第96話「烏合の軍」(※地図あり)
【第96話】
ともあれ、第六特務旅団に歩兵将校が二人も来た。これで二個中隊を任せられる。
経験豊富な兵が多い第一中隊はフォルトン少尉が指揮する。レーン少尉は実戦経験が皆無だから指揮できないだろう。
幸い、フォルトン少尉は女性兵士たちに好意的に受け入れられた。以下、俺が彼女たちから聞いた意見を列挙する。
『肩の力が抜けてて意外と悪くないです。エロオヤジかと思ったら紳士的ですし』
『話が面白いんですよ。親しみやすい人ですね。近所にああいうおじさんいました』
『なんか……うちのお父さんみたいです。酔っ払ったらくだらない冗談ばかり言うんですけど、真面目で腕の良い職人でした。死んじゃったんですけど』
おおむね「親しみの持てるおっさん」という評価のようで、これは少々意外だった。兵隊の扱いがこなれているのは予想していたものの、女性相手だと距離感が難しい。
それを難なくクリアしてみせたということは、やはり能力が高いのだろう。いい買い物をした。
そして美女と見まがうばかりのレーン少尉の方も、これはこれで好評だ。
『優しいし美形だし最高です! もう絶対に中隊長変えないでくださいね!』
『ずっと顔を見ていられます。訓示をもっと聞きたいと思った上官は初めてです』
『参謀殿、見てください! キオニス戦役の古傷が、お化粧で隠れちゃいました! レーン少尉殿に教えてもらったんです!』
いろいろ言いたいことはあるが、兵士に受けが良いことは前線指揮官の絶対条件だ。
でも君たち、中隊長はアイドルでもファッションリーダーでもないんだぞ。
まあいいや。
そして新たな中隊長の下で、六人の下士長が小隊長として兵士を統率する。
「第一中隊の銃、馬車に積み込み終わりました!」
「不足がないか、員数を数えて! 二人でね!」
「すみません、修理に出してたブーツが戻らないんですけど!?」
「足型の番号を言いなさい。中隊の備品を支給します」
馬車に次々に荷物が運び込まれ、荷台に固定される。兵士たちには背嚢やブーツなどの不足分が支給され、第六特務旅団は予定通りに臨戦態勢を整えた。
「クロムベルツ少佐殿、本当に兵士に銃を持たせなくていいんですかい?」
フォルトン中隊長が頭を掻きながら質問に来たので、俺はうなずく。
「今回は味方の勢力圏を行軍するから、重い装備は全て馬車で運ばせる。兵の疲労は最小限に抑えておきたい。警備のために小隊狙撃手にだけライフル式騎兵銃を持たせる」
「お優しい参謀殿に感服しましたよ。さぞかしモテるんでしょうな」
ニヤリと笑うフォルトン中隊長。嫌味かな?
細かいことで喧嘩しても仕方ないので、俺は困ったように笑い返す。
「貴官ほどはモテないがな。道中に不穏があれば、中隊長判断で武装を命じろ。その場合はレーン中隊長にも助言をしてくれ」
「はっ! 御命令通りに!」
ビシリと敬礼して、フォルトン中隊長は去っていく。仕事はきちんとしてるんだよな。
彼の背中を見送っていると、今度はレーン中隊長がわたわたと駆けてきた。
「あっ、少佐殿! すみません、『魚の道』ってなんですか!? 中隊の子たちの会話についていけなくて……」
「知らないのか、レーン少尉」
国境の山奥出身のレーン中隊長に、俺はなるべく簡潔に説明した。
「帝室直轄領の港から帝都まで続く、よく整備された街道だ。帝室に鮮魚類を運ばせるために整備されたと言われているのが名前の由来だな。だが実際には交易で得た富を運ぶための輸送路であり、同時に軍用道路でもある」
すみません、全然簡潔じゃなかった。オタクだから知ってること全部しゃべりたい。
説明が長すぎたかなと思って恐る恐るレーン中隊長を見ると、彼は頬を上気させて感心しきっていた。
「なるほど、だから馬車をあんなに用意しているんですね。街道が整備されているのなら、そのまま戦場まで直行できますから」
「そうだな。険しい山道などがあると馬車をそこで捨てることになるが、舗装された石畳まであるからな。馬車でも快適に通れる」
快適といってもガッタンゴットン揺れるんだが、銃を担がなくていいのは助かる。とにかく重いんだよな。
レーン中隊長は納得した様子で俺に敬礼する。
「御教授ありがとうございました! 参謀をなさっているだけあって、本当に何でもご存じなんですね」
基礎的な地理は士官学校でも一通り習うはずだが、レーン少尉のときはカリキュラムが違ったのかな? 帝国の人材育成制度は疲弊感が強く、今ひとつ信用できない。
「俺からもひとつ聞いていいか、レーン少尉」
「なんでしょう、少佐殿?」
「貴官は士官学校にどれぐらい通ったのかな?」
「最初の一年だけです。軍学の概論や盤上演習だけで終わってしまいました」
やっぱりそうか。貴族将校の基礎教養は実家に丸投げだから、レーン少尉のような没落貴族だと十分な教育ができていない。
一方、士官学校で鍛え上げた平民将校は損耗率が高いので、我が軍は構造的な問題を抱えていることになる。そりゃ勝てない訳だ。
「どうかなさいましたか、少佐殿?」
「いや、何でもない。頑張ろうな、レーン少尉」
「はいっ!」
頬を染めて敬礼するレーン中隊長。美少女みたいで可憐だけど、経験が浅いから少し心配だ。
やはりベテランのフォルトン少尉にサポートしてもらおう。やや不安はあるが、フォルトン少尉は必要だ。
レーン中隊長が軽やかな足取りで持ち場に戻った後、俺は制帽を脱いで壁に寄りかかる。
寄せ集めの兵と、足りない装備。そして不安が拭えない将校たち。
俺たちは勝てるだろうか?
* * *
【野営地にて】
「小娘の指揮下に入ることになるとは……」
「まあまあビゼル中佐。これもお国の一大事ですぞ」
「左様。それにメディレン家は今や帝国最後の希望です。アルツァー様を直属上官に頂いたとなれば、軍人の誉れになりましょう」
他の大隊長たちに宥められ、ビゼル大隊長は白いあごひげを撫でて嘆息した。
「誉れと言えましょうか? アルツァー嬢は一番上の孫と同い年ですぞ。うちのボンクラ息子など、それを聞いて笑い転げておりました」
「はっはっはっ!」
大隊長たちは皆、アルツァー准将の軍功には敬意を払っている。彼女の実力は本物だ。
とはいえ見た目はまるで子供だし、実際に年齢も若い。体裁を気にする貴族将校たちは、クロムベルツ少佐のように素直にはなれなかった。
第一師団から部隊や一族と共に落ち延びてきたビゼル中佐は、やれやれといった表情で笑う。
「ま、メディレン宗家の令嬢とあらばお力添えするのも帝国貴族の誉れと考えることにしましょう」
「そうですとも。我らの力がなければ、いかにアルツァー准将といえどもブルージュ公とは戦えますまい」
「確かに。片腕と称されるクロムベルツ少佐を除けば、幕僚と呼べる将校もほとんどおりませんからな」
そのとき、野営地の天幕にクロムベルツ少佐が入ってきた。
寛いでいる諸将を見回し、若き平民少佐は渋い顔をする。
「失礼します。合流を待たずに先に出発しておくようにと、旅団長閣下より命令があったはずですが」
大隊長たちは顔を見合わせたが、最年長のビゼル中佐が口を開く。
「わかっとるが、閣下に御挨拶をしたくてな。心配せずとも明日の早朝に出発する。それで十分だろう?」
「それでは遅すぎます」
ビゼル中佐は顔をしかめた。
「君は参謀の癖に用兵をわかっとらんな。あまりに先行すれば相互の連絡が遅れ、統率が取れなくなるのだ」
「いえ、その御心配は無用です」
クロムベルツ少佐は慎重に言葉を選んでいる様子で、こう言った。
「閣下直属の部隊は行軍速度が速いので、他の大隊には先行して頂かないと追い抜いてしまうのです」
「しかし君、閣下の部隊といえば女ばかりだろう?」
ビゼル中佐の言葉に他の大隊長たちも同意する。
「女の足では男ほど早く歩けん」
「我々の兵を女より鈍間だとバカにしているのかね?」
「失敬だぞ、クロムベルツ少佐」
しかしクロムベルツ少佐は首を横に振った。
「小官は男性兵士の小隊を率いていた経験がありますが、第六特務旅団の女性兵士の方が行軍速度は上です。小官の意見など無視して頂いて結構ですが、旅団長閣下の命令には従ってください」
大隊長たちも歴戦の軍人なので、直属上官の命令には絶対服従であることは承知している。だが平民の若造に従うのも癪なので、渋々といった表情で応じた。
「わかった、わかった。そこまで言うなら行軍の何たるかを教えてやろう」
「参謀気取りの若造にはわかるまいな」
「せいぜい遅れないように後ろからついてこい」
クロムベルツ少佐はそんな嫌味の数々にも全く動じていない様子で、あくまでも真面目に応じる。
「よろしくお願いします。閣下は三日の遅れなら許すと仰っていました」
「このっ……!」
年下の平民に侮辱されたと感じたビゼル中佐は顔を真っ赤にしたが、さすがに少佐を叱責するのは遠慮した。尉官なら怒鳴りつけていただろう。
だがここまで言われて黙っていては、貴族の沽券にかかわる。彼は若き参謀を睨みつけた。
「ならば我々が三日先に到着してやる。閣下には『戦場にてお待ちしておりますぞ』と伝えてもらおうか」
「承知しました。必ずお伝えいたします」
まるで頓着していない様子で、クロムベルツ少佐はにっこり笑った。
* * *
そして俺たちは帝都ロッツメルを目指して行軍を開始したのだが、案の定他の大隊が鈍足で悲しくなってきた。
「ビゼル大隊が半日遅れ、他の大隊は一日近く遅れています。話になりません」
「大言壮語した割には大したことがないな。徐々に遅れが増している」
アルツァー准将は馬上で嘆息しつつ、こう続ける。
「まだ目的地までだいぶあるぞ。彼らの大隊は踊りながら行軍しているのか?」
うちの准将、口が悪いなあ。
俺は苦笑しつつ、馬を並べながら准将に説明した。
「他の大隊は荷物を全部歩兵に持たせているんですよ。疲労の蓄積が早く、長時間の行軍ができません。おまけにブーツをはじめとする装備品が劣悪なので、行商人や巡礼者よりも鈍足です」
「たったそれだけでこんなに差がつくものか」
「そうです。何度も言ってますが、行軍速度は一番遅い者の速度になります。人数が増えれば増えるほど遅くなりますので、大隊規模では規定の行軍速度を維持できないのが普通です」
「その点、我が旅団は行軍が軽快だな」
「軽装ですし、ブーツもズボンも歩きやすいものにしています。行軍についていけない者は馬車に乗せますしね」
「常々感心しているが、貴官の対応には抜かりがないな」
そりゃ命を懸けて戦ってもらうんだから、こっちも命懸けで知恵を絞るよ。前世じゃ下っ端だったから、現場で働く人の気持ちはわかっているつもりだ。
それに部下が女の子ばかりなので、どうしてもあれこれと気を遣う。
「女性ばかりの旅団では、体調不良者がいるのが日常ですから」
「そうだな。まったく女の体は不便だ。貴官が羨ましいぞ」
おおむね同意するが、ちょっとだけ意見具申しておく。
「仰る通りですが、男の体にも多少の不便はありますよ」
「それもそうか。すまない。知りもしないのに羨ましがるのは失礼だな」
アルツァー准将はそう言って苦笑した後、ふと首を傾げる。
それから、ある一点を凝視した。
「確かに座るときに不便そうだ……」
「じろじろ見ないで欲しいんですが」
女性にとっては人体の不思議なんだろうが、股間を凝視されると落ち着かない。




