第30話「旅団再編計画」
【第30話】
初の実戦を終えた第六特務旅団だったが、初めての仕事を終えた後というのは問題点が浮かび上がってくるものだ。むしろそうでなくてはいけない。
「だが問題点の数が多すぎるな」
大佐は旅団長室で深々と溜息をついた。
「まず、銃の調達だ。どうなっている?」
「今月中にあと三挺届きます」
「少なすぎる。それに検品で撥ねられるものが多い」
全く仰る通りです。それは俺も頭を悩ませているところだ。
「仕方ないんですよ。職工組合に属していない闇業者ですから。あまりおおっぴらに作業ができないんです」
後ろ暗い連中が愛用している工房なので、古くからの顧客も多い。
そういう馴染みの客からの依頼が来れば、新参者の依頼は後回しにされる。地位や立場は関係ない。それが誠実な商売とされる世界だ。
「閣下は『ろくろ』をご存じですか?」
「陶工が使う道具だな」
「あれを金属加工用に改造したヤツでひとつひとつ手彫りでライフリングを入れてるんですが、とにかく時間がかかるそうです」
腕はまあまあだし、口止め料分の秘密保持はしてくれる。材料をちょろまかすこともない。
その代わり生産性はあまり高くない。
大佐は溜息をつく。
「いっそメディレン領に招聘して、当家のお抱え職人にしてやろうか? 私の金なら当主殿も文句は言うまい」
「裏稼業ですから冗談抜きで職人が殺されますよ」
暗殺用の仕込み武器だの、脱税用の隠し金庫だの、表に出せない依頼ばかり請け負っている工房だ。下手に工房を畳もうものなら「顧客たち」が口封じを目論むのは確実だった。
「では仕方ないな。技術者の養成から始めよう。当面はその工房に作らせるしかないだろうが、新型騎兵銃が揃わんのでは戦いようがない」
「ごもっともで」
「それに問題はまだある」
大佐はますます困った顔をする。
「銃を撃つのが怖いと申し出る兵が続出している。殺すのも殺されるのも嫌だそうだ」
「それが正常な感覚です」
むしろ他のみんなが適応しすぎだと思う。覚悟が決まりすぎている。
「現時点では中隊全体で十名程度だが、まだ増える可能性がある。このままだと軍を去りかねない。だが行くあてもない者たちだ。それに旅団の戦力を拡充したいときに去られてはこちらも困る」
「問題だらけですね」
「まだあるぞ」
大佐は俺に顔を近づけてきた。
「リトレイユ公は第六特務旅団を手駒として各師団に貸し出すつもりのようだ。今はジヒトベルグ家と何やら相談しているらしい」
「第二師団ですか」
第二師団を擁する門閥にして、『五王家』の序列第二位。
第六特務旅団の本部は、ミルドール家とジヒトベルグ家の勢力圏に挟まれた空白地帯にある。兵を貸し出すにはちょうどいい相手だ。
「で、あの女は我々を高く売りつけるために、さらなる戦力増強を要求してきた。資金や資材は出すからもっと強くしろと言っている」
「金があれば強くなれるというものでもないのですが」
なるほど、こりゃ問題だらけだな。
俺は少し考え、大佐に笑いかける。
「では三つとも解決しましょう」
「できるのか?」
「完全にではありませんが、少なくとも大佐の眉間のしわは消えるはずです。美人が台無しですよ」
俺が言うと、大佐は眉間を指で擦る。
「あまり私をからかわないでくれ。……まあ、ではよろしく頼む」
「はっ」
* *
そして、その日の夕方。
「ということで、部隊の改革案をまとめてきました」
「早いな?」
大佐もさすがに驚いた顔をしている。そんな上官を見るのが楽しい。
「まず中隊を構成する三個小隊を二個小隊程度に再編します。どうせライフル騎兵銃が足りていませんから、歩兵ばかり多くても部隊の増強につながりません」
ライフル騎兵銃は月に数挺しか増えないので次の作戦に間に合わない。
「削減する一個小隊分は射撃や走力、闘争心などの面であまり歩兵に向いていない者たちです。ですので他の仕事を割り当てます」
「他の仕事?」
「とりあえず鼓笛隊と伝令の騎兵ですね」
ゼッフェル砦の防衛戦で痛感したが、やっぱりラッパか何かで合図しないと兵をうまく動かせない。声で指揮できるのはせいぜい五十人以下だし、別動隊と連携するのも難しい。
「銃は撃てなくてもラッパなら吹けるでしょう。ラッパで人は死にませんから、銃が嫌ならラッパの訓練をしてもらいます。あるいは軍隊式馬術を」
「確かに通信に従事する人員が欲しいとは感じていたが……」
大佐は思案し、すぐにうなずいた。
「いいだろう。教導はできるか?」
「さすがに小官の手には余りますので、それぞれ使えそうな者を中隊から見つけてきました」
俺が書類を差し出すと、大佐は目を通す。
「鼓笛隊教官はラーニャか。確かフィニスから流れてきた旅楽士の一座だったな」
「はい。射撃や走力は下から数えた方が早いですが、楽器なら何でも得意だそうです」
「で、馬術教官はサテュラなのか。流民なのは知っているが、乗馬が得意だったとは知らなかった」
「彼女はキオニス連邦王国出身です。キオニス騎兵ですよ」
キオニス連邦王国は異教徒の国で、何十もの遊牧民族が数人の王の下に集まってできている。
キオニス騎兵は各氏族の戦士たちで、全員が馬術の達人で槍や弓を巧みに操る。そして氏族のために戦うときは極めて勇猛だ。
「出身氏族が他氏族に滅ぼされたのでシュワイデルに流れてきたそうです」
「あそこはいつも内輪で争っているな……」
彼らは同じ国の民という感覚が希薄で、しょっちゅう氏族単位で争っている。
ただし他国の侵攻に対しては一致団結して激しく抵抗するので帝国も手を焼いている。
「キオニス騎兵の出身なら申し分ないな。軍馬は実家に余ってるのを数頭もらってくる」
さすがは五王家のひとつメディレン家、軍馬が余ってるらしい。あれメチャクチャ高いぞ。前世の感覚で言えば装甲車ぐらい高い。維持費も高い。
「はい。それともうひとつ」
「なんだ?」
「砲兵隊を設立しようと思います」
俺は計画書を提出する。
「先日の戦闘でも痛感しましたが、やはり火砲のない軍隊では戦えません。自前の砲兵中隊を持つべきです。それに歩兵の適性がなくても砲兵には向いているという者もいるでしょう」
とにかく人が足りないのだ。辞めてもらっては困る。戦列歩兵以外の仕事を用意するから軍隊に残ってほしい。こっちも必死だ。
大佐は計画書をめくり、俺をちらりと見た。
「砲術教官はどうする?」
「ダンブル大尉から手紙が来まして、小官の同期を送ってくれるそうです」
「第三師団から? ずいぶん気前がいいな」
「先の戦闘で脚を負傷して、戦えない体になってしまったそうで……」
強制的に退役させられそうになっているので、第六特務旅団で使ってはもらえないか。手紙にはそうつづられていた。「君がいるなら安心して託せる」とも。
そう言われると俺も悪い気はしない。それに今回来るのは、俺の同期の中でも結構親しかったヤツだ。
「人柄と能力は保証します。女性の扱いも心得ていますし既婚者ですので、この旅団にも馴染みやすいかと」
「貴官がそう言うのなら信用しよう。教官はそれでいいとして、大砲はどうする?」
俺は肩をすくめてみせる。
「約束通り、リトレイユ公に資材を提供してもらいましょう。ブルージュ軍に貸してやるぐらい大砲をお持ちのようですし」
「そうだな。第五師団の砲を融通してもらおう」
大佐の交渉力と政治力はなかなかのものなので、裏で手を回してくれるだろう。この際、多少卑怯な方法でも構わない。砲兵隊は必要だ。
もしゼッフェル砦の防衛戦で大砲がなかったら、たぶん半日で陥落していた。
大佐は頬杖をついて俺を見上げる。
「まったく、貴官は頼りになる参謀だな」
「恐縮です」
「次はどんな無茶を頼もうか考えているんだが」
「やめてもらえます?」
頼まれたら頑張るけどさ。




