第91話「海賊提督ヴィルゲント」
【第91話】
新兵の訓練計画や部隊の再編成案で忙しい俺は、メディレン公に呼び出される。
ライフル砲の実戦配備試験が完了したというのであれば、忙しくても行くしかないだろう。
メディレン公ハーフェンは御機嫌だ。
「クロムベルツ少佐よ。アガン王国の主力艦隊を全滅させたぞ」
「……ライフル砲の実戦配備試験ですよね?」
何やってんだ、このおっさん。
俺は呆れてしまったが、そこから聞いた詳細は恐ろしいものだった。
快速船のみで構成されたメディレン家の特別艦隊は、リトレイユ領の沖合でアガン海軍の主力艦隊を待ち伏せた。シュワイデルの皇帝が行方不明になったと聞けば、当然動き出してくるからだ。
敵の艦隊は総勢63隻で、大型の戦列艦ばかり。まさに洋上に出現した移動要塞だったそうだ。
メディレン艦隊は37隻、しかも中型の戦列艦のみ。砲火力の差は歴然としている。
しかも新型のライフル砲は生産が間に合っておらず、各艦に一門ずつ配備するのがやっとだったそうだ。
だがここからがメディレン艦隊の恐ろしいところだった。
メディレン艦隊を任されたのは、新任のヴィルゲント提督。普段は航路警備の小艦隊を率いている、ぱっとしない若輩だという。
このヴィルゲント提督はライフル砲を全艦に一門ずつ配備するのではなく、艦隊の三分の一に三門ずつ搭載させた。しかも左舷限定だ。
理由はわかる。
「37隻の艦に一門ずつ配備したのでは、再装填が終わるまで修正射ができません。一門目で当たりを取って、二~三門目で狙いにいく作戦ですね」
「おお、わかるか」
俺は砲兵科出身じゃないが、まあそのへんは前世のシューティングゲームとかで経験がある。
「それと各艦は一定間隔で並びますから、一門ずつでは砲火力の密度が薄くなります」
「そうだ。……まあ、私も説明を聞いて得心したのだが」
得意げにうなずきつつも、微妙に素直なメディレン公。
こうして十分な火力密度を得たメディレン艦隊だが、敵艦隊と正面から撃ち合うには足りない。
そこでまず敵艦隊の旗艦に砲撃を集中させ、指揮系統の破壊を狙った。
これが予想以上にうまくいってしまったらしく、旗艦はあっさり撃沈。アガン艦隊の提督は別の艦に移乗する暇もなく戦死してしまったらしい。
これも理由はわかった。
「ライフル砲の貫通力と低伸性が原因でしょう。大きな放物線を描く従来の砲と違い、ライフル砲弾は敵艦に真横から命中します。喫水線付近を撃ち抜けば浸水や水の抵抗などで速力が落ち、身動きが取れなくなりますので」
「そうだ。……貴官は何でも詳しすぎて、実に説明し甲斐がないな」
だいぶ勉強したらしいメディレン公がつまらなさそうにしている。すみません、空気が読めなくて。
この喫水線付近を狙って足を止めてしまう戦法が大当たりした。
メディレン艦隊はもともと高速艦なので速力に余裕があり、巧みに距離を取りながらアウトレンジから叩きまくった。
アガン側は提督の戦死によって指揮系統が乱れており、メディレン側のどの艦に新型砲が搭載されているか判断できなかったようだ。
メディレン艦隊のヴィルゲント提督の巧みな采配によって、旧式砲の艦は囮や盾として新型砲の艦を護衛。絶対に近づけさせず、逃がしもしないという艦隊機動でアガン艦を次々に航行不能にしていった。
「で、最後は身動きできなくなった敵艦隊が降伏してきてな。状態の良い艦だけ拿捕して、残りは沈めてきたという訳だ。37隻で出撃した艦隊が50隻以上になって帰港してきたときにには、さすがに私も驚いた」
戦闘したら艦が増えるなんてびっくりだよな。
敵の捕虜には余計な情報は渡さず、ひとまず拘留しているらしい。いずれは捕虜交換で帰してやるそうだ。
一部の水兵はそのままメディレン艦隊で雇用するという。
海軍の水兵は厳密には軍属扱いの民間人で、アガン水兵にはシュワイデル出身の船乗りが大勢いる。逆に帝国の水兵にもアガンやエオベニア出身の船乗りが大勢いるそうだ。
そういうものらしい。
俺は安堵して咳払いする。
「当面はアガン側にライフル砲の機密が渡らないようで、ひとまずは何よりです。それで、そちらの海軍将校はどなたですか?」
さっきから海賊船長みたいなヤツがこっちを見てるんで、どうにも落ち着かないんだが。
するとそいつが元気に起立した。
「俺か!? 俺は海軍少佐のヴィルゲントだ! よろしくな!」
アガン艦隊全滅させたのお前か。イメージしてたのと全然違ってた。
「てめえの開発したクロムベルツ砲、メチャクチャ強えな! 気に入ったぜ!」
声がデカい。ここは船の上じゃないんだぞ。
どうしよう、俺の苦手なタイプだ。
メディレン公は嬉しそうな顔をしている。
「ヴィルゲントは私の遠縁でな。海軍は大佐までしか階級がなくて、上が詰まってなかなか昇進させてやれずにいたのだ。今回の戦功で中佐に昇進させてやれる」
「ということで、すぐにてめえより上の階級になるぜ! 敬語使えよ!」
得意げに腕組みしてふんぞり返っているヴィルゲント提督に、メディレン公が苦笑してみせる。
「いや、クロムベルツ少佐も同時期に昇進させる。ライフル砲開発の功があるからな」
会話の感じからすると、俺が転生者であることをメディレン公はヴィルゲント提督に伝えていないようだ。その方が助かるが、開発したのは俺じゃないんだよな……前世の誰かだ。
まあでも転生者だとバレると異端審問だし、ここは秘密にしておくか。
ヴィルゲント提督は主君のメディレン公にギャーギャー言ってる。
「そりゃねえだろ伯父貴! 陸軍なんかほっとけよ! こいつ参謀だろ!? どうせ戦場に立ったことも……」
「キオニス遠征のジャラクード会戦から無傷で生還した隊がひとつだけあっただろう。あの隊の参謀がクロムベルツだ」
「げっ!?」
目を剥いてるヴィルゲント提督。こいつの反応面白いな。
だが一言付け加えておかないと。
「無傷ではありません、メディレン公。あの戦いで大事な部下を四人失いました」
それを聞いたヴィルゲント提督の表情がまた変わった。
「へえ……面白いヤツだな、あんた」
俺もお前のことは面白いと思ってるよ。
メディレン公は続ける。
「さらにリトレイユ公ミンシアナの謀反を阻止し、反乱軍を討伐したのもこの男だ。武勲ではお前など足下にも及ばぬ。敬意を忘れるな」
「うっ……ぐぅ……」
ヴィルゲント提督はしどろもどろになっている。やっぱり面白いぞ、こいつ。
だが面白がってばかりもいられない。
たかだか少佐、しかも普段は航路の警備しかしていないヴィルゲントが実戦配備試験に抜擢されたのは、他の提督たちが嫌がったからだ。ベテランほど、慣れてないものを嫌がる傾向がある。
こりゃもう少し、この男に軍功を立ててもらわないといけないな。
そう思っていたら、ヴィルゲント提督がギリギリ歯噛みしながら唸る。
「こうなったら、てめえ以上に大暴れしてやるぜ……見てろよ、『死神参謀』! お前が死神なら、俺は鮫……いや嵐……そう、『鮫嵐』! 『鮫嵐』のヴィルゲントだ!」
絶対に今思いついただろ、そのサメ映画みたいな二つ名。
ヴィルゲント提督は夏休みの男子小学生みたいな目をして拳を握りしめた。
「アガンの『双頭鮫』と名高いルジャール提督をブチ殺した以上、俺はそれ以上の鮫だからな!」
別にサメで競わなくてもいいと思う。どんだけサメが好きなんだ。
「おっといけねえ、死人の名前を出すときはきちんと悼まねえとな……。安らかに眠れよ、ルジャール。あんた、いい提督だったぜ……」
妙なところで倫理的だった。
ともあれ、こいつがアガンの主力艦隊を全滅させてくれたおかげで、国境警備の第五師団は少し楽になるはずだ。余剰戦力を回してもらいやすくなるだろう。
この調子で頑張ってもらうか。
「これからもよろしくな、ヴィルゲント提督」
「おう、クロムベルツ参謀!」
ヴィルゲントの強すぎる握手に振り回されながら、俺は次に何をするべきかを考え始めていた。




