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シェナの花の咲く頃  作者: 錫乃


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4/11

(4)


爽やかに晴れた空の下、その日もスフィアーネは例のベンチで昼食を広げていた。

別に毎日そこで昼休憩を過ごしているというわけではない。

天気が良い日。

仕事が時間通りに片付いて昼食に出られる日。

同僚たちとランチの約束も特にない日。

あとは、独りになりたいとき。

そんなときに訪れることにしている場所なのだ。

実際、週に一度あるかないかだ。

そんなささやかな癒しの時間に、ひと月前からときどき邪魔が入るようになった。


「よっ」

「……また来たの? なんで来るのよ、まったく」

「つけまわしてるわけじゃないぞ?

昼飯食べに出るとき後ろ姿を見つけただけ……」

「見つけても放っておけばいいじゃない!」

「こんないい場所、独り占めなんでずるいぞ」

「なら、私のいないときに来なさい」

「やだよ、何が嬉しくてこんなトコで独りでメシ食わなきゃならないんだよ」

「私は別に平気です。むしろ独りにしてほしい」

「そう言うなって」


言いながら、ジェレミーはスフィアーネの隣に腰を下ろすと、持ってきた手提げから昼食の包みを取り出した。

それはそれは美味しそうな、手作りの。


「……貴方、こちらで恋人でもできたの?」


スフィアーネが尋ねると、ジェレミーはきょとんとした顔になった。


「これ、俺が作ったんだけど」

「…………嘘っ!?」

「第三師団は遠征も結構あるからな。野営で食事作ったりしてるうちに料理にハマってさ。

仕事が忙しいときはあんまりできなかったんだけど。

宿舎の指揮官用の部屋を借りてるんだけど、一通り家財道具は用意してくれてて。

調理器具も結構揃ってるから、久々に作ってみた」

「わぁお……」

「スフィアーネの方はいっつも食堂メシだな。自分で作ったりとかしないのか?」

「指揮官様の部屋と違って、一般職員用のお部屋には湯沸かし程度の簡易の設備しかないのですよ。

それに昼の予定は行き当たりばったりで決めるから、作って無駄になっても勿体無いし」

「見た目によらず、料理できんのにな、君」

「料理できそうにない見た目で悪うございましたわね……ほんと一言多い」

「すみませんねー。コツタ豆のフリットも作ったんだけど、君の好物じゃなかったっけ。食べる?」

「えっ!? 食べたいっ!!!」


ほら、とジェレミーがひとつをつまみ上げた。

誘われるままあ~んと口を開けかけたスフィアーネだったが、はたと動きを止めた。

口を閉じて、ふい、と向こうを向いてしまったスフィアーネに、不審げにジェレミーが訊ねた。


「どした?」

「……やめとく」

「なんで?」

「こんなところを見られたら、あらぬ疑いを持たれかねない……でしょ?」

「人気のないとこで並んで弁当食ってる時点でアウトのような気もするけど?」

「だからもう来ないでと言ってるでしょうが……」

「ま、なんか言われたら、気心の知れてる者同士で昔話しながらメシ食ってただけだって言えばいんじゃないか?」

「……」


ジェレミーは差し出していたフリットを自分の口に放り込んだ。

我ながら旨いわーという緩んだ表情に、スフィアーネは出かけた文句を引っ込めた。


それに、気心が知れている、というのは本当のことだ。

付き合っていたのは数年前ではあるものの、感情の機微や思考の癖、はたまた食べ物の好みにいたるまで、互いにある程度は把握しているからだ。

学生時代の人間関係と違い、職場の同僚というのは個人的なことに積極的には関与しない。

誘われれば一緒に食事にも行くし、酒を飲むこともあるが、あくまで職場の延長での付き合いということの方が多いのだ。

そういう人間関係に少し疲れたり、気分をリセットしたいとき、午後からの英気を養うためにスフィアーネはよくこのベンチにやってくる。

ジェレミーが隣にいてしまうのは、独りきりになって気分を変えるという点では少々難があるのだが、素の自分に戻れるという点では別段問題はないわけで。むしろ、こうして他愛ないやり取りをする時間は、良い気分転換になっていたりする。

スフィアーネが「もう来るな」と言いながらも強くジェレミーを拒絶しないのは、そういう理由もあった。

そしてなにより困ったことに、ジェレミーの隣にいること自体が、スフィアーネにとっては嫌ではないのだ。

この距離に慣れてしまってはダメだと、判っているのに。


「……こんなことしてたら、大事なお嫁さん探しに障るんじゃなくて?」

「そんな焦ってるわけじゃないさ。それに俺、わりとモテるし?」

「あ、そーですか」


その時、空から白い鳥の形をしたものがスフィアーネの元に舞い降りた。

魔法で作られた鳥はピィと一声鳴いてからスフィアーネの手の上に乗る。

その嘴に淡く魔力を乗せた指を近づけると、受取人を認識した魔法の鳥は封筒へと姿を変えた。

開いてみれば、同期の男性職員からの書信だった。


「もうそんな時期か……」

「なにがだ?」

「毎年、このくらいの時期に団員と若手職員が集まって懇親会をやってるのよ」

「へぇ……って、あれ?

もしかしてそれって、週末のやつ?」

「そうだけど……?」

「それ、俺も誘われてるわ」

「………………はぁ!?」


 * * *


「というわけで、今期も無事、懇親会を迎えることになりましたー。

そして今年は、王立騎士団から出向されてきたノーツ卿にも参加してもらってます!

自己紹介も兼ねて、ノーツ卿、一言!」


騎士団の食堂に満ちた拍手に紛れ、スフィアーネは溜息をついた。

その視線の先では幹事に指名を受けたジェレミーが立ち上がろうとしていた。


「王立騎士団から剣指南役として派遣されてる、ジェレミー・ノーツです。

ちょうど辺境騎士団いるんだからってことで声かけてもらって参加してます。

どーぞよろしく」

「ありがとうございますー。

では、辺境騎士団の固ーい結束を祈念して、カンパーーーーイ!」


笑いと拍手の中、賑やかに懇親会が始まった。

若い団員と職員ばかりの集まりのため騎士団全体の飲み会よりは少し雰囲気が砕けている。

スフィアーネにとっては、その顔ぶれにジェレミーが混じっているのが少々不思議な感じがするのだが。

新顔ということもあり話題の中心にいるのは彼だ。


「ノーツ卿、おいくつでしたっけ?」

「今年で二十五」

「ご出身は王都ですか?」

「いや、地元はこっちだ。

隅っこにあるちっさい男爵領だから知らないだろうけど。学院入るまではずっと北方育ち」

「そういや、ミアネス嬢と同じ時期に学院にいらしたんですよね?」


グラスを持つスフィアーネの手がピクリと止まった。

予感はあったが、会話の糸口を探っている間に自分の名前が出てきたのにげんなりとする。


「そうだよ、学院時代の後輩」

「案外、昔の恋人だったりするんじゃないんですかぁ??」

「まさか、共通の友人を介した知り合いだったってだけ」


これまた予想通りの追求も、ジェレミーは笑ってさらりとかわしていた。

ずいぶんと人あたりよく、そして饒舌になったものだ、とスフィアーネは半ば呆れながら感心する。

自分が知っているジェレミーは、どちらかというと口下手な方で、初対面から誰にでも愛想がいいというわけでもなかった。

どのくらいの期間で第一から第三師団に移籍したかまでは聞いていないが、貴賓の警護の任も多い第一師団時代に対人スキルというやつも磨かれたのかもしれない。この調子ならスフィアーネが黙っていてもこの場はなんとかなるだろう。


「大人気だね、ノーツ卿」


気を抜いてグラスの飲み物に口をつけたとき、隣に座っていた同僚が小声でそう言った。


「そうね」

「ほんとに、元恋人とかじゃないんだ?」

「……ただの先輩と後輩よ」

「そうだよね……確かに、元恋人が自分と同じ職場にきたら、さすがに引いちゃうよね」


曖昧に相槌を打ちながらも、スフィアーネはちょっと考えた。

言われてみれば、確かに普通ならそうかもしれない。

でも、実際のところ、職場でジェレミーと再会したのは予想外だったが、別に嫌悪の情は湧かなかった。

席の反対側で人に囲まれて笑っている薄紫の髪の男を見ながら考えた。

認めたくはない気もするが、スフィアーネの中では今でもジェレミーはちょっと特別なのかもしれない。


「じゃあじゃあ、学院時代のミアネス嬢ってどんな感じだったんですか?」


再び自分の名前が挙げられて、スフィアーネはジェレミーに視線を戻した。

余計なことを喋るなといわんばかりの視線に気づいたのか、一瞬目が合うとジェレミーがにやりと笑った。


「なんだよお前、そんな根掘り葉掘り聞き出そうとするなんて。

俺のこと狙ってんの?」

「ちっ……!違いますよ!

ノーツ卿狙ってどーすんですか!

狙うんだったらノーツ卿じゃなくてミアネス嬢の方でしょ!」

「言っちまったよコイツは」

「ミアノス嬢が彼氏持ちじゃなかったらなぁ」


同期の一人の発言に、今度はスフィアーネに視線が集中した。

皆の視線にも困ったが、驚いたように自分を見ているジェレミーの表情に、スフィアーネはどう反応したらいいものかと困ってしまった。


「ああーっと……」

「俺も見かけたことあるけど、騎士団員じゃない人だったよね?」

「はい……騎士団にも納品をしている商会勤めで。

王国中を商談で飛び回っているので、なかなか会えませんが……」

「かーっ、羨ましぃっす!俺もスフィアーネさんみたいな恋人欲しいー」


口の重いスフィアーネを気遣ってかそれ以上は聞かれることはなく、話題はすぐさま他に移っていった。

ふう、と溜息をつきながらも、スフィアーネは視線を上げられなかった。

複雑な気分を隠すように、グラスに残っていたものを一気に飲み干した。


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