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鬼灯町の百鬼夜行◆宴  作者: 宵宮祀花
伍ノ幕◆嘘と真の理

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友情の亀裂

 放課後、ひと気のなくなった教室で二人の女子生徒が向かい合っていた。片方は眉を下げて申し訳なさそうにしながらも、何処か勝ち誇った空気を纏った黒髪ストレートの少女。もう片方は驚愕と絶望を面に張り付けた、自然な茶髪セミロングの少女。


「なんで……? 音夢ねむ、私が英慈くんのこと好きなの知ってたよね?」


 黒髪の少女――那々群音夢は、悪びれずに頷くと長い髪を指先で弄びながら窓の外へ視線を逃がした。


「さゆに教えようと思って色々聞いてたら、気があると思われたみたいでさ。こないだ告られちゃったんだよね。断るのも悪いし……それに英慈くんって話してみると意外と楽しいからさぁ。付き合ってもいいかなって」

「っ……最ッ低!」


 パンッ! と、乾いた音が静かな教室に響く。

 頬を打たれてなお、音夢は涙一つ浮かべていない。対して平手打ちをしたほうの少女――玉野井佐由美は目に涙を浮かべ、音夢を睨んでいる。


「アンタみたいなビッチを一瞬でも友達だと思ったのが間違いだった! 最初からそのつもりで聞き出したんでしょ!? 信じらんない!」


 鞄をひったくり、後ろ手に扉を叩き閉めて教室を飛び出していく佐由美を、薄笑いを浮かべて音夢が見送る。鞄のポケットからスマホを取り出してメッセージツール画面を開き、フレンドリストから目的の名前を選択すると手早く文字を打ち込んでいく。

 打ち込んでいるすぐ上には数分前の時刻に『委員会終わった。そっちは?』と簡素なメッセージが送られてきていた。


『こっちもいま終わったから、一緒に帰ろ』


 メッセージに続けてスタンプも送ると、相手からも『ok』と書かれたキャラクタースタンプが返ってきた。

 相手の名前は杉谷英慈すぎやえいじ。今し方の話題に上っていた男子生徒だ。


「自分で何にも行動しなかったくせに、いざ上手く行かなかったら人のせいとかホント陰キャのブスって無理」


 鞄を肩にかけ、佐由美が力一杯叩き閉めたせいで半開きになっていた扉を開け、外に出た。廊下には殆ど人の気配がなく、先の大声を聞いていたらしき女子生徒二人組が、横目で音夢を見ながら半笑いでヒソヒソと話している。

 それらを無視して階段を降り、昇降口につくと、既に靴を履いていた英慈が軽く手を挙げて音夢を迎えた。


「お待たせ」

「俺もさっき来たとこ。てか、ちょっと前に玉野井さんが走って出てったけど、教室でなんかあった?」

「うん……なんか、いきなり自分のが先に英慈のこと好きだったのにって逆恨みビンタされちゃってさぁ」

「えっ、マジ? 冷やさなくて大丈夫?」


 優しい手が、音夢の左頬に触れる。心配そうに自分の顔を覗き込む、佐由美がずっと好きだった男の眼差しが目の前にある。それだけで頬の痛みなど吹き飛ぶ思いだった。

 音夢は淡く微笑んで見せながら「大丈夫」と答え、英慈の手を取った。


「先に好きだったって言うけど、同じクラスってこと以外特に関わりなかったよな」

「うん。だからあたしもびっくりしちゃって……でも、たぶんさゆもショックで冷静でいられなかっただけだと思うから、ぶたれたことを怒ってはないんだよ、あたし」


 白々しく舌の先に嘘を乗せても、彼は微塵も疑わない。

 だが音夢は、此処で佐由美の悪口を重ねるような真似はしなかった。殴られてもなお友人を庇う健気な少女を演じれば、彼からの株が上がると知っているからだ。

 自分の評価を上げるのに周りの悪評を口に乗せるのは三流のすることだと、経験則で知っている。


「音夢は優しいんだな。でも、嫌なことはちゃんと嫌だって言ったほうがいいよ」

「うん、ありがと」


 案の定、英慈は容易く騙され、音夢を清楚で心優しい少女だと思い込んでくれた。

 音夢は正しく自分の容姿を理解している少女だった。既に処女など捨て去ったのに、女をろくに知らない高校生男子はちょっと初心なふりをすれば簡単に騙されてくれる。そうして無害な花のふりで近付いて、誰かが想いを寄せている男子を擽るのが楽しくて仕方なかった。

 そうかといって短い期間に男を取っ替え引っ替えするほど愚かでもなく、男のほうが勝手に音夢を巡って争うように仕向け、怯えるふりで別れを切り出したり、周りからも『あれじゃ仕方ない』と見えるようにするのが巧みだった。

 音夢の本性を知るのは、彼女に好きだった人を奪われた女子のみ。そのため、彼女の素顔を吹聴すればするほど、勝手に自身の評価が下がっていくという悪循環に陥る。


「なあ、今度の土曜はどうする? どっかいく?」

「うん、デートしたい」

「わかった。じゃあ、よさげなとこ探しとくよ」

「えへへ、リードしてくれるんだ? 優しいね」


 小首を傾げて見上げながら微笑めば、英慈は頬を染めて「別に」と視線を逸らした。


「それじゃあ……またね」

「また明日な」


 駅に着くと名残惜しげに手を放し、英慈の正面に立って小さく手を振る。

 鞄から定期券を取り出して踵を返し、改札に駆け込む。数歩進んで振り返ると、まだ自分を見ている英慈がいて。音夢は最後に照れ笑いを浮かべてまた手を振った。そんな些細な仕草で簡単に心を擽られてくれるのだから、本当に容易い。


「……ふふ。週末、楽しみだな」


 最寄り方面のホームに降り立ち、笑みを浮かべる。

 その表情は先ほど英慈に見せたものと違い、勝者の歪みを湛えていた。

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