第14話「第6特務旅団、出陣」
【第14話 第6特務旅団、出陣】
アルツァー大佐の呼び出しを受けて、俺はさっそく困り果てていた。
「我が旅団はまだ戦える状態ではありません、閣下。銃の調達ができてないんですよ」
しかし参謀が文句を言ったぐらいでどうにかなる世界ではない。
案の定、大佐は首を横に振った。
「出陣は避けられない状況だ。貴官が嫌いそうな『政治的な理由』でな」
政治的な理由か……。じゃあゴネても無駄だ。何とかしよう。
「わかりました。靴と衣類の調達だけは間に合わせます」
靴は行軍速度に直結してくるし、ズボンと肌着は女性兵士たちの強い要望だ。命がけで戦うからこそ、誰もが納得できる格好でなければならない。
「相変わらず、やけに物わかりがいいな。ところで新型騎兵銃も試作品だけは届いていると聞いたが」
「検品中ですが、さっそく初期不良が見つかりました。加工時に銃身へ負荷をかけますので、どうしても不良品が出ます」
裏稼業の工房とはいえ仕上がりのばらつきがひどい。
旋盤もないのに大急ぎで作ってくれたのには感謝しているが、配備計画は見直さないとダメだろう。
俺は大佐にリストを渡す。
「これまでの射撃訓練を参考にして、各小隊から射撃の名手を選抜しました。まず彼女たちに撃たせる予定です」
「用意がいいな」
「必要なことですから」
各小隊に狙撃手がいると何かと都合がいい。うまく使えば敵を釘付けにできる。
「ただし、あくまでも試験です。大きな戦果は期待しないでください。下手をすれば設計の見直しすらありえます」
「さすがに準備不足は否めんか。だが常に万全の準備ができるのなら苦労はしない」
「確かに」
敵に十分な準備をさせないのが戦いの鉄則だから、戦いというのはだいたい準備不足でやることになる。
アルツァー大佐は手を組み、じっと俺を見つめる。
「我が旅団の持つ三個小隊のうち、二個小隊を派遣する予定だ。一個小隊は留守小隊として残す。その上で参謀として貴官の意見を聞きたい」
彼女は一呼吸置いて、こう質問した。
「我々はブルージュ公国の山岳猟兵を国境の外に追い出すことになった。敵の兵力も意図も不明だ。それでも順調に作戦が完了したとして、味方の損害は最大でどれぐらいになる?」
難しい質問だ。
「小官のいた第五師団はアガン軍とやり合っていましたので、ブルージュ軍についてはあまり知りません。ただこちらが戦列歩兵である以上、かなりの損害は覚悟してください」
訓練も経験も不十分だ。装備も万全とは言いがたい。しかも戦う場所は山岳猟兵の縄張りも同然だ。
「初陣であることを考慮すると、まともに野戦を行えば壊滅する可能性すらあります。味方の損害を抑える有効な手段は存在しません」
「おいおい」
アルツァー大佐は呆れ顔になるが、俺は構わずに続けた。
「ただまあ、味方の損害は『味方の損害』でしかありませんから。損害を受けるのは別に第六特務旅団でなくても良いと思います」
「ん?」
アルツァー大佐はピクリと反応し、それから俺の顔をまじまじと見つめる。
「貴官、もしかして第三師団を……」
「ブルージュ方面の国境を守るのは第三師団の役目です。代価を払うべきは彼らかと」
「貴官は悪党だな」
正直に言えば、俺は第三師団の兵士にも同情している。もっと言えばブルージュ公国の兵士にも同情はしていた。
この世界では国境線を数百メートル動かすために、何百人も死ぬことがある。
そしてさらに何百人か追加で死なせて、国境線をまた元の位置に戻す。何のための戦争だかわからない。
だが一介の少尉がそんなことを嘆いても仕方がないので、俺は自分の責任の範囲だけ何とかすることにした。つまり第六特務旅団を守るために、その他の全てを犠牲にするのだ。
もちろんこの「犠牲」には味方である第三師団も含まれる。
前世ではお役所の縄張りだの縦割りだのにさんざん文句を言った俺だが、今世ではそれ以上に酷いことをしている。
「無論、多少は心が痛みます」
「……本当か?」
本当だよ。
ただ心の痛みがだんだん鈍くなっているし、そのうち何も感じなくなるのだろう。仕事とはいえ嫌な話だ。
「ですが小官の心の平穏のためにも、ここは潔く割り切りましょう」
「そんなことがよく平然と言えるな」
アルツァー大佐は頬杖をついて溜息をつく。しかし、すぐにフッと笑った。
「だがそれでこそ私の参謀だ。その調子で頼む」
「お任せください」
これじゃまるで悪役だよ。
* *
俺は打ち合わせのため、第一小隊長のハンナ下士長、第二小隊長のミドナ下士長、第三小隊長のローゼル下士長を呼び出した。ミドナとローゼルはメディレン家の元使用人で、アルツァー大佐とは旧知の間柄だ。
俺は地図を示す。
「我々の任務は国境地帯にある要塞の援軍だ。要塞周辺には支城がいくつか設けられている。そのひとつ、ゼッフェル砦に向かう」
「支城とは何ですか?」
ミドナ下士長が申し訳なさそうに挙手したので、俺は笑顔で応じる。
「敵の包囲攻撃を阻止するための砦だ。敵がこうやって要塞を包囲してきたとき……」
俺は机上のコップを要塞に見立て、その周りを数枚の銅貨で囲んだ。
「敵の包囲網を外側から攻撃してくれる味方がいれば、敵は要塞攻略に専念できない。背後から攻撃されると事実上の挟み撃ちになるからな。その味方を駐留させておくのが支城だ」
俺は銅貨を左右に押しのけ、包囲網に隙間を作った。
「要塞と支城はこうして連携している。だから敵は要塞攻略の前に支城をいくつか落とさなければならない。もちろん支城同士も連携しているから、言うほどたやすくはない」
「なるほど……」
ハンナたちが感心したようにうなずく。
俺は説明を先に進めることにした。
「要塞防衛網の一翼を担うゼッフェル砦に援軍として駐留する。旅団長が話を通してくれたおかげで『ホテル』は確保できている」
さすがに五王家の当主に近い人物だけあって、アルツァー大佐には政治力がある。上司に政治力があるのはありがたい。俺にはないからな。
我が旅団の女の子たちが戦場での野営にどれぐらい耐えられるか未知数なので、屋根と壁のある場所を確保できたのは大きい。
「ただし、もたもたしてると支城に他の部隊が入ってしまう。どの支城にも収容人員には限りがある。迅速に動くぞ」
「はいっ!」
「承知いたしました」
小隊長たちが俺に敬礼した。
さあ百人で遠足だ。頑張って引率しないと。
* *
翌々日、俺は第一・第二小隊の百名と共に旅団本部を出発した。
なお体調不良者は第三小隊から入れ替える形になったので、第三小隊からも十名ほど参加している。
「これじゃ参謀じゃなくて何でも屋だな……」
俺は溜息をつきながら軍馬に揺られていたが、女の子を歩かせて自分が騎乗というのも少々後ろめたい。
「聞こえているぞ、少尉」
アルツァー大佐が苦笑しながら振り返ったので、俺は馬を進めて彼女と並ぶ。
「これは失礼しました。小官は並列処理が苦手でして」
大佐は俺を咎めることなく、逆に申し訳なさそうな顔をしていた。
「将校の不足は痛感している。いずれ増やすのでそれまで死なないでくれ」
「善処します」
増えたら死んでもいいんだろうか……。
それより少し確認しておきたいことがある。
「閣下、今回の作戦は思っていたよりも大がかりではありませんか?」
大佐は俺をじっと見て、静かに問う。
「なぜそう思った?」
「我々が向かうゼッフェル砦は、要塞後方にある後詰めの支城です。そこに兵力を追加するということは、他の支城にも援軍が予定されていると考える方が自然でしょう」
普通、援軍が必要なのは要塞前方にある前線基地だ。後方の砦に援軍を送るのなら、前線の砦にも送っているだろう。だとすると結構大規模な軍事行動といえる。
ただ実際のところどうなのかは俺なんぞにはわからないので、旅団長閣下に聞いてみる訳だ。
アルツァー大佐は周囲を見てから、声を潜めて答えた。
「どうやらリトレイユ公が何か策謀しているようだが、私は何も聞いていない」
「そうですか……」
なんか重大な秘密でも教えてもらえるのかと思ったけど、大佐も知らないのか。
「ところで少尉、この歩度で問題はないか?」
俺は支給された懐中時計を見て答える。
「問題ありません。歩度は一定で皆にも疲労の色が見えません。行軍訓練の成果が出ています」
「貴官の訓練は正しかったという訳だ」
「今のところは、ですが」
戦場にたどり着くまでにガタガタになっていては困るのだが、着いた後にちゃんと戦えるかどうかはまだわからない。
俺は不安を感じていたが、今さらどうすることもできない。後は出たとこ勝負だ。
できることなら全員無事でこの道を帰りたい。
もっとも過去の経験から、それが難しいことはわかっていた。
戦えば誰かが死ぬ。




