第93話「寄せ集めの軍団」
【第93話】
第五師団の無料二連ガチャで来た少尉たちは、予想通り訳アリ物件だった。
そして予想通り、俺が彼らの面倒を見ることになる。
面倒臭いことがどんどん増えてしまって憂鬱だが、俺ももう少佐だから仕方がない。
俺は新任の少尉二人に声をかける。
「ディゴ・フォルトン少尉」
「なんです?」
人懐っこそうな笑みを浮かべている中年少尉に、俺は淡々と質問する。
「貴官の軍歴は見た。アガン軍に物資を横流ししたそうだな?」
「まあ、そうです」
悪びれもせずに笑っているフォルトン少尉。
アルツァー准将がしかめっ面をしている。
だが俺は全く変わらない口調で、重ねて質問した。
「賞罰欄の付記を見る限り、貴官は占領地の民間人に要請されて食料を配給しただけだな? 降格の理由としては不自然だ」
フォルトン少尉は俺をチラッと見たが、すぐに視線をそらした。
「お偉方が決めたことです。小官の知ったこっちゃありませんな」
この様子だと、どうやら何か事情がありそうだ。
書類上では紛う事なき腐敗将校だが、俺は彼の経歴を見たときから妙に引っかかるものを感じていた。
物資の横流し以外、彼の経歴には汚点と呼べるものがない。もちろん勲功もないのでトータルではマイナスの経歴だが、彼を切り捨てるのは早計な気がする。
俺はフォルトン少尉にこう言う。
「同感だ。貴官の過去など、俺も知ったこっちゃない」
第五師団から送られてきた書類の束を、俺は真っ二つに破り捨てた。
実はこれをやるために、事前にこっそり切れ込みを入れておいた。さすがにこんな分厚いものは引き裂けないからな。
「な……何してるんです、少佐殿?」
驚いた顔のフォルトン少尉に、俺はゆっくり歩み寄る。
「俺は貴官が何をしてきたかなど興味はない。興味があるのは、これから何をしてくれるかだ」
フォルトン少尉に顔を近づけると、俺は下町の裏通りで培った威圧の表情をしてみせた。
「俺は貴官を少し面白そうな男だと思っている。だがもし貴官のその韜晦が無能を隠すだけの薄っぺらい欺瞞なら、すぐに原隊に送り返してやる」
俺の挑発的な物言いに、フォルトン少尉が一瞬だけ鋭く険しい表情を見せた。予想通り、彼の本当の表情には凄みがある。
だが彼の素顔は一瞬で引っ込み、すぐに皮肉っぽい笑みに覆い隠されてしまう。
「へいへい、おっかねえ上官殿ですな。せいぜい精励しますよ」
とりあえずこんなもんでいいだろう。
そう思って振り返ると、シャル・レーン少尉がガタガタ怯えていた。明らかに俺を見て怖がっている。
「ひっ……!」
肝が小さすぎる。大丈夫かな、この人。
俺はなるべく笑顔で話しかける。
「あー、貴官を原隊に送り返す気はないぞ。さっきも言ったが、貴官には普通に期待しているからな。こんなダメなおっさんと同じように扱うつもりはない」
フォルトン少尉が渋い顔でぼやく。
「参謀殿。こいつが可愛い顔をしてるからって、そりゃないでしょう」
まあ待て、ここからが本題だ。
「フォルトン少尉は前線指揮官として戦えることを証明している。最低限の水準はクリアしている訳だ。だが貴官にはそれがない。前線での指揮経験がないからな」
「え……?」
ビクッとして俺を見上げるレーン少尉。
俺は微笑みながら続けた。
「貴官は本来、小隊長として経験を積むべき時期だ。それを飛ばして中隊長にするのだから、フォルトン少尉と同じという訳にはいかないだろう」
「す、すみません!?」
怯えているレーン少尉に、俺はなるべく優しく言う。
「落ち着け。無理だと思っていれば、旅団長閣下も貴官を中隊長代行になどしない。それだけ期待しているということだ。すぐにベテランのフォルトン少尉と同じ働きができると信じている」
「は……はい!」
弱気に見えてもそこは職業軍人。表情を引き締めて、レーン少尉はビシッと敬礼する。
「御期待に沿えるよう、粉骨砕身いたします!」
「うん。だが無理はするなよ」
それから振り返って、フォルトン少尉に嫌味をぶつけてやる。
「貴官が有能なら、年下の同僚をフォローするぐらいは訳もないだろうな」
「小官は給料分しか働きたくないんですがね」
ぼやくフォルトン少尉に、俺はニヤッと笑ってみせた。
「中隊長になれば給料は増えるが、それだけ仕事も増えるさ。早く実力を発揮して大隊長になってくれ」
そのとき、ほんの一瞬だがフォルトン少尉が驚いた目をしたのを、俺は見逃さなかった。
フォルトン少尉は顔を覆って大仰に溜息をついたが、やがて降参したように手をヒラヒラ振った。
「わかった、わかりましたよ。こんな貴族の坊ちゃまに足を引っ張られちゃ困るから、面倒ぐらいは見ますって。ったく、ひでえ少佐もあったもんだ」
「俺もそう思う」
真顔でうなずく俺。
「さて、そんな悪辣で酷薄な少佐の俺だが、貴官たちには伝えておくべきことがある」
「いや、そこまでは言ってませんが」
呆れたような顔をしている中年の少尉を尻目に、まだ二十代前半の姿をしている俺は机上に地図を広げる。
「貴官たちの到着を待っている間に、情勢が少し動いた。最新の情報を伝える」
ちらりと二人の顔を見ると、フォルトン少尉は聞いていないような顔をしているが地図はしっかり見ている。若輩のレーン少尉は緊張した面持ちで何度もうなずいていた。
俺は話を続ける。
「現在、帝都ロッツメルはブルージュ軍の支配下にある。ロッツメルから東方二十キラムほどの範囲はおおむねブルージュ軍が優勢だ。ただし領主たちは皇帝陛下の帰還を信じて、ブルージュ軍に対しては不服従を貫いている者が多い」
するとフォルトン少尉が皮肉っぽい笑みを浮かべる。言いたいことはわかるぞ。俺が代弁してやろう。
「ここで侵略者に尻尾を振って、皇帝が帰還すれば立場がなくなるからな。形式的にはシュワイデル門閥の領主は皇帝の代官に過ぎない」
俺は地図を示した。
「これがブルージュの侵攻が遅々として進まない一因だ。帝都近郊の領主たちが反ブルージュのため、ブルージュ軍は補給線に不安を抱えている。そのため東に勢力を拡大できない」
そしてメディレン家が東部の領主たちを門閥に関係なく取り込んでおり、強固な防衛線を築いている。「祖国防衛」という大義名分は貴族たちを結集させる原動力になっており、今のところ連携はうまくいっているようだ。……今のところは。
どうせすぐに内紛が起きるだろうから、早いとこ決着をつけないといけない。
そこは伏せておいて、俺は説明を続ける。
「ブルージュ側は内部に対立を抱えている。ジヒトベルグ家とミルドール家はブルージュにとって潜在的な敵だ。今も帝都の支配権を巡って争っているらしい」
ジヒトベルグ公とミルドール公は、さすがに同じ帝国貴族であるシュワイデル門閥領主たちに苛烈な仕打ちはできない。情勢がどう変化するかわからないからだ。
一方、ブルージュ公としては帝国領を切り取るチャンスだ。できるだけ領地を奪いたい。
だがブルージュ公が東に進もうとすれば、ミルドール公とジヒトベルグ公が背後を固めることになる。今は味方だが、いつ敵になるかわからない連中だ。
とはいえこのままじっとしていても意味がないので、ブルージュ公が動き出した。自ら大軍を率いて東に進軍し、東部の要塞をいくつか奪取するつもりのようだ。
「既に先遣隊が要塞への援軍として派遣されている。我々は後詰めの援軍だ。貴官たちには女子戦列歩兵一個中隊をそれぞれ預ける」
本当は「誰も死なせるな」と言いたかったのだが、そんな無茶は言えないので我慢する。どれだけ優位を得て慎重な戦い方をしても、やはり死ぬときは死ぬのだ。
「我が旅団は歩兵二個中隊と砲兵一個中隊で構成されている。実質的な戦力は一個大隊だ。しかも砲兵中隊は新型砲の慣熟訓練中で出撃できない」
顔を見合わせる少尉たち。レーン少尉が青い顔をしている。
「それってつまり、小官たちだけで戦うってことですか?」
「ま、そういうこったな。よくある話さ」
肩をすくめるフォルトン少尉。こっちは肝が据わっているな。
俺は続ける。
「心配するな。メディレン公が兵を掻き集めてくれた。いくつかの大隊が臨時で第六特務旅団の指揮下に入る。連隊長にする将校がいないので、これらの大隊は旅団長が直接指揮を執る予定だ」
もちろんアルツァー准将にとっては初めての経験なので、俺が参謀として支えなければならない。中隊の面倒を見ている余裕はない。
だからこいつらに働いてもらわなきゃならないんだ。俺は祈るような気持ちで、この新任の中隊長代行たちを見つめる。
「貴官たちの中隊は旅団長閣下の親衛隊として動く。他の大隊から常に見られていることを忘れるな」
「了解でありますよ、少佐殿」
「りょ、了解であります!」
苦笑しながら敬礼するフォルトン少尉と、頬を紅潮させて敬礼するレーン少尉。
俺は不安な気持ちを押し隠すように、制帽を目深に被り直した。
「ではブルージュ公の鼻面を殴りに行くか。兵たちへの挨拶と訓示は各自で行え」
無事に帰れるといいんだが……。




