第17話「烽火の砲火」
※次回から週2回更新になります(火・金)
【第17話 烽火の砲火】
ゼッフェル砦に駐留した翌日から、俺は砦の外をうろちょろしていた。単身で外に出るのは危険なので、ハンナ下士長と砦の守備兵についてきてもらう。
「砦の周囲は木が一本もないな」
「はい。守備隊長の命令で欠かさず伐採しております」
守備兵が即座に答えたので、俺は笑顔で応じておく。
「さすがは精鋭ぞろいの第三師団だな」
「きょ、恐縮です」
照れくさそうな顔だ。お世辞だから、そんなに喜ばれるとこちらが恥ずかしくなる。
ハンナが不思議そうに質問してきた。
「参謀殿、なんで木を伐っちゃうんですか? 木があった方が砲弾避けになりそうですけど……?」
「もちろんそれはあるが、視界が通らないとこちらの砲撃も当たらないからな。知らないうちに歩兵が城壁下まで接近してたりするし、森に火を放たれると厄介だ」
ハンナは人望もあるし忍耐強いし統率力もあるので指揮官向きだ。アルツァー大佐が抜擢しただけのことはある。
いずれは幹部として上士官待遇にしたいというのが大佐の意向なので、こうしてあれこれ教えることになる。
「ゼッフェル砦に敵の砲撃が届くときは要塞が陥落してるはずだから、どのみちもうダメだろう。あの砦はゴドー要塞の後方連絡線を守るための砦だ」
「なるほど」
ゴドー要塞の前方には砦がいくつかあり、そちらにも援軍が入っていると聞いている。彼らがブルージュ軍の山岳猟兵を蹴散らしてくれることを祈ろう。
* *
と思っていたのだが、戦況はどうも妙な方向に転がり始めていた。
「参謀殿、参謀殿!」
うちの女の子たちが俺のテントに駆け込んできた。職員室にやってきた生徒のノリだ。
俺は通知簿……ではなく中隊員たちの勤務態度を記録していたところだが、ペンを置いて立ち上がる。
「どうした?」
「遠くから大砲みたいな音が聞こえるんです!」
「本当か?」
耳を澄ますと、確かに花火大会みたいな音が聞こえてくる。もちろん花火大会ではなく、戦争をやっている音だ。
集中してたから全然気づかなかった。
女の子たちはそわそわしながら、テントに置かれている俺の荷物を見ている。
「参謀殿の望遠鏡があれば見えますよね?」
「どうだろうな。とにかく俺も行く」
音の感じからして、山を隔てた向こう側のような気がする。
ゼッフェル砦の城壁からは、山頂にそびえるゴドー要塞が見える。官給品の望遠鏡で覗いてみたが、砲火は確認できない。
ただ、うっすらと砲煙のようなものが立ち上っているようだ。
「要塞から山の向こう側に撃ってるな」
「もしかして要塞が攻撃されてるんですか!?」
「えっ、戦争!?」
「参謀殿、怖いです!」
お前ら……。
とはいえ、初めての戦場だと誰でもこんなもんだ。俺も最初は怖くて仕方なかった。
「俺たちは戦争するのが仕事だぞ? 給料分働いてもらうからな」
「わかってますけど怖いんです!」
「参謀殿の鬼! 悪魔! 死神!」
どうせ俺は死神だよ。
でも泣いたり腰を抜かしたりしないだけ、下手な新兵より肝が据わってるな。きゃあきゃあ騒いでいるのも、ある意味では余裕の表れだ。思ったよりもストレス耐性は高いらしい。少し安心した。
俺は集まってきた女の子たちに説明する。
「要塞が砲撃をしているのはたぶん間違いないが、砲撃を受けている様子は確認できない。おそらく前線の支城が攻撃を受けているんだろう。要塞は支城を援護するために砲撃しているんだ」
俺はそれだけ言うと、一同に解散を命じた。
「後は俺と旅団長の仕事だ。お前らは普段通りにしてろ」
それにしても妙なことになってきたな……。
* *
翌日、事態はますます妙なことになってきた。
「支城のひとつが落とされただと?」
守備隊長のダンブル大尉の報告に、アルツァー大佐が眉をひそめる。
「第三師団は『ブルージュの連中を躾けるため』に動いていると聞いていたのだが」
「申し訳ありません。私も動揺しております」
「そうだろうな。いや、すまない」
大佐は軽く手を挙げて謝罪しつつ、こう続けた。
「攻撃する側が攻撃されているということは、予定が狂いつつあることを意味している。少尉、戦況の分析を」
この席で俺に振るのかよ。
しょうがないな。ダンブル大尉には悪いが、職務として言わせてもらう。
「戦況は悪いと言わざるを得ません。要塞陥落を視野に入れるべきかと」
「なっ!?」
ダンブル大尉が動揺する。
「少尉、口を慎んでくれ。ゴドー要塞は第三師団の重要拠点だ」
だが俺は即座に反論する。彼は二階級上だが、別に俺の直属上官ではない。
「お言葉ですが、重要拠点だからこそ攻め落とす価値があるのです。敵も相応の覚悟と準備が必要になりますが、彼らは支城攻略をやってのけました」
もしゴドー要塞を奪われると、ここら一帯はブルージュ公国の支配下に入る。ここは五王家のひとつ、ミルドール家の領地だ。ミルドール派の第三師団は面目丸潰れになる。
だからダンブル大尉は絶対に認めない。
「ありえません。ゴドー要塞は帝国屈指の堅城。地の利に加え、第三師団の精鋭が駐留しています。ブルージュの山岳猟兵ごときに負けるはずがありません」
彼は決して無能な人物には見えないが、そんな彼でも冷静さを失うほどゴドー要塞は大事な拠点らしい。
アルツァー大佐が冷静に諭す。
「大尉、落ち着きたまえ。我々の世界では『負けるはずがない』は禁句だ。そうだな?」
「そ、そうでした。申し訳ありません、大佐殿」
よかった、冷静になってくれた。
ダンブル大尉は額の汗を拭い、そわそわと落ち着きのない態度で俺たちを見た。
「要塞司令からはゼッフェル砦の防備を固めるよう、通達がありました」
大佐がぴくりと眉を動かす。
「援軍要請ではなく、『防備を固めろ』と?」
「はい。どのみち第六特務旅団は要塞司令の指揮系統には入っていませんし」
「それはそうだが少々気がかりだな。そうは思わないか、少尉?」
だから何で俺に振る。漫才か。
「同感です、閣下。ブルージュ軍が要塞への包囲攻撃を企図しない限り、山の裏側にあるゼッフェル砦が攻撃を受けることはありません。ここの防備を固めるとしたら、他に考えられる理由は……」
すると大佐が前髪をもてあそびつつ、フッと笑う。
「『要塞の陥落』。そうだな?」
「はっ」
ちくしょう、一番おいしいところを取られた。ズルいぞあんた。
大佐はダンブル大尉に向き直り、穏やかな口調で言う。
「こちらからは見えないが、山向こうにはさぞかし珍しい光景が広がっているのだろう。要塞の連中はそれが見えているが、我々には見せたくないらしい」
「む、むむ……」
ダンブル大尉の顔色が悪い。お手伝いに来ている俺たちと違って、彼はここから逃げられないからな。逃げたら銃殺刑だ。
彼はとうとう覚悟を決めたように背筋を伸ばす。
「やむを得ません。小官は命令を全うするまでです」
叩き上げの大尉だけあって、いざとなれば肚が据わる。やはり守備隊長を任されるだけのことはあった。
大佐は穏やかにうなずく。
「安心しろ、我が旅団は貴官の部下たちを見捨てない。たとえ『見た目だけは綺麗』だの『お飾りの旅団』だの言われようともな」
どうやら兵たちから陰口を叩かれていたらしい。
青くなったり白くなったりしているダンブル大尉を見て、大佐はクスクス笑った。
「貴官の部下たちに我々が役に立つところを見せねばな。期待していてくれ」
「はっ、はいっ!」
気の毒な人だ。
要塞の火砲が不吉な音を轟かせ始めたのは、そんなやり取りのすぐ後だった。
まずいな……。




