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マスケットガールズ! ~転生参謀と戦列乙女たち~  作者: 漂月


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第97話「羊の丘」(※図解あり)

【第97話】


 こうして俺たち第六特務旅団と援軍の大隊群は、行軍速度の乱れからバラバラに戦場に到着することになってしまった。だから先に行けって言ったのに。

「俺なりに知恵を絞って策を練ったんですが、肝心の指揮官たちが言うことを聞いてくれないんじゃ話になりませんよ」



 俺がアルツァー准将に愚痴を言うと、彼女は困ったような顔をして俺の背中をポンポンと叩いた。

「歴戦の彼らから見れば私は小娘だし、貴官は平民の若造だ。諸将が従わないのも無理はない」

「予想通りだったので特に問題はありませんが、正規の軍隊とは思えませんな」



 とはいえ、近代化された組織でもこういうのはあるよな。……あった。思い出したくもない。

 いや待てよ、本当に思い出せない。あのときのトラブルは何が原因だった? そもそも、仕事のトラブルだったか? というか俺の職業は何だった?



 気づかないうちに、前世の体験記憶がどんどんぼやけている。

 知識そのものは無事だ。俺が本で読んだ知識は体験とは無関係だ。黒色火薬が硝石と木炭と硫黄でできていることは、俺の体験ではない。火薬の調合なんかしたこともない。



 だが俺の実体験の方はかなりあやふやになっている。

 俺の実体験と本などで見聞きした知識とが混濁して、どれが自分の経験だったのかがわからない。どうやら前世の記憶を二回目の人生が上書きしているようだ。



 これを止める方法はわからないので、俺はだんだん日本人転生者からシュワイデル人のユイナー・クロムベルツになっていくのだろう。

 だがそれも今に始まったことではないので、いちいち慌てるような話ではない。思い出したくないことは忘れてしまおう。



 俺が黙ってしまったのが少し心配だったのか、准将が俺の顔を覗き込んでくる。

「やはり不快か?」

「いえ、前世でもこういうことがあったなと」



「ははは、そうか。お前は優秀だから、きっとどこでも疎まれていたのだろうな」

 いやいや、そんなんじゃないんですよ。たぶん。思い出せないけど。



 俺は気持ちを切り替えて、だんだん見えてきた大きな丘を指差した。

「当初の計画では我が軍は素早い行軍で先手を取り、あの『メウル・カル』に堅固な野戦陣地を構築してブルージュ軍を迎え撃つ予定でした」



 頼るもののない野戦、特に平原での会戦では陣地構築が勝敗を分ける。ここを考えない参謀はいない。当然、敵も同じことを考えてくる。

 帝都からの距離や彼我の行軍速度、それに補給に必要となる街道や要塞の位置を考えると、寄せ集めの俺たちが勝てそうな決戦場はここしかなかった。


挿絵(By みてみん)


 シュワイデル語で『羊の丘』を意味するこの丘は、街道に沿う形で横たわっている。街道を監視するには絶好の場所だ。

 切り立った崖はないが勾配が強い丘で、耕作には不向きとされて牧草地になっていた。



 数百年にわたって羊飼いたちが利用していたが、ここに『魚の道』と呼ばれる街道ができた結果、丘には領主の城館が建てられた。街道の警備のためだ。

 羊飼いたちは去り、国内の政情や治安が安定した後には城館も廃れた。



 准将は望遠鏡で丘の城館を観察し、「後期モレン建築なのに破風にも鼻隠しにも彫刻がないな……雑な仕事だ」などと呟く。それから俺を振り返った。

「大軍を迎え撃てる地形は、この近辺ではあそこしかないからな。頂上にある貴族の城館は野戦司令部にちょうどいい」

 そうなんだよな。



 しかし俺は溜息をつく。

「ですが予定が狂いました。我々は二個中隊三百人の兵しかいません。しかも初陣の新兵が半数以上を占めています。あの丘に布陣しても包囲されれば全滅です」

「六個大隊三千人の兵を展開する予定だったのに、一割しかいないのでは話にならない。おまけに水源もないから籠城戦も無理だ」



 困った顔をしているアルツァー准将。そんな表情も可愛い。だが俺の直属上官にそんな表情はさせたくない。

「幸い、他の大隊は遅くとも明後日には到着する予定です。二日間だけ何とかしましょう」



「何とかなるかな? いや、お前はさっき『予想通り』と言っていたな」

「予定が狂うのも予定のうちです。何もかも予定通りになるのなら参謀はいりませんし、戦争に負ける国はなくなります」



「だが実際にはそうではないから、お前のような有能な参謀が必要だ。頼りにしているぞ」

「有能かどうかはわかりませんが、それで給料もらってますから最善を尽くします」

 こんな薄給じゃ割に合わない気がする。やはりさっさと退役して、どこかの港街でコーヒー屋でも開業する方がいいか。



「おい、溜息をつくな。給料が安いのは私も同じだ」

「閣下には実家からの仕送りがあるでしょうに」

「それはそうだが」

 急に口ごもる准将。

 それから彼女は上目遣いに俺をチラリと見た。



「じゃ、じゃあ家計を共にするか?」

「それって……」

 俺が身の引き締まる思いになったとき、伝令の女子騎兵が駆け込んできた。



「申し上げます! 街道の西、約二十キラム先にブルージュ軍らしき軍勢を確認しました! 総数は不明ですが、歩兵だけでも四~五千はいそうな感じです! 騎兵もいました! 砲兵は未確認です!」



 アルツァー准将の表情から一切の迷いが消え、一瞬にして戦人の表情になる。

「近いな。明日には接敵しそうだ。どうする?」

 俺は参謀として意見を述べる。

「やはり丘の上に布陣するのは無理です。第二案を採用しましょう」

「わかった。その場合、どれぐらい勝ち目がある?」



 俺は予言者じゃないから断言はできないが、それでも士官学校で戦術を学んだ専門家だから、こういうときはわかりやすく説明することを求められる。

 でも難しい質問だな。



「味方の到着が間に合えば、おそらく負けない戦いができるでしょう。間に合わなければ勝負にもなりません」

「だが味方の到着を早めることはできない。となると、時間稼ぎの策があるのだな?」



 うちの上官は鋭いなあ。理解が早くて助かる。

「敵も『羊の丘』を要衝として狙っているはずです。十分な兵がいれば難攻不落の陣地になりますし、後方からの補給には街道を使えます」



 アルツァー准将は地図をじっと見つめ、それからニヤリと笑う。

「貴官の策を当ててみせようか。『羊の丘』の南東にある、あの『子羊の丘』に布陣するのだろう?」

 俺はフフッと笑ってみせた。



「残念、違います」

「違うのか……」

 ちぇーっとつまらなさそうな顔をする准将。たまに子供みたいだよな。



「あそこなら寡兵を隠すのにちょうどいいと思ったのだが」

「そこは合っています」

「そこは合ってるのか……?」

 よくわからないといった様子で、准将は首を傾げている。



 俺は解説した。

「ですが、寡兵を隠しても勝てなければ意味がないでしょう。敵も伏兵は警戒しています。あんな場所に我々が布陣しても無意味ですよ」



「そうか、では忘れるとしよう」

「いえ、忘れないでください。ここはとても重要ですよ」

「もう何がなんだか……。おい、上官をからかうのはよせ」

 すみません。悩んでる准将の顔が可愛いのでつい。



「すみません、悩んでる准将の顔が可愛いのでつい」

 気が緩んで、思っていたことがそのまま口から出ちゃったよ。怒られるぞ。

 そう思って准将の顔をチラリと見たら、准将は口をもにょもにょさせながら照れくさそうな顔をしていた。



「そ、そうか。可愛いか……」

「はい」

 もうヤケクソで肯定しておく。どうせいつ戦死するかわからない身だ。前世のときみたいに心残りがあると困る。



 ただ俺も猛烈に恥ずかしかったので、コホンと咳払いをして話題を変えることにした。

「とにかく我々は街道付近に布陣しましょう。目立つように、なおかついつでも逃げられるようにしておきます」

 すると准将が上目遣いに俺を睨んだ。



「お前、またそうやって逃げるつもりだな」

「そうですが?」

「いや、そっちの話じゃなくて!」

 どっちの話だよ。



 その場に残っていた伝令騎兵の子が、困ったように笑う。

「あのー……私はこれからどうすれば……?」

 ハッとしたように准将が振り返り、すぐさま軍人の顔に戻る。



「すまない、忘れていた。こちらに向かっている後方の各大隊に現状を連絡してくれ。可能な限り急げと」

「はいっ!」

 びしっと敬礼した後、妙に粘つく微妙な笑みを残して騎兵が立ち去る。また変な噂が立ちそうだな……。



「仕事しましょうか、閣下」

「うん」

 さっきの他愛もないやり取りの続きのために、俺たちは目の前の戦いに専念することにした。


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― 新着の感想 ―
なんかもう、隠さなくなってきたねw
違うかもしれないが 丘でなく、街道に布陣は、「泣いて馬謖を斬る」兵站つぶしや相手を囲むためか
[一言] なるほど、二人でブルージュ軍をデカルチャーするんですね?
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