第22話「山岳猟兵の威力偵察」
【第22話】
ゴドー要塞のある山の麓から、威力偵察らしい小部隊が隠れながら接近してくる。
すかさずダンブル大尉がサーベルを振り上げた。
「制圧射撃だ! 敵を森から出すな! 砲撃開始!」
「制圧射撃!」
「制圧射撃!」
下士官たちが叫び、砲兵が大砲に点火する。放たれたのは大粒の散弾、通称「ブドウ弾」だ。散弾といってもマスケット銃の弾よりだいぶでかいし、破壊力も桁違いだ。
さすがに本職の砲撃は正確そのもので、木々の間から見え隠れしていた敵兵がみんな引っ込んだ。何人かは仕留めたかもしれない。
だが砲撃だけで決着がつくことはあまりない。
やがて数回の砲撃でおおよその感覚をつかんだらしく、敵は地面の起伏に隠れながら接近してきた。もちろん散開している。多数の散兵相手に少数の大砲では少々やりづらい。
となると銃で撃つしかないのだが、まだちょっと遠いな。
アルツァー大佐が叫んでいる。
「第一小隊はまだ撃つな! 射程外だ! 敵が撃ってくるまで隠れていろ!」
いい判断だ。初めてなのに頼りになるなあ。
一方、本職であるはずのゼッフェル砦守備隊のマスケット銃兵たちは動きが良くない。
「こら待て! 撃つな!」
三十人ほどの歩兵を統率する下士官が叫んでいる。兵の一人が先走って撃ったのだ。
戦列歩兵は射撃のタイミングが極めて重要なので、勝手に撃たれると指揮官はとても困る。
この砦が最前線になったことは一度もないはずなので、やはり実戦経験と訓練が不足しているんだろう。こりゃあまり期待できそうにないぞ。
「敵だ! 敵が来てる!」
「そんなことはわかっとる! 黙って弾を込め直せ!」
いかついヒゲの中年下士官は渋い顔をしている。
第六特務旅団の兵はまだ誰も発砲していない。銃眼の陰に隠れて銃を抱え、射撃命令をじっと待っている。
大佐の人選は的確だったようだ。みんな初陣にしては落ち着いている。
やがて散発的に銃声が聞こえてくるようになった。壁に銃弾が当たる音がする。マスケット銃の弾は重くて威力があるので、当たる音もかなり派手だ。
「ひゃっ!?」
「こわっ!?」
第六特務旅団の女の子たちは首をすくめて小さくなっているが、逃げ出すような子は一人もいない。みんな大佐を見ている。あと俺の方も見てる。
大佐も俺も平然としている……ように見えるので、みんな安心したようだ。
一方、ゼッフェル砦の守備兵たちは動きがぎこちない。お前たちの砦だろ、しっかり守れよ。
だが単に経験不足というには少々変だ。理由がわからん。
すると大佐がつぶやく。
「少尉。砦守備隊の士気が崩壊寸前のように見えるが、問題ないか?」
まさか……?
そう思ってよく観察してみると、確かに兵が浮き足立っている。火薬をこぼしたり槊杖を置き忘れたりと、まるで落ち着きがない。
まだ戦況は準備運動ぐらいなのにありえない話だ。
もっとも「ありえない」は禁句なので、俺は改めて考える。
ありえそうな要因を考えた俺は上官に進言した。
「ゴドー要塞の陥落で士気が著しく低下しているのかもしれません。支城であるこの砦にとって、要塞陥落後に戦う理由はありませんから」
「なるほどな。よそ者である我々にはただの要塞でしかないが、彼らにとっては精神的な支えであり、戦う理由でもあった訳だ」
大佐はうなずき、俺を見てニヤリと笑った。
「彼らのために督戦隊を用意するべきだったかな?」
「閣下の優しさ、痛み入ります」
確かに督戦隊が背後で銃を持って見張っていれば、敵前逃亡する兵も激減するかもしれない。
よくそんな冗談がさらっと出てくるな。あんた初陣だろ?
しかしハンナが怯えている。
「大佐殿と少尉殿の会話が怖すぎるんですけど……」
「戦争とは怖いものだからな。私だって内心震えている」
大佐は微笑み、それからこう言った。
「だが最前線で戦う兵士たちを思えば、私などには怯える資格すらない。貴官もだぞ、ハンナ」
確かにそうだ。俺たち指揮官は兵に戦死しかねない行動を命令する権限を持っている。兵はそれに従う以外の選択肢がない。
「わ、わかりました!」
ハンナ下士長が慌てて敬礼する。
予想以上にアルツァー大佐が頼りになるので、ここはたぶん大丈夫だろう。彼女の統率力は俺なんかよりずっと高い。
となると、問題はゼッフェル砦の守備隊の方だな。
「閣下。小官はあちらの兵の様子を見ておきたいのですが」
「わかった。なるべく早く戻ってくれよ。一人では不安だ」
いやあ、それだけ肝が据わってたら大したもんだよ。不安だとか言いながら笑ってるし。
俺は大佐の豪胆さを少し羨ましく思いながら、守備隊の歩兵たちの方に向かう。
三十人ほどの歩兵が十箇所の銃眼を担当している。装填手も射手もみんな怯えた顔をしていた。
こりゃダメだ。何かあれば、こいつらすぐに逃げ出すぞ。
「諸君、調子はどうだ?」
俺が笑いかけると、守備隊の兵たちはびくついた顔をしてうなずいた。
「あ、あんたはさっき城壁で茶を飲んでた……」
「休憩時間は休憩するものだからな」
俺は落ち着き払ってうなずき、手近な銃眼をヒョイと覗き込んだ。
「いい天気だ。おっ、結構来てるな」
「き、危険ですよ、少尉殿!」
「距離が遠い。へろへろ弾だ」
当たりそうなら『死神の大鎌』が教えてくれるが、今のところ何の警告もないから気楽なものだ。どうせこんな世界だ、死んだら死んだで別に構わない。一回死んでるし。
敵の弾はパシンパシンと壁を叩いているが、音が弱々しい。交戦距離でのマスケット銃弾は、もっと凄い音を立てる。
俺は振り返り、死にそうな顔をしている兵士たちに笑いかけた。
「敵は怖いか、諸君?」
兵たちは顔を見合わせ、何人かが無言でうなずいた。
俺もうなずく。
「敵を怖れるのは良い戦士の証拠だ。俺も怖い!」
「いや絶対怖がってないだろ……」
「どう見ても戦争フェチじゃねえか」
誰かと誰かがこそっとつぶやいたが、聞かなかったことにしてやる。
「だが俺たちから見れば怖い敵も、こちらを怖がっている!」
全員が「そうかなあ?」という顔をしている。いや、敵だって命がけだからな?
「考えてもみろ。敵はゴドー要塞で壮絶な死闘を繰り広げ、疲れ切っている。やっと終わったと思ったら、今度は精強無比と名高いゼッフェル砦の守備隊が相手だ」
「な……名高いんですか?」
いいや?
「もちろんだ。俺は最近まで第五師団にいたが、あっちでも有名だったぞ」
嘘です。名前すら聞いたことがない。
すると兵たちの顔に、少しだけやる気が戻ってきた。ひそひそ会話する声が聞こえてくる。
「ここってもしかして結構凄いのか?」
「言われてみると、そんな気がしてきたな……」
俺はここぞとばかりに畳みかける。
「当たり前だ。こうして第六特務旅団が援軍に駆けつけたぐらいだからな。ここは天下の堅城ゴドー要塞と帝都内部との街道を結ぶ要衝、何がなんでも死守しなきゃならん場所だ」
適当におだてて彼らに戦う意義を与えてやる。彼らには戦う理由が必要だ。
と、ここでスパイスを利かせておかないとな。
「もし他の旅団から兵を百人も借りて陥落するようなことがあれば全軍の笑いものになるぞ。『見かけ倒しのクソ雑魚フニャチン野郎』とな」
シュワイデル語は俺の母語じゃないが、路上生活時代にスラングだけは豊富に覚えた。どういう言葉が効くのか、嫌になるぐらい熟知している。
シュワイデルの男たちは無駄にプライドが高いので、こういう煽りがよく効く。
案の定、彼らの表情が引き締まる。いいぞいいぞ。
「少尉殿、俺らはそんな弱虫じゃありませんぜ!」
「そうとも! 命知らずの猛者ぞろいでさあ!」
よく言うよ……。
俺はうんうんうなずいて、にんまり笑ってみせた。
「だよな? 俺だって死にたくないから、どこの砦の援軍に行くかは考えたんだ。でまあ、ゼッフェル砦なら安心だと旅団長閣下に進言したんだよ」
完全に口からでまかせだが、兵たちが「ほう……」と感心した声をあげる。
「そりゃいい判断だ」
「いよっ、名参謀!」
俺は軽く手を挙げて応え、それから第六特務旅団の女の子たちを振り返った。
「うちの旅団の子たち、みんなかわいいだろ? いろんな事情があって兵隊になるしかなかった子たちだ。諸君の実力が噂通りなら、あの子たちを死なせたりはしないだろう」
俺の言葉に守備兵たちの鼻息が荒くなる。
「おう、任せてくだせえ!」
「ブルージュの山猿なんか、俺たちが皆殺しにしてやりますぜ!」
よしよし、これなら大丈夫だな。
俺はあっけにとられている下士官の肩をポンと叩き、ニッと笑ってみせる。
「敵の威力偵察は十分に引きつけてから撃つ。初撃で派手に損害を与えて怯ませるんだ。こちらの射撃命令に合わせてくれ」
「は、ははっ!」
下士官が敬礼し、俺は歩き出す。
さて、これで多少は戦えるかな?




