邪気な発言に、恋海が呆れ気味に突っ込む。
この構図も、随分見慣れたものになっていた。
2人に出会ってからまだ1年も経っていないけれど、過ごした時間が長くて、濃密だったからこそ、随分長い付き合いなようにも感じる。
……もちろん、答えは出すつもりだけど、今はこの2人が仲良く笑顔でいてくれることが、なんだか嬉しかった。
「そういえば将人、お店の方は良かったの?クリスマスとか忙しそうだけど」
「バーの事?そっちは平気だよ。そんなにクリスマスイベントやってるけど、1週間くらいずっとだし」
クリスマスに乗っかってイベントはやるものの、当日だけというわけでもないので、そんなに忙しくなるわけではない。
「イベントやってるの?!え、もしかして将人、なんか着たりとか……」
「え、どーだろわかんないけど……もしかしたらやる、かも?」
確かに去年はサンタ帽被ってたりとかしたって先輩が言ってたような……?
「行きます」
「みずほちょっとは下心隠しなさいよ」
「下心なんて失敬な!私は純粋に将人のコスプレが見たいだけであってですね」
「その時点で不純でしょうが」
チョップを入れられるみずほに、思わずこっちも笑ってしまう。
こんな思わず逆でしょ、と言ったくなってしまうような話も、この世界でなら普通か、と思えるようになった。
「そんなこと言う恋海ちゃんには写真撮って来てあげないからね~」
「そ、それとこれは話が別でしょう!」
「いや本当にそんな派手なものは着ないと思うよ……?」
そもそも基本フロアに出ない俺に着る必要があるのかもわからないし。
……でも星良さんは着てって言ってきそうだなあ……。
「と、いうことで」
食後のデザートを食べ終わったところで、恋海がぱん、とひとつ柏手を打った。
「クリスマスということで、用意してきました、プレゼントです!」
「もちろん私もあるよ!」
2人から渡されたのは、綺麗に装飾がされたプレゼント。
「ありがとう。俺からも、2人に」
「ええ!良いの?!」
「そりゃもちろん」
クリスマスに会うのだから用意はしてきた。
普段からお世話になってるし、これくらいはね。
「開けて良い?!」
「もちろん、俺も開けさせてもらうね」
2人からもらったプレゼントを、できるだけ丁寧に開ける。
このタイプの包装を上手く開ける秘訣ってないのかな。
みずほからもらった小さな包みを開けると、そこには革製のキーケースが入っていた。
「わ、カッコ良い!みずほありがとう」
「えっへん。気に入ってくれたらみずほちゃんはとっても嬉しいな!」
喜色満面といった様子のみずほが、にっこりと笑った。
本当に屈託のない笑顔が似合う子だなみずほは。
「私のも開けてみて!みずほと一緒に選んだんだよ」
恋海に促されるまま、恋海にもらった、こちらは少しサイズの大きいプレゼントを開ける。
入っていたのは……紺をベースにえんじ色の刺繍が施された、マフラーだった。
「うわ、めっちゃ嬉しい。マフラーって持ってなかったんだよね」
「良かった!もう冬後半だけど、良かったら使ってね」
マフラーは持ってなかったし、そこまで厚手のタイプではないので、真冬ではなくても使えそうなのがありがたい。
キーケースも、実は家の鍵の他にもバイト先のロッカーの鍵とかしまうのに困っていたので、ありがたく使わせてもらおう。
「じゃあ私も開けちゃおーっと!」
「気に入ってもらえるかわからないけど……」
それぞれに渡したプレゼントを開封する2人。
なんか緊張するな……。
「わ、めっちゃ可愛い!」
「え、恋海見て見てこっちもめっちゃ可愛いんだけど!」
2人へのプレゼントに選んだのは、バッグ。
いつも小さめのバッグを大学に持ってきては、資料とかが入らなくなってるみずほには少し容量が大きいトートバッグを。
逆にリュック等大き目の鞄をいくつか見たことがある恋海には、小さめのポシェットを。
あんまり高いものを選んでもな、と思ったので、それなりの物を選んだつもりだ。
バッグならまあ、趣味に合わなくても、物入れくらいにはなるかもだし……?
「ありがとう!大切にするね!」
「私も、すっごく大切にするからね」
……なんて、ネガティブに考えすぎるのも、良くないか。
嬉しそうにバッグを抱える2人を見て、自分の気持ちを改める。
喜んでもらえているのなら、良かったと、素直に受け止めよう。
レストランを出て、駅に向かう。
冬本番の冷たい空気。ありがたく、恋海からもらったマフラーを巻く。
「えへへ、やっぱり似合ってる」
「ありがとうね」
照れたように笑う恋海。
……この子が、昔一緒に遊んでいたあの子だと思うと、感慨深いものがあるな。
「盛り上がってるところで……ではではお二方、ごきげんよう!あんまりはめを外しすぎるなよっ!」
「え、みずほ!?」
「では良いお年を将人!あとは伝えた通りに、上手くやりたまえよ!恋海君!」
少し前を歩いていたみずほが、颯爽と走り去っていく。
「も~、別に最後まで居て良いのに……」
実は俺も2人に伝えようと思っていた話があったんだけど……。
軽くため息を吐いた恋海が、困ったように振り返った。
「えっと、ってことでね、ちょっと将人に見せたいものがあってさ」
恋海に、手を優しく握られる。
「だから……ちょっと、付き合ってくれないかな」
電車で少し移動して、歩いて数分。
「お邪魔します……」
「どうぞどうぞ!狭くてごめんね」
俺は、恋海の家に招かれていた。
マンションの一室。広いとは言えないまでも、一人暮らしには十分なスペース。
家具が多い方ではなく簡素ではありながらも、女の子らしい美容グッズがいくつか見えて、否応なしにも女の子の部屋に来たという緊張感が襲ってくる。
……いや、ね?わかるよ、ほいほいついてきちゃダメってことくらいはもうね?
だけど、恋海には2人でちゃんと話したいことがあったし……。
「はい、こんなものしかなくて、ごめんだけど」
「いやいや、むしろお気遣いありがと」
温かい紅茶を持ってきてくれた恋海が、机の上にそっとカップを置いた。
湯気からは、柑橘系の良い香りが立ち昇っている。
外が寒かったのもあって、温かい紅茶が普段よりも美味しく感じた。
「ね、これ見てよ」
「うわ、ほんとだ。まだ持ってたんだね」
「それは将人もお互い様でしょ!」
恋海が持ってきたのは、グローブだった。
あまりにも古くて、メーカーもどこかわからないような、グローブ。
なのに、俺の持っているものよりも状態が良くて……。
恋海が、ずっと手入れし続けていたのが一目で分かった。
「大学で、初めて会った日のこと、覚えてる?」
「履修登録してくれた時、だよね?」
「そう、あの時……ベンチに座る将人を見つけて……自然と、将人に声をかけようって思ったんだよね。正直、今まで男の人にはたくさん辟易してたのに、何故か将人には自然に声をかけてた。もう本能みたいに」
ちょっと変だよね、と誤魔化すように笑って。
むしろこちらこそ、全然気が付かなかったことが、申し訳ない。
あれだけ一緒に遊んで、しかもすっごく感謝していたのに。
「ごめんね、気が付かなくて……」
「んーん、それは私もだし。今こうして、話していられる事実が私は嬉しいよ」
目を閉じて、紅茶の入ったティーカップに手を付ける恋海。
……幼馴染の子ということが分かったからなのか、告白してくれたからかなのかは分からないけれど、恋海のこうした何気ない動きですら、凄く可愛く感じてしまうから困る。
「あ、そーだ!これも見てよ!みずほの高校時代のとかもあるからさ」
「え、それはちょっと気になるかも」
「えっとね……」
恋海が高校時代のアルバムを棚から引っ張り出してくれた。
その中には部活動に励む2人の写真もあって。
「ってか恋海高校までソフトやってたんだね」
「そうだよ!なんか、将人とのことが忘れられなくて……なんとなく続けてた。我ながらめっちゃ重いなって思うけど!」
「いや、なんか嬉しいよ、俺も高校までは続けてたし」
恋海と同じで、野球は高校1年生までは続けた。
投げすぎて、肘の大怪我をしてしまってからは、できなかったけど。
わざわざそこまで伝える必要もないか、と思い言葉をひっこめる。
「ねえ、将人」
「?」
一通り見終わって、恋海が元あった場所にアルバムを戻す。
改めて姿勢を正して、真っすぐ俺のことを見つめてきた。
「あの時、もうあの公園に来なくなっちゃったのって大人たちの会話聞いてたからなんでしょ?」
「……そう、だね」
公園に行こうと思った時、偶然聞こえてしまった会話。
施設育ちの汚い男の子と、遊んでいると言われていたこと。
自分の存在が、恋海に迷惑をかけてしまうと思ったこと。
「私は……そんなの、どうでもよかったのに。将人と遊んでいられれば、それで……」
「……ごめんね」
「ま、でも今こうして会えてるから、それでいっか!」
少し下がりがちだった視線を上げれば、いつもと変わらない、笑顔の恋海がいて。
「私は、昔一緒に遊んだ、まー君のことが好きだった。それが忘れられなくて、ようやく、見つけた次の恋。今年会った将人君にまた恋をしたの」
真っすぐに想いをぶつけられるのに、まだ慣れない。
その言葉一つ一つに、体温が上がるのが分かる。
「五十嵐恋海は、どこまでいっても片里将人君のことしか好きになれないんだって、分かったんだ。きっと私は、生まれ変わっても君の事を好きになると思う」
頬を少しだけ紅潮させながら、言い切った恋海に……思わず見惚れてしまう。
それくらい、今の恋海は魅力的だった。
――だからこそ、自分も、ちゃんと話をしなきゃいけないと思った。
「恋海、ありがとう。そんなに人から好意を向けてもらえることが、あると思ってなかったから、すぐに答えを出せないのが、本当に申し訳ないんだけど」
「今、自分がすぐにこうするって決められないくらい、ありがたい縁がたくさんあって。でも、それを全部保留し続けるのは、ダメだと思うから。来年の3月までに自分なりの答えを出すって、決めた。みずほにも、今日言おうと思ってたんだけど」
そこまで聞いた恋海が、驚いたように目を見開いた。
「3月……結構早いね」
「いや、それでも待たせすぎだとは、思うんだけど」
「でもとりあえず、それまでは今まで通り接しても、良いのかな?」
「それはもちろん。ってかそうしてくれないと、俺また大学で1人になっちゃうし」
「それもそっか!」
恋海が、机の上に置いてあるカレンダーを見ながら、「3月、3月か」と呟いた。
「……正直に言うと、怖いけど、分かった。私、待つよ。10年以上待ったんだもん。全然3ヶ月くらい。待てちゃうもんね」
健気に笑う恋海を見て、思う。
藍香さんが言っていた事。『彼女達を信じてみても良いんじゃない?』という言葉。
確かに、その通りだって。
勝手に決めつけないで、信じてみよう。
そのためにも、自分が納得のいく、答えを出そう。
その後。
しばらく昔の思い出話をしてから、夜も更けてきたのでそろそろお暇しようかと立ち上がったところで、恋海から声がかかる。
「ま、待って。……えっと、実は、みずほから聞いたんだけど」
「?」
何故か、もじもじしながら。
「その~みずほとは、遊園地の観覧車で、色々、あったらしいですね?」
「あ~……そう、だね?」
言われて、すぐに思い出せる程度には、色々あった。
コンタクトを落とした時の状況と似たような、髪を下ろしたみずほ。
夜景をバックに、蠱惑的に舌なめずりをした、みずほ。
その後は――。
やめよう、これ以上は精神的によろしくない。
少しだけ、間があって。
「わ、私だけしてないの、ず、ずるくない?」
「それは――」
俺からしたわけではないし、とか。
あの時は状況が断れる状況ではなかった、とか。
何を言っても言い訳にしかならないから、言葉に詰まってしまう。
恋海に、袖を握られた。
ま、まずい。このパターンはもう、知ってしまっている。
「きょ、今日さ、クリスマス、じゃん?」
「そ、そうだね」
恋海が、すう、と息を吸い込んだ。
「きょ、今日は、帰ってほしくないって、言ったら、怒る?」
上目遣いで言われる、その言葉の破壊力は凄まじく。
で、でもここで、流されちゃ、ダメだ。
「……えっと、流石に保護者の人が心配するし……」
と、そう口にしながら恋海の方を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていて。
――それが少し、昔の、幼い頃の恋海の姿と重なったから。
「……泊まりは、流石に、無理だけど……あと2時間くらいなら……終電ある、よ」
「……!」
ぱあ、と一気に嬉しそうな顔になる恋海。
意志の弱い男で、ごめんなさい。
無理だよ!だって可愛いし!別に全然嫌いじゃないんだから!
「じゃあ……私が成長したところ、見せないとね?」
あっという間にベッドに押し倒される。
抵抗する暇すらなく。
仰向けになった俺が最後に見たのは。
「もう絶対に離れたらダメだよ、まー君」
視界いっぱいに広がる、綺麗な恋海の顔。
肉食動物に捕食される草食動物の気持ちが、少しだけ分かった気がした。
書籍4巻5月10日発売です。
こんな亀更新のこの作品を最新まで追ってくれている方であれば、楽しめる新規エピソード沢山詰め込みましたので、良かったら。
年内完結させますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




