第24話「払暁の敵襲」(図解あり/再掲)
【第24話】
威力偵察を行った敵の小部隊は、それっきり二度と戻ってこなかった。俺たちは夜間も歩哨を立て、襲撃を警戒する。
俺は今のうちに、砦の構造を再確認しておく。
「なるほど……」
俺は防御塔の石材を石で擦り、ひとつの結論に達していた。
「何をしてるんですか?」
通りかかったハンナが不思議そうな顔をしたので説明する。
「この砦、防御塔とそれ以外の石材の色が違う。石の組み方も違うから、建てられた年代がだいぶ離れているはずだ」
ミルドール領は山間部だから石材には困らない。この程度の砦なら最寄りの石切場だけで足りるだろう。色が違うのは少々変だ。
「それに防御塔は独立した構造になっている。城壁に応力を分散しているようにも見えないし、中庭側にも外側と同じ間隔で矢狭間がある。たぶん最初期は防御塔単体で建てられたんだ」
「なる……ほど?」
よくわからなかったらしく、ハンナが首を傾げている。
俺は苦笑して彼女に言った。
「考えるのは俺の仕事だから気にするな。ハイデン下士長は今のうちに休んでくれ。撃ち合いが始まったら小隊長は激務だぞ」
悪あがきだが一応保険をかけておくとするか。大佐たちに相談しよう。
* *
夜明け前、俺は旅団の女の子に起こされる。
「参謀殿、参謀殿」
「ん? んぎう?」
「何かわいい声で寝ぼけてらっしゃるんですか!? 起きてください! 敵です!」
「みょっ!?」
俺は素早く跳ね起きると、ぼんやりした頭で敬礼する。
「ごくりょ!」
「はっ、はい!」
思いっきり笑われたぞ。将校として示しがつかないな。
俺は寝癖を制帽で隠しつつ、上着を羽織る。だんだん頭がはっきりしてきた。
「状況を教えてくれ」
「砦の東側に敵らしいのが動いてます。数はよくわかりませんが、結構多いです」
ぐるっと回り込んで東側から来たか。やっぱりそう来るよな。
東側には防御塔がない。西側と比べると格段に弱い。砲門もなくて銃眼だけだ。
しかも楕円形の城壁の端にあたるので狭く、東側の敵を狙える銃眼は非常に少ない。
「東側以外に敵はいるか?」
「よく見えませんが、西側や北側でも微かに動くものを見たと」
断定はできないが、これは普通に包囲されてるっぽいな。敵は本気だ。
ここまで聞いたところで俺の身支度が完了する。俺はテントから出ると、背後に付き従う兵士に尋ねた。
「味方の動きは?」
「参謀殿の指示通りです」
「よし」
俺は城壁に上がると、東側から望遠鏡で確認した。少しずつ空が白み始めているので、敵の隊列がおぼろげながらに見える。見た感じ、三百人から六百人ぐらいかな? 千人はいない……と思う。
距離は五百メートルぐらい。こちらの大砲を警戒しているようだ。
敵には大砲がないようなので少し安心する。あったらちょっと厳しかった。
時間的にも一晩で大砲をここまで運ぶのは難しいだろうし、大砲があるなら城門側から攻めた方が早いだろう。
ただしブルージュ軍に砲兵科がないと言っても、大砲そのものは普通に持っている。山岳猟兵でも「抱え筒」と呼ばれる携行型の小型砲ぐらいは持ち込んでいるはずだ。あれを撃ち込まれると銃眼のある城壁が薄い箇所ぐらいは粉々になる。
「少尉も来ていたか」
その声に振り返ると、もこもこに着込んだ大佐が立っている。もともと小柄なので子供みたいだ。
もこもこ大佐が涼しげな笑みを浮かべる。
「おはよう、今朝は冷えるな」
子供みたいに見えても胆力はやはり尋常ではない。よくそんな挨拶が出てくるな。
俺も真似しておこう。
「確かに冷えますね。深夜に行軍した敵兵もだいぶ冷えているでしょう。暖めてやりませんと」
「ははは!」
大佐は豪快に笑うと、小さくぶるっと震えて小声になる。
「あのな、本当は怖いんだぞ?」
「小官もですよ?」
殺し合いが始まるのに怖くない訳がない。
俺と大佐が微妙な笑みを浮かべているところに、第二小隊長のミドナ下士長がやってくる。
「お嬢様、麾下の各小隊は所定の位置に就きました。守備隊も問題ないとのことです」
「よろしい。だが大佐と呼べ」
「申し訳ございません」
ミドナはニヤニヤしている。彼女は大佐の子守女中だったらしいから、こんなときでもからかっているんだろう。大佐は無表情を装っているが、ちょっと頬が赤い。
「少尉、我々にできることは他にないか?」
「ありません。むしろここからは疲れが大敵です。気は休まらないにしても、せめて体は休ませてあげてください」
俺は籠城戦の経験があるが、周りが全部敵というのは物凄いストレスになる。じっとしててもどんどん疲れてくるので、とにかく今は疲労を溜めさせないことだ。
俺は大佐たちが緊張しないよう、にっこり笑う。
「皆には言えませんが、最悪の場合は降伏してもいいですし、開城を交換条件にして退却を黙認してもらうよう交渉しても構いません。思い詰める必要はないですよ」
中世と違って近世の戦争はルールが整備されている。皆殺し以外の結末だってあるのだ。……まあ皆殺しもよくあるが。
大佐はフッと笑う。
「ありがとう、少尉。では私は防御塔で指揮を執る。貴官は本当に東側の城壁に行くのか?」
「司令であるダンブル大尉がおられるのに、うちの旅団から士官が誰も行かないという訳にもいかんでしょう」
ダンブル大尉は東側の城壁で敵主力を迎え撃つ予定だ。俺は指揮する部下がいないので、ダンブル大尉のお手伝いとして行くことにした。
おっと、アルツァー大佐には念を押しておこう。
「接近してこない敵には威嚇射撃程度で十分です。無理に応戦して弾薬を消費しないよう気をつけてください。手持ちを使い果たしたら終わりですから」
敵も怖いが弾切れも怖い。撃つ弾がなくなれば長引かせようがなくなる。
大佐が俺を真正面から見つめ、ニッと笑う。
「まだ死ぬなよ?」
「なるべく死なないようにやってみましょう」
保証はできないけどな。
* *
俺は東側の城壁に行き、ダンブル大尉たちと合流する。
「おお来たか、クロムベルツ少尉」
「来ました」
「砲を一門、夜のうちに移動させておいた。直接照準射撃ができるのはこいつだけだ」
防御塔にも砲が五門あるが、建物と城壁が邪魔で間接射撃しかできないという。山なりの弾道を描くので、敵が城壁に接近したらそれも不可能になる。
設置したこの砲も、あまり頼りにはならないだろう。
砲門がなくて城壁の一番上に置いたので、俯角を取って射撃するのがだいぶきつそうだ。接近されたら撃てない。
「一門だけなのは厳しいですね。それにこの高さも」
「ああ。だが城壁の上に砲を置ける場所がなくてな。その代わり、ここにいる砲兵たちは選りすぐりの勇者ぞろいだぞ」
ものは言いようだな。守備隊の砲兵で危険な任務を遂行できるのは、ここにいる連中ぐらいだということだ。
「護衛の歩兵たちはどうですか?」
「張り切っているよ。彼らの奮闘ぶりを見てくれたまえ」
どうだか……。
夜が明ける直前、敵が動き出した。
ブルージュ軍の鼓笛の音が鳴り響く。俺は知らないが、あれが彼らの行進曲なんだろう。アガン軍の行進曲より俺好みだ。
戦列歩兵の横隊が、打ち寄せる波のように城壁に接近してくる。平原から昇る朝日を背にして、黒々とした隊列が影を伸ばす。
「き、来た……」
城壁の上の砲兵が小さくつぶやき、別の誰かがゴクリと喉を鳴らした。
俺は胸壁にもたれかかりつつ、制帽を目深に被る。
「ぼちぼち始めますか、大尉殿?」
「そうだな。諸君、ブルージュの田舎者たちに戦争のやり方を教えてやろう」
ダンブル大尉がサーベルを抜き、落ち着いた口調で告げる。
「目標、敵陣左翼後列。砲撃開始」
大砲が火を噴いた。




