第31話「旧友との再会」
【第31話】
しばらくして、そいつは第六特務旅団の本部にやってきた。
「ユイナー! ユイナーじゃないか!」
良く通る美声と、誠実そうでさわやかなハンサム顔。鍛え上げられた体つき。
俺は士官学校同期の相変わらずのハンサムっぷりに何だか苦手意識を覚えつつも、懐かしさに笑みを浮かべる。
「ロズ! 脚を負傷したと聞いたが元気そうで安心したぞ!」
「なに、吹っ飛ばされた訳じゃない。ちゃんと股間にくっついてるさ。ただ走るのが少々しんどくてな」
ロズ中尉は苦笑いした。よく見るとほんのわずかにだが、左足をかばうような歩き方をしている。
あの感じだと走るのはもちろん、乗馬も難しそうだ。
戦場での移動に支障をきたすとなると後方勤務しかないが、教官職や戦技研究はベテランが就く仕事だ。若手将校は普通にお払い箱にされてしまう。
だからうちで引き取ることにした。
一緒に出迎えたハンナ下士長が敬礼しているので、俺は彼を紹介した。
「こいつが砲兵科の秀才、ロズ・シュタイアーだ。そろそろ大尉になったか?」
「はは、なれる訳ないだろう。まだ中尉だ。お前こそ参謀中尉になったそうだな。おめでとう。俺が見込んだ通りだ。やはり俺の人物眼は大したもんだな」
そう言ってウィンクしてみせるロズ中尉。本当にさわやか野郎だな。ムカつくぞ。
「ハイデン下士長、こいつは口が達者だから気をつけてくれ。『おしゃべりロズ』と言えば砲兵科随一の女たらしだったからな。ミルドール公弟殿下の三女を射止めた実績つきだ」
「人聞きが悪いな。きちんと夾叉を取って、後は当たるまで撃ち続けただけさ」
ロズ・シュタイアーは平民出身だ。平民といっても裕福な商家の次男坊なので、俺とは全然違う。中流階級の上の方だ。
温和で人望もあり、見た目も良い。もちろん努力も怠らないから成績優秀だ。軍務も申し分ない。野心はなく勤勉実直という、軍人の鑑みたいなヤツだった。
だからミルドール公の弟も気に入って、大事な娘との結婚を許した。ミルドール家を盛り立てる人材だと判断したのだろう。
……ただ、彼は少しばかり運がなかった。
「だが本当に良かったのか? 第六特務旅団は女の子だけの旅団で、今はまだ歩兵一個中隊しかない。女の子相手に砲術の教官をすることになるんだぞ?」
するとロズは苦笑する。
「軍から除隊になれば俺の居場所はなくなる。実家は兄貴が継いだし、俺は大砲のことしかわからん朴念仁だ」
「朴念仁ではないだろ」
こいつは女性の扱いがメチャクチャ上手い。
だからこそ、うちの旅団に来ても問題は起こさないだろうと思ったのだ。相手の身分が何であれ、女性に高圧的な態度を取るような男ではない。
「しかし第三旅団から追い出された今、お前の奥方は……」
たぶんもう離縁させられただろう。彼の妻がどう思おうがミルドール公弟が許すはずがない。
だがそのとき、彼の後ろから誰かやってきた。
「あなた、そちらの殿方がクロムベルツ様ですの?」
上品でおっとりした感じの美女が微笑んでいる。もしかしてロズの奥さんか?
ロズは苦笑した。
「おいおい、やんちゃな姫君だな。馬車にいろと言っただろう?」
「早くお会いしたかったのよ。あなたの一番の親友でしょう?」
そうなの?
ロズの奥さんは俺に一礼する。
「お初にお目にかかります。ロズ・シュタイアーの妻、ユリナと申します」
「最初に夫が妻を紹介するのがミルドール家の作法なんだろ?」
「あら、シュタイアー家にはそんな作法はないわよ?」
なんだか面白そうな御婦人だ。
さらに面白いことに、彼女のスカートの後ろから二歳ぐらいの女の子がぴょこりと顔を出す。
「ほらマーレット、御挨拶なさい」
「うー……どーじょ」
もじもじしながら頭を下げて、またぴょこりと引っ込む女の子。
俺は二人に順番に挨拶する。
「第六特務旅団のユイナー・クロムベルツ参謀中尉です。ロズ中尉には士官学校で大変世話になりました。……あの、マーレット? 俺は君の父上の友達なんだ。よろしくな?」
なんか冷や汗が出てきた。訳あり人間の巣窟に幸せ家族がやってきたぞ。
ロズが頭を掻く。
「ユリナが絶対に離縁はしないと言い張ってな。意地の張り合いの末、マーレットまで加勢して義父上を屈服させた」
目に浮かぶようだ。孫には勝てなかったか。
「だが義父上が折れた本当の理由は、第六特務旅団がゼッフェル砦の防衛戦で軍功を挙げたからだ。君たちのことを、お飾りではない本物の戦士たちだと言っていたよ」
そう言ってもらえると嬉しい。みんな命懸けで戦ったからな。
ロズはさらに言う。
「それにこれでアルツァー閣下と御縁ができれば、メディレン家とのパイプになるからな。ミルドール家は今、少々苦しい立場だ」
「わかっている。『東』の連中だろう?」
ミルドール領の北東部にはリトレイユ領と帝室直轄領がある。
ロズは無言でうなずき、それから明るく笑う。
「そんな訳で一家で世話になるぞ。ミルドール家に何か言いたいことがあれば、うちの嫁さんに頼め。公弟殿下はミルドール家の財務を担当しているからな」
「そうするよ……」
なんだか凄いコネを手に入れちゃったな。ありがたいと言えばありがたい。
俺はハンナと顔を見合わせて笑い、それからシュタイアー家の人々に笑いかける。
「ようこそ、第六特務旅団へ。旅団長閣下が官舎を用意してくれましたので、荷物はそちらへどうぞ」
* *
それから数日して、アルツァー大佐は旅団長室で笑っていた。
「シュタイアー中尉は優秀な砲兵将校だ。教え上手で兵からの評判もいい。良い人材を引き抜いてくれた。さすがは我が参謀といったところだな」
「見切り処分品になっていた人材を安く買い取っただけですよ」
ロズ中尉はブルージュ軍の砲撃で負傷し、前線での任務が困難な体になった。もし先日の戦闘がなければ、今でも第三師団期待の若手将校として第一線で活躍していただろう。
彼はリトレイユ公の陰謀で人生を狂わされた被害者だ。
ふと気づくと大佐が俺の顔をじっと見ている。
「いい顔をしているな。友人を救えたのが嬉しいか?」
「まあ……悪い気分ではないです」
ロズが職と家族を失わずに済んだことに正直ほっとしている。俺らしくもない感情だ。
なんだか照れくさいので、俺はわざと悪い顔で笑ってみせる。
「彼には役に立ってもらいましょう。第五師団から中古の野戦砲五門が届きました。過去の砲撃記録つきですので、さっそく砲兵への転換訓練で使うことにしましょう。いやあ、読み書き計算をみっちりやらせておいて正解でした。なんせ砲兵は教本と算術が必須ですから」
早口でまくし立てたが、大佐は俺の顔をまだ見つめている。
「……なんですか?」
「ふふっ」
なぜか生温かい顔で笑われた。
なんだよ、死神参謀だぞ俺は。怖いんだぞ。
こうして第六特務旅団の演習場には、朝から夕方まで大砲の音が轟くことになった。
歩兵二個小隊約百人と、砲兵中隊の野戦砲五門。それに鼓笛隊と偵察騎兵たち。
まだまだちんまりとした軍勢ではあるが、徐々に編成が充実してきた。




